第15話

 戦闘間に負傷しても、自ら手段を尽くして戦闘を継続せよ。

 それがどういうことなのか、昔の俺は分からずに班長に尋ねたことがある。その言葉の言わんとしている事が判らず、幾ら読んでも自分の導き出した解釈が有っているのか分からなかったからだ。


『お前、自分たちの後ろには何がある?』


 それは、物理的な意味でしょうか?


『国を守る時だ』


 国民が、国があります。


『そうだ。そんな時にお前、肩や足を撃たれてもう闘えませんじゃ困るだろ。

 弱音を吐いて転がってる隊員の分だけ、まだ闘っている仲間に攻撃が集中するんだから。

 そして攻撃が集中すれば、やられる可能性が高まる。つまり一人が踏ん張らなかったツケが味方に重く圧し掛かるんだ。

 俺たちが負ければ敵は後ろへ、国へ、国民へ迫っていくんだ。同じように、お前の隣の奴がまだ戦えるような傷で痛いです、闘えませんとなったらお前に銃口がその分向く。

 自分で戦闘に復帰しろ、自分で手当てが出来ないようならお前や仲間が手当てをして闘えるようにする。そうやって俺達は命を預けあって任務を達成しなければならない』


 その言葉を理解できたのかどうか分からない。もしかすると、今でも俺は理解できていないのかもしれない。それでも、班長が言い終わった後で笑みを浮かべて頭をクシャクシャと撫で回した記憶を忘れられない。


『……難しく考えるな。常に全滅覚悟で闘えって言ってるわけじゃない。それでも、死ねと言われるような事もあるが』


 死ねと言われること――。死ね、死……。





 ――☆――


 ぼんやりと、俺は漂っていた。何も知らず、何も分からずにフワフワと、視界や聴覚が鈍った世界の中で浮いている。死んだのだろうか? そう思いながら鈍った視界に存在するものを、目の前に漂っているものを見た。

 ――死体だった、もう何も映し語ることのない眼と両目があって驚いて息苦しさを自覚した。息が球体に近いものとなって口から漏れ出し、上へと向かっていく。その時点でようやく自分が水中に沈んでいるのだと理解した。

 息苦しさ、死体と間近で目を合わせたことからくるパニック、そして今どうなっているのかすら分からない情報不足から来る不安でまともではなかった。酸素が足りない、どれくらい気を失っていたのか分からない、視界がドンドン暗くなり頭が痛くなってくる。それでも必死に泳ぎ、水面へと上がると思い切り酸素を吸った。

 苦しい、酸素。呼吸、落ち着く。もはや思考能力が欠如していたが、呼吸をすれば落ち着くと言う事だけは理解して何度も何度も呼吸を繰り返した。そして落ち着いてきた頃に水路の端へと寄って浮く努力をせずとも良いようにしながら、近くに登る場所が無いかと探す。兎に角、水路で漂っていては何も出来ないのだ、現状把握するにはほぼ情報が得られない場所に留まる理由は無い。

 しかし、あるのは崩れた橋が近くと壁のような建築物ばかりだ。どうしようかと悩み、考え、結果俺はその出っ張りを利用する事にした。


「はは、ロッククライミングやってて良かった……」


 とは言え、学生時代の話だが。今でも同じ事が出来るかなと思ったけれども、単純に身体能力が優れている分難易度は低い。今つかまっている縁の幾らか上にある窓枠に飛びつき、縁を足場に崩れた橋へと接近する。窓枠から窓枠へつかまりながら、崩れた橋に十分接近すると飛びついてよじ登ろうとする。

 しかし、石材の擦れ合う音に危機を感じ、直ぐにしがみ付いている場所を移動すると先ほどまで掴まっていた場所が崩れ落ちる、なんともうまくいかないものだと思いながら登りきった。そして、硬い地面の上に立ってみたところでどこなのか分からない。周囲を見ても建築物が邪魔で空しか見えないのだから。


「――まてよ」


 今自分が建物に囲まれていて周囲が見えないというのなら、建物に登ってしまえば周囲が見えるんじゃないだろうかという安易な考え。ミラノ達は学園にまで送り届けた、であれば気遣えば良いのは自分だけだ。物凄く気持ちが楽で、判断するのも是か非かだけで良い。

 では早速と、石材建築の建物を垂直によじ登っていく。窓枠に掴まり、窓枠によじ登り、壁のようで手はかけられる石材をグイグイ登っていく。そして登れる限界の場所で窓から建物に侵入する事にした。非常事態だ、不法侵入も許されるだろう。コラテラルダメージ、コラテラルダメージ……。

 建物に侵入したが、住人は居ないようで特に障害も無く移動する事ができる。部屋を出ると階段が有り、数階分登ってまた部屋に侵入し、其処から窓へ出て壁を登る。そして屋根にまで到達するとようやく周囲を見渡せる位置にまで到達できた。そして周囲から安易に見られないように、とりあえず伏せる。


「だいぶ流されたかな。戦いの場の方が近いや……」


 地下水脈が学園の地下から街の全域へとくみ上げられて流れているとか。じゃあ、中心部から流されて末端にまで来たのだろうと考えていると、一本の矢が俺の脇の近くにカツンと音を立てて当たった。あまりここも安全じゃないのかもしれない、そう思ってゆっくりと立ち上がり目的を考えていると、得物が動くのを持っていたかのようにそこらへんの建物の屋根にウルフが出てきた。

