第5話
休息というのは重要だが、どのように休むかというのも大事なものだ。
例えば野宿でレインコートを雨よけにして地面に横たわって眠るのと、家の中でベッドや布団で眠るのでは回復力が全くもって違うのである。それが一日、二日、三日と続いていった先に蓄積した差がいつかどこかで致命的な事を引き起こしかねない。
あの後、再びアリアによって字の勉強をしていた俺だったが、8時になるや否や二人とも寝に入ってしまった。早すぎた就寝時間に呆気にとられていたが、最初から根をつめて頑張る必要は無いかなとカティアをアリアに預けてミラノと同じ部屋で眠る事になった。
――同じ屋根の下、同じ部屋の中で女の子と眠る。そう考えたら本当なら興奮して仕方が無いのだろうが、俺は本に手ぬぐいを乗せて枕にし、フード付きシャツを脱いで自分にかけると冷たい床の上で眠る事になった。
カティアは多分同じベッドで眠るのだろう。アリアは優しいし、そもそも同性だからそう言うことが出来るんだろうなと。何が悲しくて部屋の中で床で雑魚寝しなきゃならないんだ、高校時代の友達の家でオールで飲んだ次の日じゃないんだからさ……。
次に外に出れたなら、雨衣が入っている荷物を持ってこよう。ちょっと、生活面に難がありすぎる。雨衣を被って寝るだけでも大分違うはずだ、通気性がほぼ無いので言ってしまえば保温や保湿に優れているわけだし、少なくとも寒くは無くなる……。
「それじゃあおさらいね。魔法は7つの系統がある事は覚えてる?」
「火・水・土・風の基礎系統。聖と闇の上級系統、無の伝説系統だな」
朝食後、お祈りの時間が一時間あってそれを過ぎてから大体8時くらいにこうやって教育が始まった。魔法の訓練で使われていると言われている広い庭地みたいな場所で俺はミラノに教わっている。カティアはアリアと一緒に服を買いに出かけた、女神のアーニャが一応彼女に服を着せてから送ってくれたらしいが、地味だとか。
俺なんて生前の格好だぞ。ナイキの走りやすいスニーカーに、デニムジーンズ、速乾のTシャツを着て、その上にフードつきのシャツだ。見る人が見たら不審者扱いされるだろうし気味悪がられるだろう。幸いに脂肪はごっそり無くなってくれたのでキツキツということは無いが、こう――少し、格好良く慣れるならなっておきたいなとか思わないでもなかったり。
とりあえず魔法に関して答えた俺に対し、ミラノは満足そうに頷く。、コレくらいなら覚えてて当たり前だ、昨日の今日だし。
「これも忘れてたら流石にどうしようかと思った」
「流石に覚えてるって。んで、基礎の4属性は使えて当たり前といわれていて、上級の二つのうち一つは使えたら一人前、伝説系は使える奴が少ないんだっけ」
「えぇ、そうね。大体の人が『火が得意』とか『水が出来る』って言うのは、グランランクの魔法を使えるからっていう認識で」
「ランクは幾つあるんだ?」
「ランクは五つ。プア・セミ・セルブ・グラン・アーク。最低でもプアレベルの魔法が行使できれば能無し扱いはされるわ。それでも標準ランクのセルブ級の魔法が使えるのが当然ね」
「……就活思い出して嫌になるな」
就職条件、特になし。実際行ってみたらエクセルとかワードとか使えないの? とか言われるような感じ。しかもどの程度使えれば使えると言っていいのか基準も曖昧。ワードなんて形式作ったり文章を打ち込むくらいしか出来ないし、エクセルもセルに数式を打ち込んで半ば自動化したりするくらいだ。
魔法が使えてもランク3に到達してなければ馬鹿にされる可能性が高いということか。或いは、他に特化させたランク5に到達した魔法でもないといけないと。余計に面倒くさいな……
「ランクがアークになった魔法使いが集まれば一つの戦闘を左右できると言われてるけど、実際にアーク級の魔法を使える人は貴重なのよね」
