第3話

 お茶を施されてからふと疑問に、一日の流れはどういったものなんだろうか?

 昔なら6時に起きて食事、8時までにシャワーを浴びたり歯を磨いたり洗濯機を回しておく。そして12時半ばまでずっとパソコンに張り付いて、昼飯を作る。そして5時までまたパソコンに張り付いてお腹がすいてくるので適当な時間に食事を取り――特に何も無ければ12時には寝る。

 家の中、朝も昼も夜も全く分からない空間の中で何年も過ごしていたにも拘らず癖は変わる事無く生活を維持してくれた。生活習慣を固定していたおかげなのか、異常を来さずに命を繋いでくれたのだろう。

 まあ、死んだのだが。


「曜日は、魔法の属性で言い表されるからどこの国に言っても役に立つわ。

 聖、火、水、闇、風、土、無の七つで、無と聖の日は誰もが休む日とされているわ」

「十二人の神の祝福を得た魔法使いが、聖と呼ばれる日に闘いに向けて誰もが可能な限り休んだ、そして無と呼ばれる七日目に魔界の王を打ち倒したとされてその祝いの日として休みになってるんです」

「へぇ……」

「ちなみに、今日は無の日だから明日も休み。良かったわね、ノンビリできて」


 それを皮肉と受け取って若干口の端が引きつるが、だから俺にかまけてノンビリしてるのだなと理解した。じゃ無けりゃティータイムが貴族の習慣として休み時間だとしても、腕時計を見れば三十分は経過しそうになっている。授業なり何なりで慌しくなる可能性だってあった。

 それを肯定的に捉えるか、否定的に捉えるかはまた別問題だが。


「そういや、荷物を運んでくれて助かった。あれ、俺の持ち物なんだよ」

「そう言うことは覚えてるのね。なんか見たことの無い物だったから触ってないけど」


 まあ、見たことが無くても仕方が無いだろう。向こうの世界でもミリタリーに詳しい人でも見ることはめったに無いだろう。PEB(Personal Equipment box)と呼ばれる代物で、クッションを仕込んで振動や衝撃を与えちゃいけないものを持ち運んだり、或いは単純に様々なものを入れ込んで携行できると言うものだ。


「あの中に俺の武器に使うものが入ってるんだ」

「あなた、傭兵なの?」

「いや、武器である事は分かるんだけどそれ以外は――なにも」


 傭兵じゃあない。下手に肯定してややこしくなられても困るので否定しておいた、今はまだ何も分からない故に甘んじるほか無い。ミラノも特に追求はしてこず、その話題に関してはそれ以上触れてはこなかった。

 そしてため息を吐いたミラノは、妹に向かって「どうしたもんかしらねえ」と零した。


「――あなたと一緒に倒れていた子が居たのだけれど、その子も良く分からない事を言ってるのよ」

「……どゆこと?」

「姉さんが、気を失っていた貴方と”もう一人”を連れて戻ってきたんです。

 その子は私の部屋で休ませてますが」


 アリアがそう言って「覚えてないですか?」と言ってくるけれども、知らないものは知らない。或いは、アーニャが「先ほど一人の方を送ったので、その方とこれから協力して頑張ってくださいね」と新たに送り込んできたのかもしれない。

 考え込む俺を他所に、アリアは「連れてきますね」と言って部屋を出て行った。そしてミラノと共に部屋へ残された俺たちだが、変なざわめきが胸を占めた。

 こうも知らない人でラッシュが起きると不安になってくる。気を失っている間に何か仕組まれ、漬け込まれるんじゃないかと言う嫌な考えだ。


「ど、どんな人?」

「わたしはまだ会ってないから良く分からないわ」

「そ、そう……」

「――話を戻すけど。普段の時間の流れは、朝は鐘が鳴ったら起きて身だしなみを整えてから食事、それから祈りの時間を挟んでから授業ね。お昼食べたらまた授業で、ティータイムを一度挟んだらまた授業。大体日が傾きかけてきたらおしまいね」

