レイン、覚悟

 全ての勇者、全ての人間、全ての命、そして全ての世界――長い月日を経て、レイン・シュドーは何もかもを自分自身とまったく同じ意思と姿で塗り潰すと言う大きな目標をようやく果たす事ができた。今や、世界のどこへ行っても自らを妨げたり美しい景色を汚す存在はどこにもなく、一面が純白のビキニ衣装の美女とそれを永遠に生み出し続ける物で埋め尽くされていた。彼女が待ち望んだ理想郷が、ようやく目の前に広がったのである。


 だが、それを堪能する余裕は、まだ彼女たちには十分に与えられてはいなかった。


「「「「「はっ!ほっ!はああっ!!」」」」」

「「「「「「んんっ………はぁぁっ……はあああっ!」」」」」」」」



 剣の素振りを何百回も繰り返しながら集中力を養い、あらゆるものを粉砕する漆黒のオーラの球体を創り出しては消す作業を何千回も行い自身の魔術の力を安定させる――レインが毎日のように行う鍛錬の一環であったが、今の彼女たちはこれまで以上にそれらの基礎演習に磨きをかけていた。間もなく訪れるであろう、魔王との決戦の日に備えるためである。



 彼女たちに残されていた最後にして最大の壁、それはレイン・シュドーに完全なる敗北を何度も味あわせ、逆に彼女たちを幾度となく導いてきた全ての魔物を司る存在、魔王だった。無限に増え続ける彼女たちの数の暴力も一切ものともせず、常に一歩先をいく魔王の力に、レインは驚愕し、そして感嘆の思いを抱き続けていた。勿論、レインの心には魔王を倒さなければ世界に真の平和は訪れないと言う『勇者』だった頃から変わらない強い意志があったのだが、それと同時に魔王に対する尊敬、憧れのような思いがあった事は否めなかっただろう。だからこそ、よりレインたちはあの漆黒の『敵』に打ち勝ち、本当の感情を常に隠し続ける銀色の仮面を砕きたい、と強く願い、それを実行に移すべく鍛錬に打ち込んでいたのである。


 ただ、レインたちは既に気づいていた。


「「「「……ふう……」」」」


 極端に言ってしまえば、今行い続けている鍛錬は『無駄』かもしれない、という事を。


 確かに、魔王の力の凄まじさはいちいち言及されなくともはっきりと認識していたし、どれだけ鍛錬を積んだとしても下手すれば魔王の一撃で倒されてしまう可能性は十分にあった。世界を手中に収めようとしていた今の段階に至ってもなお、レインは魔王の底を知ることが出来ず、どれだけ自分の力を高めれば良いのか正確な判断が掴めなかったのである。しかし、例えそのような不安を抱こうとも、もうこの世界にその本音を聞き、的確に導いてくれる存在は自分自身しか残されていない事を彼女たちは分かっていた。それを覚悟した上で、レイン・シュドーは無限に増え、世界を征服しつくそうとしているのだ。

 だからこそ、その不安を払拭するため、彼女たちはあの日――最後の勇者を永遠にこの世界から消失させ、魔王に宣戦布告をした日からずっと鍛錬を続けていたのである。どこまでも沸き続ける不安を、自身の覚悟へ変換させるために。その中で、特に彼女たちが力を入れていたのは、これまで当たり前のように行ってきた剣術や魔術の根幹をもう一度磨きなおす基礎演習であった。魔王との戦いは、文字通り何が起こるかわからない。そんな時に戦局を左右するのは小手先だけの技ではなく、様々な技術を生み出す基礎である事を、レインは今もなお理解していたからである。


 

「「「「「……はあっ!!」」」」」

「「「「「「「ぐっ……ふんっ!!」」」」」」」



 目の前にいる別の自分と剣をぶつけ合ったり、漆黒のオーラで攻撃しあったりするのもまた基礎演習の一環であった。ただし、レインは敢えて複雑な技を別のレインに見せ付ける事はしなかった。ここまで来た以上、今になって複雑な技を磨いても時間がないし魔王の前で発揮できる可能性は低い、と考えたからである。



「「「「「「……よし……と言いたいところだけど……」」」」」」」

「「「「「「もう100回ぐらい、やってみようか」」」」」」」

「「「「「「「「「そうね、レイン……」」」」」」」」」」


 

