第14話
使命感に徹し、あくまで任務を遂行せよ。
陸曹になろうとするにあたって、筆記試験にむけて勉強をしていく中で自分の営内班長が面倒を見てくれた中で散々見た言葉だった。戦闘間隊員一般の心得と書かれたページ、様々な心得の中で一番最初に来るものだ。
戦いは困難であって連続するものである。しかもその様相は悲惨であり凄惨を極め、長い期間を不眠不休で活動しなければならないと書かれている。であれば、初の戦闘であり初の自分の価値を主人であるミラノに知らしめる場でもありながら、いかにミラノ達三人を安全な場所にまで送り届けなければならないのかが今の俺の任務だった。
後詰へと兵士に案内された俺たちは、そのまま兵士と別れて避難や保護されている人々が居る建物へとやってきた。中にはチラホラと学園に居たであろう魔法使いらしき人も居るが、そのどれもが”使い物”にはならなさそうであった。
恐怖し、混乱し、怯えている。とてもではないが、戦い、抵抗し、思考し、生き延びると言う事が出来そうにはない、居るだけ足を引っ張ってくれるだろうと思って無視した。
だが、後詰を通ってこちらにやってきたのは一つの大きな収穫があった。メイフェンがアルバートとグリムを連れ、やって来たからだ。メイフェンはアルバートと顔見知りである俺たちを見つけると二人を預けて再び外へと向かっていった。また、戦いに行くのだろう、生徒たちを探しながら。
「お、おぉ……。ヤクモ、貴様無事であったか!」
「アルバートもグリムも、無事みたいだね」
「――険しい戦いだった」
二人とも傷だらけで、その服装は血に濡れていた。怪我は無いのか少し心配したが、やや興奮か混乱してるのか分からない様子でアルバートが語る。
「こっ、これは武功だ! モンスターに襲われた時、庇ってくれた兵が亡くなってな。申し訳ないが、我は死にたくなくてな。その武器を借りて、戦ったのだ」
「――私も、武器拾った。けど、先生が来なかったら危なかった」
二人とも、武器を手にしている。そのどれもが、刃毀れたり、血に塗れている。アルバートの剣、グリムのナイフ。グリムはまだいいが、アルバートは握る武器がカタカタと震えていた。怖かったのか、或いは怖い思いをしたのか。それを躁状態で、理解していない。
俺は笑みを小さく浮かべ、アルバートの手を両手で握った。そしてその両目が俺の目が直視しているのを確認して、ゆっくりとその武器を外した。もう使い物にならないだろう武器を床に落とすと、落下した際にポッキリと折れる。きっと、数多くの敵を切り、突き、そして相手の攻撃を防ぎ、弾いたのだろう。その手の震えが理解できるほど、酷い場所にいたのかもしれない。
「アルバート。もう、大丈夫だ。助かったんだ、だから――」
「――たすか……っ」
「力を抜け、大きく息を吸え、そして――周囲を見るんだ。首じゃなくて、目も使って。
ほら、何が見える?」
「――人、だ。多くの、人」
「ここは、戦場(いくさば)か?」
「いや……」
「――腹は、減ったか?」
「ああ、減った、な……」
「じゃあ、座って待ってろ。何か探してくるから」
「――……、」
ドサッ、と。鈍い音を立ててアルバートは尻餅をつくようにその場に座り込んだ。脱力、極度の緊張からの開放、ストレスから来る神経の磨耗と忘れていた疲労などが全て訪れたのだろう。ミラノとアリアにアルバートに付き添ってもらい、俺はカティアを引き連れて何らかの飲み物や食べ物が無いかを後詰の兵士に尋ねる事にした。
「――私も、行く」
グリムは無表情なままに、ナイフを鞘に収めると俺と同行すると言った。それに反対する事無く、彼女も引き連れて歩き出すが――
「ヤクモ。ここの空気、私嫌い」
カティアのその言葉で、改めて今居る場所がどれだけ酷いのかを知った。泣く女性、膝を抱えて動かない青年、兵士に怒鳴り散らす年寄り男性、両手を合わせて神頼みをしている老人女性、親に母親或いは父親が居ないのを尋ねている子供……。ここまで絶望的な避難所は見たことがない、まだ他力本願で楽観的なほうが若干マシだ。
「仕方ないよ。地面が揺れて、多くのものを失った上に、大事な人を失ったかもしれない人だって居るんだから。
絶望、失意、不安、恐怖。それらが蔓延してて良い空気も何もあったもんか」
「――皆、どうして良いか分からない」
「誰だって分からないよ」
何人かは俺たちと同じように傷や血を浴びているが、そのうちの何人が「戦い、浴びた血である」と言えるのだろうか。親しき人を、守ってくれた誰かを失って浴びた血が多いのかもしれない。そして科学力の低さによる物資の大量搬送や、人員の救護などが出来ないというデメリットが俺には大きく見える。
飲み水や食料、衣類等と言ったものを多く運べる船、輸送機等が無いから如何しても少ない物資を大量に、或いは頻繁に運ばなければならなくなる。そこらへんは、俺の収容魔法で沢山の食べ物や飲み物を保管して一人乗り込むだけでもだいぶ違うのだろうか……?