「また、ずいぶんと曖昧だなぁ……。正確な時間は分からないのかい?」

「日の光で時間を知る方法と、時間毎になる鐘でしか判断できないわ。

 もしくは、高レベルの無の魔法使いじゃないと」


 うへぇ、どうやら想像していたよりも科学の発展はしていないらしい。じゃあ腕時計のような正確さで全てが動いているわけじゃないらしい。となると、夏は朝が早くて夜が遅いとか、冬は朝が遅く夜が早いと言うことも在り得るのだ。

 腕時計は太陽電池だから太陽の光さえ当てておけば電池に関しては問題ないし、逆を言えば多くの人は時間に関してガバガバなのだと言う事を覚えておけば何かの役には立つだろう。


「自分のこと、優秀な魔法使いとか言ってなかったっけ」

「なに? 何か言いたい事があるなら聞くけど」

「え? あ、いや。優秀な魔法使いでも手の届かないランクの魔法が在るって言う事で、良いのかな?」

「ええ、そうね。優秀な魔法使いと言っても様々な魔法使いが居るけどね。例えば属性一つでアークランクの魔法に精通していると言う事で優秀だったり、或いは沢山の属性を複合させて扱う事ができると言うと言う意味で優秀だったりとか」

「ちなみに――ミラノは、どういう意味で優秀なの?」

「わたしは複数属性の魔法をうまく操れるのよ。まだグランだけど、何時かはアーク魔法も使いこなして見せるんだから!」


 アークって言うのが多分最上級で、グランって言うのは……スペイン語で考えるなら『でかい』って言う意味だろうし、5段階中4のレベルくらいなのだろうと勝手に理解しておく。英語だと雄大とか立派なと言う意味になるのだろうけど、今回のそれに当てはまるかどうかは不明だ。

 とりあえず、魔法にもランクがあることや、複数の属性の魔法を扱えるか否かと言う情報も有益だ。様々な魔法使いが居たとしても、少ない属性で高いランクの魔法を使えるのも居れば、数多くの属性を組み合わせて使ってくると言う可能性もあるわけだ。

 規模は? それにかかる時間や威力は? 戦略級での発動は出来るのか、それとも戦術級での利用が主たる目的なのか。

 肉体が若返り、思考も幾らか若い肉体に馴染んで来たのか昔のように様々な事を考える。けれども、その思考を利用できるのは自分個人だけだと思い至ったところで我に返った。なぜこんな時に、『もし敵対する事になった場合、魔法使いの危険性とその戦い方』と言うのを考えなければ鳴らないのだろうか。

 眉間を揉んで解し、それからドッグタグを弄る。職業病と言われる物なのだろうかと自制した。そしてそんな俺を見てミラノが少し眉を寄せた。


「――ねえ、何か思い出したの? 今怖い顔してたけど」

「え、どんな顔?」

「こう、これから決闘や闘いに入る人みたいな顔だった……」


 そのときだけ、強気そうな彼女の顔が弱気を含んだ表情へと変わった。心配、恐怖、忌避――何なのかは分からないけれども、彼女の弱い部分へと俺の表情が触れてしまったようだった。

 だから自分の両手で自分の頬を叩き、それからビロリと両側へと引っ張って見せた。当然、彼女は目を見開く。


「な、なにしてるの?」

「俺は、何もわからないし何が出来るかもわからない男ですよ? これからどうなるのかなって考えて、もし捨てられたらとか考えたら怖くなったんだって」


 半ば誤魔化し、半ば本音を語る。本音と言うものは、そのまま語ったところで本音らしく聞こえないものだ。だから本音をより真の言葉らしく聞かせて見せるには、どうしても一つまみの嘘を混ぜる必要がある。

 これからどうなるかは分からない、それは事実だ。ただしその思考は『これから誰かと敵対するかもしれない』と言うことは考えていた。そんなもの、ネットと言う広大な海に潜っていれば考える事だ。特定の思想、発言、行動は必ず誰かしらにとって必ず対立するものだからだ。

