男と魔物の準備

「……さて、ゴンノー……」

『いやぁ、お疲れ様でございました、トーリス殿♪』


 各地の代表者を集めた会議が終わり、ダミーレインのたわわな胸がぎっしりと埋め尽くす密室に戻った勇者トーリスと軍師ゴンノーは、それぞれの健闘を称えながら互いに笑みを零した。自分達の作戦が今回も見事に成功した事を祝していたのである。

 確かに、キリカ・シューダリアの行方が忽然と消えたのは真実であり、彼女がこの世界から永遠に姿を消したのもまた正しかった。だが、その事実をあの時まで知っていたのは、今や完全に世界を牛耳る立場となっていたこの2人だけだった――いや、もっと正確に言えば、何が起こったのかを正確に知っているのはゴンノーのみ、トーリスはこの軍師の名を借りた味方の魔物から説明を受けたのみである。しかし、あの会議の中でトーリスの話を代表者たちの皆が信じきったように、トーリスもまたゴンノーが語った『真実』を何の疑いも無く受け入れていた。人間を裏切ったかつての勇者キリカが魔王によって用済みと見做され跡形も無く消し飛んだ、と言う内容を。



『改めて、魔王の恐ろしさを思い知らされましたよぉ……ははは……』

「かつて付き従っていたって言う君が言うなら、間違いないね……そうだろ、?」



 トーリスの言葉に反応するかのように、ダミーたちが一斉に頷いた。ここにいる彼女達は、近いうちゴンノーをも戦慄させたあの魔王、そして魔王と同盟を組んでいると言うのレイン・シュドーに戦いを挑む運命を抱えているのだ。

 確かに、人間達の力ではどうにもならない魔王に立ち向かうには、世界中で無尽蔵に存在しているであろうダミーを全て動員しないと勝機が見えそうもなかった。しかし、だからと言って今まで散々頼り続け、そしてどんなに存在を嫌がろうと完全にダミーたちに頼らざるを得ない状態になっていた人間達が、そのような内容を言われても納得しないであろうと言うのは目に見えていた。そこで、ゴンノーはトーリスにある作戦を依頼したのである。敢えて彼を会議の途中で乱入させ、切迫したような表情を見せながらキリカが辿った運命を各地の代表者や女性議長に向けて伝える、と言う。



『素晴らしい演技でしたよ♪』

「いやぁ、ありがとうありがとう。これくらい簡単に出来るさ、何せ僕はだからね」



 これまで幾多もの人々を欺き扇動し、世界中から尊敬の念を集めさせる事に成功したトーリスの話術は伊達ではなかった。彼の援護のお陰で、それまでゴンノーの発言を疑問視していた代表者たちも事態が急を要すること、自分達が協力しなければ世界そのものが滅びてしまうと言う現実を嫌でも納得しなければならなくなったのだ。お陰で会議は『円満』に終了し、数日後に世界にいる全てのダミーレインが魔王たちに戦いを挑む事が決まったのである。


 ついに決まった魔王と人間の最後の戦いを前にするゴンノーの一方、トーリスはその間ずっとこの部屋の中でのんびり過ごす事にしていた。所詮自分は愚か極まりない一般大衆から勇者に祭り上げられたただの人間、魔王になんて挑めるわけは無い、と完全に決め込んでいたのである。しかし、それと同時にゴンノーの足手まといにはなりたくない、と言う思いもあった。自分自身は勿論、この世界に生き残っている者たちの中で魔王と戦えるのはこの魔物軍師と日々産み出され続けているダミーレインしかいないのだ。

  流石のトーリスも、その事を考えているうち少しだけ不安がよぎってしまった。


「……本当に大丈夫かい?君の情報を信じる限り、ダミーレインの生産拠点は1つしかない……」

『いえいえ、1と考えてくださいな』



 あの時人間達に言った、『魔王の本拠地に総攻撃をかける』と言うのは正確には嘘である、と言う事を、既にゴンノーはトーリスに告げていた。実際は逆に魔王の方がゴンノーの方に攻め込んでくる、と言う作戦を立てていたのである。しかも、世界の果ての荒野にたった1箇所しかないと言うダミーレインの生産拠点で。だが、それこそがゴンノーの秘策だった。敵が攻めてくるであろう場所をあちこちに分散させず、わざと一点に集中させる事で、そこにやってくるであろうレイン・シュドーや魔王を一網打尽に出来る、と踏んだのである。

 ゴンノーの凄さを何度も経験しているトーリスならすぐに納得できるが、そのような事情を知らない人間達がこんな博打のような作戦を納得するはずは無いと考えた両者は、わざと実際とは少し異なる作戦を説明したのだ。