 ――もしかすると、臭いで察知して視界に移らないように音も立てずに追ってきたのかもしれない。十体近く居るウルフたちに、俺は引きつった笑みしか浮かべられない。


「どうも? もしかして――、高いところがお好き?」


 当然、その場しのぎの会話になんて意味は無い。それどころか人語を理解してるとも思えないし、唸ってこちらを取り囲むばかりだ。俺は目線を彷徨わせ、大きな動きを見せないようにしながら周囲を確認する。


「まあ、お邪魔したようで。それじゃ、これで――でぇっ!?」


 颯爽と逃げようとし、真下に見えたちょっとしたベランダに飛び降りようとする。しかしベランダに飛び降りる所までは良かったのだが、着地して立ち上がった瞬間に正面からの飛び掛りに俺は背中から地面に倒れこんで、生暖かい吐息を浴びながら下顎と頭部を掴む。こんなもの、米軍の親しくなった相手から教えてもらった技でしかないけど――それでも、銃を出すよりも咄嗟に身を守るために突き出した手の方が早いと思った。

 ゴキリという鈍い音、その音を出した骨が肉を通して俺の手に伝わってくる。驚いて手を離し、直ぐに驚いている場合じゃないとその身体を横に落とした。泡を吹き痙攣するウルフ、どうやら死ねなかったようだ。それでも身体の方は動かないらしく、脅威にはならないと判断してそのまま足と手でズリズリと後退した。そして一定の距離を後退してからグリップを取り出す、それを拳銃にしてから安全装置を解除して片手で構えながらゆっくりと立ち上がる。

 ――アーニャからもらったこの武器は便利だ、銃のグリップだけの状態にしておきながらも必要となったときにイメージした武器になってくれる。銃に限った話ではあるが、拳銃では対処できない状況を突撃銃に切り替えることで対処したりできるし、突撃銃じゃ難しい射撃を狙撃銃にも出来る。

 とは言え実弾が無ければ対応できないので、その場合は実弾ではなく魔力を弾丸として使用する。物理ではなく魔法の扱いになるので耐性がある相手には効果が少ないだろうが……。

 所有しているのは取り扱いのしやすい9mmの弾丸のみ、5.56mmは全部埋めてきてしまった。相手が多いのに効果的だと判明している拳銃で戦うのか、それとも効果があるのか分からない魔力の弾をばら撒く突撃銃にするのか――。

 判断に迷っていたら、ベランダからどんどんウルフがやってくる。それを見て俺は効果があるかどうかで悩む事をやめ、制圧力のある突撃銃の連射力と逃走に賭ける事にした。賭ける事になったともいうが……。



 部屋の扉を蹴破り、突撃銃を片手で後ろに向けながら乱射しつつ逃走する。部屋からはまるでその全てが意志を持った一つの生物であるかのようにうねりとして接近してくるウルフ、そこには壁という”そこに立つのはおかしい”という考えを持つこと自体がおかしいのかもしれない。


「お前ら、物理学ってのを知らないのか!?」


 階段を降り、廊下を走り、半身だけ捻って突撃銃を兎に角ばら撒く。そして三十発ほどの弾をばら撒けば、魔力弾とは言えマガジン経由の魔力が尽きてしまう。なのでスライド動作を省いたマガジンの差し替え動作を行い、新たに魔力を補填する必要がある。

 魔力なんて好きなだけ吸わせるシステムにしたら良かったんじゃないかと思ったが、その為にあの世まで返品の申し出をするのはあまりにも滑稽だ。というか、死なないといけないからダメだ。


「くそ、こいつら諦めろよ!」


 弾をばら撒いていれば当然命中はする、その命中によってどうなったかは分からずとも脱落していくウルフは居たのだが、周囲の奴はひるむ事無く連携した狩りの姿勢で追いかけてくる。まるで餌をちらつかされた馬だ。今の奴等にかかれば、頭数を踏まえて骨までしゃぶられる事は間違いないだろう。

 他に道があるかどうかなんてわからない、けれどもとりあえず目に見える経路にしたがって一階まで下り、外へ出て扉を思い切り閉ざした。残念な事に、内開きだから外から抑える必要も無い。扉が軋み、破壊されるんじゃないかと危惧する。しかしそのまま扉越しに黙ってもらうまで弾を吐き散らかして何とか安全を得ることが出来た。木で出来た扉なんてあまり遮蔽物にならない、一部破損した扉から中を見ればウルフが倒れている。奥のほうでは唸って警戒しているのが居るが、それも一~二体程だから扉も破壊できないだろう。その前に奴等の骨が逝くかもしれない。


「――よし、これで。はぁ……、安全だろ」


 ウルフの脅威を逃れ、助かったと思ってくるりと振り返った。そして俺は其処が敵の真後ろだと知った。ゴブリンやオークが群れている”向こう側に”人間の兵士が居るのを見た、そしてその間に存在する敵の層は厚い。

 あ、なるほど。モンスターが侵攻して通過した場所だったから人が居なかったのか、居たとしてもウルフに狩られてると。或いは既に逃げているのかもしれない。

 しかし、まあ――


「どうも、お疲れさん」


 銃を片手に、さわやかに挨拶をしながらゆっくりと歩く。いや、ほら。無害なんですよ自分、そう言う風を装って徐々に、徐々~に逃げるというやり方だ。敵を突破して人間側に合流するよりも、今は戦線に詰め寄りすぎたがために出来ている空白の敵の裏を駆け抜けて行ったほうが安全かもしれないと思った。

 兵士はモンスターに阻まれて気付いてないだろうが、モンスターたちは少し離れていたとしても銃声とウルフの声を聞いているからこちらを認識している。俺達は、間抜けにもお互いに見詰め合っていたのだ。