憶測で希望を与える事はできない、なのでそこも知る必要が有るだろう。もし無尽蔵に、かつ無制限に食べ物や飲み物を保管できたなら、それだけで多くの人が救えるのだろうから。
「あの、すいません。先ほど来た者ですが、飲み物とか、口に出来る物は無いですか?
僅かで良いんです」
「――昨日から、何も食べてない」
「そうか。……君は、学園の生徒か?」
「――ヴォルフェンシュタイン、分かる?」
グリムがそう言って、小さく首を傾げた。この兵士がそれで全てを理解してくれるかな、という動作なのかもしれない。あるいは、その家名を出せば全てがすんなりと通るくらいの許可証代わりなのだろうか。――下手すると、これで家名を出した以上無碍に扱えば一族郎党縛り首とか、そう言う暗い話になるのかもしれないが。
兵士はその家名を聞いて驚き、居住まいを正して胸を拳で叩いた。忠誠を誓うとか、心臓を捧げるとか、そう言うものなのだろうか? 銃を保持した時の敬礼に近いものなのだろうか、変なところが気になった。
「ヴォル……。水と、食べ物ですか?」
「――そう」
「直ぐにお持ちします。ヴァレリオ家の者にも、よろしくお願いします」
そう言ってから再び胸を叩くと、その兵士は慌てて去っていった。その様子を見ていた俺はグリムを見て、やはり理解できないものだと思った。
「家名で無理が通るのか」
「――ん、通る。それに、非常事態」
「けど、脅したって事にならないか?」
「――良い。アルを助けて、支えるのが私の家の仕事だから」
「俺には良く分からないや」
「――分からなくて良い。ヤクモは、そのままの方が良い。家のこととか、関係ない、そんな風が良い」
たぶん、多くの人には滑稽に見えるだろう、見えただろう。アルバートとミラノの家が大きな権力を持ちながら、まるでそんな物は関係ないと関わっている俺と言う存在が。怒りを買えば御家とり潰しや罪名をでっち上げて処刑だってされるかもしれないというのに、そんな事を考えずに態度を改める事もせずに、アルバートとは対立した上でタメ口を叩き、ミラノにいたっては頭を垂れて人形のように従いもしないと。
けど、俺は逆に”既に教育された身”であるが故に、そんな表向きの仮初や偽りの忠義なんか役に立たないと思っている。例え相手が上の立場であっても、反対意見を投じ、違う考えを提起し、最悪従えないと言わなければならない時だってあるのだ。それは任務そのものに対してではなく、達成の仕方に対してだが。
「なんか、アルバートたちの家って相当なんだな」
「みたいね。家の名前を出しただけで通るなんて、なんか不思議」
「――二人の居た場所は違うの?」
「そこまでじゃ、無かったかな」
「私は分からないけれど」
俺は違うと良い、カティアは分からないという。というかカティアは猫だったわけで、猫の社会なんて縄張り社会なんじゃないだろうか。とは言え、人間も縄張りを持っているわけで、利権争いとも言えるのだろうが、少なくとも仕事の首は飛んでも死にはしない。結果として社会的な死を迎える人は居るかもしれないが、致命的ではない。
もうちょっと色々勉強しておけばよかったかなと思いながらも、それでも今一番学んで置いてよかったと思っているのは自衛隊の訓練や知識の方だ。戦い方、行動指針や行動の仕方などを知らなければ俺も喚き、怯えるだけの人に成り下がっていたかもしれないのだから。
暫くして、兵士が数名の兵士を引き連れて戻ってきた。そこには今必要としているには多すぎる分量の物資があった。
「こちらをどうぞ」
「――多すぎる」
「しかし、不足するよりは良いかと」
「――じゃあ貰う」
袋詰めされた食料と、幾つかの皮袋に入れられた飲料。それらをため息を吐いて受け取るグリムだが、受け取るにあたって何か耳打ちされていた。出世を望んでよい待遇をしたと名前を告げているのか、それともここまでしたのだから処罰などをしないでくださいという嘆願なのか。――もしくは、自分らよりも先に来た魔法使いの中の数名は要求し、罰すると脅したのかもしれないが。
俺は一番重いだろう袋を受け取り、カティアとグリムに分担で皮袋飲料を持ってもらい、アルバートたちの所へ戻る。その最中、周囲の目線が突き刺さるのを感じた。
「――少なくて良かった。これじゃ目立つ」
「そこは怨むしかないな、必要な分だけを貰うって言うのが難しいなんて思わなかった」
「――別に処罰しないのに」
「そう思わなかったんじゃないかな、あちらさんは」
「――邪魔」
「なら、必要としてる人に分け与えるか、後で返そう」
「ミラノ様、アリア様。お待たせいたしました」
カティアが何時もの慇懃無礼な態度で帰還を報告し、俺とグリムもそれぞれに片手を挙げてみたり、小さく頷いて見せたりした。アルバートは座ってから落ち着いて我に返ってきたのか、ミラノとポツポツと会話をしているようであった。その様子を見ながら、親しくなるチャンスなんじゃないかなと思っている。アルバートはミラノが好きで、今の非常事態はつり橋効果にもなりかねない。
まあ、主人が今日の出来事を切欠にアルバートとの付き合いが始まって、結果として恋愛に発展してもそれを支えるのが俺の立場だろう。事の趨勢を見守るしかない、それで最悪お邪魔虫扱いで追い出される事が有っても良いように色々模索する事も考えておこう。
新たに分かった事だが、彼女らの兄に似ているという事はマイナスもプラスも生む。好感度の初期ブースとは良くとも、恋愛方面ではマイナスのブーストがかかるだろう事は想像に難くない。家族に対して安心や信用・信頼は出来ても身内に対して恋愛感情は抱かないだろうと言う考えだ。
