ゴンノーの宣戦

「「……え……え、えっ……?」」

「「「あ、あれ……?」」」


「「「「は……はん……のう?」」」」


 人間達が住む世界から遥か遠く離れた、世界の果てにある無限の荒野の地下で、内部の空間を埋め尽くすビキニ衣装の美女達が一斉に愕然とした表情を見せた。彼女達は皆一様に、自分達が認知した出来事を飲み込むことが出来ない、一体何が起きたのか理解できないと言う思いを、顔を見つめあいながら伝えていた。

 だが、そんな状態になってしまうのも当然だろう、彼女達――レイン・シュドーたちがずっと共有していた、重要な役割を持つ別の自分自身との連絡が、突如として途絶えたのだから。



 この日、レインたちは日頃の鍛錬も娯楽も、そして増殖も中止し、各地からぞろぞろとこの荒野の下に広がる地下空間へと集まっていた。彼女達が長年にわたって追い続けてきた復讐の相手、キリカ・シューダリアとの決戦の時をついに迎えたからである。

 床どころか天井や壁までも埋め尽くしどこまでも広がるビキニ衣装の美女、そしてそれを遥かに凌ぐ規模にまでなっている彼女の総数からすれば、キリカなど皆で攻めればあっという間に攻略できる相手だった。しかし、長き放浪の旅や人間達からの罵声に耐えかねたキリカは、自らの命をレイン・シュドーに敢えて奪ってもらうことで楽になろうと模索しているのを彼女は知っていた。だからこそ、わざと数の上でのを挑み、彼女の心や体を完全に屈服させると言う形での勝利を望んでいたのだ。


 そして、作戦は終盤まで完全にレインの思い通りに進んでいた。

 キリカが弟子を連れてやってくるであろう巨大な勇者の墓が鎮座する寂しい廃村に、事前に『異空間』を設置し、本人が到着次第その中にキリカだけを引きずり込むと言う最初の流れも、非常に手早く行えた。『異空間』の創造に重要な空間の歪みをこれまで幾度も生み出し、今や完全に日常の行為の一部とすることが出来た甲斐もあって、少なくともキリカを屈服させるまでは空間内に一切の異常をきたす事無く、安心して最後の戦いを終わらせる事が出来たのである。


 だがその直後、突如その『異空間』にいた1人のレインと、それ以外のレインの間で続いていた情報の共有が途絶えたのである。


 一体何が起こったのか、あっという間に地下空間がざわめく中、無数のビキニ衣装の美女に囲まれた漆黒の衣装の人物、『魔王』だけは、何も言わず静かに立ち続けていた。その無表情の仮面は、まるで彼女の行動を観察するかのようであった。そんな圧倒的なの存在を思い出したのか、レイン達の視線が一斉に魔王の方向を向き、そして何が起きたのかと言う相談の声が地下空間に響こうとしていた、まさにその直前だった。



『ちょっと、失礼しますよぉ♪』



 大量のレインと1人の魔王のみが存在するこの空間に、突如として『異物』が混ざった。聞くだけで苛立つような声をレインたち全員が認知せざるを得ない状況を作り出したのは、人間とはかけ離れた姿――白いトカゲの頭蓋骨、骨のような手足や尻尾、そして魔王と似た漆黒の衣装を纏う魔物、ゴンノーである。

 かつて魔王と対立した末に追放され、その上魔王の策略を妨害するかのように人間達に協力するこの存在が大胆不敵にも本拠地に堂々と現れた事に驚いたレインたちは咄嗟にその方向に攻撃を仕掛けようとしたが、すぐ不可解な点に気づき、全身に張り巡らそうとした漆黒のオーラを引っ込めた。彼女達がオーラを放とうとした先には、ゴンノーではなく別の自分自身が同じように攻撃をしようと構えていたからである。つまりこれは――。



「……のみを送り込んできたか……」



 ――魔王が述べたとおり、レイン・シュドーが先程まで行っていた情報や記憶の共有よりもさらに高度な技、自らの『肉体』を構成する要素をも相手に送り付け、なおかつその送り込まれた肉体のようなものは一切の攻撃や防御を受け付けず、相手の心にのみ存在し続けると言う、相手にとって非常に厄介な力である。

 つまりこちら側からは何も手出しが出来ない事をレインも悟り、苦々しい顔をしながらゴンノーの話を聞くことにした。


 

『ようやく落ち着きましたかぁ……では、まずは本題に入る前に……』



 こちらをご覧下さいな、と慇懃無礼な敬語を使いながらゴンノーが見せた光景を瞬間、レインたちの体を悪寒が走った。

 そこに映っていたのは、紛れも無く自分達がキリカとの決戦のために作った、汚らしい空と灰色の荒れ地が続く異空間そのものだったからである。そしてゴンノーの背後に現れたのは、レイン・シュドーと全く同じ姿形をしながらも彼女を敵視し続ける存在、ダミーレインそのものであった。しかも何千、何万とずらりと並んで。


 これが何を意味するのか、レインたちは理解してしまった。どうしても認めたくは無かった。目の前に広がる現実を受け入れたくない、と言う無駄な努力が、全身の鳥肌や冷や汗となって表れてしまったのである。だが次第に、彼女達の心にはそれ以上の疑問、そして苛立ちが浮かんだ。