「あ、そっちも少ないんだ」
「グランに到達する人は珍しくも無いけどね、それでもグランを二~三使えれば優秀と言われるけど」
「――ミラノは?」
「私は一応グランで4種全部使えるわ。だから優秀なの、覚えておきなさい」
――これ、昨日アルバートがちょっかいかけてきたのって別に何でも良かったんじゃないか? ただ単純にミラノに嫌がらせがしたくて、それで標的を俺にしただけって話なんじゃないだろうか。4属性全てランク4とか、これからが有望すぎて教師からの覚えも良いだろう。少なくとも「同じ○○は優秀なのにお前ときたら……」等と言われずに済むだけでも大きい。
逆にアルバートは家柄ゆえに優秀でなければならないのに、運悪く同じ時期に入ってきたミラノが更に上に行ってるからプレッシャーをかけられてるのかも知れない。だから正確も捻じ曲がったのかと考えたら同情を禁じえなかった。
「それじゃあ、まずは初級のプアからいってみましょうか。使えるかどうかさえ分かれば、応用はこれから覚えていけばいいわけだし」
「了解」
「了解って、まるで兵士みたい」
返答に少しばかり苦笑した彼女だが、外套の中から杖を取り出して「『出でよ焔』」というと、杖の先に球状の火が出た。それは握りこぶし程度の火で、あまり威力は無さそうだ。
「なんか、弱そうな火だな」
「これが出来ればとりあえず生活するのに困らない程度かしらね。昨日、私が紅茶の準備をした時に使った魔法は全部このランクの魔法よ」
「あ、じゃあこのランクの魔法が使えれば渇きを覚える事も無く、凍える事も少ないって事か」
「なんで考える事がそんなに小さいのよ……。
ほら、唱えてみなさい」
「杖は?」
「杖なしでも魔法は使えるけど、これも勉強だと思ってやりなさい」
そう言われては仕方が無い。先程の呪文を思い返し、そのまま右の掌の上に出るようなイメージを持った。
「『出でよ焔』……。おぉ、出た!」
「火の属性は大丈夫、と。どう、疲れた感じとかしない?」
「いや、特には……」
「へえ? 本当なら杖を使わないと魔法を使ったときの消費が激しくなる筈なんだけどね。
ランクが一つ上がるごとに魔力の消費が5倍くらいになっていくから――」
「じゃあアークで、3125くらいになって、杖なしだと15625になるって事か」
「……計算速いわね」
「まあ、生きるのに計算は必要だから」
「うへぇ。杖がないと最上級だと馬鹿にならないんだな……。で、これどうしたらいいんだ?」
「消そうと思えば消せるはずだけど」
「――できた」
魔力がどれくらいなのか分からないとなんとも言えないけれども、少なくとも杖なしでプア系を使えたと言うことは、杖がある状態ならセミ系の魔法が行使できるという考え方も出来る。そして生活に困らないと言うことは、使い方を考えれば応用も出来ると言う事でも有りそうだ。
「それじゃあ、次はセミね。魔力は大丈夫そうだし、このまま行くけど」
「異常なし」
「いじょ……。えっとさっきより威力や規模が大きくなるから」
「ん、了解」
「それじゃ――『火炎の力をこの世に示せ』」
今度は杖に人の胴体程度の炎が出る。コレくらいからようやく攻撃魔法レベルなのだろうか? こんなものをぶつけられたら人の体なんて衣類から燃え始め、その衣類に付いた炎含め焼かれて死にそうだ。
「すっげ……」
「このランクからようやく攻撃に入るけど、それでも数名や数体くらいの相手ぐらいしか出来ないかしらね。それでも一人で街の外を出歩くくらいなら頼りにはなるけど」
「ふぅん……」
「それと、魔法は『即発』と『継続』とかもあるのも覚えておいてね。こうやって火球を出してぶつけてもいいし、放射する感じで火を出すやり方もあるの」