とはいえ、作品でも存在するが行き過ぎた兄妹愛がその垣根を越えてしまう事は少なくないのだが。そもそもこの時代背景的に下手すると近親婚が無いとは言い切れないし、魔法が使えるという背景がそれを助長している疑いもある。
高校時代のときに受けていた世界史の授業では何と言ってたか、○親等以内はダメという風に縛りながらも禁止はしていなかった時代もあったという。それに、神話だったか伝説だったかでは息子と結婚した母親という話も有ったような……
「どうしたのかしら、ヤクモ。難しい顔をして」
「ん? あ、いや。考え事をしてた」
カティアに声をかけられ、自分が変な事で思考に溺れていたと気付かされる。目頭を揉み、グリムと一緒に一息つく準備を始める。アリアも手伝ってくれた、彼女はあまり緊迫した状態の中で疲弊はしていないみたいだった。アルバートとミラノはそれぞれ違う意味で疲弊している、そのケアもしなければならない。
立つ鳥跡を濁さず、自立組織自衛隊は撤収までも立派であるべき。似たようでちょっと違うかもしれないが、この時代に現代のような精神科や災害時の支援があるわけじゃない。なら、自分が経験し理解した範囲で色々と手を尽くすほか無かった。
「――アル、蜂蜜酒」
「あ、あぁ。済まぬな」
「ミラノは水、それと――全員塩を一つまみ舐めておいたほうが良い」
「塩を? 何でですか?」
「何が起きるか分からないけれども、アルバートとグリムは戦闘をこなしてきた。つまり汗をかいてるワケだ、量はわからないけどね。
で、汗をかくと体内の塩分が抜けていって、体内の塩分が不足すると体調が悪くなる。眩暈、ふらつき、脱力や筋肉の痙攣が起こる。最悪死ぬ可能性がある」
「――アル、塩入れとく」
「いや、蜂蜜酒に塩は入れずとも……お、おい。どれだけ入れるのだ!?」
「う、うわぁ……」
たぶん、それは塩分過多で死ぬんじゃないだろうかと思う。主に味覚的な意味でだが。それでも、グリムが塩分を加えたその蜂蜜酒を受け取ると一息で全て飲み干した、漢だと思った。
そしてプハー! と一息を吐いているのだがその表情は優れない、物凄く不味かったのだろう。俺は内心で合掌し、アルバートの災難に同情した。
だが、蜂蜜の甘さと塩分の濃さ、そして学園でのグリムとのやり取りに近い状況が今有った為か、先ほどまでの変に張り詰め、視野狭窄に陥っていたアルバートではなくなっていた。表情が柔らかく、自然体だ。今なら落ち着いて話も出来るだろうと俺も塩を舐めて腰を落ち着ける。
「それにしても、良く無事だったな」
「兄(けい)の家に世話になっていたのだ。そして朝早くに学園まで戻ろうとして、襲われた」
「――護衛の人、全滅した」
「うむ。兄(けい)が付き添わせてくれた兵士は、我等を庇って亡くなってしまってな。
……それでも、貴様の教えてくれた戦い方のおかげで何とかなった」
「――息、合わせて戦った。今までと、ちょっと違う」
たぶんアレだろう。指揮官が「放て!」と言って弓を射かけ、「槍隊構え!」と言ってスパイク構えるような指揮官ありきの完全統制された大規模戦ではなく、戦術単位を縮小しまくった現代戦に幾らか近い。戦闘下に置ける下士官の限定的主導権、現場至上主義による臨機応変で適切な対処という奴だ。命令や目的を理解し、そのために試行錯誤し、最善最適を求めて行動する。戦列歩兵と違い、柔軟性はあるだろう。
「今度、今回の教訓を生かした練習をせねばな。グリム、その時は付き合え」
「――ん、付き合う」
「あなた、怖くないの? だって、人が死んで、自分も死に掛けたって言ってたじゃない」
「は、怖くなど無い。――等とは、言えぬな。だが、我は男であり、いつかは兵を率いて戦う身だ。
その時になれば、常勝無敗などはありえぬだろう。今日のように惨めに逃げ惑い、抵抗しながら生きながらえる時もあるやも知れぬ。なればこそ、此度の経験は宝だ」
「大勢死んだのよ?」
「ミラノ。死に方はどうであれ、誰しも死ぬのだ。運が無かった、或いは実力が無かった、神に見放された――。言い方は様々であろうな。けれども、どう言い繕った所で”力無き故に死んだ”という事は無いと言い切れぬ。その死の前には、民も我等も関係ない」
「――学園の生徒、死んだ人も居る」
どうやら、やはりというべきか……学園の生徒で死んだ奴も居るようだ。運が無かった、実力が無かった、言い方は様々あるだろうが、それでも非常な現実のもたらした結果に文句は言えない。文句を言ったところで、覆せないのだから。
「……ヒューガやミナセは、来ていないのか?」
「ん、どういうことだ?」
「街中で見かけたのだ。モンスターとの戦いで乱れていたので、見間違いかも知れぬがな。
だが、黒い髪はそう多く居ないだろう」
「――見て、ないな」
思い返せば、ミナセとヒュウガもエレオノーラに引き連れられて街へと出て行ったはずだ。と言うことは、彼らもまた地震に遭遇していて、そして朝に見かけたという事はまだ街中に居る可能性はある。
エレオノーラは別に其処まで関わりは無いけれども、ミナセとヒュウガは親しくさせてもらっている、だから……居なくなって欲しくない。だからと言って、あても無く戦火の中を彷徨う事も出来ず、身動きとれずに居る。
「アンタ、まさか探しに行こうとしてる?」
「――いや、学園まで皆で戻ろう。二次災害、三次災害を引き起こすわけには行かない。
そして学園に辿り着いて、探したいとは思ってる」
「思ってる、と言うことは考えの一つという事ね」
「学園内なら更に一枚大きな壁があるし、教師がまだ残ってるんだろう?
