第17話
どのように生き、どのように歩み、どのような生を享受するのか考え続けて生きることとはどういうことかを考え続けてきたが、最初から、死に方を学んでいたのだ。
……ダヴィンチの言葉に、そんな言葉があった。つまり、どう生きたいかを考え続ける者は、どのような生を歩んだものとして死んだかを常に意識しているようなものだと言う事なのかも知れない。
あの後、ミラノに助けを求めた俺は暫くして気を失い手当てを受けることとなった。ミナセと同じ部屋、隣のベッドで暫く寝泊りする事になった俺は、自然と見舞いに来るヒュウガや目覚めたミナセと語り合うことが多かった。
「いや~、御免! 俺、あの時の事全然覚えてないんだ!」
「僕も、モンスターに囲まれた後のことは――全然」
というのが二人の言葉だった。まあ、そんな事はどうでも良いじゃないか。生きたことをとりあえず喜ぼうと言い、特に追求はしなかった。けれども、ヒュウガは敵をずばずば斬り倒して覚醒状態だったし、ミナセはなぜ倒れていたのかを語ろうとはしてくれなかった。
ヒュウガは軽傷と言う事で即日復帰を果たし、俺とミナセだけが数多く居る負傷学生に混じっている状態だ。
病室の中では躁状態になってトラウマを覆い隠そうとしている学生や、今回のことで心折られた学生も居る。しかしその一方で、尚更頑張らなければならないと奮起する者もいるし、醜態を晒したと悔いている者も居る。
俺はといえばベッドから降りることすら許されず、監視という名のカティアに見張られ続けているし、ミナセはヒュウガやエレオノーラに頼んで持ってきてもらった書物に集中している。その内容は僅かに読み取れるが、戦いに関してのものや、魔法についてだと理解できた。
ヒュウガも今までであれば何が自分に合うのか分からないと嘯いていたが、数日後に刀剣とナイフが自分に合う気がするといって重点的にそれらで訓練をしているらしい。戦闘訓練の時間も、若干顕著になったようだが今までに比べて真面目に取り込む生徒が増えたらしい。
「カティア」
「何? ご主人様?」
そして、カティアはアリアの使い魔であるという事になっていたのだが、あの日以来俺の事を他人の前では”ご主人様”と呼ぶようになった。アリアのことを”アリア様”と呼んでくれて、一日の大半を預けていたのだが、それによって”誰の使い魔なのか”という意識が薄れていたのかもしれない。
彼女は俺の事を”ご主人様”と呼ぶたびに意地の悪い笑みで追い込んでくれたり、或いはシレッと受け流してくれる。マジ小悪魔である。
「あの、リハビリしたいなって」
「ダメよ。傷口が開くじゃない」
「もう三日もベッドから動けてないんですがぁっ! 腕立てや腹筋だけでも良いからやらせて! そうじゃなきゃ散歩させて、お願いしますぅ!!!」
カティアはミラノの言いつけという後ろ盾を得た状態で、俺の自由を全て束縛している。ベッドに居る俺に出来るのはタオルを丸めて握りこむ事で握力を鍛える事だけであり、それですら見咎められると強制的に止めさせられる状態だ。
――治療魔法とは万能ではないらしいと知ったのは、生き返ってからだった。体の養分を大量に消費して肉体を再生するか、それとも急速な再生能力と引き換えに暫く身体が脆くなる等の派生があるらしい。
そして今の俺は――死んでいたのだが――肉体的には傷が少ないけれども、外面だけ綺麗に見えてその奥にはしっかりと傷が残っている状態なのだ。傷口の上に薄く皮膚を貼った所で運動などをすればあっさりと裂けて傷口が露出する、それを知らずに入院一日目にて全身から血を噴出して包帯男になったのもまだ忘れていない。
今は平気だが、出血多量でその日と翌日はまともに動くことも思考する事も出来なかった。そもそも戦闘中に大分負傷している、それで血が足りなくならないわけが無い。
もし今の状態で、ラスボスなどが居ればラストスタンドとして演出が映えただろうが、それはゲームのやりすぎだというものだ。現実の俺はメシすら自力で食べさせてもらえない、トイレに行く事すら渋られるほど厳重に管理されていた。
「貴方、心配かけた事を忘れたの? というか、死んでたし……」
「い、いや。ミナセとヒュウガを助ける為に、ですね? そもそも橋から放り出されて、気絶してたら流されてて――」
「言い訳にもなってないじゃない。貴方は、真っ直ぐ帰ってくれば良かったのよ」
「そんな手厳しい……」
「あはは――。カティアちゃん、ごめんね? けど、そのおかげで僕とヒュウガは助かったんだ。
だから、ヤクモを責めないであげてよ」
「む~……」