「きっと、放射系はその分消費していくんだろうなあ」
「その通り。さ、やってみて」
ミラノに促され、俺も同じように唱えると同じように魔法が出た。それを見たミラノが一瞬驚きの表情を見せた。
「ほら、出来たぞ! これでセミ級も大丈夫って訳だな?」
「あ、ええ……。そ、そうね」
「なんで戸惑ってるんだよ」
「――魔法の威力って、素質に左右される事が多いから。そうね、もしかして私と同じランクの魔法も使えるかもしれないって思って」
「あ、そりゃ凄いや。じゃあやってみよう?」
「待って、段階を飛ばしたらあなた、三段階目の魔法がどういうものかを知らないままじゃない。
こういうのは危ないから、ちゃんと段階でやるものなのよ」
なるほど、至極最もな話だった。性急だった事を恥じ、危険性が高いということを思い出した。とりあえずミラノは詠唱の仕方やそれがどれくらいの規模の魔法なのかを実演して見せてくれている、ならばそれを見て覚える事がこれからの自分に役立つし、生死を分けるだろう。
ミラノの下を離れるにしろ居残るにしろ、身の振り方を考える材料にはなる。誰と戦えるのか、誰を避けるべきなのか。それが判断できるだけでも生存確率は上がる。
「それじゃ、次が最後ね」
「え、グラン級は?」
「教師の付き添いが居ないと使っちゃいけないのよ。だって、変な方向に撃ったりしたら大変じゃない」
「確かに」
「それじゃあ、ちょっと熱いかもしれないけど我慢しなさい。――『灼熱の業火よ、全てを焼き尽くせ』」
三つ目はもう人を飲み込むとか、そう言うレベルじゃない。戸建てくらいなら楽に倒壊させられそうなサイズだ、コレだったら確かに三つ目のランクの魔法を使えて当たり前だというのが求められるのも分かる。
こんなもの、戦いで打ち込まれたらひとたまりもない……。
「とまあ、大きさで大体どれくらいの威力が有りそうか分かりやすくしてたけど、実際にはこんな大きな火の玉を出す愚かな人は居ないわね。威力だけそのままにして、サイズをぎゅっと小さくするの」
「うんうん」
「こう、ぎゅっと……」
そういって戸建てを飲み込みかねない火炎は一気に縮小し、一個下のランクの火球位にまでしぼんだ。けれども見ていて分かるのは、その分威力を凝縮したようで渦巻く炎が今にも破裂せんと渦巻いている。
――え、隠蔽できるん? これ知らない人が見たら幾らでも誤魔化しやこけおどしが出来るって事だろう?
「逆に、威力が低いのを大きく見せるのは出来るのか?」
「威力が薄まりすぎて霧散しちゃうから、無理ね。とりあえず三つ目も詠唱して、属性をそれぞれ試してみましょう」
「ん」
その後、ミラノに言われるがままにとりあえずそれぞれランク三までの魔法を行使してみた。それで判明したのはとりあえず属性に関しては四つとも使えるといえる程度には行使が出来て、ミラノが満足げにしていたのを覚えている。ランク四の魔法に関しては今度教師に言って試す機会を貰うらしい。
そりゃありがたいが、とりあえず今の手札を再認識すれば大分戦いに幅が出来るし、行動にも幅が出来る。火、水、土、風で何が出来るのか考える。水は飲み物、火は着火や暖に使える、土と風も何に使えるかを考えてみるのも良いだろう。
「それじゃ、属性を混ぜると何が出来るかを教えるわ」
「うん」
「火は風で消える事もあれば勢いが増す事も有るって言うのは知ってる?」
「あぁ。酸素がないと燃え盛ることは無いって奴だろ」
「サン……、何それ?」
怪訝な顔をされた。科学の進歩は魔法の発展によって台頭する事は無かったのかもしれない、科学を知らないと言うことは、それに類する物に期待は出来ないかもしれない。下手したら神の影響が強すぎて、化学は異端だと排斥されてしまった可能性だってある。