なら、良く指示に従い、良く戦い防衛さえすれば大丈夫じゃないかな」
「曖昧ね。誰もかもが、アンタみたいに戦えるわけじゃないって、分かってる?」
「――戦えるから戦ってるんじゃない、果たしたい目的に向かっていく途中で戦わなきゃいけないから戦うんだ。誰かを守りたいから戦う、誰かを救いたいから戦う、誰かを生かしたいから戦う、誰かを逃したいから戦う。そういうものじゃ、無いかな」
理解はされないだろう、それでも戦う事が目的じゃないという事は理解してもらいたい。何かのために、誰かのために、目的の為には戦わなければならないから戦うだけで……別に戦いたいから戦うわけじゃないのだ。
ミラノは俺の言葉に黙る、どうやらまた彼女の兄の発言に近いものを言ったようだ。やりやすいのだが、幾らか虚しさはある。
「アルバート、体調はどんな感じだ? 学園まで、その道に敵が居るという”最悪の想定”で判断してくれ」
「――少し休めば、十二分に行ける」
「ミラノ、アルバートとグリムも学園に連れて行きたいけど、良いかな?」
「良いも何も、留まるか学園に戻るかしか選択肢は無いじゃない」
「じゃあ、アルバートが回復するまで休憩。カティア、床でも良いから座って足を休めときなよ?
固い床でも、寝転がってるだけでも休まる」
俺はそう言いながらゴロリと床に転がり、そして休むと決めたらもう眠くなってきた。そして思い返すのはモンスターとの戦いだった。モンスターを見たのは初めてで、学園に居る間に聞いたのはそう言う奴等を駆逐して人間の領土を取り戻すという立派な言葉ばかりだった。
しかし、違った。現実にはそんな事にはなってないし、それどころか死者まで出ている。つまり、現実を知らぬ人々の夢物語だったと、今回のことで理解できた。
ウルフの速さとその体格には押さえつけられては敵わない、オークの体格には並大抵の攻撃力じゃ攻撃が通らない、ゴブリンのすばしっこさには対処が遅れれば死ぬしかない。奴等も、それぞれに連携して動いていたということだ。たぶん学園で学んだ
――驚きを見せ、敵意を見せ、死にたくないと抗っていた。奴等も、知能ある生き物だった。そんな奴等と戦い、圧倒し、”殺し”たのだ。銃で撃ち抜かれ、ナイフで首を貫かれて死んだ。それを考えると手が震えたが、一息吐いて意識を切り替えるとその手の震えですらなかった事になる。
自分は正しかったという欺瞞で塗り固め、敵は自分と同等の生物ではなかったと思い込むことで”命を奪った”という思考から”敵を倒した”という思考にしてしまう。実際、かつての戦争では”人間”を撃てなかった兵士が少なくなかったという。そして米軍は射撃訓練の時に人間を模した肉塊を撃たせる事で抵抗を減らす事にした。結果、うまくいっているそうだ。
「なあ、ヤクモよ」
「……ん?」
ゴロリと、アルバートが俺の近くに腰掛けた。床に寝転がり眠っているような自分と、床に座る貴族というのもおかしな絵面だろうが、そんな事はどうでも良い。
「貴様も戦ったのか」
「じゃなけりゃ死んでるよ」
「――初めての実戦が、こんなにも惨めで苦しいとは思わなかった。
今までは相手を打ち据えれば、或いは降参すれば終わりだと思ったが、全く違う……。
降参した相手が騙し討ちしてきて死ぬ、実際に――兵が死んだ。そして相手の息の根を止めなければ終わらない中で、どうしたら相手を倒せるのかを考えると、難しいものだと分かった。
相手も、こちらも必死だ。想像と、違う」
「どう違った?」
「戦いは華やかで、栄光に満ちていて、栄誉有るものだと思って居たが――違った。
戦いは惨めで、喪失感に溢れていて、二度と味わいたくないと思うものなのだな……」
どうやら、アルバートは学園内での戦いというものと、実際に戦ってみた事での差が大きすぎてショックを受けているようだ。そりゃそうだ、本気で”命のやり取り”を想定した訓練をしている人物なんて見た記憶が無い。むしろミナセやヒュウガのように”本気で戦ってみる”という事をしている人のほうが稀だ。
それでも、銃等の”感触の無い殺し”とは違い、剣で”直に命を絶つ”という事を経験すればそれも仕方の無い事かもしれない。しかも、今の彼らには『自分は正しい』などと自分を騙す何かや上の立場の人が居るわけじゃない。
「まあ、それが分かっただけ良いんじゃないかな」
「――と言うことは、貴様は戦いがどのようなものかある程度は知っていたということか。
その上で、語っていたのか」
「いや、俺も本当の命のやり取りは初めてだけど。それを想定した訓練は、何年もやってた」
「……そうか」
