レイン、思考

 レイン・シュドーが一方的にダミーレインの前に敗北し、彼女たちが占領していた町や村を奪還される――そんな状況を初めて打破してから、レインたちの勢いは留まるところを知らなかった。彼女たちは人間たちの側に奪い返されたを再び取り戻すべく、魔王の指示のもと日々各地の町や村に侵入し続けたのである。それも、自分たちの正体を隠す事無く非常に大胆な形で。


「「「「こんにちは、♪」」」」


 町や村の一番目立つ場所に漆黒のオーラで巨大な大爆発を創り出し、ダミーレインたちをそこに集めさせる――彼女たちは毎回このような形で戦いを始めていた。不思議なことに、何度同じ手を使ってもダミーレインは毎回そちらの方に警戒心を向け、現れる本物のレインに対して同じように怒りをぶつけてばかりであった。日々様々な状況に対応し続け、襲撃の際の爆発にまでこだわりを見せる本物とは全く違う、とても堅苦しい反応だった。

 

 そんなダミーたちを見るたび、レインたちはいつも可哀想な気持ちになった。彼女たちは自分と全く同じ姿に同じ形、純白のビキニ衣装もそこに包まれた胸も皆自分たちと同じ、魔術や剣術までもがほぼ同じであるはずなのに、ダミーたちはその価値を全く利用できないまま日々人間たちにこき使われ、真の力を理解されずに毎日を無駄に過ごし続けている。そんな彼女たちを救う事が、各地の『町』や『村』にやってくる最大の目的だ――レインたちは自らの行動をそう判断していた。


『『『『『く……くそっ!!』』』』』

「「「「「「「ごめんね、レイン……ちょっとの時間だから……」」」」」」」」


 今回もレインたちはダミーレインたちから放たれた大量の光のオーラを自分の物とし、その数を増やしながら自分を模した存在たちを圧倒し続けた。最初に急襲を行った時のような無防備すぎる衣装は流石に纏っておらず、いざと言う時も考えて肩のプロテクターや背中の鞘、そして靴や靴下をしっかり着用した上での戦いであったが、結果はいつも同じであった。大量に増えた自分たちの数の暴力でダミーレインの逃げ場を失わせ、完全に追い詰められたような顔をした所で四方八方から柔らかい唇を当て――。



「「「「……ふふふ♪」」」」



 ――を、へと変えると言う流れである。



 あの日以降、レインは毎日のように勝利を重ね続けていた。それまでの努力が報われたかの如く、次々に勝ち星を収め続けていた。彼女たちにとっては、今やダミーレインは脅威ではなく救うべき対象となり始めていたのだ。しかし、そんな状態であってもレインは決して奢り高ぶったり調子に乗ったりする事は無かった。そのような心を持つ愚かで醜い人間たちによってダミーレインがどれだけ辛い目に遭わされているか、何度も思い知らされたからである。

 そして同時に、レインたちの中に共通するいくつかの疑問が浮かび始めていた。記憶や経験を互いに共有し合わずとも、嗜好や目標など全く同じことを想う心を持つ彼女たちは、揃って同じ事を考えていたのである。そして、ダミーレインを本物の中に加えることが出来た喜びを噛み締めつつ、レインたちはその事について語り合い始めた。


「「「それにしても……ねぇ、レイン」」」

「「「そうね、レイン……あっさりし過ぎな気がするのよね……」」」

「「「「「うーん……」」」」」


 そのような言葉を口に出してしまうように、順調に事が進んでいる事そのものに対して、レインはどこか違和感を覚えていた。確かにダミーレインを救えるだけの力を有し、『光のオーラ』も全く通用しない体や力を手に入れた彼女たちは、魔王など一部の存在を除けば最早無敵と言っても良い状態なのは間違い無かった。もしレイン達がうぬぼれていれば、本人たちもその事を大きく誇りに思っていただろう。だが、むしろその『無敵』すぎる事に対して、彼女たちは引っ掛かっていた。

