ゴンノーの提言

 世界に混乱と絶望をもたらし続けていた魔王の本拠地がついに判明し、そこに急襲を掛ける算段が固まった――巨大な『会議場』の中で軍師ゴンノーから突然報告された内容を聞いた、世界各地の代表者たちの反応は様々だった。あまりに唐突な言葉にどう反応すればよいか悩む者、本当に信じてよいのか疑問を抱く者などがいる中で、多くの人々はゴンノーの働きを称える思いを抱いた。『勇者』でもなければそのあまりの恐ろしさに本拠地に挑むという発想すらはばかり続けた者たちにとっては、このように魔王にたてつくことが出来る存在は憧れそのものだったのだ。



「……それでゴンノーさん、どんな風に魔王に攻め込むのかね?」



 そんな代表者の1人から出た問いに対して返ってきたのは、彼らにとって少々予想外の発言だった。各地の町や村の代表者たちの多くは、自分たちの力では魔王に立ち向かうのはもはや無理だと完全に決め込み、全てをゴンノーたちに任せる気分でいた。そんな彼らの、少々悪く言ってしまえばが必要だ、と言う発言は、まさに背中に冷や水を浴びせられるようなものだった。

 自分たちが協力なんて出来る訳ない、そもそも軍師たるもの犠牲を出さずに戦うのが当然だろう、と流石の彼らも不安ながらに批判的な意見を述べ始めたが、ゴンノーは老婆の姿に似合わない大きな音で手を叩き、その喧しい声を静めた。



「貴方たちが危惧しているほどの犠牲は強いませんので、ご安心くださいな……ただし……」

「?」

「ただし……何だ?」


 誰かの命を犠牲にするような事はせずとも、ある程度の生活は犠牲になるかもしれない――その言葉が何を示すのか、大多数の代表者が理解できていなかったような様子を見て、ゴンノーは大きく頷きながらしっかりとその中身を説明した。こちら側の独自の調査で魔王の本拠地がどこにあるかはっきりと見抜くことが出来、どのような構造なのかもある程度は判明した。しかし、だからと言って魔王に対して有利になったとはいえず、むしろ今のまま挑めば魔王の強大な力の前に敗れ去る事になってしまう。1人だけではなく、数をもって挑まなければ、魔王を倒す事は出来ない。つまり――。



「……今回の作戦で要となるのは、『ダミーレイン』です」



 ――各地の町や村に日々無尽蔵に配備され続けてる、かつて命を落とした勇者レイン・シュドーと瓜二つの外見や純白のビキニ衣装を持つ存在、『ダミーレイン』を、全て今回の作戦に投入する――ゴンノーは皆にそう告げたのだ。


 その直後、再び会議場は困惑のざわめきに包まれた。確かに自分たちにダミーレインと言う存在をもたらしてくれたゴンノーの功績は大きかった。どんな無茶な命令でも全く文句ひとつ言わずにこなし、寝る事も食べる事もせずひたすら人間のために尽くし、さらにビキニ衣装に包まれたその健康的な肉体に魅了されそうな完璧な存在のお陰で、人間たちは日々の暮らしをより快適にすることが出来たのである。そんな彼女たちを一時的とはいえ手放す事を促されては、ゴンノーに日々感謝し続けている人々も躊躇せざるを得なかった。彼女たちに頼り切った生活が唐突に終わった時にどうすれば良いか、その事を想像する力すら失われかけている代表者もいたほどである。


 しかし、それとは別の方向で、ゴンノーの発言に不安を抱く者たちもいた。



「……私の記憶が確かでしたら、ダミーレインは魔物より弱くなっているはずじゃ……」



 恐る恐る発言したとある町の代表者の言葉通り、ある時を境にダミーレインは魔物に敗北を重ねるようになっていた。人間たちがダミーレインを受け入れた理由の1つに簡単に魔物を蹴散らせる能力があったのだが、それが脆くも崩れてしまったのだ。その影響でダミーレインを魔物からの防衛から外す町や村が現れ、酷い所ではダミーそのものを町の外側に大量に配置するという、追放に近い事をする所まで出る始末だった。