アルバートはそれ以降喋らなくなり、壁を背に目蓋を閉じて休みに入ったようだ。回復にかかる時間は、おおよそ一時間と見て良いだろう。大休止にも近い時間を休んでいられるのだ、ありがたいと思うほか無い。
「――アル、何か食べる?」
「いや、どうにも腹の調子が良くないのでな……」
「――無理でも、食べる」
「……そうだな。少しだけ、胃にもたれぬ物をくれ」
グリムがアルバートの世話を焼いている。
「姉さん、大丈夫?」
「大丈夫。気分が優れないだけだから」
「ヤクモさんが守ってくれてるから大丈夫だよ。学園まで戻れば、とりあえずは安全だから」
「――そうだといいけど」
アリアがミラノを気遣っている。
「ねえ、ヤクモ」
「ん~?」
カティアは、俺の隣に座るところりと横になってこちらを向いてきた。近くで彼女の目を見るのは初めてだが、その目の色は吸い込まれそうだ。そんな事を考えてる場合ではないが、命がけだったからこそ”種の存続”という本能が湧いているのかもしれない。
「私も、役に立ちたいわ」
「――実際にカティアが戦えるかどうかを知らないから、それを知らないと安心して戦わせられないよ」
「はいはい、もしかすると足手まといになるかもしれないと言う事でしょ?
けど、やらなきゃ何も分からないじゃない」
「ま、確かに……っと」
戦いと言って、そう言えば今回の戦いで使用した弾丸をマガジンに籠め直してない事を思い出した。9mm弾の入った紙箱をこっそりと取り出し、その中から使用分を出すとマガジンにカチャカチャ装填していく。そして装填の済んだマガジンを手に叩き付けて弾の偏りを除きつつ、装填不良が無いか確認して弾倉へと戻した。
「――言う事は聞けるか?」
「それが命令なら」
「じゃあ、勝手に飛び出さない、俺が危なくても変な行動をしない、優先すべきは戦いじゃなくて生きること。それを守って、一緒にやっていけるかな」
「で、出来る範囲で」
カティアの言葉に了解と言って、再び目蓋を閉ざして仮眠に入る。そんな俺に触れてくる存在があり、それがカティアだと知って空いている手で頭をなでた。満足そうな声を漏らすが、それが徐々に寝息に変わっていく。
猫だった性分を引き継いでるのだろう、とすれば普段から相当眠いのを我慢してるのかもしれない。昨日今日と見てる限り、カティアは夜は早く寝ちゃうし、朝は遅い。起きてる時はシャキシャキして人を食った態度を取るくせに、寝起きはフニャフニャトロトロしてるし、横になると起きていたのが嘘のように眠ってしまう。
戦いにならないで居てくれると嬉しい、カティアやミラノのような女性が戦いに巻き込まれない事の方が望ましいのだから。
息を一度だけ吐くと、そのまま意識が薄らいでゆくのを感じた。必要最低限の活動だけを残して、睡眠に近い状態で休みを取る。そして一時間近い時間をそうして休んだ俺は幾らか回転の鈍った頭と疲れを抱えた眼を抱えながら起きる。
……見れば、アルバートもグリムも、ミラノもアリアもそれぞれに眠っていた。座り、横になり、身を寄せ合って、安らかに。
彼らが自然と起きるまで待とうと、俺は少しばかり建物内部を歩く。ミナセやヒュウガ等は見当たらない。一時間では見当たらなかったのだろうか? メイフェン先生も大変だなと思いながら窓から外を見る、時折魔法と思しき攻撃が飛んでいく。弓が弧を描いて飛んでいくのも見えた、きっと今でも戦闘が行われているのだろう。
朝駆け、奇襲攻撃による混乱、態勢の整わない戦闘で被害は大きいのだろうなと考えてしまう。自分らも兵士と出会わなければどうなっていた事か――
「おい、お前……お前!」
「――?」
幾らかぼんやりとしていた自分だったが、そばにはいつやってきたのか分からぬ学園の生徒らしい人物が居る。焦燥、或いは気が滅入っているのか落ち着きが見て取れない。良い予感がしないなと思っていると、その予想は的中した。
「ぼ、僕を学園まで連れてけ! つよ――強いんだろ!?」
「――申し訳ないですが、それは出来かねます」
「何故だ!? かっ、金か? 金なら後で払ってやる、欲しいものがあるなら何でもやる! だから――」
「いや、金や物じゃねーんです。自分は今、ミラノとアルバートを学園に連れて戻る予定なんですよ。
なので、ご一緒にと言う事なら――」
「こんな所に、居られるか! ぼぼ、僕に死ねと言うのか!?」
「死にはしないでしょう。少なくとも兵士が居て、避難した人の中には魔法を使える人が居ます。
敵襲の可能性は、低いです」
「しかっ、しかし! 壁を壊されてるんだぞ! 今まで、崩された事のない壁が!
