レイン、決戦(5)

『……ほう……♪』

「……ふん」


 無限の肉体に埋め尽くされ、文字通りこう着状態であった戦況が一気に動き出した様子を『異空間』から眺め続けていた魔王とゴンノーは、ほぼ同時に顔から声を漏らした。それぞれ似たような、気持ち悪さや恐ろしさで背筋が凍りそうなものであったが、それぞれの示す反応は異なっていた。魔王は先程と全く変わらず無関心を装うような声を出すのみであった一方、ゴンノーからは明らかに先程までの相手を舐めたような態度が消え始めていたのである。

 その理由は一目瞭然、ビキニ衣装の美女のみで構成された戦場が、明らかにゴンノー側が劣勢を強いられる場所へと変わり始めたからである。

 

 2人の目の前で、次々にレイン・シュドーが目の前の相手をレイン・シュドー――自分と寸分違わぬ存在へと変え続けていた。得意とするどころか体の一部ともなっている漆黒のオーラを使った魔術を駆使し、自身の体の回りを埋め尽くしているビキニ衣装の美女の心を自らの複製品へと書き換えて行ったのである。世界で最も美しい存在を永遠に増やし続ける事こそが最高の快楽であり世界を平和にする行いそのものだと信じているレイン・シュドーが、ある意味では最も得意とする技なのかもしれない。

 だが、その怒涛の攻撃の先手を打つことが出来た『魔王』側のレインが行った手段はその欲望や使命と相反する行為、すなわち周りで確認できる別の自分自身と敢えてその身を融合させ、数を減らす事であった。

 無限に増やす術をしっかりと身につけている彼女たちは、習得の過程でそれと相反するような減らすための魔術もしっかりと身につけてはいたものの、こちらを実行に移すことは滅多に無かった。目の前から純白のビキニ衣装のみに身を包んだ美女の数が1人でも減ってしまう事は、彼女にとって最も辛く悲しく、そして最も怒りを覚える光景だったからである。しかし、逆に言えば一度でもそのような事態を生み出してしまえばその間の『隙』を狙う事ができるという事にもなる。そこを、元から存在していた魔王側のレインは突いたのだ。そのような隙を生まないための覚悟の『要素』がほんの僅かだけ足りなかった、ゴンノー側のレイン・シュドーを相手に。



『数を自分で減らすとは……お見事でございますねぇ、魔王』

「むしろ、気づくのが遅すぎると言いたい」



 ほんの僅かな時間だけ周りの自分と融合した事で、魔王側のレイン=元から存在していたある意味『本物』のレインの周りに幾つもの隙間が生じた。そこにバランスを崩したゴンノー側のレイン=盗まれた本物の要素を組み込まれたダミーレインと思われる存在が雪崩れ込み、何が起きたのか理解するまでに要した若干の時間を利用し、レインは思いっきり周りのビキニ衣装の美女を本物の自分自身へと変えた。とにかくがむしゃらに放ったオーラは敵のみならず元から同じ考えを有していた味方の自分にも命中してしまったが、そのような事態は既に承知済みだった。幾人かのレインが驚愕の顔を見せ、また別のレインが状況を理解するための思案の顔色に変わったのと同時に、それらの彼女たちは自分から受けた愛の告白のような柔らかい漆黒ノオーラを受け、くすぐったさ混じりの笑顔を見せたのである。まさに、起死回生の微笑みそのものだった。



 そして、次第にぎゅう詰めになっていたレイン・シュドーの空間は解かれ始めた。次々に陣地を埋め尽くす魔王側のレインが、増えすぎた自分の数を調節するために敢えて周りの自分と融合したからである。その顔にはほんの僅かだけ自分が減ることを惜しむ心も滲み出ていたが、すぐにそれは自分の意志を貫くという強固な姿勢を示す真剣な表情によってなぎ払われた。確かに一時的にレイン・シュドーの総数は減少してしまうが、それは決して自分の数が『減る』のではない。むしろわざと減る事によって戦況をこちら側に持ち込む、すなわち減って増えるという事なのだから。


 勿論、ゴンノー側のレインも黙ってそのような『洗脳』に従う事は無く、大事な自分を奪われた怒りを胸に秘めながら襲い掛かった。より強固な切れ味となった剣、光と闇が入り混じるオーラの嵐――あらゆる手段を用い、目の前の敵を殲滅すべく動きだしたのである。大量の肉の海は消え去り、ようやく戦いは再開された。