 自分の中にある未来への恐怖や不安をかき消す為、レインはその日も何百回、何千回と自分自身と基礎を磨き合い続けた。世界のあらゆる場所で、まったく同じ純白のビキニ衣装の美女が息を荒げ、体中に汗をにじませながら、本番へ向けた心構えを創り続けていた。そんなレインたちにとって幸いだったのは、どれだけ体を動かそうとも今の自分たちの体には疲れが一切溜まらない事であった。人間でも魔物でもない、唯一無比の存在になった彼女たちは、文字通り永遠に思うがまま戦い続けることが出来る存在に変貌していたのだ。


 とは言え、あくまで疲れそのものが無いだけであって、たっぷりと鍛錬を終えた体や心が癒されると言う楽しさは今でもしっかり堪能することが出来ていた。例えば――。



「お疲れ様、レイン!」

「「「お疲れ様♪」お疲れ様♪」お疲れ様♪」お疲れ様♪」お疲れ様♪」お疲れ様♪」お疲れ様♪」お疲れ様♪」お疲れ様♪」お疲れ様♪」お疲れ様♪」お疲れ様♪」お疲れ様♪」お疲れ様♪」お疲れ様♪」お疲れ様♪」お疲れ様♪」お疲れ様♪」お疲れ様♪」お疲れ様♪」お疲れ様♪」お疲れ様♪」お疲れ様♪」お疲れ様♪」お疲れ様♪」お疲れ様♪」お疲れ様♪」お疲れ様♪」お疲れ様♪」お疲れ様♪」お疲れ様♪」お疲れ様♪」お疲れ様♪」お疲れ様♪」お疲れ様♪」お疲れ様♪」お疲れ様♪」お疲れ様♪」お疲れ様♪」お疲れ様♪」お疲れ様♪」お疲れ様♪」お疲れ様♪」お疲れ様♪」お疲れ様♪」お疲れ様♪」お疲れ様♪」お疲れ様♪」お疲れ様♪」お疲れ様♪」お疲れ様♪」お疲れ様♪」お疲れ様♪」…



 ――純白のビキニ衣装も脱ぎ捨て、人間として生まれた時の姿になって暖かいお湯に浸かる行為も、その一環である。


 空間をどこまでも歪ませ膨らませ、水平線が四方に見えるほどに広がった風呂は、既にあらゆる場所が健康的な肌色を見せびらかすレイン・シュドーでぎっしり埋め尽くされていた。彼女たちの体を芯から癒してくれるその温かさは勿論、湯気に混ざるレイン自身のほのかな香りもまた、彼女の心や顔を和ませる効果をもたらしていた。しかもそればかりではなく――。



「「「「うふふ、レイン♪」」」」

「「「あぁん、もういきなり現れちゃって♪」」」

「「「「「「えへへ、ごめんごめん♪」」」」」」」

「「「「「「「「でももっと現れちゃうわよ♪」」」」」」」」」


 ――薄っすらと乳白色に彩られていたお湯の中からは、鍛錬を終えたレインたちとは別に新たなレイン・シュドーも次々に生まれ続けていた。自分の目の前や背後から新しい美女が誕生する光景もまた、彼女たちにとっては格別の幸せであった。少し動いただけで、自分自身の柔らかな胸や程よく筋肉に満ちた腕、そして滑らかな腰やお尻が当たる感触も、当然ながらより彼女を興奮させていた。


 そして、その喜びはたっぷりと心がほぐされたレインたちがお湯から次々にあがり、これまた無限に広がる更衣室に瞬間移動していった先でもなお続いていた。



「「「「「「あ、レイン♪」」」湯加減どうだった?」」」

「「「「「「「「今までで一番よかったよねー、レイン♪」」」」」」」」

「「「「「「「「うんうん、レインもどんどん入っちゃうのが一番よ♪」」」」」」」」

 

 漆黒のオーラの力で新たな純白のビキニ衣装を創り出しながら笑顔で話すレインたちの傍らで――。


「了解♪」了解♪」了解♪」了解♪」了解♪」了解♪」了解♪」了解♪」了解♪」了解♪」了解♪」了解♪」了解♪」了解♪」了解♪」了解♪」了解♪」了解♪」了解♪」了解♪」了解♪」了解♪」了解♪」了解♪」了解♪」了解♪」了解♪」了解♪」了解♪」了解♪」了解♪」了解♪」了解♪」了解♪」了解♪」了解♪」了解♪」了解♪」了解♪」了解♪」了解♪」了解♪」了解♪」了解♪」了解♪」了解♪」了解♪」了解♪」了解♪」了解♪」了解♪」了解♪」了解♪」了解♪」…


