レイン、会議
ゴンノーが心を与え、完全なる戦力として投入した『敵』のレイン・シュドーをたった一撃で生産施設ごと壊滅させ、心が折れかけるのを懸命にこらえながら何とかゴンノーに勝利を収めたレインたちへ、その姿を見せることなく彼女の意識の中へと今後の動向を指示したのを最後に、ずっとレインを縛り付け、そして彼女を日々鍛え続けてきた存在――『魔王』は、今に至るまで一度も彼女たちの前に姿も気配も現す事が無かった。
その事にようやく気付いた時、レインはつい焦ってしまったのは仕方ないだろう。森羅万象操れない概念など存在しないような魔王に比べればまだまだ未熟な彼女たちは、何度叱咤されても未知の事態を前にするとつい混乱してしまうのだから。確かに、今までも何度か魔王が忽然と姿を消していた時はあったのだが、ここまで長い期間、連絡も一切入れないまま消息を絶っていたのは初めての事態だったのである。
だが、すぐにレインたちは自分たちがどのような状況に置かれているのかを認識した。いくら慌てた所で、現状では魔王の行方を探ると言う手段を彼女は一切有していなかったのだ。それ故、彼女たちが出来る事は――。
「「「「結局どこへ行ったのかしら……」」」」
「「「「「皆目見当もつかないよね、レイン……」」」」」
「「「「「「うーん……」」」」」」
――無尽蔵に膨れ上がった会議場の中で、同じ心を露わにしたまま結論の出ない会議を続ける事など、僅かな手段に限られていた。
征服し終わった町や村を自分好みに改装したり、魔術の鍛錬も兼ねてどこまでも広げ続ける傍らで、レイン・シュドーはかつての世界最大の都市の中にある会議場で、毎日様々な会議や意見交換、現状報告などを行うようになっていた。勿論、彼女たちには漆黒のオーラを用いて言葉を使わず気持ちを伝えあう事も出来るし、そもそも皆外見同様に寸分違わぬ心を持っているために頭の中で思い描いた考えはほぼ同じものであった。だが、それ故に自らの気持ちを声に出して他の自分と伝えあい、その感触を体全体で感じると言う快感を彼女は愚かな人間たちの何千何万、いや数で表し切れないほどの倍数で認識していた。何より、レインにとって魔王と並ぶ超えるべき壁、彼女がたった1人だけ「愚かでは無い」と感じる事が出来た人間、かつての女性議長であるリーゼ・シューザの叡智に及ぶためには、自らの意見を交換し合うと言う『鍛錬』こそが重要である、と彼女は考えていたのかもしれない。
そして今日も、最初の議題はまだどこにいるか分からない魔王の行方であった。
「「「「空間を歪めて『別の世界』を作って、そこに潜り込んだ……?」」」」
「「「「「ゴンノーがいなくなった以上、私が最後の敵になる訳だし……」」」」」
「「「「「「え、だったら余計に魔王の行方は掴めないんじゃないの?」」」」」」
「「「「「「「うん、鍛錬の中身を見せるなんて事はさすがにしないだろうし……」」」」」」」
まるで独り言をつぶやくかのように、会議場を埋め尽くしたビキニ衣装の美女たちは自らの考え、そして周りにいる全ての自分の考えを言葉に乗せて紡ぎ続けた。
この会議場に集まった自分たちの数はどれくらいか、レインは正確に数える事はしなかった。大きく弧を描いた地平線が視界に見えるほどにまで膨れ上がった空間から推定して最低でも数兆人いる事までは把握していたが、毎日増え続ける自分たちを把握する事がどれだけ無駄な労力を使う事になるか、彼女ははっきりと分かっていたからである。数えている傍らからどんどん増え続け、正確な数を分からなくさせたいと言う悪戯心もあったのだが。
そして同時に、レインはこの会議場でもう1つの愚かな行い、かつての人間たちが頻繁に行っていた行為をしっかりと認識していた。もし今、レイン・シュドーと同じ数だけ人間が揃い、似たような題目で会議を行ったとしたら、必ず余計な茶々や不必要な反論、内容そのものを分かっていない質問が飛び出し、いつまで経ってもこの会議が終わる事は無かっただろう。だが、この世界最大の都市が純白のビキニ衣装に包まれたたわわな胸を揺らし続ける美女に埋め尽くされた今、そのような無駄な行為は完全に行われなくなっていた。会議に参加するどの面々も揃って議題の解決に向けて話を進め、必要な意見だけを述べ、そして最良の結論を導き出せるようになっていたのである。
そして、その選択肢には――。
「「「「「……らちが明かないわね、レイン……」」」」」
「「「「「そうねレイン……悔しいけど、この議題はまた後に持ち越しましょう」」」」」
「「「「「それが一番よね、レイン」」」」」
――短時間で解決を諦め、もっと重要な別の事に議題を移す、と言うものも含まれていた。
女性議長の威厳を懸命に保ち続けたリーゼの叡智にはまだまだ及ばない、と苦笑しつつも気持ちを入れ替えたレインたちは、人間たちの会議の真似事のような行動を始めた。新たに征服し終わった町や村の詳細を報告し、皆でその時の楽しい気分を改めて共有する、と言うものである。
会議の進行を務める数千万人のレインたちの楽しそうな声に指名され、議員席に座る数万人のレインは笑顔で立ち上がり、昨晩黒い霧と暖かい雨を降らせた村を最後に、『世界の果て』の荒野に近い人間たちの町や村は全て自分たちのものになった事を報告した。最初にあの荒野に面した場所を征服してから、どれくらいの月日が経ったのかは分からないが、1つの大きな目標を達成出来たと言う事実を、会議に参加した数兆人の美女たちは拍手と歓声で称えあった。
