レイン、傍聴(後)

 勇者の肩書きを捨て、世界最大の都市から弟子2人を連れて逃亡した、かつての魔術の勇者キリカ・シューダリアが、恐るべき魔王と結託し、ダミーレインの弱点を教えた可能性が高い。それがダミーの敗北に繋がった最大の要因である。その原因は、世界中にダミーレインが普及していく事に対する不満と苛立ちと言う私怨に違いない――それが、会議の場で軍師ゴンノーが発言した、敗北を続けているダミーレインに秘められた『真相』だった。


 しかし、その実態は――。



「「「「……はぁ?」」」」



 ――当事者であるレイン・シュドーが、驚きのあまり唖然とするほどの『大嘘』であった。


 キリカ・シューダリアはゴンノーが告げた内容とは異なり、魔物に味方するどころかむしろ人間が魔物と呼ぶ存在=自分自身と完全に敵対する立場であった。確かに脱走したのは事実だし、自らの利や得となる行為を優先しようとする彼女が、わざわざ苦労の多い私怨で動く事は考えられなかった。そもそも、彼女はずっとダミーレインに批判的な人々が住む『村』に住み着いていたところを、立場が悪くなったために再び逃げ出したと魔王本人が伝えたばかりである。


 何故このようなバレバレにも程があるような嘘をついたのか、と考えようとした時、一部のレインは気がついた。確かに、当事者である自分たちならゴンノーのデタラメをすぐに見抜くことが出来る。だが、あの軍師の肩書きを持つ憎たらしき魔物が相手にしているのは、世界の情勢を何も知らず、ただダミーレインに振り回されてばかりだった愚かな人間たちである。彼らには魔王の勢力が何をしているか、分かる術は一切持ち合わせていない。つまり、彼ら人間たちにとっては、ゴンノーがどれだけ嘘偽りを言おうとそれらは全てになってしまうという事になる――。


((((ゴンノー……!))))


 ――何百人かのレイン・シュドーがそう考えた途端、あっという間に他のレインたちも同じ事を考え出した。そして、緊張しながら精神を集中させ、成り行きを見守るレインの心の中に、ゴンノーの声が響いた。あの『魔術の勇者』の考えを改めさせる事ができず、最悪の事態を招いてしまったのは自分の責任だ、と。

 堕落しきった哀れな存在とは言え、よくここまで人間を騙し続けられるな、と悪い意味でレイン・シュドーが感心してしまうほどの詭弁をゴンノーが披露するにつれ、人間たちも次第にこの魔物としての本性を老婆の姿に隠した存在の言葉を信用し、キリカへの怒りを感じ始めてきた。ダミーレインやそれを『有効活用』している自分たちを憎んでいる存在が存在するという事実を知っていたからこそ、自分たちへの妨害としか思えないような活動をしたと説明されたキリカ・シューダリアを、憎たらしく思い始めたのである。

 心なしか無言で震えているような素振りを見せる女性議長を尻目に、会議場に集まった代表者たちの思いは1つとなっていった。打倒ダミーレインと言う私怨のため、魔王に魂を売ったあの女たちを許すな、ダミーレインは何も悪くない、彼女たちはただの被害者だ――そのような声が飛び交い始めた時、代表者の1人がある事に気づき、立ち上がった。女性議長からの発言の許可も得ないままで。



 そして、その代表者が告げたのは、ゴンノーの『嘘』を更に塗り固めるような言葉であった。もしかしたら、その裏切り行為に、あの『村』――ダミーレインを憎み、反発し続けている人々が住む場所も、関わっているのではないか、と。


 あの時――『村』の女性村長がダミーレインの危険性を訴えて以降、それに反発するかのように大部分の代表者がダミーに代理を任せてしまった時以降、失意のためか彼女は会議に滅多に参加しないようになった。参加しても目をじっと瞑っていたり耳を塞いでいたり、とても耐えられないと言った様相であった。そして当然、今回の会議にもダミーレインを代理におかないまま欠席していた。