「ちょっと道に迷っちゃってね? キングスクロス駅の……九! そう、九の3/4番線に行かなきゃいけないけど。知らないかな? 知らないよな、そうだよな――」


 敵じゃないよと、むしろずっと闘っている相手である兵士の方にまた意識を持っていって欲しいと思って頭の悪そうなことを言っている。ゆっくりと階段を降り、通りに足を踏み込んでそのまま後ずさりしながら語りかける。

 相手は仲間内で顔を見合わせ、きっと闖入者である俺が何かを良いながら徐々に後ずさっているというのが理解できないのかもしれない。あるいは、前面の敵に対して俺を追うのか追わないのかを考えてるのかもしれないが――。

 一体、質素な兜と盾を持ったオークの固体が俺を指差した。そしてその次に近くに居る下級と思しきオークを何体か指差した。その後、ゆっくりと指差されたオークが兵士の方ではなく、俺の方に向かってきた、指示された奴が俺を追えと言うことらしい。

 同じく、ゴブリンの中にも剣ではなくナイフを持ち、兜と胸当てをしている固体が居てキーキーと俺を指差しながら喚く、すると同じように数体が俺の方へと向かってきた。


「ほっとけ、ほっとけって! あぁ、くっそぉ!?」


 ゴブリンが素早く接近してくる、オークがそれこそ肉の壁として走ってくる。暴力の嵐が其処にあり、もし巻き込まれればゴブリンによって切り刻まれ、オークによって粉砕されてしまう。走り出し、半身でそちらを向きながら引き金を引くがカシンという音がしただけで弾が出なかった。

 弾切れならぬ、マガジン内魔力切れだ。走りながらマガジンを抜き、数度振ってからまた付け直してみる。意味があるかどうかなんて分からないけれども、ただ必死なだけだ。しかも運悪くモンスターに降らせていたであろう矢が右肩に刺さる。

 あれ、運が悪すぎないか? そう考えたところで、そもそも橋ごと水路に叩き落された時点でついてないに決まってる、前もそうだった。市街地訓練で空砲を撃ったらEリングが吹っ飛び、後は帰るだけだったのに二時間も部隊の全員で捜索をする羽目になったことがある。他にも薬莢受けと銃の隙間から撃ち空薬莢を八発も紛失して一時間捜索したり、三週間もの遠地支援任務から帰って代休消化で翌日から七連休と思ったら実弾紛失事件で一週間近く朝四時から捜索をし続けたりとか。兎に角、ついてなかった。

 矢を抜く、出血が酷くなると思ったが、そもそも矢が刺さったまま行動して傷口を広げることの方が厄介だ。しかし、矢の雨は敵味方関係なく攻撃してくれる。オークの一体が首筋に矢が刺さってそれを他のオークに抜いてもらおうとしていたり、ゴブリンの足に刺さって転げた事で追っ手の足が遅くなったり、不運というよりも悪運だ。

 クルリと反転し、痛みをこらえながら狙いを付ける。――が、貫通するのかどうかを考えて、そのまま射撃をした結果流れ弾で兵士死傷でお縄とか御免被りたかった。なので射線を直線ではなく、建物などの安全な弾着位置になるように相手を定めで弾を吐き散らかせる。

 敵を減らし、更に逃亡していく。敵の裏を取っているという事は、そのまま空白地が安全というわけじゃない。モンスターも何らかの理由で俺の移動先に居る可能性も否定できず、遭遇するたびに闘うわけにも行かない。

 魔法の弾を使用し出してから、徐々に頭が痛くなってくる。吐きそうなんだと思う、じゃあとりあえず吐いておけと走りながら出したら、出てきたのはただの液体だけだった。水でも胃袋にたまっていたのか、或いはただの胃液だろうが。

 そして危惧していた事は良く当たるもので、家屋に侵入して狩りをしていたウルフが出てきたり、ゴブリンとオークと遭遇して追っ手が更に増えたりとクソみたいな状況だ。街の構造なんて分からない、戦術的にも戦略的にも敵とその点において似通っている以上、数という暴力には押し負けている。

 銃という文明の利器を扱ったアドバンテージなど、銃がこの手にあることが前提条件だ。銃が失われるか、手が使えなくなればおしまいだ。有るのはナイフ、携帯エンピ、そして心金の無い剣だ。どれも数という暴力をなぎ倒していけるような優位性は無い。

 走りながら、既に思考は現実から離れていく。判断ではなく、無意識で逃走経路選択と射撃を繰り返している。ウルフは騎兵に近いなとか、オークは重装兵に近いなとか、ゴブリンは軽装歩兵に近いなとか。敵に兵糧の概念はあるのかなとか、上下関係みたいなのもあったけど指揮系統はどこまであるんだろうなとか。

 リロードにかかる時間が徐々に長くなる、リロードが長くなるという事は制圧射撃と制圧射撃の間が生まれる、制圧射撃に間が生まれるという事は敵をひるませられなくなる、敵がひるまなくなるという事は、こちらが攻撃されることに繋がる。

 つまり、単独で多数と闘うという無謀が生存に繋がることなんて、幾ら身体的に多少優れていたところでありえないのだ。

 背後から体当たりをされて転がる、それでも受身からの姿勢復帰で曲がり角を曲がって新たに視線を引きなおそうと思ったのだが――行き止まりだった。嘘だろと、絶望する。壁をよじ登ろうにも時間が無い、ナイフを一斉に投げられでもすればそれまでだ。落下して余計に致命的になる。