もも、もしっ! もし、その力でここを狙われたらどうする!」
「どうするも何も、戦いましょうよ。授業で戦い方を学んでるはずです。魔法と、武器で、切り抜ければ宜しいかと」
「しし、死んだらどうする! 僕は、こんなところで――そうだ! 僕は魔法が使えるんだ、特別なんだ! だから――」
頭が痛かった。魔法が使える人と、使えない人。その格差が追い詰められた時に良く分かるだろうと思ったが、それをこんなにも早く知る事になるとは思いもしなかった。
ため息一つ吐き出し、頭をかくと俺は再び否定した。
「ですから、待ってもらえますか? ミラノやアルバートと――」
しかし、諌める筈の言葉は、直後に顔を掠めて飛んでいった雷撃に飲まれて消えてしまった。掠めたからか、片目が痺れて視力を奪われた。それでも少しの間で徐々に回復したところを見るに、電圧は低かったのかもしれない。杖を向けて荒い息をしているそいつに、ゆっくりと向き直った。
「は、はは。そうだ。僕には魔法がある、お前は逆らえない。
どうだ、ここで死にたいか?」
「……杖を向けるな」
「そうか! なら、僕を早くこんなところから出してくれ!」
「断る、よっと!」
向けられた杖。それさえ外してしまえば、大多数の魔法使いは魔法を封じられる。五倍の消費量に耐えられるかどうかというより、見栄えがどうとかの話になるのだろう。或いは既成観念かもしれないが。
踏み込み、手首と杖をしっかりと握りこんだ。手首を下方へと捻り、杖への握りこみを甘くさせる。そして杖を引き寄せながら痛みで隙だらけとなった相手に頭突きをかまして杖の強奪に成功する。
即座に杖を膝を使ってへし折り、それを床に捨てると相手は悲鳴を上げる。
「ひひ、ひぃ!? ぼぼ、僕の杖がぁ!?」
「――誰だって助かりたいのに、お前ら偉い奴がオタオタして下にみっともねえとこ晒して士気下げんじゃねぇよ!」
そう叩き付けると、相手は四つんばいでほうほうの体を晒して去っていった。そして残された俺は盛大なため息一つを吐いてから再び窓から外を見る。ああやって自分勝手なことを喚き、そして行動する輩は一番危険だ。なぜなら何の対策も対案も無いままに出て行き、想定外だと”予想できた事”を前にして壊滅していくのだから。
窓の外を見ているが、その空が紫色に染まっているだなんてあんまり気にも留めなかった。もしかしたら空の色ですら異常事態なのかもしれない、そして――遠くで見える光の柱のようなものもきっと何らかの意味があるのだろう。
――なんか、惨めだ。チートだ、なんだかんだと言ってやって来た筈なのに、実際にしている事はかつての自分が出来た事ややってきた事をそのまま生かしてちょっと凄い事をしているだけだ。英雄願望があるわけじゃないが、それでも――何か出来るんじゃないか、何とか出来るんじゃないかという思いが胸を占めた。
――☆――
全員が起きるのに、休憩開始を宣言してから実に一時間半ばはかかっている。とは言え、時間との勝負というわけでもないし、学園に到着以降の指示や命令が有る訳じゃないので安全重視で行くしかない。高機動車やヘリに乗せて移動、みたいな真似は出来ないのだから足で移動してもらうしかない。
避難所で俺を脅迫してきた奴も、なんとなく混ぜ込んで連れて行く。理由? 関わったが故に見捨てると後が面倒だと思ったからで、それ以上でもなんでもない。杖が無いので戦力として期待できないが、そいつはへっぴり腰でカティアにしがみ付いている。
「ほ、ほんとに僕を学園まで連れて行ってくれるんだろうな!?」
「ほんとほんと」
「み、見捨てたり囮にする気だろ!?」
「しないしない」
「みっ、ミラノさん! コイツ、信用しても良いんですよね!?」
「わたしの使い魔を信用しないと言うことは、わたしが信用できないという事になるのだけど」
「めめ、滅相もないです!?」
しっかし、やかましい。もしこれで周囲がモンスターの大群に取り囲まれている状態なら殴りつけてでも静かにさせる、じゃ無けりゃこちらの居場所を常に発信し続ける阿呆な部隊に成り下がってしまう。どんな戦いにおいても、こちらの存在を相手に知らせずに行動し、相手を叩く事が重要だと言うのに、これでは襲ってくださいと言っているようなものだ。
「けど、コイツは僕の杖を折ったんだ!」
「マルコ、もとはと言えばあなたが脅したからじゃない。良かったわね、思いっきり殴られなくて」
「頭突きはされた!」
「――したの? アンタ」
「……したなあ。けど、あえて言わせてもらうけど武装解除術の一環として、言うなら安全に相手の武器を奪うという行動の結果頭突きをしただけであってですね。攻撃じゃなく、自衛です」
「というわけだから、諦めなさい」
「う、ぐっ……。つ、杖はどうなるんだい!?」
「杖なら安いのを弁償するから我慢しなさい」
「やっ、約束だぞ!」
どうやらマルコと言うらしい。ミラノに対して完全に下手に出ている、だが間近でキャンキャン騒がれているカティアは既にうんざりしているようだ。そして黙して表情で語る、こんなはずじゃないと。
