第7章・2:レインが一つの決着を見るまで(2)

レイン、嫌悪

 キリカ・シューダリアが人間たちを裏切り、魔王と結託してダミーレインの弱点を教え、平和を脅かそうとしている――ゴンノーの吐いた言葉を一切疑わず信じてしまった後、人間たちの様子に少しづつ変化が現れていた。

 これまで魔物に対する絶対的な鉄壁として人々から重宝されてきたダミーレインが手も足も出ずに敗北し続けていると言う事実を突きつけられた彼らは、それまで信仰心を抱くほどであったダミーたちの扱いを、変え始めていたのである。


 その兆候は、本物のレイン・シュドー――魔王と結託し、日々の鍛錬の成果でダミーレインを圧倒する力を身につけた者たちもしっかり感じ取っていた。


「「「うーん……」」」

「「「「やっぱりそうよね……」」」」


 ダミーレインを自分たちの中に取り込む事で奪還に成功したとある町で、レインたちは互いに顔を見合わせ、悩むような表情を見せていた。


 ダミーが日々ゴンノーの手で増え続け、地上世界に純白のビキニ衣装のみを纏った無表情の美女が数限りなく溢れ続けている事は彼女たちもしっかり承知済みであった。いくらダミーを圧倒し自分たちの中に取り込んでも、その根源を制圧しなければダミーの増加は止まらない――すなわち、いつかは『根源』に乗り込まなければならないという覚悟も出来ていた。しかし、それを抜きにしてもあの日以降、ダミーレインを人間たちの町や村ので見る機会が増えていたのである。

 ダミーや人間たちから取り戻すことに成功した町や村は漆黒のオーラを利用した半球状のドームに包まれ、人間たちは侵入どころか内部の様子すら見ることが出来ないようになっていた。ただ、レインとほぼ同じ力を持つダミーレインならそのドームの中に侵入する事は可能であった。一応今のレインの力ならダミーを圧倒するだけの力を有しており、侵入されてもすぐに自分たちの仲間――本物のレイン・シュドーにする事が出来るのだが、じわじわと外の世界を蠢くダミーの数が増えていると言う事実を放置しておく事は出来なかったのである。


 この事態をどう捉えるべきか悩んでいた時、彼女たちとは別の町に根城を構えていたレイン・シュドーたちが瞬間移動で現れた。


「「「「あれ、どうしたのレイン?」」」」

「「「「「「「「あ、レイン」」」」」」」」」


 話し合っている理由を聞かされた別のレインたちも、その悩みに大いに賛同した。彼女たちが征服した町は、人間たち――それもダミーレインを信仰し、彼女たちに全てを任せきっていた者たちが住む場所に近い場所にあり、ダミーレインに起きている変化をより強く感じていたからである。最初は人間たちが考えた作戦なのかとも考え、念のため今まで以上の警戒を行っていたそちらの町の彼女たちであったが、観察するにつれて、そういった精巧な作戦とは異なるものではないか、と言う思いが強くなっていった。


 どのような事態が起きているのか、それをどう捉えたかを確かめるべく互いの記憶を共有し合ったレインたちであったが、双方とも考えていた事は同じであった。


「「「「「「やっぱりそっちも……」」」」」」

「「「「「うん、何かしら策があるなら……」」」」」


 ダミーレインが、手持ち無沙汰な格好のままでいる訳は無い――ここにいた全員が、同じ結論に達していた。

 町の外で数を増やしていたダミーたちは何の役割も与えられないまま、無表情でじっと立ち続けていたのだ。物資の輸送や人員の警備など、他のダミーたちが人間のために働いている中、一切何もせず待機したままのダミーを、偵察中のレインは何度も目撃するようになっていたのである。

 その様子を例えるならば、奉公先から追い出されて成す術も無く立ちすくむ人間、もしくは――。



「「「「「ダミー……」」」」」


「「「「うわ、私が言うのもあれだけど、凄い嫌な響き……」」」」

「「「ほんと最悪よ……」」」


 ――口に出したレインたちも嫌悪感を示すほどの侮辱的な行為かもしれない。



 何故そのような事態が起きているのか、人間たちが何を起こしているのか、その理由は明白であった。ダミーレインに対する人間たちの信用が下がっているのである。しかし、今のところそれはレイン・シュドーが共有する考えの中のみの結論だった。確かにあの日以降レインは偵察を今まで以上に強化し、移り変わっていく人間たちの様子をつぶさに観察していたが、この周辺に関してこれまで偵察し続けてきたのは町や村の外側だけであり、町や村の中身まで見る事は無かったのである。


 自分と同じ姿形をしたものが文字通り蔑ろにされている状況を、当然ながらレインたちは見たいと思わなかった。だが、それが原因で今までずっと自分の考えを確かめないままでいた事を、レインたちは互いに反省し合った。このような逃げの考えを持っているようでは、最終的な目標である『打倒・魔王』にはまだまだ程遠い、と言う現実を確かめ合うように。


「「「「でも、思い立ったら……」」」」

「「「「「やるしかないわね、うん」」」」」

「「「「そうよね、レイン」」」」


 そして、レイン・シュドーは互いの町の傍にある人間たちの世界を、改めてじっくりと偵察する事を決めた。

 特に、別の場所から来たレインたちは、その近隣の町のとある場所を重点的に調べる方向となった。ダミーレインを必要以上に注文し、まるで私物のように扱っていたその町の代表者――男の町長が住む大きな屋敷である。


「「「以前来た時は酷かったよね、レイン」」」

「「「「本当よ、ダミー……ううん、を散々弄んで……」」」」

「「「「「あんな変態に……ねぇ」」」」」


 ダミーレインを圧倒する力を身につける前に行った偵察で見た光景を、レインたちは嫌と言うほど覚えていた。屋敷の中はびっしりと純白のビキニ衣装の美女が覆い、その中で彼女たちにもてなされながら太った髭の男が悠々と暮らしていたのだ。胸や尻に触ったり、卑猥な言葉を投げかけながらも無表情で働き続けるダミーたちの様子を思い出すたびに、レインの心には苛立ちと悲しみが蘇ってきた。

 あくまで偵察なので絶対にその髭の男やダミーたちに手を出さないと言う事を決めていた彼女たちであったが、その屋敷の様子を再び見学する事に対して嫌悪感を感じつつも楽しみと言う感情も同時に抱いていた。あの日を境に、この卑劣な男の暮らしがどう変わったのか、じっくりと覗いてみよう、と言う思いがあったからである。



「「「「分かったわ、こっちはそれで……」」」」

「「「「「うん。頑張ってね、レイン」」」」」

「「「「「「そっちもね、レイン」」」」」」



 互いに大好きな自分の名を呼び合い笑顔を見せあった後、その場にいたレインたちの半分が遠く別の町へと瞬間移動で帰還した。

 そして、残されたレインたちは早速新たな自分を数名ほど創り出し、偵察を託す事にした。彼女たちもまた全く同じ記憶、同じ能力を持ち合わせているレイン同士なので、人間たちのように仕事に対する苛立ちや上下関係への不満は無く、すんなりと自らに与えられた任務をこなす決意を固めた。


「「「いってくるわね、レイン♪」」」


「頑張ってね、レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」…


 

 人間たちの動きが自分たちの推理と合致しているかを確かめるための行動は、こうして始まった……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る