「ごめん、なんでもない」
「――頭がおかしいとかだったら嫌なんだけど……」
「いや、なんか、こう! 思い出した単語だったから!」
「へ~? ……とにかく、風と火を混ぜると魔法の威力を挙げたり、もしくは火の粉を散らす事が出来るわ。風と水で氷の槍を作って降らせたり、その応用は限りが無いわね」
「限りが無い?」
「魔法はね、創作魔法でもあるの。だからこの前教師の研究室に入るとスパイ扱いされるかもしれないって言ったでしょう? 色々な国が、色々な人が魔法の研究をしているし、中には戦いに使う大規模魔法を研究したり、或いは未知の魔法を作り出したりしてるもの。
魔法使いとして、新たな魔法を作り上げて名を残すのもまた一つの夢ね」
「他の夢は?」
「魔法使いとして軍人になって偉大な武勲を挙げるとか、その魔法で良い統治をするとか、宮廷や王室仕えをするとか色々あるかしらね。
中には家を捨ててモンスターがまだ蔓延る地に踏み込み、見た事の無い財宝を持ち帰る人もたまに居るわね」
「なんで財宝が?」
「さあ……、色々な説があるけれども、魔界の王が世界の大半を手中に収めたときにその多くの歴史が失われたの。だからその当時存在していた国とか、街とかが滅んだまま残っていたりするし、モンスターの巣穴とかに持ち込まれてたりするの」
「――あれ、魔界の王は滅んだんじゃないの?」
「滅んだといわれてるけど、最近になってまたモンスターが活性化してきたから何とも言えないのよね。それに、魔界の王を倒したといってもモンスターが居なくなったわけじゃないし、まだまだ人の手が及んでない土地だってあるの」
……あれ、おっかしいな。魔王が討伐されてそれなりに時間が経過してるはずなのにまだ取り返せてない土地があって、しかもモンスターが活性化してるとか嫌な予感しかしないんですけど……。
「……いいや、魔法に戻ろう。と言うことは、ミラノも俺に創作魔法を教えたりは――」
「ま、頑張ってね」
「えぇ~……。まあ良いや、呪文って何でもいいの?」
「洗練された言葉にしか魔法は扱えないわ。思いつきで作っても、言葉の意味が通らないと神は力を貸してくれない」
「ふ~ん? ――『ビッグバン』」
「え?」
空気を冷やしこんで極限に圧縮して、その空気を逃さないように封じ込めて一気に熱するというイメージ。ペットボトル等が直射日光で爆発するのを参考にしてみた。空気を冷やして体積を小さくし、集められる量を増やす。そして冷やした空気を可能な限り溜め込んだ所で熱する。
そう言うものだ、別に小難しい事は一切してなかった。ただありふれた事を魔法で真似してみようと思っただけで――
まさか、俺とミラノが吹っ飛んで地面に転がる羽目になるとは思わなかった。
耳を劈く音と衝撃に二人して転がり、顔面から地面にぶつかった所でようやく止まった。そして顔を上げたが脳がしっかりしない、まるで間近で閃光手榴弾をまともに喰らったみたいだ。目を開いている筈なのに、焦点が合わずに遠近も分からずに朦朧とする……。
それでも地面に頭を叩きつけて痛みと新たな衝撃を頭に叩き込んで荒療治をする。そしてようやく大きな呼吸で我に返ると鼻血を流していた事実に気がつく。状況を把握できないほど予想外かつでかい出来事過ぎたらしい、身体が痛みを訴え出した。
しかしそれは無視し、ミラノの方へと近寄る。倒れこんだままに動かない彼女を仰向けにし、膝に彼女の半身を半ば起こした状態にして肩を叩いた。
「ミラノ。おい、ミラノ! あぁ、クソ――おらっ!」
頭を左手で押さえ、右手で首裏を掴んで一瞬だけ力を込める。それで意識の無かったミラノが蘇生した。ヒュッと息を吸い込んだミラノの目が、数秒きょろきょろと周囲を彷徨ってから俺を捉えた。
