レイン、捜索

 昔、レイン・シュドーが勇者の一員だった頃、立ち寄った村に住む老人からこのような言葉を聞いた事があった。『思い立ったが吉日』、何か良い考えや上手くいきそうな構想が頭の中に浮かんだ時には、それをすぐにこなした方が良い結果が生まれる、と言うものである。当然、ただ闇雲に何でも率直にこなしても結果はついて来ないし、時には吉どころか凶になってしまう事態も起きてしまう。だが、自らの強さや信念を、大胆に健康的な肌を露出する純白のビキニ衣装で強調するレインにとっては、すぐに行動する事が後の自分の財産に繋がる事が多かった。


 そして、きっと今回もそのような結果になるだろう、と100人のレイン・シュドーは信じていた。例えそれが――。



「「「……魔王……」」」

「「「……随分派手に……」」」

「「「ぶっ壊したものね……」」」


 ――まるで世界が滅びた跡を思わせるような抉れた大地の中に沈んでいたとしても。



 レインたちがやって来たのは、普段彼女たちが暮らし、日々魔術の力で居住空間と自分の数を増やし続けている場所とは別の『世界の果て』であった。

 この世界には、人間たちが住む場所よりも遥かに広大、下手すれば無限に広がっているかもしれない『世界の果て』と呼ばれる空間が存在する。その広さは、どこまでも数限りなく増え、合計して何人いるのか本人たちすら測定を放棄しかけているレイン・シュドーでさえ全貌を把握できないほどである。彼女たちが訪れたこの場所も、魔術を使って一瞬に移動しないと辿り着けないほど、遠い場所に位置していた。


 だが、レイン・シュドーは過去に世界の果ての丁度この場所を訪れ、汗と涙、そして叫びに包まれながら懸命に戦った事があった。魔王の介入、軍師ゴンノーの最期――彼女たちにとって『決戦』と呼んでも過言ではない出来事が繰り広げられた場所だった。最終的に勝者はレイン・シュドーだったものの、軍師ゴンノーの手駒であった、純白のビキニ衣装の美女のような存在=『ダミーレイン』を生産する施設もろとも、この空間は魔王のたった一撃によって文字通り滅ぼされてしまったのである。


 しかし、それでもレインたちはもう一度ここにやって来なければならない理由があった。

 彼女たちの最終目標である打倒魔王を実現させるためには、今の自分とは違う別の『レイン・シュドー』を創り出す必要があったのだ。


「「「さて、まずは……」」」

「「「ダミーを作ってた跡を探さないと、ね」」」


 独り言のような会話を交わし、心だけではなく耳や肌からも自分たちの思いを確かめ合った後、100人のビキニ衣装の美女はおもむろに両腕を肩の位置まで上げ、そして自分たちの目の前まで移動させた。僅かな布だけで守られている胸が少しだけ押し潰される気持ち良さを味わいつつも、何とかその快楽を拭いながらレインは自らの掌に漆黒のオーラを集中させた。

 そして、気合い一発そのオーラを辺りに放った途端、周りに広がっていた荒れ果てた大地が、突然縮み始めた。比喩ではない、まるでレインの近くに収納されるかの如く、周りの黒ずんだ砂やぼろぼろになった石、そして辺りに吹き荒れる風が、彼女の傍に集まって来たのである。


 これが、いつものように数万数億、数兆単位で集まって行動するのではなく、数百単位と言う小編成で集まった理由だった。日常生活の中でも鍛錬を怠らない真面目なレインたちは、空間を歪める力を普段とは逆に使う事で、自らの魔術により磨きをかけようとしたのである。そして、まるで自分たちが巨体になったような不思議な感覚を覚えつつ、一か所に集まった『世界の果て』の空間から、彼女たちはダミーレインを日々創り出していたであろう物体の残骸を探し始めた。



 本当にそのようなものが、魔王による壊滅的な力の前に残されているのだろうか――レインたちの心の中には、確かにそのような不安があった。昨日行われた数兆人のレインたちの会議の中でも、いきなり頭の中に浮かんだこの突拍子もない発想に対して、全てのレインから否定的な意見がだされてしまった。そもそも、ダミーレインの生産施設を復活させたとしてもゴンノーの支配が及んだままにはなっていないだろうか、それにダミーが現れたとしても、果たして魔王に勝てるのだろうか、などなど。

 だが、互いに言葉を交わし、気持ちを整理する中で、彼女たちはこの発想は実行に移すべき考えである、と確信を持ち始めた。かつて、まだ自分たちにとっての脅威でしかなかった頃のダミーレインにレイン・シュドーが敗北を重ね続けたのは、自分自身に光のオーラを使うと言う発想すら湧かず、対処法すら自力で見つける事が出来なかった、と言う理由があった。幸いその時は魔王直々の鍛錬により、時間はかかったものの光のオーラを自在に操ってダミーレインを圧倒するほどの力を身につける事が出来た。だが、今回はそうはいかない。魔王と言う途轍もない壁を乗り越えるためには、レイン・シュドーとは別に、自分と共に切磋琢磨し、気付かなかった事を教えてくれるが必要なのだ――来たるべき戦いに向け、彼女たちはそう決意したのである。


 それに、一時期は自らの脅威だった存在を仲間に加えると言う事で、敵対した相手を最後まで疑い続ける愚かで哀れな人間たちを嘲り笑う、と言う目的もあった。世界を平和に導くためには、単に敵対するだけではなく相手を受け入れる心の広さも肝心なのである――ただし、相手も『レイン・シュドー』になる事が条件だが。