「「「「どうして……どうしてゴンノーが……!!」」」」

「「「「「「なんでこの空間に入ってくるのよ……!!」」」」」」


 

 レインたちはただ単に空間を歪ませて自分の思い通りの場所を作っただけではなく、いざと言うときのためにこの場所に細工を加えていた。決戦を行うレイン・シュドーとキリカ・シューダリア、そして万が一の事態が起きた時のための魔王以外は誰も入り込むことが出来ないように設定していたのである。それだけの技能が無かったからとは言え、キリカの弟子2人が消えていく師匠を取り戻すことが出来なかったのも、これが要因であった。

 しかし、ゴンノーはそのような場所にいとも容易く潜入し、不気味な笑いを見せていた。突然の事態に顔面蒼白のレインたちにはその理由を考える余裕も無く、ただ叫ぶことしかできなかった。そんな慌てふためく面々をにこやかに見つめながら、ゴンノーは愉快そうに種明かしを行った。



『理屈は簡単ですよぉ……「こんな風にすればね、レイン♪」』

「「「「「「「!?」」」」」」」」


 レイン・シュドーに、反論できる余地は残されていなかった。

 レイン、キリカ、魔王しか入り込むことができない空間ならば、その鍵であるになってしまえば良いのだ。それも、ただ外見や能力、記憶、そしてたわわな胸を真似ただけではなく、本物のレイン・シュドーに限りなく近づいた存在になって忍び込めば、本物にもばれる事無く自在に行動が出来る、と言う事になる。


 魔王ぐらいしか出来ないと勝手に考えていた力を『魔王より劣る』と言う魔物ゴンノーが容易く使ってしまった事実、そして余所者に一切気づかず、真剣勝負を邪魔されたどころかレインもキリカもゴンノーによって滅ぼされてしまったと言う結末に、レインたちは何も言う事が出来なかった。

 口を力なく開き呆然とする彼女達に代わって動いたのは、そのビキニ衣装の美女の大群を率いる魔王であった。



「ふん……わざわざその事を伝えに来たのか?レイン・シュドーとキリカ・シューダリアを自らの手で駆逐した、と?」

『「ふふ、それもあるわね、魔王♪でも、もっと伝えたい事が……」あるんですよねぇ♪』



 単刀直入に言え、と冷たい口調で責める魔王の言葉を交わしつつ、ゴンノーは余裕を崩さないまま変装を解き、そしてはっきりと断言した。自分達は、魔王にを挑むために連絡をした、と。


『そろそろ、こちらも動かなければねぇ、と思いまして……♪』

「わざわざ負け戦をしたいと連絡するとは、貴様も律儀なものだな」

『そうですかねぇ?こちらには、素晴らしい戦力が再び加わったのに……♪』


 そう言うと、ゴンノーは右掌を開き、そこに何かが蠢く漆黒の球体を創り上げた。どう見ても人間どころか命を持つ物体の姿には見えなかったが、そこから流れ出す感覚を受け取った瞬間、呆然としていたレインたちの体はまるで雷が当たったかのように震えた。この球体から漂うオーラは、紛れも無く自分達『レイン・シュドー』と同一だったからである。ダミーレインのように自らの意志を消された代物ではない、あの時レインたちの代表としてキリカに挑んだ存在そのものなのだ。


 何を企んでいるの、早く返しなさい――何とか声を振り絞り、連絡を続けるゴンノーに訴えたレインだが、当然相手がその言葉に反応するわけは無かった。せっかく手に入れた大事な力、魔王よりもたっぷりと有効活用してあげよう、と余裕と嘲笑が混ざった気持ち悪い声が代わりに返って来てしまった。レイン・シュドーと言うこの世界で最も清らかで美しい存在が極限まで汚されていく光景を見てしまった彼女達には、ゴンノーからの挑戦状を受けるしか選択肢が残されていなかったのである。


 そして、それは魔王、そしてゴンノー自身もまた同様だった。


『いかがですかぁ、魔王?もしこのまま放置しておけば、貴方の征服活動も再び膠着しますよぉ?』

「……」

『まぁ、どちらにしろ貴方との決着は避けられない。面倒な事は先に済ませましょうよ、ねぇ♪』



 レインとは対照的に、魔王は一切微動だにせず胸糞悪いゴンノーの声を聞き続けていた。この時点ではっきりと勝敗を決めておかなければ今後どちらが世界を手に入れる主導権を握るのか分からなくなるだろう、ならば事は早く済ませたほうが良いのではないか――まるで自分自身が魔王に匹敵する力を持つかの如く挑発的な発言にも、その受け手は全く動じる気配が無かった。


 そして、どう反応すれば良いか分からず困惑しっぱなしのレインを尻目に、魔王はゴンノーに間もなく連絡を絶つ事を告げた。このような挑戦をしてきた以上、こちら側も総力を挙げて潰すのが当然だ、と戦う意志を示したのである。



『ありがとうございます、魔王♪あ、決戦場所は後で連絡しますよぉ♪』

「……楽しみに待っていろ、ゴンノー」

『ええ、そっちもねぇ♪』



 まるで友人との手紙のやり取りのような、だが親愛も何も感じられず皮肉に隠された敵意のみを露にしたやり取りを最後に、ゴンノーや異空間の情景は、レインたちや魔王の心の中から追放された。ゴンノーによって「囚われの身」となった、レイン・シュドーの心や力と共に……。

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