「あれ、私――」
「悪い。創作魔法やってみたんだけど、威力がありすぎた」
「そ、そうだ……! あんた、なにやってんのよ!」
あなたからあんたに格が下がった、何それ怖い。多分先ほど魔法が使えると言う事で上がった評価をひっくるめてマイナスに突入したに違いない。
ミラノは起き上がり、一度よろめいたがそれでも立ち上がって首を振った。そして腕を組み俺の事を睨みつけている。
「だからいい加減な呪文はダメだって言ったじゃない!」
「いや、アレで成功だぞ?」
「何言ってるのよ! アレで成功とか言ったら、伝説の――」
そこまで言って彼女は言葉を失った。そして俺を見るその表情が怒りではなく疑いの表情へと変わっていくのは――見ていて何故か、胸が痛んだ。だからなのか、俺は先に首を横へと振って否定する。
「いや。やったのは4種の属性を複合させただけで、その結果がさっきの魔法なんだ!」
「嘘! だって、火の伴わない爆発なんて無の魔法じゃないと無理よ!」
「えっと、空気を冷やして圧縮したんだよ。それを封じ込めて一気に加熱した事でその封じ込めの限界が来て、火を伴わない爆発が起きただけなんだって。ホントだよ」
「空気を圧縮? 火を伴わない爆発って何よ」
「あぁ、くっそ。科学が発展してないと説明が出来ねえ……。けど、本当なんだ、嘘じゃない。俺は何も無いところから爆発を起こしたんじゃなくて、身の回りにあるものを作用効果で爆発を起こしただけなんだって!」
疑われる、その表情や目の動きに俺は耐えられなかった。例えば本当に無の魔法としてそれを行使したのなら、それらしい展開だったかもしれない。けれども俺は確かに存在するものを冷やしたり熱したりとかしただけに過ぎなくて、それを疑われるのは嫌だった。
「――水が凍ったところって見た事あるか?」
「見た事あるけど、それと今のと何の関係があるの?」
「あるある。そうだな、例えばコップや水差しに入れた液体が凍った時の量と、それが溶けた時の量は違うって事を知ってるか?」
「……そういえば、お屋敷の池が凍った時とそれが無くなった時で濡れ幅が違うわね」
「そう、物っていうのは熱くしたり冷やしたりすると大きくなったり縮んだりするんだ。
それを空気に対してやったから、爆発が起きたんだって」
「――急にそんな事を言われたって、信じられるわけ無いじゃない」
やはり疑念は払拭できなかったようだ。それでも一つ、彼女が理解できる材料で否定されなかっただけでもその可能性はあるということだ。
土が付着し、芝臭くなった服を叩いて鼻血を拭う。そしてため息を吐いた。魔法の使い方次第でさまざまなことが出来る。けれども、むやみな事をしたら疑われる。悪いことはしたけれども、全く関係のない疑惑をかけられるのはごめんだった。
「魔法は一旦中止。服が汚れたし、お風呂に入ってくる」
「悪い……」
「――まあ、魔法に関してはそこそこ期待できるって事ね。後は戦いが出来るかどうかだけど、それは授業中かしらね」
「戦闘の授業があるのか?」
「男子は一応武術を鍛える時間があるし、女子も魔法を訓練する時間があるからその時にでも見てもらったら?」
「わぁい、俺ボッチやぁん」
「カティアって子が武器を使うような子なら話は別だけど、そうは見えないし」
確かに、カティアが長剣とかナイフを使って戦っているところは容姿的にも想像しにくかった。しかもミラノやアリアの服装や今の発言からして武器を使って戦うとかし無さそうだし、俺も剣なんか使ったことは無い。
「できればあんたが私たちの盾になってくれればいいんだけどね」
「いや、冗談だろ……。相手も魔法ぶっ放してくるってのに、遠距離攻撃の盾になんかなれるか」
「決闘でもしない限り間近で魔法の打ち合いなんてしないし、頼みたいのは露払いに近いかしらね」
