魔王の作戦

「「「「……」」」」


 唐突に現れた憎き相手に自身の敗北が告げられ、大事な存在を奪った事実が明かされた挙句、自らの意志を介さず勝手に自分達と決戦をする事態にまで至る――あっという間に様々な事が動き出してしまったせいで、遥か遠くにいるゴンノーの思念が魔王によって遮断された後も、大量のレイン・シュドーは動き出す事ができなかった。純白のビキニ衣装に包まれた胸を垂らしたまま、ただ棒立ちすることしか出来なかったほど、事態を理解するのが困難だったのである。


 ただ、そのような状態になってしまった大きな要因に、彼女達が目の前で起きた現実を受け入れられない、と言う事もあった。念に念を入れて作り上げた計画が、僅かに作ってしまった隙が原因で脆くも崩れ去り、全てが台無しになってしまった。そのような事態を招いてしまった身として、周りに居る他の自分自身――世界で最も清く正しく美しい存在、レイン・シュドーたちに申し訳ない、そんな思いがレインたちに宿っていたのだ。その結果、誰も何も言い出せないまま、呆然と立ちすくむしか彼女に出来る事は無かったのである。


 しかし、そのような事をいつまでも続けていては、あのゴンノーにより翻弄されるのみであるのもまた現実であった。

 それを示すかのようにレインたちの思考を回復させるような一言を放ったのは、大量の彼女に囲まれた魔王だった。



「……先に言っておく。貴様らは一度でもこう考えただろう。『なんで魔王は助けに来なかったのよ、私がこんな目に遭ってるのに』」


 魔王に自分の声色をそっくりそのまま真似されても、嫌悪感を抱く心の余裕はまだレインたちに生まれていなかった。そのまま黙って話を聞くビキニ衣装の美女達を見た魔王は、彼女達を見下すかのごとく溜息をついた後、事態を把握していながらあの場へ助けに行かなかった理由を単刀直入に語った。



「事前に伝えたはずだ。『貴様らの勝手にしろ』と」


 キリカとレインが最後の決戦を繰り広げるはずだった今回の件に、魔王はほとんど関わっていなかった。1回だけ、鍛錬の方向性を見失いかけたレインたちにアドバイスをした事もあったが、それはあくまで魔王が自分の感想を述べただけであり、それをどう活かすかまでは指示を出していなかった。成功するも失敗するも、全てはレイン・シュドーだけの責任なのだ――その事実をはっきりと突きつけられた彼女に、反論する要素は一切無かった。どれだけ彼女が増え続けようとそれを呆気なく抑える力を持つであろう存在は、レイン・シュドーの心を完全に見抜いていたのだ。



「「「……分かってる、魔王……」」」

「「「「今回失敗したのは……の責任……」」」」


 同じ体、同じ心、同じ思いに同じビキニ衣装を共通して有するレイン・シュドーの失敗は、その全員が負う事となる――改めて自らが選んだ道の辛さを痛感した彼女達であったが、返ってきた魔王の言葉は少々意外なものだった。レインを責めたり諭すような言葉は一切言わず、ゴンノーが突然叩き付けた果たし状について即急に対処する必要がある、と述べたのだ。



「「「「「ゴンノーからの……果たし状……」」」」」

「貴様らの作戦は失敗、それで終わりだ。気持ちを切り替えろ、これから迫り来る事態の方が遥かに重要だ」



 経験したことの無い失敗に対して熟慮するのも大事だが、それに囚われすぎるのは愚かで哀れな『人間』が陥りがちな思考だ――その魔王の言葉は、レインの悪い癖を彼女達に再認識させるものだった。世界の真実を知った時も、ダミーレインに敗れた時も、彼女はこうやって落ち込んでは魔王からの言葉を受けて立ち直り続けてきたのだ。いい加減にその悪い癖を改善しろ、と言う内容の魔王の厳しい指摘を受けては、流石のレインも落ち込んではいられなかった。

 ようやく瞳に光が戻り、表情が現れ始めた彼女達に、魔王は自らに課せられた大きな責任――ゴンノーとダミーレインの勢力に勝つという目的を果たすかの如く、様々な指示を与え始めた。



「決戦の地は後でゴンノーから連絡されるだろう。だが所詮トカゲ程度の頭だ、察しはつく」


 魔王は、ゴンノーが戦いを挑もうとする場所をこことは別の『世界の果て』にある荒野である、と推測した。それも、ゴンノーが本拠地にしているであろう場所で。

 人間達が住む世界を囲むかのように広がる『世界の果て』は、陸地や海の姿をしながら文字通りどこまでも続いており、荒野だけでもレインが把握し切れていないほどに巨大である。ゴンノーが潜伏しているのもそんな荒れ果てた大地のどこかであろう、と魔王は語った。ダミーレインが常に生産され続けている場所も間違いなくここだ、と付け加えながら。