「「「「ついにここまで来たわね……♪」」」」
「「「「まあ、まだまだ人間たちの住んでる所は残されてるんだけどね……」」」」
「「「「「それはのんびり『征服』すれば良い事だし♪」」」」」
「「そうよねー♪」そうよねー♪」そうよねー♪」そうよねー♪」そうよねー♪」そうよねー♪」そうよねー♪」そうよねー♪」そうよねー♪」そうよねー♪」そうよねー♪」そうよねー♪」そうよねー♪」そうよねー♪」そうよねー♪」そうよねー♪」そうよねー♪」そうよねー♪」そうよねー♪」そうよねー♪」そうよねー♪」そうよねー♪」そうよねー♪」そうよねー♪」そうよねー♪」そうよねー♪」そうよねー♪」そうよねー♪」そうよねー♪」そうよねー♪」そうよねー♪」そうよねー♪」そうよねー♪」そうよねー♪」そうよねー♪」そうよねー♪」そうよねー♪」そうよねー♪」そうよねー♪」そうよねー♪」そうよねー♪」そうよねー♪」そうよねー♪」そうよねー♪」そうよねー♪」そうよねー♪」そうよねー♪」そうよねー♪」そうよねー♪」そうよねー♪」そうよねー♪」そうよねー♪」そうよねー♪」そうよねー♪」そうよねー♪」そうよねー♪」…
会議場の中に可愛らしさと凛々しさを混ぜ合わせた麗しい声が響き渡る光景は、まさにレインたちにとって世界がまた一歩真の平和に近付いた事の証のようなものだった。
自分で覆われる事の幸福を全身でたっぷり堪能した後、ふとある事を思い出したレインは、他のレインたちに残された町や村に関わるある内容を質問した。人間たちへの『物資の供給』はちゃんと行っているのか、と。
「「もうレインったら、ちゃんと供給してるに決まってるでしょ?」」
「「「えへへ、ごめんごめん……ちょっと確認したくて、ね?」」」
「「「それもそうよね、ふふ♪」」」
確かに、レインたちは皆同じ考えを抱き、同じ結論に向けて思いを巡らせているのだが、その中で辿る過程にレイン同士で僅かながら差が生じる事があった。記憶を共有し合えばそのような差異は消えてしまうのだが、敢えてこの会議場ではそう言った魔術を使わず、ほんの少しの《差》を重視する姿勢を取っていた。だからこそ、たまにこのような自分同士での悪戯めいた、しかし決して嫌悪な雰囲気を生み出さない発言が起きる事があるのである。
そして、今回レインが別のレインに確認したのは、残された人間たちの町や村へ、自分たちが漆黒のおーラで無から創造した食料や日用品をわざと滞りなく届けると言う作業であった。現在、僅かな人間たちが懸命にその愚かさを前面に押し出しながら生きているであろう場所は、あの最後の決戦の後、人間の希望・ダミーレインが帰還することなく、未だに勝敗が分からずじまいの町や村だった。わざとダミーレインの振りをして帰還せず、その後も飼い殺しのように扱う事で、より人間たちの不安を煽ろうとする策である。
「一部の町や村には帰還しない」、と言う事を指令したのは魔王であったが、その後の町や村をどうするか、と言う事を考えたのはレイン・シュドー自身だった。商人の姿に変装し、甲斐甲斐しく人間たちが怯えながら暮らす場所を訪れる事で、食べ物を巡って争う情けない姿や勇者を懐かしむ哀れな心を嘲り笑い、愚かな人間たちが相も変わらず堕ち続ける様をたっぷり堪能出来る、と言う訳だ。
改めて振り返ると魔王の作戦の劣化版のようだ、と苦笑しつつも、レインたちはこれで少しはリーゼ・シューザに追いつけたかもしれない、と自負していた。彼女から託された真の平和――世界の隅々に至るまで、どの命も皆笑顔と快楽、そして向上心と勇気に満ちた世界のためには、愚かな膿は限界まで絞り取った方が良い、そう彼女は考えていた。勿論人間に対する哀れさもしっかり持ち合わせていたが、それは彼らが滅びる事ではなく、最後まで情けない姿を晒し続ける事への悲しみのような感情だった。
「「「まあ、とりあえず人間たちは今後も様子見で行きましょう」」」
「「「「そうね……もしかしたら、また新しい動きを見せたりなんかして♪」」」」
「「「「「ふふ、楽しみね♪」」」」」
「「うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」…
そして、再び会議場の中がレインの可愛らしい響きに包まれた、その時だった。
「「「「……ねえ、レイン!今思いついたんだけど……!」」」」
「「「「「え、え、どうしたの……あぁぁ!!」」」」」
一部のレインたちの心で、何かの思いが繋がった。『世界の果て』『劣化版』と言う2つの単語を全身で味わった事で、彼女たちの中にとびきりのアイデアが浮かんだのである。そして、それは他のレインたちも全く同じだった。突拍子もない考えだが、確かにこの2つのキーワードから結びつく発想はこれしかない、と思ったからである。
そして、興奮したように立ち上がったレインたちは、皆で顔を合わせながら一斉に同じ言葉を告げあった。
「「「「「ねえ、レイン……!!」」」」」
「「「「「ええ、分かってるわ、レイン……!!」」」」」
『世界の果て』で数限りなく生産され続けていた、レイン・シュドーの『劣化版』――ダミーレインを、自分たちで活用できないか、と……。
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