カティアはミナセの言葉によって、それ以上追求できなくなる。ここであまりしつこく食い下がればミナセたちを見捨てろとかそう言う風に聞こえかねないし、それはそれで俺も幾らかムッとするのを理解しているからだ。流石に、いくらか関わりがあって悪い気のしない間柄の相手を見捨てろといわれたら幾ら俺でも怒るかもしれない、あの時掛けたものも失うものも自分しかなかったのだから其処は勝手だろう。
「ま、元気になったら”約束どおり”戦い方教えてやるから。機嫌直してくれって、な?」
「お遊びとかだったら、また入院させるけど」
「いや、ちゃんとやるよ。うん、ちゃんと――」
ちゃんとやると言って、じゃあ”ちゃんと”とはどういうものなのかを考えてみた。まさか自衛隊式の訓練を詰んで散兵になるように叩き込むわけにも行かないだろう、というかこんな小さな子に――しかも女の子に腕立て伏せや腹筋、数十キロと走りこませたりするのは幾らか良心が咎める。
……運動服、あったほうが良いかな。芋ジャージでも有ったほうが良いかもしれない。そんな事を考えている傍らで、ミナセがこちらを見る。
「僕も、教わって良いかな?」
「ん? いや、いいけど。どうしたのさ、急に」
「――僕、少しだけ見えてたんだ。ヒュウガが立派に戦ってて、ヤクモがその向こう側で戦ってるところ。それを見て、情けないなって思ったから」
「……そっか。けど、どれくらいやりたいのか分からないけど、本格的にやるなら滅茶苦茶走らせるし、たぶん今までやったことが無いくらい肉体的に辛くなると思うぞ」
「と、とりあえず徐々にで良いかな? うん、徐々に……徐々に」
そんな会話をしていると、同じく入院している学生の中で「俺も鍛えて欲しい!」とか「俺にも、戦い方を教えてくれ!」という声が聞こえる。だが、その傍らで「お前、あんな目にあったのに戦うのかよ……」という声や「戦うとか、馬鹿だろ」といった声も聞こえる。それに対し俺は何も言わないが、同じ事があったときにまた助かるとは限らないのだし、最低限自分の身を守れて、その上で誰かを守れるなら素晴らしい事だと思う。
とは言え、大半が自分を特別階級であると思い込んでいるのだろうから、苦労することを嫌い、汗や泥を嫌い、肩を並べるというのが考えられないのだろう。ただ、自分も結局は曹になり損ねた陸士でしかないので、数名から十数名までの指揮の仕方しか知らない。流動的に、戦場を意志を持った部隊で動かす方法は分からないのだ。
悩みどころだ、変なことをしたら将来処刑されかねない。戦列部隊の指揮じゃなく散兵指揮を応用するには、まず時代に馴染め無い気がするし、これでアルバートやミラノレベルの貴族から恨まれればお仕舞いだ。
「あ、あの。ミナセくん――」
そして大体授業が終わった頃くらいに見舞いが来る。その中には遠くからはるばるやってきた家族だったり、様子を見に来た使用人だったりも混ざっているのだが。その中でここに来てから始めて合う女子生徒がいた。一応見覚えは有る気がするのだが、どこで出会っていたのかが分からない。
「どうしたの? ヤクモ。なんか複雑そうな顔をして」
「いや、その子なんだけどさ。どこで見たのかを思い出せなくてさ――」
「はぁっ!? 存在感が無いとか、またそんな話……」
「いつも教室に居たはずなんだけど。彼女はクロエさん、神聖フランツ帝国から来た人なんだ」
「あのっ! 噂とか、話とかは聞いてますっ! なんか、神の加護を受けてるとか、それぐらい凄いとか聞いてますっ!」
その言葉はたぶん大当たりなんだと思う。そもそも銃が変形して突撃銃やら拳銃やらになってくれる便利アイテムだし、実弾は貰い受けてるし、肉体は強化されてるし、魔法も伝説の魔法やら埋もれて忘れ去られたものまで全部分かる指南書つきだ。完全に神の加護を受けている、その点において間違いは無い。
苦笑し、そして噂とかされてんのかと考えてしまう。その噂は良いものなのだろうか? 決して良いものばかりではないだろうし、下手をするとその噂によっては行動や発言に制限が出来てしまうかもしれない。例えば英雄という名が広まれば悪いことが出来なくなるし、悪人と言われれば何をしてもマイナスのイメージが付きまとう。敵の喧伝に乗ぜられるなとは聞いたが、そもそも敵でも味方でもない人々の言葉で身動きが取れなくなるのは自衛隊の時と同じか……。
「えっと、宜しく――で良いのかな?」
「はい、よろしくお願いします! ミナセさんとは勉強仲間なんです」
「あはは。僕も勉強苦手で、メイフェン――先生によく呼び出されるんだけど、その時いつも一緒だから仲良くなって」
「この学園に来てから、長い休みの時でも一緒じゃなかった事は無いんですっ!」