「「「確かに、ダミーたちが征服していた町や村でダミーが生産されてるって動きは無かったし……」」」

「「「「私達はレイン・ツリーの山を沢山持ってるのにね……」」」」


 推測だ、憶測だ、と前置きを述べながら自らの考えを伝える魔王であったが、レインたちにはそれらの多くが真実に聞こえた。何せ魔王の実力ならば、ゴンノーを片手で一瞬のうちに消し去る事も可能であると言うのを身をもって経験したからである。しかし、だからと言って彼女は魔王を完全に信用し、そのまま話を受け入れる事はしなかった。活力が戻ってきたレインたちは、もしダミーレインの生産施設がこの場所以外にも複数存在した場合、どのような作戦を考えているのか、と魔王に質問した。しかし、幸か不幸か魔王は既にその答えを用意していた。相手が『数』でこちらを圧倒しようと言う作戦なら、こちらも同じ手を取れば十分だ、と。



「貴様らも感づいてはいるだろう?現在のダミーレインの総数は、貴様らレイン・シュドーにはまだ及んでいない」


「「「ええ……それにレイン・ツリーがある山に、この本拠地もまだ無傷……」」」

「「「「それに私達も幾らでもレインを増やせるし……」」」」


 そして、魔王はゴンノーが今回の戦いを『決戦』と呼んだ事を踏まえ、あちらの勢力は恐らくその全てをこちらに向けてくるだろう、と語った。つまり、レイン・シュドーが戦う相手は、現在残るダミーレインの全てと言う事になる。これについては、レインたちもすぐに納得した。その上で、迫り来る敵に対してどう立ち向かえばよいか尋ねたところ、返ってきたのは――。



「……普段どおりだ。頃合いを見計らって突撃して……後は好きにしろ」

「「「「……え、それでいいの?」」」」


 ――予想以上にあっさりとした答えだった。


 事細かな指示が飛ぶかと思ったレインたちであったが、そもそもそのような指示を出す必要は今の彼女達には無い、と魔王は告げた。まだ彼女がたった1人だった頃から続く魔物との果てしない戦い、彼女が次々に増えるようになった頃から現在まで続くダミーレインとの戦い、その中で蓄積された様々な経験をここで発揮すれば、よほど油断や隙が無ければ追い詰める――無表情の仮面の中から聞こえる魔王の言葉は、まるでレインを励ますかのようなものだった。特別な準備も鍛錬も要らない、普段どおりの戦いを続けていけば、彼女達の前に立ちはだかる存在を蹴散らすことなど簡単だ、と。


「……どうした、怖気づいたか?」

「「「「違う……魔王がそんな事を言うなんて……」」」」


「当然だ。貴様らが弱いままなら、退屈しのぎにならないつまらぬ最終決戦になるだろう」

「「「「「……!」」」」」



 その言葉で、レインは漆黒の服に包まれた魔王の心を僅かながら読む事ができた。日々の鍛錬で強くなり、日々の交流でより美しさを増し続けている自分達の強さを魔王はある程度認め、そして確実な期待を寄せているのだ。今の魔王にとっても自分達は重要な戦力であり続けている事実を、改めてレインは実感し、揃って自信に満ちた笑顔を作った。

 今、ゴンノーにはダミーレイン以外にも囚われの身となった『レイン・シュドー』の力が眠っている。世界を平和にしようと日々奮闘する自分達を妨害し、世界でもっとも美しいレインの存在を汚すような行為をした挙句、決戦に最悪の横槍を入れレインという存在まで強奪したあの魔物を、決して許す訳にはいかない。あの魔物を倒し、哀れなダミーレインを救わなければ、自分は勿論魔王の未来も無い。しかし、自分達にはそれが出来る十分な力が備わっている――。



「「「……分かったわ、魔王」」」


「改めて、よろしくね」よろしくね」よろしくね」よろしくね」よろしくね」よろしくね」よろしくね」よろしくね」よろしくね」よろしくね」よろしくね」よろしくね」よろしくね」よろしくね」よろしくね」よろしくね」よろしくね」よろしくね」よろしくね」よろしくね」よろしくね」よろしくね」よろしくね」よろしくね」よろしくね」よろしくね」よろしくね」よろしくね」よろしくね」よろしくね」よろしくね」よろしくね」よろしくね」よろしくね」よろしくね」よろしくね」よろしくね」よろしくね」よろしくね」よろしくね」よろしくね」よろしくね」よろしくね」よろしくね」よろしくね」よろしくね」よろしくね」よろしくね」よろしくね」よろしくね」よろしくね」よろしくね」よろしくね」よろしくね」よろしくね」よろしくね」よろしくね」よろしくね」よろしくね」よろしくね」よろしくね」よろしくね」よろしくね」よろしくね」よろしくね」よろしくね」よろしくね」よろしくね」よろしくね」よろしくね」よろしくね」よろしくね」よろしくね」よろしくね」よろしくね」よろしくね」よろしくね」よろしくね」よろしくね」よろしくね」よろしくね」よろしくね」よろしくね」よろしくね」よろしくね」…



「……ふん」



 ――こうしてレイン・シュドーは、後日ゴンノーが魔王のみに直接送った思念に従い、指定された日付まで普段通りの日常を過ごす事になった。鍛錬で心や体を鍛え、日々の交流で自分との絆を深め、そして隙を見つけて自分の数をどんどん増やし続けながら……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る