第16話

 遠い昔の人々は、戦いの中に栄光を見出していたと聞く。

 軍を率いてなのか、部隊を率いてなのか、個人の武勇でなのかまでは分からないが――それでも、戦いとは輝かしいものだと言われてきたはずだ。そうでなければヨーロッパの騎士や、日本の武士というものが武名や功名を重要視し、武家や貴族が家名を大事にしていたことに説明がつかなくなる。

 だが、そんなものは科学の台頭と共に薄れていった。何故か? 尊厳も武名や功名も関係無しに、ただただ踏みにじられるようになったからだ。かつての戦いは、弓矢という遠距離からの攻撃はあったものの、それでも戦いを制するのは騎兵を効率的に運用し、槍兵や歩兵によって相手のしたいことをやらせない事にかかっていた。

 確かに壮観であっただろう、敵の隙に騎兵が綺麗に列を成してねじ込まれ、継ぎ目が剥がれるように敵が崩壊していくのは。f=mv^2という計算式があるが、その計算式が有名になるくらいには騎兵が大きな存在であり、その騎兵になる事は大変栄よな事だったに違いない。

 しかし、今ではそんなものは無意味だ。弓なりに飛んでくるのは点の攻撃ではなくなり、面制圧となった。一発で十数もの兵士がなぎ倒される、しかも弓よりもはるか遠い地から死のお届け物だ。そして平野の覇者であった騎兵は、弓よりも早く破壊力の有る銃によってその座から引き摺り下ろされた。かつては馬ですら装甲化し、弓の脅威を殆ど排除した事により、槍等によって止められなければ速度で全てを蹂躙できた騎兵も、その装甲ですら無意味と化した事でただ費用のかかる存在に成り下がった。

 馬を乗りこなす技術や、馬に乗って戦う技術を必要とした騎兵よりも、簡単な取り扱い方さえ覚えてしまえば子供ですら大人を殺せる技術の方が安くつくのだから。

 


 そうして、戦争は変わった。華々しい栄光も、戦いにより栄光も、家名も武名も関係無くなった。鍛え上げた肉体、洗練された武術、華々しい栄光など無い。誰もが皆、動作一つで『その他大勢』として一気に死ぬのだから。

 たぶん、俺が実弾と突撃銃を持って居るだけで歩兵の大多数は近づく前に殺せてしまうだろう。騎兵だって地形に応じた戦い方をしたならば無力化してしまえるに違いない。俺からしてみれば”敵を倒せた”というだけの話だが、相手からしてみればどこまでも理不尽であろう。剣を交えろと、戦えと叫ばれるのも仕方が無いほどに一方的になるのだから。其処には”相手のほうが強かった”等という納得等は無い、理不尽に死が与えられるだけだ。


 理不尽な死がもたらされるのは、お互い様だ。メイフェンに救出を頼み、俺は陽動の為にもモンスターの海に飛び込んだ。最初は武器による優位と、奇襲という戦術効果によって圧倒できていたところはある。

 しかし、迫撃砲で海を一瞬吹き飛ばしたところで直ぐに海は押し寄せてきて何も無かったかのように水位を保つだろう。それと同じだ、俺の処理能力を超えた数で敵が攻めてくれば圧殺されるのは分かりきった話だった。

 突撃銃を何度も、何度も、何度も、何度も。思考能力が薄れて現実味が無くなるまで撃ちまくった、近寄られればナイフで対処した。敵の攻撃をいなし、かわしながらその首やわき腹を切り裂き、突き刺す。踏みとどまっていたはずの足は、少しずつ後退のために動き始めていた。

 後ろの見えない後退ほど不安を感じる者は無い。飛び込んで確保していた領域も、徐々に切り取られていった。


 弾が切れる、マガジンを抜いて魔力を籠めなおしてまた差し込む。その繰り返しで倒す敵よりも、こちらの脅威を認識して向かってくる敵の方が多い。ついに弾幕による制圧力を潜り抜けてきた敵が現れる。――たぶん、仲間を盾にしてきたのだろう。張り付いて同じように突撃し、前の仲間がやられたところで飛び出して来たに違いない。

 それを認識した頃には、脳と体の動きが連動しなくなっていた。ゴブリンの少し偉そうな奴が、ナイフで俺の肩に穴を開けてくれた。ゴブリンを引き剥がし、地面に叩き付けて弾をお見舞いし、ナイフを抜いてそのまま正面に見える敵に投げ込んだ。効果は分からない。ウルフに飛びつかれた、突撃銃から拳銃に切り替えて何発か至近距離からの弾を撃ち込んで後方受身からの立ち上がりで銃を向けなおす。