 追い詰められ、その行き止まりの壁に手をつきながら荒い呼吸を何度も何度も繰り返す。片手に握られた突撃銃が重く感じた、頭の痛みが一層やかましくなり、湧いて出た虚無感が死を受け入れ出す。その感覚を俺は一番よく知っている。


 ――喪失感というんだ――


 俺は徐々に落ち着いてきた呼吸と、現実に戻ってきた思考で様々なことが嫌になった。何で自分がこんな目にあわなければならないのか、もっとチートらしく無双をして色んな人にチヤホヤされる選択肢は無かったのか、良い身分で始まり楽に様々な事ができたんじゃないかとか。様々な事を考える。

 けれども、その終着点は常に『俺が悪いから』で終わる。当然だ、他者の意志が介在しない選択において誰が悪いというのだ? 自分だ、自分が悪い。楽がしたいならこの世界に来る前にそう言う風にして貰えば良かった、無双がしたいのならもっと自分の出来る事を広げて様々なやり方を探っても良かった、良い身分で始めたかったのなら赤子として始めればよかったのだ。

 だが、そうしなかった。それは、自分の選択だ。故に、俺が悪い。常に、俺が悪い。既に、俺が――


「……何かを成し遂げようとしたら、一方で何かを失わなければならない、か――」


 ゆっくりと振り返り、既に逃走経路を埋め尽くすモンスターの大群に笑うことしか出来ない。途中から合流してきたとは言え、人一人に対してどれだけの戦力を差し向けているのだろうか。ゴブリンが飛び掛ってきて、左肩に長剣が突き刺さる。壁を背にゴブリンに押し倒されている、ゴブリンの表情なんて読み取れるほど知っているわけじゃないが、荒々しい呼吸と眉間の皺から見るに相手も必死なのだろう。

 左手でゴブリンの肩を叩く、その意味は何なのか自分でも分からないが――


「悪い、ちょっと死ぬからお前らも全員付き合ってくれ」


 そう言って、俺は前にミラノが”無の魔法じゃないか”と散々喚いた魔法を、今度は『複合魔法』では無く、本当の無属性魔法として発動させた。詠唱は短い、そもそも詠唱に意味があるかどうかじゃない、何をしたいのかが突き詰められていれば良いのだ。

 爆発しろ、と。その一言で俺たちの真上に第二の太陽が生まれたように見えた。何も無い空間に凝縮された炎が見えたかなと思えば、それが全てをなぎ倒していく。次に視界が何かを捉えた時には、周囲の建物とモンスターがなぎ倒されたあとだった。

 爆焔、爆風、衝撃波。様々な要因が一つの魔法に籠められ、様々な特性でダメージを与えていた。俺を殺そうと飛び乗っていたゴブリンは気絶しているだけのようだ、そもそも瓦礫に俺達は埋もれていた。瓦礫を退け、ゴブリンを押しのけて立ち上がったところで自分のした事を理解する。

 爆発で体が欠損しているモンスターが居る、爆焔で焼かれて黒焦げのモンスターが居る、爆風に吹き飛ばされて壁にたたきつけられたモンスターが居る、衝撃に脳をやられたのか耳から血を流して倒れているモンスターが居る。そして周囲の建物の瓦礫に押しつぶされたモンスターも居れば、這って逃げていこうとしているモンスターも居た。

 今日一日だけでも起伏が有り過ぎて、なんだか既に訳が分からなくなっていた。俺が押しのけたゴブリンが目を覚ましたのか、俺を見て武器が無いと分かりその場でしゃがみこんで身を丸めて怯え出した。そりゃそうか、先ほどまで殺そうとしていた相手が今は他のモンスターも居ない状態で武器を持ったまま立っている、殺されると思うのが自然か。

 ただ、恐怖している相手には暴走の危険性はあれども戦意は無い。そう言う奴を追い詰めた場合の被る損害の方が大きいと理解している。古代中国であれ、第二次世界大戦の日本であれ、歴史が証明している事柄だ。

 しゃがみこみ、そいつを指で突いてみた。大きくビクリと震え、こちらと目が合う。完全に怯えきっていて、今まさに殺されるんじゃないかと恐怖しているのだろう。俺はそんなゴブリンに対し、親指で背後の通りを指差した。言葉や意図は通じるかは分からないけど、どうでも良かった。


「んじゃ、俺行くから」


 頭を数度、ポンポンと撫でたのか叩いたのか分からない動作の後。俺は歩き出す。瓦礫に埋まった際にゴブリンを盾にしていたとは言え幾らかダメージを受けている、歩きづらい……。

 リロードをしながら、痛む左肩と右肩に顔を顰めて通りに出るとモンスターの大群さんとご対面である、酷い世の中もあったものだ。


「――もうダメかな」


 死を覚悟するしかないかもしれない、そう思っていると通りを埋めるような炎が大群とは反対の方から飛んできて、あっさりとモンスターを飲み込んでしまった。呆気に取られて、魔法の恐ろしさを徐々に身をもって理解し始める。


「きみ、無事!」

「――メイフェン先生」


 先ほどの魔法はメイフェンが放ったもののようだ。彼女の服装も所々血を吸っていたり、裂けたりしているものの俺ほどじゃない。先ほどの火力を見て、彼女が数十もの敵を俺よりも容易く屠って来たのだろうと予想できる。自分の惨めさとは対照的だ、俺の服は血で半分以上が染まっている。しかも自分の血も少なくない、服も傷も俺のほうが多い。