 ――ネットで見るような、国を護る為の防衛費が増えれば侵略だ、軍国主義の復活だと騒ぐ輩はいる。逆に減らせば売国だ、国を売り渡す行為だと騒がれるようなものだ。

 我ながら分かりやすい考えだと思いながらも、ミラノが幾らか表情を和らげてくれたのに胸中にて安堵した。

 

「ふふ、とりあえずは気にしなくていいわよ。反抗的ではなさそうだし、態度や言葉遣いは幾らか気になるけど契約破棄して放り出すほどじゃないしね」

「それが聞けて少し安心したよ……」

「戻ったよ~」


 そして良いタイミングでアリアが戻ってくる。今の出来事をさっさと印象からも薄れさせるためにも助かったと思いながら、「ほら、入って」と引き連れてきた人物がどのような人なのかを見定めようとする。

 ――しかし、全くもって予想外だったのはそれがミラノやアリアよりも更に背丈の小さな女の子だったからだ。真っ白な髪……白銀だろうか? 可愛くて良いと思うのだが、身体つきがミラノよりも更に貧相と言うかなんと言うか。そもそも何歳だよ、俺は幼女誘拐犯に誤解されるのだろうかとか色々な考えが頭をよぎった。

 だが、それは杞憂だった。むしろ入ってきたその見知らぬ彼女は俺を見ると少しばかり目を輝かせ、それから必死な表情になる。


「あの、えっと。助けてもらって感謝してるわ! これからは一緒になるけど、よろしくお願いするわね!」

「と、こんな風に言ってますが」

「いや、初対面だから」

「えぇっ!?」


 手をひらひらと振り、全く知らない人だと断じる。少なくとも見たことも無いし、聞いた事もない声だし、そもそも俺は人を現実において助けた記憶は無いので感謝される謂れも無かった。しかし、俺の態度にその子は驚きの表情を見せた。

 いや、そんなに驚かれても……。


「それがですね? この子、貴方の使い魔だって言うんですよ」

「そ、そうよ! わざわざ来てあげたんだから感謝しなさい!」

「……使い魔?」


 ちょっとだけ白目を剥きかけた。使い魔と聞いて思い浮かぶのは動物、或いはその世界に住まうモンスターのイメージが強かった。しかし、自分自身が使い魔になっただけでは飽き足らず、使い魔になった俺にも人型の使い魔が現れるなんて……。

 こう、世界を呪いたくなった。もうちょっと段階的に、或いはゆっくりと展開を進めていって欲しい。と言うか、使い魔が決まったらアナウンスしてくれるとか言ってたのに、きっと忘れたんだろうと遠い目をした。なんか、新米女神とか言ってたし。

 考え込む俺を前に、彼女は機嫌を損ねたようだ。そして――


「『契約の下に、我にその証を示せ!』」

「あっ、あぁ~……」


 使い魔の証は本人が示す事も出来るのかとか考えている先で、目の前の少女も先ほどの俺が体験したような変化が現れていた。両の目が紅く光り、頬にまるで猫の髭のような模様がチョンチョンと浮かび上がっていた。しかもその証が出ると彼女を見ている自分に、なんとなく彼女の情報が分かる。先ほどミラノが俺のことを気遣ったのはここで俺の状態を理解したからかもしれない。

 しかし、まるで猫みたいだ。


「ん、猫……?」

「そうよ、貴方は私を助けてくれたのよ。まったく、自分のした事も忘れてるなんて信じられない!」

「いやいや、確かに猫だったら覚えはあるけど――」


 目の前で騒ぐこの子、どう見ても猫じゃなくて人じゃん……。けれども、猫と言う事で在れば助けたと言う発言に嘘偽りは無い。死ぬ前、買い物帰りの俺はいつも通りがかる公園の傍で、道路にヨロヨロと出て行こうとしていた猫を止めたことならある。車がちょうど走ってきて、もしそのまま出ていたら轢かれていたかもしれない。

