レイン、傍聴(前)

 世界で一番大きな都市にある、世界で最も大きな建物の中には、『勇者』トーリス・キルメンや軍師ゴンノーなど多くの人々が住む部屋、多くの料理を作る厨房、どこまでも続く廊下、地下に広がる巨大倉庫などに加え、様々な会議を行う『会議場』と呼ばれる巨大な部屋があった。ここでは定期的に世界中の町や村の代表者が集まり、様々な議題を提示してその是非を決めたり様々な意見をぶつけ合う場所である、はずであった。

 だが、そういった建設的な話し合いの場は、トーリスとゴンノーの介入と、彼らが提供した凄まじい力を持つ者たちによって変わってしまった。人間たちの命令を忠実にこなし、食べ物も飲み物もいらず、何より純白のビキニ衣装という大胆な姿の美女と言う外見を持つ存在――ダミーレインの魅力の前に各地の代表者たちは堕落の一途を辿り、ついには会議の代理までダミーに任せっぱなしになってしまったのである。


 ここまでは、嫌悪感を抱きながらもレイン・シュドーが何度か見届けてきた光景であった。

 だが、魔王が心の中に直接投影したの会議場は、彼女が見てきたどの過去の様子とも異なる状態になっていた。


((((ダミーの数が、減ってる……?))))


 真っ先に彼女たちが感じたのは、記憶にある一番最近の光景と比べて、純白のビキニ衣装の存在の数が少なくなっている事であった。そして、その代わりに各地の代表席に座っていたのは、世界各地の町や村の代表者本人だったのである。会議に代表者本人が出席する事は常識と指摘するまでも無く当たり前の事であったが、それすら以前の会議では成り立たず、意見を決められないまま無言で座り続けていた一部の代表者を除いてほとんどの席がダミーレインによって埋め尽くされていたのだ。

 だが、決して彼らが今までの堕落振りを反省したという訳ではないのは、レインたちも察していた。それに、出席した議員たちの顔に意識を向ければ、彼らがどことなく不安げな表情になっているのを知る事が出来た。何故そのような事態になっているのか、そして何故本人たちが出席したのか――先程の魔王とのやり取りのお陰で、レインはその理由を読み取る事ができた。


「「「「これって……つまり……」」」」

「「「ええ、そうよねレイン……」」」


 互いに声を出して思いを確認したレインたちであったが、その考えが何か、具体的なことまでは言わなかった。『ダミーレインが敗れ続けている事に人間たちも気づき始めた』と言う推測を、この場にいる大量のレイン・シュドー全員が抱いていたからである。

 そして、間もなく会議が始まるという魔王の声に促された彼女たちは、再び意識を心の中に映され続ける会議場の様子へと移した。その直後、再び全員は一斉にこれまでの会議と異なる部分に気づいた。勇者や軍師など、町や村の代表者とは別格の存在が座るはずの場所に『勇者』トーリス・キルメンの姿が無く、軍師ゴンノーのみがその場にいたのである。人々からちやほやされ、勇者として持て囃されるこの場所に、あの名ばかり勇者のトーリスがいないという理由を考えようとしたレインたちであったが、すぐにその答えは軍師ゴンノーにより、各地の代表者への連絡と言う形で間接的に伝えられた。


 しかし――。


((((風邪で欠席……絶対嘘ね))))


 ――レインは、ゴンノーの告げた言葉を信じなかった。


 美味いものを食べ、大量の美女を侍らせ、毎日良い事ばかり味わっているはずの存在が、そう簡単に風邪などひくはずも無い、と考えたからである。そのような考えが浮かぶほど、レインはトーリス・キルメンという『勇者』を名乗るだけの男を軽蔑していたのかもしれない。


 だが、その次に出たゴンノーの言葉の衝撃で、彼女たちはトーリスのことを構っている余裕が無くなった。

 ダミーレインと言う万能の存在を作り出し、世界中に広め続けた軍師――いや、上級の魔物ゴンノーの口から、ダミーレインが魔物の前に『敗北』した、と言う事実が伝えられたのだ。魔王が操る魔物の強大な力にダミーレインは抗ったものの、彼女たちは惜しくも敗れてしまった、自分にとっても信じられないことだがはっきりと確認したので受け入れざるを得ない事実だ――一部の事実を婉曲させつつ、ゴンノーは唖然とする人間たちの前で、堂々とゴンノーは語ったのである。