 俺が名を呼び、彼女は俺のそばへと駆け寄ってくる。そして模様のような何かが描かれたお札を俺の額に貼り付けると両の掌をパン! と合わせ、俺に向けて手印を組んだ。確か、授業でやっていた奴だ。お札という限られたスペースに、無駄の無い詠唱に使われる文脈を描きあげる。そうすることで詠唱という隙を極力排除し、魔法を行使できるのだという。

 お札とメイフェンの手から温もりが流れてきて、体中の痛みが和らいでくる。しかし、自分で治療した時ほどの回復を感じず、それでも行動に支障が出る程では無くなった。痛んでいた足を動かし、強めにその場を踏みしめて走るに耐えうると判断できた。


「凄い爆発が起きて様子を見に着たけど、どうやら助かった見たいね。

 そう言えば、ミラノさんとかと一緒じゃなかった?」

「学園まで連れて行くところまでは出来たんです。けど、最後にアルバートを渡して自分が橋を渡ろうとしたら橋ごと吹き飛ばされまして」

「――ミラノさんとか、アルバートくんは学園に辿り着けた訳ね?」

「です……」


 そう言うと、彼女は俺の肩を叩きそして微笑んだ。優しい、母親のような笑み――。そして抱きしめてくれた、柔らかく温かい。


「良くやったわね。きみの事よく知らないけど、多くの生徒たちが真似できない事をしたんだね」

「……自分、使い魔ですから」

「立場なんて関係ないでしょう? 身分で凄いか凄くないかが決まるわけじゃないんだから」


 そう言って彼女は俺を放し、それから俺に貼っていたお札を回収した。そこには描かれていた模様は存在せず、縁の模様しか存在しなくなっている。使い捨てなのかもしれない、あるいはまた書き込む事で再利用するのかもしれないが。


「――で、悪いんだけどさ。ミナセを見なかったかな?」

「ミナセ、ですか」

「エレオノーラさんは学園に送ったんだけど、ヒューガくんと二人とも見つからなくて」


 なんでミナセだけ呼び捨てなのか気になったが、それよりもあの二人だけがまだ知り合いの中で見つかってないらしい。アルバートたちを送ったら探しにいくかもしれない、そう言っていた事を思い出す。


「どこまで探したんですか?」

「戦闘区域と、モンスターの侵入経路沿い、それとアルバートくんの最後に見た広場付近――かな」


 脳裏で、円の街を思い浮かべる。中心近くの魔法学園と、其処から少し外れた位置の広場。そして広場から大通りを通って侵入経路の方角を想像し、そこを沿って全てを探索済みとして想定した。

 普通に考えて、こんな状態で戦闘区域に向かっていく思考を持つはずは無い。なぜなら戦闘に参加するように指示されたわけでもなく、戦いによって武名をあげる事を誇りとする国柄かどうかも分からない。とは言え、戦闘区域に居なかったのでその可能性は排除できる。

 逃走経路を考えるに、一番早いのは直線だが、そんな物は直ぐにモンスターやら兵士やらに巻き込まれる。戦いを避けて安全に通るには迂回するしかないのだが、浸透が酷い為にその迂回も慎重すぎれば更に遠回りする事になる。

 そこで俺は気になる一つの考えを思い出す、そういえば一つの未確認事項があった。


「――そういえば光の柱は?」

「あぁ、そういえばそんなものもあったわね……」

「自分は、まだそこまで二人のことを知っているわけじゃないです。けど、ミナセもヒュウガも慎重と安全を優先する人だと思うんです。

 あの光の柱がもし防御用の者や、居場所を知らせるものだとしたら――。モンスターが街中に入り込んでいることも考えて、その分遠回りをして学園を目指していたと考えれば位置に関しても不思議じゃ無いです。

 一人、或いは二人とも負傷していたり、武器を持っていなかったら移動の遅さにも説明がつきますし、その分モンスターが街に入り込んだが故に遠回りにもなったと思います」

「その考えは凄いけど、二人とも魔法が上手じゃないのよね。だからあの光の柱が防御にしろ居場所を知らせるものにしろ、その可能性は低いと思うけど――」


 そういえば、二人とも魔法はからっきしだったのを思い出した。ヒュウガは何をやっても魔法が発動しないし、ミナセに至っては詠唱すらミスるし記憶してないが故に自爆する。二人では、どうあがいてもあの光の柱を作るには至らないというわけか。


「……じゃあ、二人は居ないかもしれないですね」

「けど、あっち方面は調べてないし。行ってみるのも良いかも」


 って、うぉおおおいっ! 論理的に可能性を否定されたかと思ったら、結局行くんかい!? 思わず噴出してしまい、そんな俺にメイフェンの視線が突き刺さる。不味い、怒られるかな。


「あ、笑ったね? そんなきみには嬉しいお知らせが有りま~す」

「うっわ、聞きたくないですけど、一応聞いても良いですかね?」

「私と一緒に、あの光までお散歩しよっか?」


 デートのお誘いは彼女居ない暦がイコールで実年齢である俺には魅力的なお誘いだが、それでドキドキできるような状況ではなかった。周囲を眺め、焦げたモンスターの死体やら戦闘の音を遠巻きに聞きながら、再びメイフェンを見る。