 そして元気が無さそうな理由に、空腹なのだろうと想像したのだが正解だったようだ。料理に使うはずだったツナの缶詰を、その小さな猫の為に開けた。暫く眺めていたけれども、その食べっぷりを見ていて笑みが浮かんだ。

 そのままたらふく食べたその猫が、俺の足に頬を擦り付けて懐いてくれた様に思えたが――俺には、その猫を連れ帰りたいと言う願望と、それは出来ないと言う現実的な考えで悩み、結果置いていく事にした。

 とはいえ、連れ帰るにしろなんにしろ、家にたどり着けなかったわけだが……。


「貴方、途中で倒れちゃうし、誰も通りがからないから全然気付かれないしで困ったものよ」

「――じゃあ、君は使い魔なんだ。俺の、為の」

「なんか、そう言うことみたいだけど。とにかく、貴方の支えになるように言われてるから。その――よ、よろしく頼むわね」

「ちなみに、猫の姿になったりとかは?」

「出来るけど……。あによ、人よりも動物の方がいいって訳?」

「いや、単純に人の姿と動物の姿を自由に変えられるのかなって思っただけ」

「そう? じゃあ『在るべきものを、在るべき姿に』っと」


 そして彼女は再び自分から呪文のようなものを唱え、顔の紋章や目の変化は収まっていた。彼女はようやく話が通ったと言わんばかりに満足げに自分の髪を凪がすと腰に手を当てて自信満々そうに見えた。


「それじゃ、名前を聞いても良いかしら? それと、私にも名前をつけて頂戴。

 出来れば気高く、強そうで、それで居て可愛い名前が良いわ」

「あれ、けどこの人は自分の名前も思い出せないみたいだけど……」

「え?」

「名前の無い人を二人も拾ったなんて、名づけからして苦労しそうね」

「いや、面目ない」


 申し訳無さそうにする俺と、そんな俺を見て呆然とする少女。ミラノは主人としてかため息を吐いているし、妹のアリアはただ一人優雅に紅茶を飲んでいた。

 しかし名前か、名前……。


「――名前って、やっぱり神様とかかつての12人の魔法使いに因んだりするのか? あるいは、天使だとか、意味とか」

「確かにそれは一般的だけれど、使い魔に関しては特長とかで付けることが多いかしらね。火トカゲには火に纏わる名前をつけたり、風斬りネコには速度に因んだ名前を付けるようなものね」

「あとは愛称ですかね? 一部の人は呼びたいように読んでるし、昔は使い魔を見ただけで名前まで分かったって聞いてますし」


 真名(まな)てきなものなのだろうか。それを探り、見つけ出して読んでやる事で主従契約が強化されるとか、使い魔が覚醒して強くなるとか。有名な知識で言うなら、その真名が割れると戦い方がバレるから隠すって言うのもあったな……。

 しかし、自分の名前はどうしよう。出来れば自分で決めたいし、しっくりこない名前で呼ばれるのも嫌過ぎる……。


「ち、ちなみに俺になんか名前候補とかって既に考えていたり?」

「ウォレスとかビクターとか」

「……名前の意味は」

「ウォレスは『忠義の騎士』で、ビクターは『思慮深き賢者』かしらね」

「名前負けしそうで嫌なんですけどっ!」

「あとは……クレス、とか」

「意味は?」

「『優しき隣人』、ね」


 名前の響だけで格好良いとか悪いとか考えがちだけれども、名前に意味が込められているとなると考え物だ。下手に名前の意味を理解せずに「いいじゃん!」と拝命したが最後、後になって「あいつ、名前はあんななのに……」って言われるオチが見えている。