「……でも、博打なのには変わらないよね、ゴンノー」

『お任せください。今の私でもトーリス殿でも、死に物狂いで挑めば必ず魔王に勝てます。ええ、間違いなく』

「え、僕も……?」

『はい。貴方も決して無力ではありませんからねぇ……』



 魔王の前に成す術もない存在であるはずの自分自身に、この最終決戦に向けて何が出来るのか――。




~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



「はぁ!?まだダミーレインが全員集まってない!?」


 ――それを知る事となったのは、決戦の前日の朝のことだった。


 トーリスの元に現れたゴンノーや、それに付き従う数名のダミーレインからもたらされたのは、両者にとってかなり厄介な事態だった。世界各地から1人残らず集めさせられるはずのダミーたちの数が、ほんの僅かだけ足りないと言うのだ。緻密に練られた作戦ゆえに、1つでもダミーの供出を拒否した村や町があれば計画は台無しになってしまう、と以前から何度もゴンノーから言われ続けただけあって、彼は愕然とした。



「さ、作戦の日程を変更すると言うのは……」

『トーリス殿、それは流石に無茶です……そうなれば確実に魔王の矛先は……』


「ひ、ひいいっ!?そ、そんなの嫌だ!!」


 自らに向けられたゴンノーの人差し指に震え上がったトーリスは恐怖のあまり喚き散らした。世界の始まりと終わりを左右する重要な戦いだと言うのにどうして協力しないところがあるのか、ダミーたちを分け与えた自分達の恩を考えたことがあるのか、と。そんな彼を静めるかのように傍にやって来た1人のダミーレインが詳細を伝えた。反対しているのは代表者ではなく、その場所に住む一般住民たちである、と。

 あの会議の後、各地の代表者たちは自分達の言葉を使い、懸命に住民達を説得した。当然納得できない者たちも多かったらしいが、強硬手段を取ってでも魔王を倒すために協力すると言う強い意志の下、最終的にはほとんどの地域でゴンノーが指定した期間までにダミーレインを供出する事に成功していた。だが、この町だけはどうしてもそのような良い流れを作り出すことが出来なかったのだ。その事情を聞いてしまうと、流石のトーリスも怒りを沈め、呆れの心を見せざるを得なかった。



「やっぱりいたか……1つだけに抑えたのは幸いだったけど……いや、それが駄目なんだよな」

『その通りでございます……人間と言うものはやはり愚かですなぁ』



 全くだ、と他人事のように返したトーリスは、その人間とは別の存在=魔物軍師ゴンノーの視線が、自分に向かっていた事に気づいた。最初、何を意味しているのか分からず呆然としてしまった彼だが、次第に何が言いたいのか理解した。確かに代表者だけの力なら、そこに住む人々を説得するのは最早無理であろう。だが、それ以上の影響力、そして尊敬を集めるものの言葉を聞けば、一体どうなるだろうか――。




「……分かってるよゴンノー、何が言いたいのか」

『おぉ、察して頂けるとはありがたいですねぇ。念のため言いますとね、貴方に説得しに行って貰いたいんですよぉ』

「良かった……僕の考えは正しかった。そして、了解したよ、ゴンノー」



 ――即急に向かわなければ、一刻を争うこの事態は解決しない。すぐに現場へ向かわせてくれ、と言うトーリスの頼みをゴンノーはすぐに快諾し、彼の準備が出来次第共に現地へ向かうよう周りのダミーたちに命令を下した。ほとんどのダミーレインが消え去り、廊下も部屋も久しぶりにその広さを露にしている空間の中、残るのは彼女達だけであった。

 そして、勇者にふさわしい煌びやかかつ勇ましい衣装に着替えたゴンノーは、金色の髪をなびかせながらダミーの肩に手を触れ、いつでも出発してよい、と言う合図を出した。



「じゃ、行ってくるよ、ゴンノー」

『頼みましたよ、トーリス殿……ふふふぅ♪』



 その笑い声をしっかり耳に入れたのを最後に、トーリスはゴンノーの前から姿を消した。



 しばらく経ち、ゴンノーの元にダミーレイン経由でトーリスが説得に成功した旨が伝えられた。人々から尊敬される最後の勇者たる彼の言葉に逆らうものなど誰もいなかった、と言う報告は、ダミーレインの数が予定通り全て揃ったと言う事実をより補強するものだった。そして、同時にトーリスから気になる知らせがあった。久しぶりに勇者と出会えたお礼に、ぜひ一緒にご馳走を味わいたい、とその場所の人々から要望があったのである。決戦と言う緊張したときこそ敢えてお祭り騒ぎで心を紛らわせ、不安や寂しさを感じないようにする、という住民なりの考えであった。 


『なるほどぉ……それは不安になる訳ですねぇ……まぁ、こちらは構わないですけどねぇぇ♪』


 そして、ゴンノーは再びダミーレインを経由し、トーリスにゆっくり羽を伸ばしてもらうよう進言した。ここ最近ずっとこの建物の中で篭もりきりだった彼にとっても良い気分転換になるだろう、と。無事魔王との戦いが終わり次第迎えに来る、と言う連絡を最後に、ゴンノーは遥か遠くにいる勇者とのやり取りを断ち切った。




『さぁ……さぁて……魔王、いきますよぉ!!』



 最早、自分を止める者は誰もいない。目の前にいるのは、この世界の覇権を狙う最強の存在――魔王とレイン・シュドーのみ。

 その巨大な壁を今こそ打ち砕いてみせる――誰もいない部屋で、ゴンノーは耳障りな笑い声を大音量で響かせた……。

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