 そして俺は現実味が薄れた世界で、全てを遅く感じる中でモンスターの海の奥で向こう側で戦っていた人物を見ることが出来た。それはヒュウガで、どこで手に入れたのか刀を手にしていた。そしてモンスターを見事な刀捌きで斬り分け、至近距離の相手に刀が遅いと思えばナイフでスパスパ斬っている。ナイフや刀の切れ味もそうだが、骨や筋肉という障害を綺麗に無視している。ナイフもそうだが、刀を使ってなお骨や筋肉の障害が薄いと思われる箇所を斬っているのだ。

 ヒュウガ、あんなにも戦える奴だったんだな……。そんなヒュウガの傍にメイフェンが現れ、何か話しかけているのも見えた。そしてモンスターの波に隠れて見えなかったが、倒れ付していたと思われるミナセを担ぐとメイフェンが先に、ヒュウガが少しずつ時を排除しながら去っていく。

 それを見届けて、俺は少しだけ笑みを浮かべると薄らいでいた意識を少しだけ引き戻す為に叫んだ。ウォークライ、鬨の声と呼ばれるものに近い意味があったのかもしれない。或いは、これが俺の凱歌か――

 ヒュウガという獲物を失ったモンスターの敵意は、俺だけに向けられることになる。その時だけ、きっと俺は輝いていたのかもしれない。誰かの役に立てた、人の命を救う事をした、そしてその満足を抱いたままに絶頂を迎えられるという展開をそう多くの人が迎えられるわけじゃない。

 だから、俺の最後の時が惨めでも、片目を失い全身傷だらけの苦しみしかない状態だとしてもあまり気にはならなかった。





     ――どうせクソッタレな世界だから、不満足なまま生きていくよりも満足して逝く方が素晴らしいんじゃないかって――


          ――そう思ったんだ――


~ ☆ ~


 久しぶりな気がする椅子に座り、俺は黄昏るようにうなだれていた。僅かな光、そしてそんな俺を心配してるのか分からないが、悲しげな表情で見ているアーニャ。

 ……分かっている、俺は目的を達成したがそのまま殺されたのだ。思い出すと、今更物凄く怖くなるのだ。兵士として自分を律している時は怖くなかったのに、戦いの場から去って素に戻ると何で自分でもあんな愚かな事が出来たのか不思議に思う。

 指で触れただけでも痛いのに、片目を潰された。斬られただけでも痛いのに、何度か剣やナイフで何度か刺された。圧倒的な暴力の波に、単独で飲み込まれていった。疲労と痛みの中で、気力のみで奮起していた。

 殺すという事は、殺されるということだ。例えどんなに優れた人物であろうとも、何らかの要因によって殺される。一方的な殺戮や勝利などありえない、何でも出来ると思われる権力者である国王などでさえも、民衆によって引き摺り下ろされて処刑される。それと同じで、自分の身に過ぎたことをしようとして、死んだ。


「――あの、どうしますか? 一応、生き返らせることも出来ますけど」

「――……、」


 どうしたいのかが分からない。幸せになりたいとは思ったし、願った。だから向こうに行ったのだが、言葉に出来ない満ちた感じが俺を支配している。それは、もうゴールでも良いんじゃないかなという思いだ。

 ミラノとアリア、カティアを学園に送り届けた、アルバートとグリムも救えた、しかもミナセとヒュウガまで救出できた。まあ、カティアには主人死亡という不幸はあるだろうし、ミラノとアリアに至っては兄に酷似した人物が二度死ぬという目にもあわせ、アルバートとグリムに関しては戦いについて教えらる事ができなくなり、ミナセとヒュウガには最悪自分たちのせいでと背負わせる事にはなりそうだ。

 だが、それでも――何かを成した、その達成感と充実感が俺に”もういいかな”と思わせた。


「――お茶でも飲みながら、少し落ち着いても良いかな」

「あ、お茶も出さずにすみません! 直ぐに出します――はいっ!」


 指パッチンで出現するテーブルとお茶、そして和菓子。アーニャがお茶の準備をしてくれて、俺は牛乳を混ぜたり砂糖を投じたりして楽しむだけだった。和菓子は抹茶大福で、抹茶好きな俺としては嬉しいものだ。

 そして甘味とお茶の温もりにゆっくりと恐怖が薄らいでいく、今はもうあの戦火の下に居ないのだと理解が現実にしみこんでくる。頭痛がしない、気分が悪くない、痛みを感じない、疲労も緊張感も無い、ただただ平凡な日常のように落ち着いた時間が流れていた。