「――まあ、善処するよ」
武器は何だろう、剣だろうか? 熱かった事もないし、不安で一杯になるんだけどなぁ……。多分、高確率で、魔法が使えようが俺は前に出される事があると思う。となると、遠距離でブッパする魔法よりも、近距離で使う魔法を考えていったほうがいいかもしれない。
お勉強会はおしまいだなと思っていると、なにやら遠くから数名の大人が走ってくるのが見えた。何事だ労ろうと考えていると、近場の建物の窓が砕けているのを見てしまった。築何年かは知らないが、ガラスも脆くなったのがあったのだろう。それらが割れて居る上に、やかましい爆発を起こしてしまったのだから駆けつけてくるのは当然だった。
「に、逃げよう!」
「え?」
「多分騒ぎになったんだ、捕まったらこってり怒られるぞ」
「デルブルグ家に逃走なんて――」
「じゃあ俺は逃げる!」
「え、それなし! それなし!」
俺たちは脱兎の如くその現場を逃げ出した。息を切らせながら部屋に辿り着いた俺は、膝の故障だとか肥満を含めた走りに向いていない自分じゃない事を理解できた。それに、体を強化してもらったのが効いている、数分遅れでミラノが部屋にやってきた時に自分が早く走れて居たんだなと理解した。
「ちょ、ちょっと。早すぎ……」
「さ、三十六計逃げるにしかずって言うだろ」
「な、なによそれ」
「やばいと思ったら変に踏みとどまったりどうしようか考えるよりも先に逃げろって――はぁ――戦い方の教え」
「逃げる? そんなの恥よ」
「まあ、理解されなくていいよ。コレは……俺の教義だから」
この世界では誇りとか家名とか、そう言うのを大事にするのだろう。けれども俺は命を大事にすることを選ぶ。死んだ護国の兵として讃えられその後の事は生きたものに丸投げする位であれば、惨めに生きながらえ敵に対して嫌がらせを続けられる兵の方がいい。
死んで楽になろうとするな、それは逃げだ。どの道死んだ後国や家族が途絶えればただの敗残者として歴史に埋もれて消えていくしかないのだから。
「あぁ、もう。汗までかいちゃったじゃない……。それじゃ、私はお風呂に行って来るからね!
その後は勉強だから!」
そしてミラノが去っていく、俺は自分が寝ていたあたりの床に腰を下ろしてドッグタグを一度取り出して眺めた。血液タイプ、認番、名前が書かれている自分の”誇り”を暫く眺めた。けれどもそれは遠い昔の――それこそ”埃”の積もった、自分がしがみ付いている一つの矜持でしかない。
だから彼女の考えは異端ではないのだろう、むしろ俺のやっている事や考えている事が異端なのだ。
――多分、俺の首に下げられたコレが本来どう使われるかすら誰にも分からないのだろうなと考え、朽ち果てようが討たれようがその死を届ける相手が居ない事を思い出して、自分は孤独だった事実を思い出した。
理解がされないとか、そう言うものをひっくるめて寂しかった。心が、ずっとスカスカだった。だからため息一つ吐いて、床に転がり目蓋を閉ざす。異世界にきて直ぐに何かが大きく変わるわけじゃなくとも、俺個人は満たされないままだ。そして、それを追い求める限りはずっと虚しいままなのだろう。
……親に認められたかった、けれどもその親に立派な事をしているはずの俺を見てもらう前に、認められる前に死なれた。生きがいも、一方通行の家族愛も全て失ってただ宙ぶらりんになる。身体を壊して走り回る事すら出来なくなり、そのままずっと家族が住んでいた家で一人閉じこもっていた。たぶん、これからもそれを引きずって生きていくのだろう。下手に真面目に、下手に不真面目に。
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