それ、アカンやつや。俺も勉強に関しては人のことを言えないけれども、常敗将軍と化して呼び出されまくって補習や追試を受けるほどじゃないわ。世界史を取った事を大後悔したが、それでも二年生の時に補修を一度食らった以降はなんとなった。
冷静に考えたら、世界の戦いを知りたくて世界史を取り、補習の課題に『時代毎の戦術と指揮官のあり方、兵科の変遷』とかを百ページを越えてレポート提出してるあたり俺もどこか狂っていたかもしれないが。
「あ、ミナセくん。これ、買ってきたんだ」
「これ、シュークリーム!? え、良いの?」
「う、うん。良かったら、一緒に食べる?」
「わあ~……、どうしよう。何かお返ししたいな――」
「え!? い、いいよ! あ、でも。また一緒に勉強できたら良いな~って、思ったり、思わなかったり……」
あぁ、俺はどうしてミナセの隣のベッドに居るのだろう。顔を背けて「ケッ!」と吐き捨てたら、俺のほうを見ている男子生徒と目が合って、黙って頷いてくれた。どうやら俺達の思いは統一されているらしい、というか手前何人目だよ! と叫び倒したかった。
えっと、まずエレオノーラだろ? メイフェンだろ? それにクロエだろ? しかも既にフラグがたってる、なんて野郎だと言いたくなった。ヒュウガもすごいと思う、こんなフラグ野郎の傍で黙々と親友をしていたのだから。下手すると胃に穴が空くんじゃないかと思う、もしそうなったら慰めるふりをして恩を売っておこう。何かあったときに「ミナセぇ! 手前またフラグかおっるぁあああぁん!!!!?」とヒュウガと二人で襲い掛かりたい、切に。
「何か言いたそうな顔」
「おう、この気持ちを全部お前にも理解してもらいたいね」
「逆に私の気持ちも理解して欲しいのだけどね」
カティアにシレッと言われ、俺はまたも黙るしかなくなる。くそう、死んだのは俺で痛い目を見たのも俺だというのに何で俺が悪いみたいになっているのだろう? こう、ミナセ救ったじゃん? ヒュウガも救ったじゃん? アルバートとグリムも救ったじゃん? ミラノとアリア、カティアも救ったじゃん? むしろ、勝手に死んだことには謝るしかないけど、それでもこんな精神的に責められる程じゃないと思うんだよね!
けどさ、こうもさ――女の子と仲良さげにしてるのを見ると、若干だけど「あれ、俺もいけんじゃね?」って思っちゃうわけよね。けど、直ぐに「あ、俺ブサやし面白い面無いから無理やわ」って思い至って結局魂吐き出しながら諦める。その上で、何であいつぅ! と思ってしまうわけよ、まだ若いな俺も。
深呼吸を繰り返し、隣で繰り広げられている甘い空間に背を向けていると部屋の扉が開かれた。まだ食事の時間でもないし、体調を崩してヘルプサインを出している人も居ない。なんだろうかと思っていると、そこに居るのは羽を生やした二人の女の子。一人は白い羽、もう一人は黒い羽。背丈や体型も違う、髪の色も違うしなんだろうかと思っていると――
――二人とも、ミナセのほうへ行った――
俺は「ミナセぇ!!!」と叫び、塞がっていたはずの傷口を同時に何箇所か開いた事で出血し、そのまま無事意識を手放した。自衛隊時代も、WAC(女性隊員)なんてそうそう居ないから大体の隊員は開けっ広げだし、女性に飢えている事は多い。悩むくらいなら風俗に行けという先輩の言葉を思い出しながら、行っていたら何か違ったのかなと夢に思う。
アーニャがぼんやり見えたが「来ちゃダメです、こないでくださぁい!?」と追い返され、そのまま夕方になるまで瀕死のまま動けずに、またミイラ男と化してカティアにずっと言葉責めされていた。
そして夕方になり、面会終了時間に近くなってからミラノとアリアが現れる。アリアは差し入れを持ってきているので「直ぐに食べられるようにしますね」と準備をしてくれて、カティアもミラノやアリアが来た時はそちらを手伝い、告げ口――もとい、そっちに行ってくれる。
そしてカティアが先ほどまで座っていた椅子をズリズリと引きずって近くにまで来ると、ミラノはよいしょと腰掛けた。高椅子が自分よりも高いのに、そちらのほうが”見下ろせる”という理由で座るのに苦労して降りるのにちょっと怖がったりもしているが。
「――そういや、見舞いは初めてだっけ」
「アンタがまともに起きてなかっただけ」
「そういや、まともに起きてる事が少ない気がするなあ……」
初日から出血多量で意識薄弱してたし、今日もまた出血で意識飛ばしてたから下手したら一回もミラノを見ないまま入院生活を送ることになっていた。アリアのことは良く覚えてるんだけど、そういえば二人で来るのは今日が初めてだったかな?