「そういや、あの後どうなったかな」

「――貴方様が関わってきた方々は皆無事です。あの若い教師の方も、お二人を救えました。

 学園も無事で、貴方様が亡くなった前後に王が公爵家を動員しました。

 間も無く大きな戦いも終わり、街の中のモンスターを倒す作戦に移行します。

 それと、貴方様のご遺体は先ほど若い教師と主人の女性、それと使い魔の子に発見されて学園まで運ばれました」

「よく運べたもんだな……。損壊が酷かったんじゃないか?」

「いえ、それがあの場に居たモンスターは貴方を倒した後、その死を確認する事無く逃げました。

 なので、貴方様の体はご自身で覚えている程度の傷つきしかしてません」


 なるほど、死んでからウルフに齧られたり、オークやゴブリンにメタメタにされなかった訳だ。そりゃ死体の損壊は起こらなくても当たり前だ。なるほどと思い、逆に気になる。


「なんで、逃げ出したんだろうな。だって、勢いには乗っていただろうに」

「あの、その時私もあの世界に降りていたので詳しくは知らないのですが、どうやら魔王さんの配下がモンスターを率いて襲撃に来たみたいですよ?

 理由は分からないですけど」

「――もしかして、この空間に居ないと何も分からない系?」

「です。ここに居ないと何も分からない系です!」


 何故其処を強調しドヤ顔なのだろうか。ここに居ないと全てを見通せませんとか、なので何も分かりませんと言われている様で何とも言えなかった。とは言え、彼女は彼女なりの目的があって世界に降り立っているのだろうし、それも仕方がないといえば仕方が無いのだが。


「……カティアは、俺が死んだら消えるんだっけ」

「いえ、暫くは現世に留まります。もし消えるまでの間に新たな主人を見つけたなら、消滅はしません」

「――なら、ミラノかアリアが主人になるのかな」

「さあ、どうですかね。けど、貴方様が亡くなったのを知った時の皆さんの反応を知りたいですか?」

「……男限定でなら」


 女性に比べて、男性のほうは感情をむき出しにすること――しかも泣くことに対しては幾らか抵抗があると思い、アルバートやミナセなどの人物がどう思ったのかを聞きたがった。

 しかし、アーニャは首を横に振った。


「ダメです! 貴方様は、そうやって逃げるので全員開示します!」

「えぇ、それくらいだったら知りたくないなぁ……」

「それもダメです。貴方様は、自分が関わった人たちが、どう思っているかを知る必要があります」


 そう言ったアーニャには、有無を言わせぬ迫力があった。飲み込みかけた饅頭に喉を詰まらせ、大きく咽こむ。胸を叩いて詰まった呼吸を無理やりに補正し、お茶を口に含んで無理やりに飲み込む。

 そして嫌気が差した俺は、彼女が空中に浮かべる知り合いの映像を見せ付けてくる。


「――都合の良い話は存在しません。貴方様との関係は、一方的なものではないのですから。貴方様は、他者に対する諦めの悪さと、自分に対する諦めが良すぎるのです。

 確かに死んでしまえば、全て終わるかもしれません。けど、それは”貴方様にとって”です。貴方様の使い魔となったあの子が悲しむ事は考えませんでしたか? 貴方様の主人となった人が兄と似ている人を二度失うことで辛い思いをする事は考えましたか? そして、それを記憶が薄れ、死ぬまで抱えていく事も考えましたでしょうか」

「考えたさ」

「いえ、貴方様の言う”考えた”とは、文字通り”考えてみた”という”他人事”でしかありません。それは逃げです!」

「いやいや、っていうかさ……。色々な事から逃げてきたから、俺は異世界に行く事を勧められるくらいおちこぼれたんだよね? じゃあ、良いじゃないか。短い間ちょっと頑張って、満足して死んだ。――これ以上、俺に何を求めるんだ」

「もっと幸せになって生きることを求めます!」


 そう言われて、アーニャが黙ると周囲の映像が徐々に俺に突き刺さる。感情というものを見せ付けられると、イライラと共に息苦しさが胸にこみ上げてくる。他人事のように自分の死と他人の感情を想定はした。したが、其処に”色”は存在しない。自分をそこに置かない、ただただ機械的で計算的な道筋から導き出された答えでしかなく、余計な希望的観測や願望は存在しない。