たぶん彼女の頭の中では兵士と俺がしたように、スタックを組んで行動する所を想像したに違いない。彼女の優雅な服装は力いっぱい掴まれて皺だらけになっていることだろう、もったいない。
アルバートは出てくるときに貸し与えられた剣を持っている。グリムが家の名前を聞かせたあの兵士が気を利かせてくれたのだろう、グリムのナイフも刃こぼれの無いものへと代わっている。これで切り結べる人員が三人になった、そしてミラノとアリア、カティアが魔法で援護できる。前よりかは幾らかマシな戦力だ、それでも足手まといが不安要素として存在しているのだが。
「なあ、ヤクモよ。学園に近づけば安全なのでは、無かったか?」
アルバートの不安げな声。その不安の理由は分かっている、チラホラとモンスターとの遭遇があるからだ。会話から聞いた情報でイメージするなら、街が城壁で囲まれていてその中心に近い位置に学園があるという。崩壊した壁から侵入されているとは言え、学園と壁の中間あたりで戦いは起こっている、だから味方の背後に行けば行くほど安全になるものだと思っていたのだが、そうなってなかったのだ。
「――状況が変わったんだろうな。或いは、浸透されつつあると言う状態かも知れない」
「浸透?」
「正面から大部隊でぶつかり合うんじゃなく、その中で幾らか小さな規模の部隊を使って、敵の弱い所に向けて側面、或いは後背に潜り込んでいく事」
「なるほどな……」
「街って、建物が多いから潜り込まれると一番厄介なんだよ。曲がり角やちょっとした窪みに潜んでるかもしれない、建物の中の可能性も含めると全てが脅威になる」
「……冗談か?」
「いや、戦いに関しては冗談を言わない。死にたくないから」
そもそも散兵という存在がまだ戦いの中で大きなファクターを握って居ないから重要視されず、故に建物に少数の敵が篭り連携してくるかもしれないという概念が生まれていないのかもしれなかった。
とは言え、モンスターの戦い方を知っているわけじゃないので一概にアルバートが驚いた事実をに驚くわけにも行かない、もしかしたらモンスターも徒党を組んで戦列を切って戦ってるのかもしれないのだから。
「――あ~、俺の戦闘概念も一からだなぁ……」
「貴様で一からだと、我等はどうなる?」
「訓練兵じゃないかな」
「くん……っ!?」
「強いのと、適切に立ち回れるのは別物だし。それこそこの前の決闘の時の話と同じだよ」
「そ、そうか……」
アルバートが沈黙し、そして学園が近づいてくると緊張と共に希望が見えてくる。魔法を使わない、それによる隠密行動が作用してくれているのかもしれない。詠唱は小声でも出来ると、マルコに攻撃された時に理解した。けれども攻撃魔法の多くは如何しても発生から命中、炸裂して消えるまでの間に大きな音を立ててしまう。それはミラノとアリアも理解してくれている、実際に激戦となっている場所では喧しいほどに炎やら雷撃やらが飛び交っているからだ。しかも建物の隙間から見える空でチラチラ見えている、まるで広告塔だ。
少なくとも、敵も味方も関係無しに視認出来ているだろう。あとは回避するのか、それとも其処を目指すのかは思惑次第って所だろう。モンスターは其処を目指して全てを暗い尽くせば良いだろうし、兵士達は其処を目指してモンスターを叩けば良い。
つまり、生き延びるなら回避すれば良い。少なくとも流れ弾、不要な遭遇等で死ぬことも無いだろうから。
そして学園まで辿り着き、その大きな跳ね橋が下ろされ、奥に教職員や高学年の魔法使いたちが幾らかの兵士と共に固めてるのを見つけてようやく希望が確定した。
「や、やった、学園――」
「だから、先走るんじゃあない」
「ぐえぇっ!?」
学園を見つけ、我先にと飛び出していこうとしたマルコの襟を掴んで静止する。潰れた蛙の声をような声を漏らして背中から地面に倒れ、首を押さえて苦しんでいた。
「アルバート、動けるか」
「動けるが、何をするのだ?」
「俺とアルバートでまず周囲を警戒しながら前進して、跳ね橋に到着したら跳ね橋を背に防衛ラインを引く。そして安全だと思ったら合図をくれ、其処から判断してミラノ達を先に学園へと送る」
「――私は?」
「グリムはカティアとついて、ミラノ達非戦闘者の後ろを警戒しながらついて行ってそのまま学園に入っていってくれ。んで、俺たちは橋を背にしている関係上皆が渡り切ったかを確認できない。
声でも投石でも何でも良い、合図をくれたらアルバートと俺がそのまま後退して学園に入る。
アルバートも、それで良いか? もし自身がない、或いは落ち着けてないと思ったら人員をグリムかカティアと交代するけど」
そう言ったときのカティアの表情は物凄く輝いていた。パッと見た瞬間、彼女の頭上には猫耳が出ていたし、ピンと張った尻尾も見えた。期待? 興奮? 良く分からないけれども、彼女はどうやら活躍したいらしい、模範的な使い魔かもしれない。