「「「あの激闘、まるで昨日のようよね……」」」

「「「本当ね、レイン……でも、なんだか面白くなってきちゃった♪」」」

「「「そうね……あのを、私たちにまた迎える事が出来ちゃうんだから♪」」」

 


 既にこれまでも、ダミーレインを圧倒する過程の中でレインたちは何万何億、いや何兆にも及ぶかもしれないダミーを自分と同じ『レイン』に変えてきた。だが、彼女たちの心の中にある計画は、それとは別に一からダミーレインを創ってしまおう、と言う壮大なものである。何が起こるかはまだ未知数な部分があったのだが、それが彼女たちの心を湧き立たせたのは言うまでも無いだろう。


 だが、それとは裏腹に彼女の麗かな瞳や滑らかな手は、いつまで経ってもダミーの生産施設の痕跡を確認する事が出来なかった。


「「「えーと……これも違う……」」」

「「「「全部砂とか石とかばっかり……」」」」

「「「「「元から無かったみたいになってるわね、レイン……」」」」」


 確かに、倒しても倒してもどんどん湧き続ける厄介な存在を断つには、その根源を破壊し尽くす事が最良の手段であると言う事はレインも納得していた。だが、あらゆる物を見境なく破壊してしまうと、後になって自分が困る場合もある、と言う一例を、彼女は身を持って体験する羽目になった。そして、ずっと前に魔王が人間たちを罠にはめたりレインたちに襲わせた際も、人間全員をレインに変えるのではなく、わざと1人を残し、他の人間にも恐怖と言う名の被害を広めると言う戦法をよく取っていた事を、彼女たちはふと思い出していた。もしかしたら、魔王は敢えて力を制御せずに行使する事で、その教訓を自分たちにしっかり戒めさせようとしたのかもしれない――。


「「「「……!!」」」」


 ――そのような思い出が心によぎった時だった。彼女の中に、再びある発想が浮かび上がってきた。


 あの時、魔王がもたらしたより大きな実害は、物理的な打撃よりも人間たちの心――形無きものへの打撃だった。そして、今自分たちが懸命に探そうとしていたのは、目や肌で感じる事が出来る『形が存在する物体』。それ以外にも、例えば漆黒のオーラなど普段は目に見えないものが、この場所に残されていたとしたら――!



「「「「……レイン!」」」」

「「「「うん!」」」」


 ――思い立ったが吉日。彼女はすぐに頭を切り替え、目の前にある縮んだ空間に向けて漆黒のオーラを注ぎ込んだ。形となっては存在していないが、明らかに異常なものが個の中に紛れこんでいるかもしれない、と睨んだからである。そして、その結果は――。



「「「「「……あ……あっ!!」」」」」

「「「「「あ、あった!あったわ、レイン!」」」」」



 ――100個の喜びの声と、嬉しがる体によって揺らされるたわわな胸によって示された。

 なんでもっと早く気付かなかったのだろうか、まだまだ自分たちは鍛錬が必要だ、とレインたちが苦笑し合った通り、ダミーレインの生産施設の跡は、魔物が用いると言う『漆黒のオーラ』となって残されていたのである。しかも、彼女たちが縮めた空間の全てに。


 そして、彼女たちはあっさりとこのオーラこそが痕跡である、と見抜く事も出来た。考え方によっては、ある意味当然かもしれない。例え魔王と敵対し、人間側の味方になり長期に渡って暗躍してきたとしても、軍師ゴンノーは所詮魔物、魔王のしがらみからは抜け出せなかったのである――。



「「「これなら絶対上手く行けそうね、レイン!」」」

「「「「うん!」」」」



 ――オーラとなって残されていた生産施設の設計図が、レイン・シュドーを日々実らせ、無限に増やし続ける植物『レイン・プラント』と非常に似ていた事が、その何よりの証拠であった。

 勿論完全に一致している訳ではなく、上級の魔物であったゴンノーによって独自に編み出された魔術も含まれている事は、レインたちも承知済みであった。それらも含め、彼女たちは『ダミーレイン』と言う存在を完全に受け入れ、自分たちの中に加えようと考えていたのである。


 そして、100人のレインは近くの自分と一緒に頷き合い、準備段階として縮めた空間を元に戻した。辺り一面に荒れ果てた大地が蘇った後、彼女たちはまるで円を描くかのように並び、中央に向けて両手をかざし始めた。掌から漆黒のオーラが溢れ、周りが次第に黒く染まり始める中、レイン全員の心の中には、生産施設が出来るまでの過程が事細かに描写され続けた。辺りに漂うオーラを感知し、それを自らの中で解釈した後、目の前に具現化する――これまで行い続けた数々の鍛錬の結果を活かし、彼女たちはじっくりと漆黒のオーラを溢れさせ続けた。


 やがて暗闇が最高潮に達したところで、100人の彼女はそっと掌を下ろした。その顔は、若干の不安を交えながらも一つの事を成し遂げたと言う笑みに満ちていた。



「「「「……よし……これで、どうかな?」」」」

「「「「「……へぇ……こんな形してたんだ……」」」」」



 そして暗闇が晴れた時、レイン・シュドーは初めて、『ダミーレイン』を無尽蔵に生み出し続けていた物体を自身の目に焼き付ける事が出来た。

 それはまるで、純白のビキニ衣装の美女を宿らせ、数限りなく産む事が出来る卵や子宮を思わせるような、透明な楕円形の物体だった……。

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