 希望的観測、或いは希望などで犠牲を出せない。そうすると死ぬのは部下であり、自分であり、仲間であり、部隊だ。嫌というほど叩き込まれ、教えられてきたことでもある。



 ――そんな言い訳で、直視しないで来たとも言える――


 だが、実際に目の当たりにすれば逃げられない。カティアが泣いて、アリアとミラノが沈み込み、アルバートが涙を滲ませながら自棄酒をし、グリムがそんなアルバートを痛ましく見ている。ミナセは意識が無いままベッドで手当てされて眠っていて、そんなミナセの傍でヒュウガが窓から外を見ていた。その表情は複雑で、大きなため息を吐いている。トウカは現れない見知った顔に疑問を抱き、厨房のおやっさんが料理火力に汗をかきながらもどこか遠い目をしていた。マルコが――俺の事を悪く言っていた他の連中に怒ってくれていた。メイフェンが研究室で頭を抱えながら、ワインを飲んでいた。


「貴方の死体は、他の学生等と等しく並べられています。

 生き返るにしても、あと数時間までです。聖職者が来て、祈りを捧げ、そして処置を施され棺に入れられて埋葬されますから。埋葬されてしまえば、もう私の手の届かない場所に行ってしまいます。

 それまでに決めてください、じゃないと――貴方は決断できないでしょうから」

「……だね」


 そして、腕時計だけが徐々に時間が経過しているのを教えてくれる。お茶を飲みながら和菓子を食べて、徐々に俺の亡骸の周囲に簡易的な葬儀が行われる準備が整えられていくのを見た。夕日を背景に、今回モンスター討伐を請け負った公爵家の人々や質の高そうな兵士、そして教師や学生が集まってくる。


   ――心臓が痛む――


 被せられたシルクの布が一人ずつ、上半身までで捲られて行く。全員が、その死に顔は安らかになっている。傷などはある程度隠され、誰もショックを受けないように配慮されている。俺も顔面に受けた刃傷は薄っすらとしていたが切られた眼球はそのまま潰れてしまい片目だけ窪んで見えた。


   ――息苦しくなる――


 聖職者が現れ、本を片手に全員に対して死を悼む言葉を投げかけ、そしてその魂が死後安らかであってほしいと願った。集まった人の多くが両手を合わせて祈りを捧げる、兵士達は姿勢を正して武器を掲げ微動たりともしない。

 そして彼らを良く知る教師が遺体の傍に立ち、一人ずつどのような人物でありどのように生活し、立派であったかを語った。その中に俺も含まれ、使い魔として現われ短い期間ではあったが学園に馴染もうとし、数名の人物を救い散っていったと語られた。


   ――物凄く、気分が悪い――


 学園長が今回の出来事に対して厳かに様々な事を語り、これからどうすべきかを皆に伝えた。モンスターという脅威に対して、どのように認識しこれから学んでいかなければならないのか、そのためには街のあり方に対してどう関わっていくべきなのか。そして、学生であろうとも今回の出来事を胸に刻み、何が出来たのかをそれぞれに考え、前に進まねばならないと語る。

 公爵家――ミラノの家の人物と、アルバートの家の人物、そしてまだ俺の知らぬ公爵の家の誰かが簡単にそれぞれ語り、花を添えられる事になった。


   ――視界が歪んでくる――


 夕日が殆ど沈んできて、篝火の火が焚かれ始めた。その中で、歌が始まる。合唱の中、一人ずつ聖職者によって祈りを捧げられ、棺に入れられていく。そして棺は兵士によってゆっくりと持ち上げられ、運ばれていく。そして最後に、俺も運ばれていった。

 その映像を見送り、俺は大きく息を吐いた。そして、感情が制御できない。


「――泣いてるのですか?」

「……だって、俺。こんな、誰かに想われるなんてされた事なくて、どうして良いかわかんねえよ。

 だ、だって。なんだよ、なんだよ。俺勝手にくたばっただけじゃん、勝手な事をした自業自得じゃん!

 なのに――、俺、皆に影響を与えない人間だと思ってたのに、何で俺がしてきた事をあんなに知ってる人が居るんだよ。なんで素晴らしい人を亡くしたみたいに語れるんだよ。

 ま、まるで……。俺、認められてたみたいじゃないか。当たり前のことをしただけなのに、今まであんな事で誰も褒めてくれなかったのに……死んでからそんな事言うなんて、ズリィよ……」


 もし、アーニャが何も見せないで居てくれたなら、俺は僅かな満足感と共にそのまま消えることを選んだだろう。けれども、彼女たちが俺の死でそれぞれに感情を抱いてくれて、そして俺のしていた事を評価してくれている人が居た。それがどれだけ衝撃的で、大きな事なのかは分かる人は居ないかもしれない。

 俺が居なくなっても何事も無かったかのように世界は回り続けるし、何事も無かったかのように皆は行動する。そう思っていた。けれども、俺という存在が抜け落ちた事で何かしら想ってくれる人が居る――。