 そして同時に――。



「ではそろそろ、こちらも……ね!!」



 ――馴れ馴れしい態度から間髪いれずに、漆黒のオーラを利用して創造した鋭い爪をゴンノーが突き立てようとした所で、異空間での戦いも始まった。



 当然、そのような不意打ちが通じるはずも無く、魔王はその爪をで押さえつけるのと同時に、でゴンノーの体を掴み取り、空中で一回転させた上でこの異空間の中に設定していた地面に叩き落した。だがその直前、ゴンノーは瞬時に姿を消して魔王の背後に回りこみ、白骨化したような掌からオーラを繰り出し、魔王の漆黒のマントをその雷のような刃で貫いた。しかしすぐに魔王もそのような痕跡が無かったかのように振る舞い、マントと同じようにどす黒い靴越しにゴンノーの体を蹴り上げ、同時にその体にお返しと言わんばかりに巨大な穴を開けたのである。


 これらの出来事をもしレイン・シュドーが認知していたとしたら、まるで魔王とゴンノーが『増殖』した上で戦っているように見えただろう。確かに両者とも自分自身の体を幾つも増やすような形で相手の攻撃を受け取りあい、それに対処するべく様々な技を披露しているのは間違いなかったが、1つだけ違うのは、彼らはあくまで1の状態を維持し続けていた事であった。自らの体を増やさずに増やす――まるで矛盾のような状況を作り出しながら、2体の上級の魔物は、迫り来る大量の可能性を上手く処理しながら戦いを繰り広げていたのである。


 ただ、この戦いがの状態である事に対し、すぐゴンノーは疑問を抱いた。


『ほう、魔王?何様のつもりですかぁ?舐めているのですか?』


 四方八方から放たれるオーラと共に聞こえるゴンノーの口調こそ普段通りの他人を嘲り笑うような気持ち悪いものであったが、そこには魔王に対する底知れぬ苛立ちが秘められているようだった。当然だろう、四方八方から放たれた攻撃をわざわざ防御し、そして打ち返すかのように四方八方に同じオーラを放って攻撃するという状況は、明らかにゴンノーと言う上級の魔物を相手に遊んでいるとしか思えなかったのである。

 勿論、そのような戦い方を魔王が行っている理由をゴンノーは非常に承知していた。わざわざ甘いやり方を見せたり、命を奪う事無く去っていくなど心の持ちようによって結果は変わるものの、そこに至るまでに相手に見せ付ける魔術の強さは、魔王の方が圧倒的に上なのだ。今だって、本気を出せばゴンノーなど一思いにこの世界から永遠に消滅させることが出来るかもしれない。だが、魔王はまるでキリカと戦った時のレイン・シュドーのように、相手のレベルに対して非常に適したを挑み続けていたのだ。わざとほんの少しだけゴンノーよりも強い力を見せつけるという事は、すなわちゴンノーを見下していると言うゆるぎない証拠であった。だからこそ、このような苛立ちの言葉が出てしまったのである。


 だが、魔王はその言葉を無視するかのように、ゴンノーよりもほんの僅かだけ強い魔術を駆使して、異空間内部での戦いを続けていた。骨のような中指を伸ばし、まるで巨大な剣のように変えたゴンノーが同時に1900連発もの攻撃を仕掛けようとしてきても、わざとその半分を抵抗せずに受け、相手の健闘を称えるかのように漆黒の衣装から同じ色のオーラを滲ませていたのである。当然、相手の攻撃が終わった直後にその傷口がすぐ塞がったのは言うまでも無いだろう。


 そんな様子に、ゴンノーは攻撃を続けながら呆れ混じりの口調で告げた。


『レインさんを舐めきっていた貴方が、あのの再現をなさるとはねぇ……』

「貴様の乱入が無い以上、再現とは言い切れないがな」


『しかし、あれはレインさんの考えでしょう。何故『手札』の真似をなさるのですかねぇ?』



 レイン・シュドーとかつての戦友が最後の戦いを繰り広げた時、彼女はギリギリまで全力を出し切る事無く、本当の意味での真剣勝負を挑もうとした戦友の精神を甚振った末完全に屈服させるという手段に出た。まさにそれと同じような状況を魔王はわざわざ仕掛けようとしているのではないか。あの時は一切無関心を装っていた癖に――まるで全てお見通しゆえにこの作戦は通用しない、と言わんばかりに、ゴンノーは呪詛のような声を辺りに響かせながらそう文句を言ったのである。


 だが、かつて自身を裏切った魔物の言葉を、魔王はすぐに一掃した。


「逆に言う。何故真似をするのが悪いのか?」



 勝利をするためならどんな手も使う。例えその過程で自分自身に危害が及ぼうとも、所詮それは勝つための一時的なもの。無限の力の使い道を知る者ならば、その概念を理解できるはずだ――そう言いつつ雷撃のようなオーラを次々に放ち、相手をどこまでも軽蔑する言葉と共に直撃させた魔王の姿を見たゴンノーは――。



『……ふふふふ……やはり貴方はだ……どこまでも無限に、ねぇ!!!!』



 ――怒り混じりの褒め言葉を叫んだ。


 魔王もゴンノーもレインも等しく、矛盾する論理すら突破できるほどの力を有していた。

 だがたった1人、最もその力を操る術に圧倒的に長けている者が存在していた……。



「……ふん」

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