――ぼんやりしてると、髪型と目つきでしか二人を判別できない時がある。だから見舞いに来ていたのはアリアだろうと思って居たが、それに間違いがあったら怖いので黙っておく。
「あの後、特に何も無かった?」
「橋が吹き飛ばされたおかげで、一時はどうなるかと思ったけど学園には入られなかったわ。
大きく迂回して橋まで行かなきゃいけないし、それまでの間で魔法でモンスターは片付いたから」
「そっか、なら良かった」
「良くない」
ミラノにチョップを食らわされ、こめかみの傷口が開いて血がたらりと流れた。俺、そろそろ血が足りなくて死ぬんじゃないかと思った。痛くないはずのチョップなのに視界はチラつくし、視界がぶれるし、明滅した視界の先にアーニャが見えるぞ。
「私は、死ねと命じた覚えはないんだけど」
「けど、あの場で一番生存率の高い行動、助かる可能性の高い事を出来たのは俺だったから」
「確かに、アンタを除いて全員助かったわね」
「頼むよ、無茶を言わないでくれ。橋ごと吹き飛ばされるなんて誰が予想できた?
皆して、頑張ったのに褒められるより怒られるってどうよ?」
「それに関して、アンタに話さなきゃいけないことがあるんだけど」
話さなきゃいけないことってなんだろう。そう思って「どうぞ」と促すと、口を重そうに開いた。
「今回のことで、学園長がアンタを表彰すると決めたわ。そして、私の親もアルバートの家もそれぞれ何かしら報酬を出すって」
「――あぁ、なるほど。今回の悪い面を覆い隠すつもりだな?」
劣勢であればあるほど、本来であればただの評価で終わってしまう事柄が”素晴らしい事を成し遂げた”と喧伝されやすくなるのと同じだ。しかも今回の出来事で街を守る壁の崩壊、町へのモンスター侵入、魔法を使えるという学生と市民が殺されるという衝撃的なエピソードだらけだ。施設的なダメージは地震の方が大きく、それを今回のモンスター襲撃と結び付けなければモンスターの襲撃による建築物のダメージは比較的軽いほうだろう。
ただ、人が死んだという爪痕は決して小さくは無い。大人であればその人が担っていた仕事に対する経験や知識を持った人物が居なくなるということ、子供であれば将来何かをしたであろうという期待値ごとの喪失、老人であれば経験や歴史の語り手の喪失である。
人は、感情や個人に拘らなければ国にとって一番大きな”資源”だ。人間という資源を増やしすぎず、減らさずに国を富ませていく事はなかなかに難しい事だろう。世代一つで効果を実感し始めるだろう頃に、時間と費用をかけた資源を喪失する。そんな痛みを誰もが許容できるわけじゃない。
悪い事がありましたねで終わってしまうのであれば、その国はむしろ滅ぶべきである。けれども抜け目無く悪いことの中から良い出来事を拾い上げて喧伝する、そうすることで損失に対する喪失よりも、新たな発見による希望を与えてマイナスのイメージを軽減、或いは上回らせて元気付ける事が重要なのだと思う。
俺の発言に少し驚いたようだが、目を逸らして「ええ、そうよ」とミラノは答えた。
「お父様から聞いたんだけど、アンタを含めた何人かを褒め称える事で失意を拭えないかって言ってた。
だから、アンタにはピエロになってもらうって」
「まあ、悪い気はしないけどね」
「それと――アンタ、私の使い魔じゃなくなったから」
それを聴いた瞬間、撓んでいた緊張感が一瞬で張り詰める。負傷者という庇護される立場故の何も考えずに安寧を教授していた精神が揺るがされる。緩みきっていた自分に、これは罰なのだろうかと一瞬自罰的な考えが頭をよぎる。
「――それは、出て行けって事かな?」
「違うわ。アンタ、死んだでしょ? どういう経緯で生き返ったのか知らないけど、私達の主従関係は切れたから単純に使い魔じゃ無くなったってだけ」
「けど、使い魔じゃなくなったら俺はミラノに仕える理由も無ければ、ミラノも俺を住まわせる理由は無いよな……」