「貴方様は、両親に認められたいという思いと、認めて貰えてないという呪縛が強すぎたのです。

 両親の事ばかりで、周囲の人が貴方様を評価していてもその自分に対する評価の低さや盲目から、自分がどのように想われているか気付けなかったのです。

 その中には、善い事も悪い事もあったでしょうが……。それでも、評価はされ続けてたんですよ」

「俺、自分の価値が分からなかったから、皆、なんとも思ってないと思ってた――」

「まさか。良くも悪くも色々してきたのを私は知ってますよ。本当に何とも思われて居ないのなら、嫌われもしないんですよ?」


 暫く涙を流し、耳に残る歌を暫く何度も何度も思い返した。

 死者が安らかに眠れるよう、いつか自分が死んだときに再び会えますようにと願う歌は心に響く。神よ力を与えたまえ、荒れ野を行き嵐吹く時も行く手を示し導きたまえ。そしていつか御許に行けたなら、その翼の元に居させてください。


   ――また会う日まで――


 そう言えば、俺は両親が安らかに逝く事を考えたことも無かった。迷い無くあの世に行ったとアーニャに聞くまで、その存在を忘れていたみたいに。何が認められなかっただ、その前に俺は両親の安寧を祈ったことも無い利己的な奴ではないか。そんな奴が認められる? 馬鹿を言え、与えない奴が何を与えて貰えるというんだ。

 俺はお茶をお代わりし、和菓子を一つ二つと口に放り込んでお茶で飲み干すと涙を拭い、大きく呼吸を繰り返して落ち着こうと努力した。


「……幸せになる為には、まず誰かを幸せにしないとなれない」

「そうですね」

「俺は、何か出来てたかな」

「出来ていたとも言えますし、出来ていなかったとも言えます。

 だって、一週間で何が変わるんですか?」

「――だよな。それじゃあ、幸せってなんだろう」

「それは人それぞれです。偉大になること、武名を轟かせる事、歴史に残る発見などをする事。

 それに……好きな人と、結ばれる事とか。色々ありますよ」

「そっか」


 アーニャの言葉に頷いて、じゃあ俺は何が出来るのかなと考えてみる。戦うこと以外で、俺に出来た事ってなんだろうか。出来る事しかやらないのではなく、出来る事を増やさなきゃいけないのだろう。


「もうちょっと、頑張ってみるよ」

「えぇ、貴方様ならそう言うと思ってました。少々お待ちください、直ぐに送り返しますので」


 そう言って、俺の近くの床に縦穴が出現する。少し待ってくださいといった割には早いなと思い、それじゃあと一言置いて俺は直ぐに飛び込んだ。――埋葬の時が近い、埋められてしまったら中からじゃどうしようも無いのだから出来るだけ急ぐとしよう。

 少しだけ、蘇ったら皆は喜んでくれるかなとか。受け入れてくれるのかなとか考えながら俺は現実へ帰っていく。


「え? あ、あれ――。ま、まだ送り返してないですよ!?」


 そして、俺が居なくなった後でアーニャがなにやら慌てていたみたいだが、それを知ったのは大分後の話だ。





  ――☆――


 目覚めた俺は視界が暗くて何も周囲の状況が分からなくて驚いたものだ。もしかしてあの世から肉体に戻る過程で時間が経過し、もう埋められた後なのじゃないかと焦ってしまう。幸いな事に大分棺のスペースがあったのでぐるりとうつ伏せになり、四つんばいの要領で背中で扉に何度か体当たりをする。

 そして八度目の体当たりで蓋を押し開き、酸欠になりかけた事とあわせて荒い呼吸をしていたら周囲を兵士に取り囲まれていた。槍を突きつけられ、その後ろに剣兵が控えている。更に後ろでは埋葬まで来た学生や教師が居て、聖職者が「ひえぇ~、天に召します我らが神よぉ~!?」と手を合わせて悲鳴を上げていた。


「はは、えっと――あれ?」

「皆、陣形を崩すな! 相手はグール……いや、言葉を発したからゾンビか――。

 どちらにせよ魂を悪に染められた、哀れな者である!」

「あっれぇ!? おかしいね! おかしいよね!?」


 どうやら俺は、死んだ者の魂が彷徨った挙句魔の存在に魅入られて蘇ってきたのだと錯覚されたようだ。突き出されてくる槍を避け、かと思えば剣が振り下ろされてくるし、聖職者は五月蝿いし、学生教師は喧々轟々と騒いでいるしで災難だ。

 その時、俺は潰された片目の方も視界が通っていると気付きながらも、攻撃をかわすことで精一杯だった。そして俺は叫び声を上げる、ミラノ助けてくれ、と。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る