 そんな彼女が治める村の人々が、強硬手段に出てもおかしくはない、と言うのが、この代表者の意見だったのである。


((((……ちょっと待って……そこまでは……))))


 かなり一理ある発言のようだが、あくまでもただの推論であり、現実にそう起きたと言う証拠は何も無い。にも拘らず、代表者たちは誰もその言葉を一切疑わず、『真実』だと捉えたかのような表情を見せてしまった。幾らなんでもそれはおかしすぎる、とレイン達が心の中で呆れ混じりの突っ込みをする中、会議はまるでゴンノーの掌の上に乗っているかの如く進んでいった。最早誰もゴンノーの責任を指摘するものはおらず、真の悪党はキリカとその『村』の連中だ、と言う思いで、代表者たちは言葉を交わしていたのである。


 そんな異常な状況の中で、代表者たちは議長にある決議を行いたい、と提案してきた。勇者ではなくただの裏切り者と化したキリカ・シューダリアや、彼女にこれまで協力してきた者たちを許す訳には行かない、彼女たちを批難し、見つけ次第身柄を拘束すると言う、今回の会議で1つになった思いを議会からの通告として発令したい、と言うのである。その言葉を、女性議長は止める事が出来なかった。今の彼女の立場では、ゴンノーやトーリスによる『暴走』を止める事は不可能だったのだ。


 そして、キリカたちを絶対に許さない、と言う意志が決議となって現れ、ダミーレインを除いた大多数の出席者たちの拍手によって会議の幕が下ろされた時――。


「……こういう事だ」


 ――魔王の言葉と共に、遥か遠くの会議場の光景がレインの心から一瞬で消え去った。


  しばらくの間、レインたちは何も言わないまま互いの顔を見合ったり辺りを見回したり、まるで混乱しているような素振りを見せた。これが魔王の言う『面白い光景』であるのは確かなのだが、それを受け取った彼女たちにとっては、面白いという心よりもむしろ訳が分からないと言う方がふさわしい光景だったからである。

 そして、もう一度彼女たちは確認するかのように魔王に問い質した。



「「「「「「……ねえ、本当にこれが……?」」」」」」」

「何度も言わせるな。もう一度見たいのか?」


 

 念のために確認をしたかっただけだ、と魔王の言葉を否定しつつ、レインたちは少しづつ自分たちの心を落ち着かせ始めた。息を大きく吸って吐いたり目を瞑ったり、彼女の心が覚えている様々な方法で混乱を鎮めていく中、それを意に介さぬかの如く魔王は先程の『会議』やその内容についての補足事項を述べ始めた。



「貴様らに見せた会議は、たった今行われたばかりのものだ」

「「「「「そうだったの……?」」」」」

「定期的に行われている会議だ。貴様らも日程は把握しているだろう?」

「「「あ、そうか……」」」


 キリカが逃亡して日数が経たないうちにゴンノーがこのような大嘘を吐いたのは陰謀でも何でもなく、単なる日程の偶然だ、と考えを述べながらも、魔王はレインたちに改めてあの裏切り者の魔物に対する警戒を怠らないように命令を下した。人間たちにはっきりとこの事態を伝えた以上、『軍師』であるゴンノーが人間たちからの絶大な信頼を後ろ盾に何をするか分からないのだ。

 だが魔王はそれに加えて、キリカ・シューダリアの監視もより念を入れて行うように告げた。



「「「「キリカ……そうね、人間から完全に敵視される事になったし……」」」」

「奴はあらゆる勢力に加わる事無く、思いのまま動くだろう」



 流れはこちら側の有利な方向になっているのは確かだが、未だにその流れを完全に掴み取れている状態ではない。より慎重に、そしてより精密に物事を進めていかなければ、この戦いにレイン・シュドーが勝利する事はできない――魔王の言葉に、レイン・シュドーは真剣な顔で頷いた。

 光のオーラを利用する手段を身につけても、人間たち――いや、魔物軍師ゴンノーとの戦いはまだ終わらない、と言う事実を心の中で何度も思い返しながら……。

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