 少しだけ考え、パッと口を突いて出た単語があった。


「や、ヤクモ。とか」

「――なんか、それっぽい名前だけど、意味とかあるの?」

「いっ、意味は……。『異邦を旅する者』かな」


 異世界、言葉分からない、七つの特典とか、母親がキリスト教を信じていたこととか、神様とか、色々考えていたら”や”と言う単語が出てきていた。”や”からそのままパッと出たのが”ヤクモ”と言う名前であったと言うだけだ。そもそも前が小泉と言う苗字だったから、そのまま有名な『小泉八雲』と言う人物を思い浮かべただけかもしれない。

 苦しい言い分だったけれども、ミラノとアリアはとりあえず否定はしなかったみたいだ。


「ヤクモ、ヤクモね。まあ、良いんじゃない?」

「12名の魔法使いの中に”ヤハウェイ””クロムウェル””モンテリオール”と言う方が居ましたし、それぞれの名をあやかったとも言えますね」

「……その三人、どういう人?」

「この三名は幼い頃からの友人で、魔界の王との戦いにおいても息のあった戦い方をしていたと聞いてますね。

 ヤハウェイは魔法だけじゃなく剣も使いこなし、クロムウェルは魔法を緻密で繊細に扱い、モンテリオールは人を率いて戦うのに優れていたと言われてます」


 まあ、偉大さは俺には良く分からないけれども。とりあえず剣と魔法が凄くて、人を率いてよく戦ったとと言うことか……。程度は知らないけれども、無難そうには思えたのでその論でいく。


「じゃあ、その説明でいいんじゃないかな。ヤハウェイのように勇ましく戦い、クロムウェルのように魔法を使い、モンテリオールの様に人に慕われたと言う事で」

「ですが、この三名は魔界の王との決戦の際にモンスターが援軍として来られない様に壁となり、3万全てのモンスターを7000の兵士と道連れに亡くなられたと言われてます」

「――……。い、いや。もう何を言われようとこの名前でいくからな!」

「それじゃあ、次は私の名前を考えてね。いい? 気高くて、強そうで、可愛い名前じゃないと認めないんだから」


 自分の名前が決まったところで、次は俺の使い魔と言い張る彼女の名前だ。注文が凄すぎて、何なら通るのだろうかとか考えてしまう。


「タマ、とか」

「殺して良い?」

「ポチ」

「ポチちが~う!」

「ダイダル バーナビー マルマディーク アンソニー ダルタニアン フェニックス ケネディー オバマジュール オマハ――」

「長いわよ!」

「略してダル」

「可愛くな~い!!!」


 試すようにとりあえず色々投げかけてみて、ダメだこりゃと匙を投げた。彼女の要求を満たせるような名前を思いつくような頭が俺には無い気がする、むしろ何かしらそう言ったことで才能があったら転落人生してなかったかもしれない。


「と言うか、特徴聞いても良い? 参考になるかもしれないし」

「ふふん、耳の穴をほじくってよく聞く事ね! 私はね、闇の魔法と水の魔法、風の魔法が使えるのよ! それに、夜目は利くし、匂いで追跡したりも出来るし、なんなら獲物を狩ってきてあげる!」

「ネコだな」

「ネコね」

「ネコだね~」


 最初の出だしは良かったのに、途中からネコの特性しか出てきてなかったあたり残念だ。そういえば魔法に関して全く理解度が無いのだが、そこらへん聞いた方がいい。


「――そういえば魔法が七種類あるってのは聞いたけど、それでも何か特性とかって在ったりするのかな」

「火・水・風・土を基礎の四系統と言って、どんな魔法使いでも程度はどうであれ使える物とされてるわね。どれか一種類でも使えない魔法使いは、どんなに立派でも出来損ないと呼ばれるし、跡継ぎや継承権などから除外されたり追放される事が多いわね。

