レイン、視聴
面白い光景を見たくはないか。
誘いのような魔王からの集合指令に従い、本拠地や各地の町・村――勿論ダミーレインから奪還し終えた場所である――から次々と集まった、純白のビキニ衣装を纏う全く同じ姿形の美女レイン・シュドーが最初に耳にしたのは、彼女たちにとって少々予想外の内容であった。
「「「……え、キリカが……!?」」」
「「「「脱走した……!?」」」」
人間を救うために奮闘する『勇者』であった頃のレインの仲間にして、彼女を裏切り町へと逃げ帰り手柄を全て奪った1人、様々な魔術を操る女勇者キリカ・シューダリアが、彼女の弟子である2名の男と共に、長らく住んでいた『村』から人知れず夜逃げを行った、と言うのである。その『村』の人々に魔術を教えると言う、彼女たちにとっては最高の立場にいたにもかかわらず。
理由は察する事が出来るだろう、と魔王から遠回しにキリカが逃げ出した理由を推理するよう促されたレインたちは、早速何万何億もの同じ心を活かし、状況を推測し始めた。
そもそも、ダミーレインと言う存在が公になって以降、キリカとその弟子2人は世界の方針に反発するかのように『勇者』の肩書きと世界最大の都市で味わう地位と名誉と言う贅沢を捨て、逃亡生活を始めた。レイン・シュドーも各地の町や村を偵察に訪れた際、自らの姿を元とは全く異なるものに変え、飲食店で佇んでいた3人の姿を密かに目撃し、その会話を逐一耳に入れ続けていた。そして、ダミーレインと言う存在が人間、そして世界も滅ぼす危険な存在である、と彼女たちが危機感を抱きながらも何も出来ず、焦りだけが募る日々を過ごしていた事を把握したのである。
確かに、ダミーレインを『敵対視』すると言う点では以前のレイン・シュドーもキリカたちと同様であった。だが、彼女たちの考えを知ってもなお、レインは完全に同情することはしなかった。ダミーレインに全てを託し、日々怠けて暮らすばかりとなった人間たちの堕落ぶりを見ればキリカの危惧は見事に的中したと言ってもよいのだが、それは決して『世界』のためではない、と言う事を、レインたちは見抜いていた。
キリカ・シューダリアは、自分のためだけに動く存在である、と言う事を。
「「「あの時もキリカは言ってたよね、レイン……」」」
「「「忘れもしないわ、レイン……私についてきても、何の得も生まないって」」」
何の見返りも無く、ただ世界のために尽くそうとするレインの方針と対立したキリカの心の奥底には、他人への優しさ以上にその『他人』が自分にとって損か得かを真っ先に考えると言う、レイン・シュドーにとっては納得しがたい考えが根付いていた。ダミーレイン出現に関した一連の逃亡劇もまた、ダミーによって自分の立場が奪われる、人間が滅ぼされれば自分たちはこれ以上贅沢が出来なくなる、と言う私利私欲に満ちた思考によるものだ、とレインたちは考えていたのである。
そして、今回もまた全く同じような事態となったのだろう、と続けて彼女たちは推測を始めた。ダミーレインの急速な普及の前にはキリカの魔術も成す術がなく、ダミーレインよりも強くなるという期待を胸に彼女を頼っていた村人たちからの信頼も少しづつ消えて行ったに違いない、と。
「「「「キリカにとっては、毎日が不都合でいっぱいになっちゃって……」」」」
「「「「嫌気が差したって事……?」」」」
事実、あの『村』を何度も偵察に訪れていたレインたちも、次第に村の雰囲気が変わっていくのを肌で感じていた。
ダミーレインと言う存在に対して真っ向から反発し、全く同じ姿形をした純白のビキニ衣装の美女と言う得体の知れない存在に頼らない強さを求める者がその志に燃えていた頃は、皆日々厳しい鍛錬を行い続けながらも表情は明るく、キリカがやって来た当初も彼女たちを頼もしい『勇者』として大いに歓迎していた。しかし、ダミーレインと言う脅威をあまりにも甘く見すぎていた彼らは次第に世界の中で孤立していき、村人も自分たちの力の限界、そしてダミーの持つ底知れぬ力を幾たびも思い知らされていた。最も新しい偵察の際に見た村は、外で誰も口を聞かず、声がしたと思えば喧嘩ばかりという荒んだ場所へと変わっていたのである。