そしてその両目は俺がその案を採用して自分を使うようにと言っているように見えたし、そうすることで彼女なりに何らかの充足感か満足感を得たいのかもしれない。
「いや、大丈夫だ。婦女子に守られるなど、男の風上にも置けぬわ!」
しかし、そんなカティアの望みは一瞬で絶たれた。喜びからの転落を耳と尻尾で表現してくれている、目から光を失い失意に落ち込んで耳はヘタリ、尻尾は地面に横たわった。物凄く分かりやすい。
肩をすくめて少しだけ笑みを浮かべる。そういえば笑みを浮かべたのは久しぶりじゃないかなと思い、現在の状態で自分も追い詰められてるのだろうと思った。
「――今回のこれ、終わったらちと休みたいな」
「休めるかしらね……」
「頭、久しぶりにこんなに使ってるから頭が痛いんだよ。悲鳴上げてる、目も痛い……」
希望が近い、安堵による弛緩、それらによって今までは緊張や興奮から来るアドレナリンで騙していた無理から来る負荷についに悲鳴が上がり始める。目の前の事だけに対処すれば良いという単一行動から、様々な要因を絡めて考えなければならない条件下行動に思考が様々な所へと手を伸ばして、思考し、判断していく。難しい事を考えると脳が疲弊するように、今の俺は疲弊してきていた。
仮眠だの、食べ物や飲み物、コミュニケーションから来るリフレッシュなどで好的刺激を得ていたものの、それじゃ足りないようだ。背中もウルフに押し倒された時に擦ったのか痛むし、両の肩なんて爪が幾らか食い込んだから痛い。左手もゴブリンを殴りつけた時に痛んでいる、目は首を動かすよりも早く動き続けて周囲を見ているから余計疲弊している。
「大丈夫、なんですか?」
「――とりあえず、ゴールは目の前だから大丈夫かどうかはその後で考えよう。
アルバート、行こう」
「うむ」
アルバートを見て、一度頷く。アルバートも手を動かし、捻り、武器を右手左手と持ち替えてから身体が動くのを確認してから頷く。ナイフ、拳銃を抜いてから跳ね橋まで慌てず急がずに構えて歩き出した。
市街地戦の訓練が懐かしい、徐々に安全領域を切り取り、確保しながら進んでいく。角はアルバートに周囲の警戒を頼み、少しずつ覗き見ながら半身だけ飛び出して銃を向けて敵性存在が居ないかを確認して進んでいく。
そして跳ね橋の前にまで辿り着くとこちらの存在を確認した学園関係者が叫んできた。
「お、おい。君、早くこちらへ!」
「自分らはここを確保して、そちらに人を送ります!」
「――は、はは。近いようで遠いな、この跳ね橋の長さが今では憎いわ」
「ぶつくさ言ってる暇があったら担当してる方角の安全を確認してくれ、お前が大丈夫かどうかを送ってくれないとミラノ達を呼べないんだからさ」
「急くな、阿呆が。――大丈夫だ、敵は居らん」
「じゃあ、ミラノ達を呼ぶ」
警戒しながら、ミラノに伝えておいたハンドサインで安全なので来る様にと指示する。それを見てミラノが何かを言い、通りを移動してこちらに来る。そして当然のようにマルコはカティアにしがみ付いているし、カティアはうっとおしそうにしながら警戒しつつミラノ達を守って移動してきた。
「は、やたっ! やった! 助かった!」
そしてマルコは橋に近づくと駆けて学園へと向かっていった。跳ね橋と道の僅かな差に足を引っ掛けて転び、顔面を打ちつけていたが笑ったり怒ったりする気にもなれない。それ所じゃなく、今は自分の任務を果たす事に集中していたのだから。
小走りでやってきたミラノと一瞬目線があったが、彼女は小さく頷いただけで何も言わずにそのまま学園へと入っていく。アリアやカティア、グリムも通過して学園へと入っていった。そしてミラノが、アリアが、カティアが、グリムが、マルコが全員到着した事を叫んでくる、それでアルバートと目線を合わせて頷くと右手の銃は保持したままに左手で『ハ イ レ』と伝えた。
「では、下がるぞ」
アルバートが一歩後ずさり、即座に反転して走って学園へと入っていく。その足音が四度、五度聞こえたところで俺も学園に向かう事にする。銃を学園の外へ向けたまま、ゆっくりと後退する。そして安全だろうかと橋の半ばまで来たところで反転し――
横合いから飛んできた何かを視認し、それと同時に橋ごと吹き飛ばされて俺は橋だった破片と共に水路へと落ちた。
何が起きたのか分からない、パニックしかけていたが水中だと忘れてした呼吸で咽て息苦しくなって水面へと上がる。水面に出た俺が見たのは、破壊された跳ね橋と、まだ崩れてこなかった大部分が落下しているところだ。
「え――」
それは回避行動か逃走かも分からない判断だが、水中に逃げ込んだ。降りしきる破片たちは水柱と轟音と振動を生みながら沈んでいく、水路の流れと振動に煽られて姿勢を維持するのが難しかったが、それ以上のことを俺は考えずにすんだ。
運悪く、頭に落下してきた破片に意識を刈り取られていたからだ。そして遠のく意識と息苦しさと水面の鏡を見ながら俺は意識を手放した。
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