 ――先ほど彼女たちが脱ぎ散らかしたビキニ衣装からも次々に新たな自分が再生していたからである。勿論彼女たちもすぐその衣装を脱ぎ、更にそこから新たなレインが生まれ続けるという、まさに彼女たちにとって眼福この上ない光景が、鍛錬の後には毎回繰り広げられていたのだ。



 ただ、どれだけ幻想的な光景が繰り返されようとも、もしかしたら明日にでも無くなってしまうかも知れない、と言う不安は、常にレインたち全員に付きまとい続けていた。魔王との戦いに敗れてしまえば、世界から自分と言う存在は間違いなく抹消される。楽しかった記憶も、喜ばしい光景も、全てが無に還ってしまうのが容易に想像できるからだ。しかし、だからと言って怖がってばかりはいられないし、この快楽に浸りっぱなしではいけない、そろそろ腰を上げなければ――ビキニ衣装からの増殖もいったん止めながら、無限の大浴場にいるレインたち全員が一斉に同じ事を考え始めた、まさにその時であった。突然、その場にいるレインの元に、この場所とは別の所――風呂場ではなく、会議室の中を覆い尽くす何兆人ものレイン・シュドーから、連絡が届いたのである。それは、ある意味では彼女たちにうってつけの内容だった。



「「「「「「「……ふふ、丁度私たちも同じ事を考えてたのよ。ね、レイン?」」」」」」」

「「「「「「「うんうん、そろそろ動かないとって思ってたところよ」」」」」」」


『『『『『『『『あはは、他の場所のレインも、みーんな同じ事言ってたよ』』』』』』』』



 いつまでも鍛錬を続けていても、無意識に現実逃避をしようとしても仕方が無い。いい加減、最後の戦いへ挑むための覚悟を決めないと――純白のビキニ衣装が何よりも似合う、健康的な肌の色を身につけた黒髪の美女たちは、世界のあらゆる場所で同じ思いを抱いていたのだ。勿論、万全の体制とは言い難いという事実は分かっていた。魔王が放つであろうある技に対する対策を敢えてレインたちは行わず、数限りなく磨き続けた基礎能力やこれまでの経験のみを使って乗り切ろうとしていたのである。だが、乗り切るためにはを迎えない事には始まらない。そして、その日にちはレイン・シュドー自身の都合に合わせるよう、魔王直々の通達を受けていたのだ。


「「「「「「……やろうか、レイン」」」」」」

『『『『『『……そうね、レイン』』』』』』



 いつどこで戦うかは、声に出さずとも既に全てのレインが同じ事を考えていた。世界の全てを狙い続けているであろう魔王とぶつかり合う場所と言えば、あそこしか思い浮かばなかったからである。ただ、そこでどのように戦うかと言う点については、レインたち自身で語り合う必要があった。



「「「「……それで、レイン……思った事なんだけど……」」」」

『『『『……多分私たちと同じ事だろうけど……そうね、言ってみて』』』』

「「「「分かった、あのね……」」」」



 そして、レイン同士の全ての会話が終わった後、レインたちは今まで以上に自分で埋め尽くされた風呂場、町、空、川、森、そしてこの世界をじっくりと堪能する事にした。純白のビキニ衣装に包まれた、世界に真の平和をもたらす者を、しっかりとその目と肌、心に焼きつけ、魔王に絶対に勝つと言う強い意志を固めるために。



「「「「「「レイン……♪」」」」」」

「「「「「「レイン……♪」」」」」」

「「「「「「「「「「「「レイン……♪」」」」」」」」」」」」


 レイン・シュドーは、まるで確かめ合うかのように自分の名を呼び続けた。もしかすれば、これが別の自分が発する『最後』の名前かもしれない、と言う思いもあった。だが、そのような不安を拭い払うだけの力もきっとあるはず。根拠もない自信かもしれないが、明日はこれに賭けるしかない――すべてのレインの心には、大浴場を覆う湯気にも負けない熱さが込み上げていた……。

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