あの状態ではキリカとは言え逃げ出すのも無理はないかもしれない、とレイン達が互いに語り合っていた時、魔王が言葉を挟んできた。逃亡の背景は推測通りだと彼女たちの考えを認める一方――。
「……だが、貴様らは肝心な事を忘れている」
「「「「……え?」」」」
「貴様らが推測したのは単なる間接的なものだ。何故逃亡したのか、直接の原因は何だ?」
――まるでレインたちを促すかのように、彼女たちが推測し切れなかった内容を問い質したのである。日々状況が悪化している『村』の中では、キリカ・シューダリアが2人の弟子と共に逃げ出すのも時間の問題であった。しかし、それなら何故今になって姿を消したのだろうか、と。
互いに一言二言交わしながらざわめきのような会議が進むうち、レイン・シュドーの表情がどこか慌てたようなものへと変わり始めた。自身に得になる事についての勘が冴え渡る事が多かったキリカならば、この事態しかありえないだろうとは考えながらも、それでもやはり焦りは隠せなかった。
そうなってしまうのも当然だろう。レイン・シュドーが導いた答えはただ1つ――。
「「「「「まさか……私の動きが……!」」」」」
「むしろ、気づくのが遅すぎるぐらいだ」
――ダミーレインが『魔王の軍勢』の前に敗れ去ったと言う事実を、キリカが把握していたというものなのだから。
確かに、これまでとは逆にダミーを次々と蹴散らし、漆黒のドームに包まれたレイン・シュドーによる平和な世界を次々と拡張し続けていた以上、キリカを含む人間側にばれるのも時間の問題だったかもしれない。しかし、それまでレインが攻め込んでいたのは人間たちが1人も住んでおらず、ダミーのみによって管理される場所だけだった。にも拘らず、既に一部の人間にはこの緊急事態が知れ渡っていた、と言う事になる。
人間たちに気づかれないようにダミーレインを削り取る作戦なのだろうか、と半信半疑で考えていたレインたちであったが、やはりこの『事実』には衝撃を隠せなかった。しかし、大量のビキニ衣装の美女のざわめきは、魔王が無から創造した長い杖による大きな響きによって止められた。話はまだ終わっていない、と告げるかのように。
「これくらいで慌てるとは、愚かさも良い所だ」
「「「「「ご、ごめん、魔王……」」」」」
「ふん。それに貴様らの不安とやらは大外れだからな」
「「「「「……え!?」」」」」
そして、魔王はレインたちにはっきりと告げた。
キリカ・シューダリア脱走の一件は、これから伝える『面白い』本題をより理解するための補足に過ぎない、と。
その言葉に再びレイン達が驚きの顔を見せた直後、突然彼女たちの心に自分たちが考える内容とは別の何かが、まるで侵食するかのように入り込み始めた。しかし、彼女は三度驚くような事はせず、すぐにこの『何か』の正体が、魔王が直接心の中に伝えたい内容を送り込む魔術の一環だと気づく事ができた。重要な事を伝える際は、捉え方次第で全く違う意味に解釈されてしまう可能性がある言葉よりも、こちらのほうがより的確かつ多くの情報が送信できるのである。
次第にレインたちの意識は、魔王が伝える『本題』へと向けられていった。
「「「「「「……ここは……」」」」」」
心の中に映し出された場所に、レインたちは見覚えがあった。いや、むしろ彼女たちにとっては忘れてしまいたい場所だったかもしれない。この『会議場』こそ、ダミーレインを世界中にはびこらせたり、全てをダミーレインに代えさせようとした、無限に堕落していく人間たちの意思が集う場所だったからである。しかも、よりによって魔王が示したのは、その会議の真っ最中の光景であったのだ。
しかし、心に直接映し出された光景から目も心も反らす事は出来なかった。
覚悟を決め、レイン・シュドーは魔王が言う面白い光景とやらをじっくりと眺める事にした……。
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