 それらの上にあるのが聖と闇で、どちらか一つ使えれば一人前の魔法使いと呼ばれるわ。両方使える人は若くても王室から声がかかるくらい優秀な魔法使いってこと。

 最後に、無の魔法だけど――」

「無の魔法は伝説の魔法です。12人の魔法使いの中でも一人しか使えなかったと言われてますね。無から有を生み出し、存在する全てのものを無に返すと言われる魔法。

 この学園の創始者であるオリジンと言う方が唯一の使い手だったと言われています」

「なるほど。となると、闇が使えるってだけでも凄いんだな、お前」

「そうよ! だから私を大事にして、可愛がってよね!」


 何かと強気だな、こいつ。こういうのがツンデレだったり、あとピンチや意外な展開とかに弱くてプライドみたいなので取り繕ってる態度がボロボロに崩れてくんだよな……。と言うか、こいつが本気で俺の助けた猫だとして、死んだからここに来たのかそれともあの女神、アーニャが何らかの運命を感じて選んだのかでまた考えは変わってくるような。


「――……、カティアとかはダメかな」

「カティア……」

「短くして、ケイト、ケイティ、ケイン。好きに呼ばせたら良い」

「なんで”カ”じゃないの?」

「カで思い浮かぶのが”カーチャ”だったんだよ……」


 カーチャはちょっと”かーちゃん”を連想するからいただけない。何が悲しくて10代前半位の子に母親を想起させなければいけないのか。そして俺の言いたい事を察してくれたのか、彼女は言葉に詰まって目線を彷徨わせた。


「まあ、良い名前じゃない? 有難くいただいておくわ」

「終わった? 本当ならわたしが名前を付けるべきなんだけど」

「まあまあ、いいじゃない姉さん。この人がどこの国の人か分からないのに、変な名前で呼ぶのも悪いと思うよ?」

「そうかもしれないけど、本来なら主人であるわたしが考えるべきじゃない」


 なんか、また面倒くさい事になりそうだった。名前をかみ締めてるカティアを静かに手招きし、そっと耳打ちする。


「……記憶がないと言う事で通すから、異世界の事とかとりあえず禁止で」

「何で?」

「この世界の事何にも分からないのに話しをややこしくして放り出されてたまるか。俺は苦労しないで生きたい」


 俺のその言葉にカティアはあからさまに嫌そうな顔をした。ほっといてくれ、どうせなら出来る範囲で楽をしたいって思うのは人の性じゃないか。使い魔と言うものになってしまった以上、どうせ避けられない大変さがあるのだから。


「――そういや、使い魔の使い魔って、扱いはどうなるんだ? 没収?」

「没収はしないけど。そうね……、使い魔の仕事を分担してもらうとか」

「私、悪いけど料理も掃除もした事がありませんの」


 そういってカティアは意地の悪そうな笑みを浮かべた、多分――きっと色んな意味で馬鹿にしてる。そこでミラノの目線がゆっくりとこちらを向く。


「え、俺? 一応、料理から掃除は出来るけど――勝手が分からない」

「はい、じゃあ雑用係はあなたに決まりね」

「なんでえ!?」

「この子――カティアは、とりあえず色々お勉強かしらね。字は読める?」

「字は読めるし、通貨とか一般的な常識程度なら」


 あっれえ、おっかしいなあ。俺は言葉しか通じてないのに、もともと猫だった筈のカティアが上級である闇魔法まで使えて、字も読めて、一般常識と理解してから来ていると言うチートをぶっこんできたぞ? 俺なんて武器と強さと金しかないのに!

 肩を落とした俺を慰めるようにアリアが俺の頭を撫でて「よしよし」と言っていた、余計惨めにる。

 俺は異世界にたどり着いたその日のうちに使い魔と言う特殊だけれども立場的に人以下にされ、しかも人間じゃなかった子に有益さで負けて最底辺へと転がり落ちた。


「へ、へへ。あれ、おかしいな……。俺、こんなはずじゃなかったのに」

「ふふ、私を頼ってくれてもいいのよ?」


 落ち込む俺とそれを見て少しばかり優位に立てたからか嬉しそうなカティア。

 父さん、母さん。あの世から見てますか? 貴方達の息子は死んでからと言うものの心機一転、生まれ変わったかのように頑張ろうと思ったのですが――、どうなるか分からないのが現実です。

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