 ダミーレインの背後には、魔王を裏切り、レインたちとほぼ互角に立ち回った軍師と名乗る上級の魔物・ゴンノーがいる。これまで何度もダミーたちをこちら側の勢力に参加させていたとすれば、ゴンノーが動き出してもおかしくない状況であった。それなのに、何故かダミーはまるで自分たちに対しての指示を何も与えていないと言わんかのごとく、同じ事ばかり――効かない光のオーラを放ち、爆発音にすぐ集まり、そして身動きが取れなくなってばかりを繰り返していたのである。


 何かゴンノーにも考えがあるのだろうか、とレインはこの不可解な状況を推測し始めた。しかし、もし自分がゴンノーの立場ならば、すぐ異変に感づき動き出すだろうと考えていた彼女たちには、あの魔物軍師の考えは中々読み取れなかった。もしかしたら、敢えてダミーレインに何も教えないままわざと自分たち勝ち星を与え続け、誘い出そうとしているのではないか、とも考えたが、そうする理由も思い浮かばなかった。レイン・シュドーは決して油断や隙を見せない相手である事は、ダミーレインを無限に作り出している相手なら承知済みのはずだったからだ。


「「「「本当に、相手の動きが読めない……」」」」

「「「「「もっと偵察を多めにした方が良さそうね、レイン」」」」」


「「「うん……と言うか、そもそも……」」」



 そして、レインたちはもう1つの疑問を語り合い始めた。


 ここまで、彼女たちがダミーレイン相手に圧倒的な戦いを繰り広げていた場所には1つの共通点があった。どの場所も、全てダミーレインが存在する町や村だったのである。レイン・シュドーが撤退した場所には、その後町や村の復興や維持管理の名目でダミーレインが居座り、純白のビキニ衣装の美女の姿を模した存在のみが埋め尽くす町や村が各地に増えていった、と言う訳である。そしてその中には、元からの約束通り別の場所から住民が移り住み、大量のダミーレインと暮らしを共にするようになった場所も存在した。しかし、何故かレイン・シュドーに指示を与える魔王は、そのような場所への侵攻を一度も許可していないのだ。


 ダミーレインをじわじわと削り取っていく戦法なのかもしれない、とも考えたレインたちであったが、相手が底知れぬ魔王と言う事もあり、逆に短絡的な考えで良いのか、と言う戸惑いもあった。いくら『光のオーラ』を手に入れたとしても、自分たちが魔王の前に敵わないままである事は彼女たちも嫌と言うほど認識しており、あの恐るべき力に抗う事無く素直に従い、日々努力を重ね続ける事が勝利への近道であるのもこれまでの経験で十分承知していた。しかし、それでも彼女はしばしば、このように魔王の考えを暴こうとしていたのである。とは言え、結果はいつも――。



「「「……駄目、全然わかんない」」」

「「「「うん……ちょっと悔しいけど、仕方ないわよね……」」」



 ――レインの『敗北』であった。


 無駄な事を考えすぎると自らを倒す道が更に遠くなる、と魔王なら嫌味を言ってくるだろう、と今の状況を皮肉りながら苦笑していた時、突然彼女たちの顔が強張り、冷や汗のようなものが流れる感触を覚えた。当然だろう、先程まで話題にしていた魔王本人の声が、遥か彼方にある『本拠地』からレインの心に直接響いてきたのだから。



『……何があった?』

「「「「「べ、別に何でもないわ、魔王……それより、そっちこそ何かあったの?」」」」」


 レインに促されるかのように、魔王は手短に用件を伝えた。今すぐ代表者を選ぶか創り、『本拠地』にある地下空間へと戻って来い、と。そのような指示がなくとも、普段からこういった一仕事を終えた後にレインたちは代表者を数名選ぶか新たに代表のレインを魔術の力で創り上げ、遥か彼方の本拠地まで送っていた。しかし何故今回はわざわざ魔王の方から念を押すかのようにそのような指示を出すのか、と疑問に思った彼女は直接その事を問い質した。帰ってきた答えは――。



『……を、見たくはないか?』



 ――レイン・シュドーにとって、非常に興味深い案件である、と言う物だった。


 

 その言葉を聞いて、レイン達が急いで新たなレイン・シュドーを数十人創り、本拠地に向かう役割を担わせる事になったのは当然の流れだったかもしれない……。

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