「あの、正気ですか?」

「どうせ橋が崩れてて学園に入るには遠回りしなきゃいけないし、その途中でチョロっと見に行くだけだって」

「負傷者を引き連れて戦いになる恐れのあるエリアに踏み込むんですか……」

「だから治して、闘えるようにしたじゃない。さっきの爆発が何か分からないけど、きみは”マシ”みたいだし」


 そう言ってメイフェンはくるりと回って背を向けた、その途中で意味ありげに俺の出てきた袋小路を見ていた。たぶん、俺を追い詰めていた大多数のモンスターが倒れている事実や爆発が容易に俺に結び付けられたことだろう。迫撃や砲撃があるかどうか分からないのに”誤射”という責任逃れは出来ない。

 諦めながら、俺は歩きながらメイフェンの後を追う。


「そういえば、魔法って行使しすぎると何か負担ってあります?」

「ん? どういうことかな」

「その――。暫く前から魔法をだいぶ使ってるんですけど、段々気分が悪くなってきたんです。

 ちょっと、自分は何も分からなくて。今聞いておいた方が良いかなって」

「ん~、考えられるのは二つかな。魔力酔いというのと、魔力回路の未発達のどちらかだと思うけど。

 魔力が枯渇しかけてくると気分が悪くなる、最悪倒れて動けなくなるのよね。

 んで、魔力回路の未発達って言うのは私がまだ研究してる事なんだけど、魔法を行使したことがあまり無い人が大量の魔力を消費すると魔力酔いと同じ症状が出るのよね。

 だからこの学園に来た生徒には一年目から魔力を消費させ続けるようにして、魔法慣れさせるようにしてるんだけどね」

「魔力酔いと、魔力回路の未発達……」

「けど、時間が経ってるんだよね? じゃあ、魔力酔いじゃなくて魔力回路の未発達だと思う。

 魔力酔いは時間経過での回復が顕著だけど、魔力が回復していてもなるのが未発達から来る酔いだからね~」


 成る程なと、理解した。俺は自分の魔力の総量は分からないけれども、大目にしていると言われた。魔力が”精神的疲弊で減る”などの理由を持たない限り、そう容易く尽きるものじゃないだろう。となると、考えられるのは魔法を殆ど行使した事が無い俺が銃や無魔法の使用による一度に放出できる魔力以上の魔力を使用した事で、疲弊してしまったのだろう。


「なるほど、有難うございます。ところで、授業時間外の講習って手当て発生します?」

「三十ゴールド貰おうかな~? なんて」

「三十ゴ……。えっと、百ブロンズで一シルバーで? 百シルバーで一ゴールドだから……」


 四~五ブロンズでパンが一つ買える、安い服で五十~八十ブロンズはするしミラノ達が着る服はシルバーの域に入る。それを考えると三ゴールドは服を数十と買っても余るくらいだ、大きな報酬だ。

 冷や汗が出る、自分が初期ボーナスとして渡された金ですら把握していないからだ。優先順位を下げた事柄に対しては全く対処できていない、それによる冷や汗が今更ながら流れてきた。


「――因みに、給金って幾ら貰ってるんですかね?」

「四プラチナ。因みに、一プラチナは千ゴールドだから」

「プラっ!?」

「因みに、私の魔法ってお金がかかるから半分以上は消えるんだけどね。

 けど、危なくても発動が早い事や距離や場所を問わずに発動できるって言うメリットもあるから凄いでしょ。しかも消費魔力は杖を使っているときと殆ど代わらない、私だけの技術だけどね」


 そう得意げに言うが、目の前の彼女は自分らとそう年齢は離れていない気がする。優秀とか天才とか、そう言う言葉で片付けられる人種なのだろう、或いは”努力の”天才なのかもしれないし、運に恵まれていたとかそう言う話にもなるのかもしれないが。

 しかし、彼女は難しい顔をしている自分を見て微笑を浮かべ、現在の状況を忘れてしまいそうな楽しげな声と表情を見せた。


「ふふ、皆が皆きみみたいに現実的ならやりやすいのに」

「どう言う事ですかね」

「やっぱさ、学園で幾ら教えても結局実際に敵対した相手に魔法を放つわけでも、武器を使うわけでもないから今みたいな境遇には皆弱いのよね。

 けど、きみはこんな状況でも理性的だからやりやすいかな」

「理性的であることが、常に良いことはないと思いますけどね」


 そう言って、装備を確認してみた。銃の状態を確認して、マガジンを外してから薬室を開放して様々な角度から部品などを確認する。安全装置よし、薬室よし、Eリングよし――。手で直接触れながら確認し、目で視認しながら部品の欠損が無い事を確認する。そして全ての簡易チェックを終えるとマガジンを差込み、スライドを戻し、適当に見つけたお店のぶら下がり看板を狙う。

 器物損壊とか、今更過ぎる。そもそも店主店員が生きてるかも分からないし、こちらがこの点検をしなければ死ぬかもしれないのだ。なので必要な犠牲として撃ち抜かせてもらった。

 実弾に比べて音は小さく、弾速は幾らか遅いようだ。卑光弾のようにその存在が分かりやすいため、本来の用途である三百~四百メートルにもなるとウルフのように素早く反応が良い相手には使えないかも知れない。