 自分たちの活動が既に敵であるゴンノーに把握されていた――魔王に及ばないとは言え自分たちの力で倒す事が困難なほど底知れない力を持つ存在に、レイン・シュドーによる各地の町や村の奪還活動がばれない訳は無かったのは確かである。だが、それでもレインたちは驚きを隠せなかった。だが、それ以上に動揺していたのは、彼女たちの心の中に映し出されている各地の町や村の代表者たちであった。無表情無反応のままじっと座り続けているダミーたちとは反対に、彼らは不安の顔を驚愕へと変え、ざわめき始めたのである。


 その中で出た会話が、レインの耳に止まった。

 あの『噂』は、やはり本当だったのか、と。


((((人間たちも薄々気づいていた……やっぱり魔王の言う通り……))))


 そして、魔物に対して絶対的な強さを誇っていたからこそ、ダミーレインを信頼していた代表者も少なからずいた事も、各地の会話から聞き取る事ができた。そして、それはすぐに怯え混じりの大声となってゴンノーの元へと飛んできた。何故ダミーレインは負けたのか、何故即急に手を打たなかったのか、と。

 だが、ゴンノーはその声を予想していたかのようにすぐ返答をした。魔王の力が予想以上に上がっていたなどの『不確定要素』がダミーレインへの対策への遅れを招き、現在も追いついていない状況にある、と。ただし、その言葉はどう聞いても言い訳に等しいものである事は、会場に集う代表者は勿論、その様子を心の中で見ているレイン・シュドーたちも全員が気づいていた。その場しのぎの言葉だけでは説明になっていない、これからダミーレインはどうすれば良いのか――無敵の存在だと言う思いが打ち砕かれた者たちの悲鳴のような声が、会議場に響き始めた。


(((((涙流してる人までいるなんて……)))))

(((うわ、ダミーレインなんて要らないなんて言い出している……)))

(((極論過ぎるわね、全く……)))


 あっという間に混乱の渦に巻き込まれた会議場の様子に意識を集中させながら、レインたちは皆全く同じ思いを抱いた。今までダミーレインに頼りっぱなしだったツケが回ってきた、見事なまでの自業自得な光景である、と。そして、もしかしたらこれが魔王が伝えた『面白い』と言う内容なのかもしれない、と考えた時、ふと彼女たちの意識はある1人の人物に注がれた。会議場で最も高い位置にある専用の席から、代表者たちを無言でじっと眺め続けている女性――各地の代表者の意見をまとめる役割を担う『女性議長』である。

 会議を円滑に進めるためと言う目的以外意見に対する口出しは許されない彼女の影響力もまた、ダミーレインの侵食でどんどん小さくなっていった。自分の意見も一切言わず、ただ無表情で会議に参加するだけの存在が相手とならば、威厳も権限も全く無意味になってしまったからである。そして、その原因を作り出した者たちがこの場に戻ってきてもなお、議長は自らの意見を述べる事も出来ず、静粛に、と繰り返し言い続ける事しか出来ない状態だった。


 幸い、彼女の言葉が耳に入った各地の代表者は次第に静まり返ったが、レインの心に現れた怒りや悲しみが混ざった思いはその後も沸き続けていた。確かにあの女性議長も、ダミーレインを世界に普及させる事を認めた張本人にして愚かで哀れな人間たちの1人である事には間違いなかった。しかし、以前レインが『勇者』であった頃に対面した議長は、他の人間とは異なる強さや優しさ、聡明さに満ちている、現在の役柄にふさわしい女性であった。そんな彼女が完全に蔑ろにされている状況に対し、レインは各地の愚かな代表者に対する憤りと、彼らを指揮しなければならない議長への哀れみを感じたのである。



 あまり自分は面白いとは言えない、と率直な気持ちをレインが魔王に伝えようとした、その時であった。

 話にまだ続きがある、と立ち上がったゴンノーが、彼女たちにとってあまりにも信じがたい言葉を述べたのである。



 各地のダミーレインを『レイン・シュドー』に変え、町や村を奪還してきたのはレイン自身の意志と魔王の指令によるものである。

 それなのに、何故ゴンノーはとんでもないを、世界の代表者たちに伝えたのだろうか……。



((((((……キリカが『魔物』に裏工作を図った……え!?))))))

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