 そんな状況の中で勝てる見込みがあるのか、疑問に思うのはある意味当然の流れだったかもしれない。ゴンノーも前もってその発言を予測していたようで、すぐに返答を行った。確かに今のままではダミーレインが魔王に勝つことはできないのは承知の上。しかし、それはあくまでのまま挑んだ場合であり、こちら側でダミーたちの力をより高めさせれば、十分魔王側の勢力と戦えることが出来る、と。



「つまり、ダミーたちをより強くする方法を見つけた、と言う訳です。ただそれを使うためには、全てのダミーたちにそれを施さないといけないという事情がありまして……」



 もし1人でも欠けてしまえば、そこから魔物に攻め込まれる可能性がある――全員にダミーたちを供出してもらうべく、ゴンノーは説得を続けた。今しか魔王を倒す機会はない、これを逃せば人間そのものが破滅に追いやられてしまう可能性がある、など様々な言葉が投げかけられるにつれ、次第に代表者たちは自分たちの生活を一時的に犠牲にする事を仕方ない事、当然の事だと思い始めるようになった。魔王との戦いを長期間行う事は一切想定していない、数で蹂躙したうえですぐに終わらせる、と言う計画の説明を信用した人々は、数日間だけ我慢するなら構わない、きっと町や村に住む人々も納得するだろう、と考えたのである。

 だが、それでもなお賛成の意志を示さない者は何人か存在した。あくまで中立の立場でいなければならず個人的な意見を述べる事を許されていない議長は仕方ないにしても、この数名の心を掴まなければゴンノーの打ち立てた魔王に決戦を挑む計画は変更を余儀なくされてしまう――そのことを危惧した他の代表者たちは、彼らにダミーレインを一時的に手放すよう説得した。今はゴンノーを信用するのが一番、この軍師なら必ずやってくれる、など楽観的な言葉を述べ続けた彼らであったが、どうしても全員賛成に持っていく事は出来ないままだった。



「うーん……困りましたね……」



 これでは魔王の弱点を突けない、とゴンノーが悩み始めた、その時だった。突然会議場のドアが開き、代表者たちの前に息も絶え絶えな1人の男性――この世界に残った最後の『勇者』、トーリス・キルメンが、数名のダミーレインと共に飛び込んできたのである。何も言わずに飛び込んでくるとはいったい何が起こったのか、と尋ねた女性議長に返ってきたのは、ゴンノーの発言以上の衝撃的な内容だった。

 突然人々の元から去り、魔王に魂を売ったとされるかつての魔術の勇者キリカ・シューダリアとその弟子たちが、その魔物の手によって命を奪われた事が判明した、と言うのである。



「間違いありません……ダミーたちも交えて各地を調べてみたのですが……」

「「「キリカ・シューダリアに、命は残されていませんでした」」」



 感情が見えない声を揃えて発したダミーレイン、彼女たちに囲まれるように焦燥しきったトーリス――これだけでも、事態が非常に重大である事は、代表者たちにも嫌と言うほど伝わった。確かにキリカは魔王に味方しダミーの弱点を伝えたという大悪党だが、そんな彼女をも切り捨てたという魔王の残虐さをまざまざと思い知らされれば、人々に残された道は1つしかなかった。



「……こんな状態になった以上、魔王を倒す事を渋る訳にはいきませんな……」 



 そして、決意を固めた言葉と共に、最後までダミーレインの供出に慎重な立場であった各地の代表者たちが賛成の意志を示した。満場一致で、ゴンノーの出した魔王を倒す作戦は実行に移される事になったのである。



「……宜しいですね、議長」

「……分かった」


 

 改めて女性議長に念を押すゴンノーの態度がまるで脅すかのようであった事に気づく者は、彼女自身を除いて最早この場に誰一人としていなかった。今や魔王に挑む意志を明確に持つ者、そしてこの議会を自由に動かす力を持つ者は、勇者トーリスと軍師ゴンノー、たった2人しかいなかったのである……。

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