「へえ、それがきみの武器?」

「自分の居たところの武器、ですかね」

「ユニオン共和国の作ってる武器に似てるかなって思うけど、其処の国の人なのかな」

「ん~、むしろ生まれ育ちはツアル皇国に近いと思いますよ。

 ミナセやヒュウガに名前のあり方も近いですし、気質もそちら寄りじゃないかなって」

「あはは、確かに。けど、勿体無いね。使い魔じゃ無かったら色々出来たはずなのに」

「いえ、結局何も分からないから今の境遇もそう否定したもんじゃないですよ。

 確かに待遇等で”彼女ら主人とそれに連なる階級者”と差別化されてますが、”庇護されているという状況で無償で様々な恩恵”が得られますから。

 損なう事よりも、得るものの方がでかいですし。それに――」

「それに?」

「――友人、ではないですけど。ミナセやヒュウガといった分け隔てない人物や、アルバートやグリムのように相手の尊重できる箇所を尊重するがゆえの対等さや、ミラノやアリアの上下があるが故に生じる命令指示の拘束と能力を発揮してもらうが為の与え与えられの関係って、正直嬉しいですよ。

 前は、全ての関係を失いましたから」


 そう言ってから、メイフェンの「そっか」という言葉で沈黙が訪れた。その沈黙が痛いのだが、それを無視する。銃の種類を拳銃、突撃銃と変形してかかる時間を体感で覚えてみたり、マガジンの交換にかかる時間とかを作業的に確認してみる。

 しかし、全ての関係を失ったとは言え自業自得だ。自分から連絡を断ってしまえば近場に住んでいるわけでもなければ家にまで来るわけがない、そうして次第に連絡は無くなり、絶えただけの話だ。


「まあ、自分の事に集中して、逃避した結果なのですけど」

「人生色々あるからね~。それじゃ、ちょっと集中しよっか」

「了解」


 その言葉で、準・警戒状態から警戒状態に意識を切り替える。警戒状態に入るにあたって非戦闘状態から準戦闘状態へと意識から肉体まで全てを移行させる。緊張状態が全ての感覚を研ぎ澄ませ、一挙一投足ですら見逃さないようにする。

 既に敵はこちらに気付いているかもしれない、数歩先の曲がり角でこちらのことを待ち伏せているかもしれない、何もないと通り過ぎた道に機関銃のようなもので蜂の巣にされるかもしれない、或いは建物の中から見張っていて連絡を取り合っているかもしれない、通り過ぎた建物から手榴弾を投げ込まれるかもしれない。全てが恐ろしい、そして全ての可能性は否定できない。

 銃というものが無く、手榴弾が無いだろうからそれらが飛び出してくることは無いだろう。けれども、曲がり角から特攻で体当たりのように剣やナイフを突き立てられないとも限らない、屋根の上から首筋を狙ったウルフが飛びついてくるかもしれない、もしかするとそれらすら罠で逃げ込んだ先でオークが肉の壁となって待ち受けているかもしれないのだ。


「――先生の指示に従います」

「え? あ、うん。それじゃあ、敵を見つけたらとりあえず教えて。どうするかは決めるから」

「進言とかは有りですか?」

「全然有りで」

「了解」


 負い紐をもって来るべきだったと思う、負い紐も埋まってるのだから外に行かないと手に入らない。重要なものが数多く外に置き去りで、大事な場面で役立てない。ベルトに下がっている水筒を取り、中に入っている水を飲む。水路に落ちていたのだからのどの渇きなんて覚えないだろうと思ったが、やはり極度の緊張は急速に喉に渇きを覚えさせる。

 しかし、水を飲めばその分余計に喉が渇くことを飲んでから思い出す。後になって失敗だと気付くのは悪い癖だが、事前に全てを理解していたならこんな事にもなっていなかっただろうと流す事にした。

 光の柱へと近づくに連れて、モンスターの数が増えている。もしかするとこれは味方ではなく敵の出しているものなのだろうかと疑いたくなるが、それでも今は行くと決めたのだから黙っておく。手榴弾や閃光手榴弾、煙幕があったらもっと楽だったろうなとか考えながら二人で作戦行動のようにモンスターを排除し、隠れ忍んでやり過ごし、時には音も少ないままに排除する。

 ナイフを抜きオークの真後ろから声が出ないように綺麗に切り裂き離脱する、ゴブリンを銃床で殴りそのまま頭骨が砕けるまで何度もその頭を殴りつける、ウルフには極力近づかないようにはして気付かれたらその場の敵を全て殺す。

 そして決して長居する事無くさっさと移動する、時には建物の中に逃げ込んだりするのだが時折洋服ダンスの中に隠れている市民やら、床に転がっている死体やらに何も言えなくなる。

 何度も戦闘をしているうちに、頭痛が激しくなってきてついに吐いてしまった。背中をさすられ、気分が落ち着き次第直ぐに銃を持って戦線に復帰する、弱音を吐いてる暇はない。


「ねえ、一つ聞いて良いかな」

「答えられることなら良いですけど……」

「その年で、何で其処まで自分を制御できてるの?

 本当ならとっくに休みたくなったり、疲れが出てくると思うんだけどさ」

「――数年程度ですけど、戦闘訓練を詰んでた事があるんです。そして、率いられる人から率いる人になろうとしてました。そのときの名残、ですかね」

「あぁ、そうなんだ。けど、どっちのきみが本物なのかな? 私と会ったときのあたふたして脆そうなきみと、今の間断の隙もなく周囲を見て自分ですら制御しきっているきみと」

「どちらも自分です。生きてきた中で、どちらかを否定する事は過去を否定することになりますから」

「――そっか、強いんだね、きみは。普通の人だったら、たぶんもう動けないんじゃないかな」

「じゃあ、普通じゃないんですかね、自分は」

「さあ、どうかな。それを言ったら私も普通じゃないのかもね」


 その言葉の意味は良く分からないけれども、それを肯定するのは寂しいと思った。だって、授業でアルバートやちゃんと聞かない生徒を罰したりはしたが、それでも分かりやすいように教えることに普段から苦心し、その上で自分の研究をしているのだろう。