追い出すとは言ってないが、使い魔では無くなった。その事によって俺の扱いが大きく変わるだろうと思い、今から悩まなければならないのかと頭が痛くなった。しかし、冷静に考えれば師団検閲などでも頭を悩ませて色々やってたし、言ったりもしたのでそんなものの延長線上かなと思っていると、ミラノが続ける。
「それで、使い魔じゃなくなったけど私の使い魔”だった”と言う事で、私の家お抱えの騎士になる事になったから」
「ん、ん? つまり、どういうこと?」
「アンタを騎士に取り立てるって事。扱いは幾らか変わるけど、今までどおり私の下に付くという事は変わらない。
だから粗末だけどベッドも運び込んだし、待遇は良くなるわ」
「ふ~ん、そっか」
騎士階級といえば貴族階級の下も下、騎士と言いながらも階級の元となった騎馬を飼う事すら難しい人ばかりである。ただ、現代においては外国人に与える最大の栄誉階級だとか、確かに栄誉だと思うが俺にはあまり関係の無い話だ。そもそも領地が貰えないので、名ばかりの貴族という味方も出来る。
だが、ミラノの方は俺の返事に眉を顰めた。どうやら素っ気無い返事が気に入らなかったようだ。
「ふ~んって、アンタ……。物凄い栄誉よ? 公爵家の人物を無事に送り届けただけじゃなく、国王様がお気に入りだった人物を助けた事で貴族になれるのに」
「え、国王が気に入ってた人物? 誰、マルコ? アルバート?」
「ミナセよ」
あ゛ぁ゛ん゛!? 何だあの野郎、ハーレムだけかと思ったら国のトップに気に入られてるとか、これ助けたお礼を幾らかせしめても構わないよな? というかお礼の一つや二つ、三つや四つくらいもらわないと気が済まねえよ! 充実した野郎は滅べぇ!!!
「それで、お父様が貴方をそのまま私付きにすると言う事で少しだけど給金が出るから」
「……わ、僅かって言ってプラチナで支払ってきたりはしないよな?」
「シルバーよ。そんな大金を何で出すの? そもそも領地ないでしょ、アンタ」
でっすよねぇ! 大金を支払われるのは色々な意味で逆らえなくなる、逆らったらどうなるか分かってるよな? と圧力をかけられているような気がして億劫になるからだ。使わなかったので返します! というのは通用しないだろう、下手すると社会的に抹殺されてしまう……。
これ、一種の抱きこみ工作だよなとか思っているとミラノがため息を吐いた。
「次からは、どんなに危なくても一人で死なないように。死んだら爆裂葬にするから」
「なにその字面だけでも物騒な葬儀方……」
しかし、なんだ……。望んだ出世じゃないけど、地位が向上する事はそうそう悪い話じゃない。働きが認められているという証でもあるし、これで身分がもうチョイ高くなれば領地や部下とかも持てるかもしれない。そしたら色々と試したり出来そうだ、米の量産は必ずしたい。
「ひとつ聞いても良い?」
「ん、何?」
「アンタには、逃げるという考えは無かったの? 確かに見つけ出そうと思えば見つけ出せたし、無理やり戦わせる事だって出来たけど――」
「それはしたくなかったかなあ。いや、逃げるって言葉の定義にもよるけど」
「全てを放り出して、無関係になること」
「あぁ、何だ。そんな事か。あの時の俺は守るべき人と、傍には敵の脅威があって、尚且つ自分は五体満足で武器もあり知恵もあったから――」
「もっと分かりやすく」
ぴしゃりと言われ。少しだけ考え込んでから直ぐに思い当たる言葉があった。
「俺の――俺の学んだ忠義に基づいて、かな」
少なくとも、様々な理由から入隊を決めた自衛隊だったが、そこでのやってきた事やしてきた事、感じたことに関して嘘偽りは無い。何かを守り、誰かを守る事を叩き込まれたとも言うし、身につけたともいえるが――
――少なくとも、誰かを守るために頑張るのは悪くない事だと。そう思っている。
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