 ミラノなどの熱心な生徒には参考になる本をタイトルまで教え、詠唱に関してもイントネーションの僅かな差や杖の動かし方まで見抜いて指摘している。まだ若いのに、だ。


「いえ、先生は普通の人です」

「そうかな?」

「自分は――殺す事と、その為に部下を生かすことしか学んできてませんでした。

 けど、メイフェン先生は戦う為ではなく純粋な知識を生徒たちに与えてます。それは、自分には出来ない事です」

「それは褒めてるのかな、慰めてるのかな?」

「純粋に褒めてますし、慰めになるのならそれが一番かなと」

「――ありがとね。きみはやっぱ、ミナセやヒューガくんに近い気質なんだろうね。

 ミナセはあんまり、そう言うこと言ってくれないけど」


 そう言って、メイフェンは寂しそうな表情を浮かべた。そして少しだけ迷い、思い切ってたずねた。


「メイフェン先生は、ミナセと親しいのでしょうか」

「え? ななな、なにかないきなり!?」

「いえ、ミナセの事だけ呼び捨てにしてますし、よく一緒に居るヒュウガのことだけは呼び捨てじゃないんで」

「べ、別に何も無いけど? うん、何も無い――」


 そう言って、自分で何も無いといってダメージを受けたような沈痛な表情を浮かべていた。口から吐き出されているのは魂かな、それともため息かな? だが、一つだけ分かった事がある。



 ――この先生は、ミナセのことが好きなんだろう――


 分かりきった地雷にかかる馬鹿は居ない、例えその先に垂涎ものの餌があったとしてもだ。無法者とプロの違いは”分別がつくか”だ。例え歴戦の勇士であっても、無用な被害を生み出すのであればただの殺戮者でしかない。逆に歴戦の勇士に及ばずとも、何をしてはいけないのかを理解していて、なにをすべきか理解しているものが一番優れている。

 ちょっとだけ……惹かれたところはあった。たぶん俺の事を褒めてくれたのは、この世界においてメイフェン先生だけだろう。だからこそ靡き”かけた”。競争ならまだ分かりやすい、けれども既に確定した意志に自分を潜り込ませてこちらを向かせるとかいった、そんな技量は無い。童貞だしな、そもそも彼女が居た事がない。

 自分に対してか、それとも神様に対してか呆れるような息を漏らすと笑みを少しだけ浮かべた。


「――なら、早く見つけてやらないとダメですね」

「え、何その笑み。ちょっと、待ってってば。一人で勝手に納得しないでってば!」


 少しの笑い、現在の行動への責任感を新たに二人で歩んでいく。少し笑っただけで元気になれる、目的があるだけでもやる気と集中度合いが違う。そして理解する、俺は他人を餌にして自分の存在を確立している蛆なのだと。

 誰かを言い訳に使わなければ何も出来ない、見下げた存在なのだとつくづく思う。それでも、他人を食いつぶすのではなく他人の不幸を食っているだけまだマシなのかもしれないが……。


「先生、あそこ――光が立ち上がってる場所だけ、妙にモンスター多くないですか?」

「――やっぱり、ただの集合地点か何かだったのかな。あるいは、今回の襲撃を操った何者かが居るのかも」

「……探りますか?」


 もし彼女が飛び込むといったのなら飛び込もう、怖いしタダじゃ済まないだろうが目的があの先ならば仕方が無い。メイフェンが考え込んでいると、光が突如として薄れていき、そのまま一定の明度になった途端に薄いガラスを割ったかのように消え去った。それと同時に、モンスターの奥側でけたたましく声が響いたかと思うと、ナニカが俺たちの視界を暗くする。

 なんだろうかと二人して間抜けにも見上げ、それがなんなのかを理解した時には”モンスターの死体”が鈍い音と血の雨を降らせながら落下してきる。それが何故なのか、理解する為の”常識”が俺と先生の中で大きな隙を生む。

 だから、遠くモンスターの波の中に存在するのが人だなんて理解するのに時間がかかった。


「先生、人発見!」

「え、嘘!?」

「今のモンスターが吹っ飛んだ時に、少しだけ見えました!」


 誰なのかは分からないし、それが男なのか女なのかすら分からない。けれども、一番脳裏に焼きついたのは武器を振りぬいたその態勢と、其処から相手の死によって振りまかれた血をまるで”恵み”のように空を仰ぎ、受け入れていたところだ。

 今ではその人の姿もモンスターに埋もれて見えなくなっている、それでも時折モンスターの悲鳴だけが木霊して聞こえる。まだ、戦っているのだ。


「――先生、助けますか?」

「当然! けど――」

「けど、なんです?」

「早く助けないと、危ないかも」

「なら回り込むなりして助けてやってください。自分は適当に戦って、適当に逃げますから!」


 そう言って、俺はモンスターの渦を前に飛び出した。メイフェン先生が迂回して行くのをチラリと見て、彼女の存在を知られること無く俺は気を引けているということだ。後は単独ではなく、目的のある単独だ。奥に居る人物を救う、その為にモンスターをこちらに誘引し、メイフェンを潜り込ませ、状況を見て俺も離脱する。

 頭の頭痛がそのまま俺の”残弾”であり、戦闘不能がそのまま生命的にも戦闘継続能力的にも”死”を意味する。けど、俺は思う。これで死んだとしても、俺は自己満足の海に浸ったまま消えられるのだと。





          ――そして、俺はまた逃避する。生きる努力を放棄して――

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