ゴンノーと会議

 勇者たちの力でも太刀打ちできないほどに強くなった魔物を呆気なく蹴散らすという凄まじい力を見せつけてからまた月日が経ち、ダミーレインは今や人間たちに欠かせない存在になっていた。各地に現れる魔物を退治するばかりではなく、町の警備から年寄りの介護、留守番まで何でもこなし、各地の町の人間たちの生活を助け続けているのである。

 おまけに、この人間に限りなく近い存在は全員とも今は亡き伝説の勇者レイン・シュドー――純白のビキニ衣装のみを身を纏う、凄腕の女剣士と全く同じ姿を持ち、彼女を凌ぐ力を有している。レインの姿を追い求めていた人々が、受け入れないはずは無かっただろう。


「いやぁ、この前は本当にありがとうございましただ……」

「いえいえ、礼を言われるほどではございませんよ♪」


 そんな彼女たちの奮闘によって村の危機を救ってもらった村長が、世界最大の都市にある巨大な会議場のロビーで一人の老婆に感謝の言葉を述べていた。農業で栄えているその村の巨大な畑を襲った害虫を、十数名のダミーレインが一致団結し呆気なく蹴散らしたのである。勿論この場所で定例の会議をするためにやって来た村長の傍には、まるで従者のようにビキニ衣装の美女が2人も無表情で付き従っていた。

 このような素晴らしい存在を創って頂き本当に感謝している、と頭を下げる彼に、そこまで言っていただくとこちらもありがたい、と返した老婆こそが、世界中にダミーレインを届け続けている軍師、ゴンノーである。


「ダミーでもレイン様がたくさんいてくれれば、わしらの村はますます栄えますもんで……」

「はぁはは、そうですか。それは喜ばしい事ですなぁ♪」


 嬉しそうに語る村長以外と同じような言葉をゴンノーは何度も聞いた。ダミーレインのお陰で寂れていた村の人口が増えて今まで以上に盛り上がっている、男衆以外にも女性にも喜ばれている、彼女たちがいれば魔物がきても怖くない、など、各地の町や村の代表者とすれ違うたび、ゴンノーは様々な感謝を受けていたのだ。中にはダミーレインを完全にレイン・シュドーと同格視し、まるで神の使いと崇めている者まで現れていた。

 勿論ゴンノーは彼らに対し、少し謙遜しつつも笑顔で応対をしていた。そして、誰にもその素顔、その本性を見せる事は無かった。この軍師の正体が、魔王に及ばずとも人間よりも遥かに強い上級の『魔物』であると言うことも、僅かな存在しか知らなかったのである。


 その数少ない1人――この会議場に訪れる最後の勇者となったトーリス・キルメンと共にゴンノーが巨大な部屋に入ったところで、本日の会議は始まった。


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 世界中から出席した代表者たちが様々な意見を交わし合い、その中で解決すべき問題点を見つければそれを深く追求し、最善の策を見つけていく――そのような崇高な目的の元で毎回開かれるこの会議、今回も各地から農作物の出来高や鉱物の産出量など様々な報告が行われていたが、次第に話題はそれらとは別のものへと移り変わった。


「……ところで、そちらさんの町は『レイン』を新たに100人導入したそうじゃのお」

「治安維持もありますが、町民からぜひ増やして欲しいと要望がありまして♪」


「いやー、ダミーレインは大活躍ですよ」

「ええ、嫌がっていた昔の私を怒りたいほどでございます」

 

 一人が口に出した途端、まるで堰を切ったかのように会議はダミーレインの話題で持ちきりになってしまった。始まる前にロビーでたくさん話していたにも関わらず、まだ話し足りないのか、皆次々とダミーレインに纏わる話題を持ち出してきたのだ。彼女の活躍を褒め称え、あのビキニ衣装の美女をもっとたくさん導入したい、と話が弾む様子を、トーリスやゴンノーは静かに見つめていた。

 そして、盛り上がる会場の中、1人の小太りの男が高らかに手を挙げた。このダミーレインの盛況ぶりに関して、新たな提案がある、というのだ。各地の代表者を束ねる女性議長に指名された男は、嬉しそうに自分の考えを述べ始めた。


「え、ダミーレインを……?」

「物流に用いる……とは」

「左様でござんす」


 各地の町や村から伸びる道が交わる場所にある商業の町。そこの代表者であるこの男もまた、ダミーレインの魅力に惹かれた者であった。金は要らず、注文すれば好きなだけ増産されていくダミーレインを次々に導入し、町の至る所にビキニ衣装の美女が立ち並ぶようになった状況の中、彼はある考えに思い当たった。確かに大量のダミーレインのお陰でこの町は平和になり、魔物も襲ってこなくなった。だが、未だに町の外に伸びる道では魔物の報告例が相次いでおり、以前も魔物がダミーレインに退治された事がある。ならばいっそ、各地の町や村へ様々な物資を運ぶ役割もダミーレインに担わせたら良いのではないか、と。


「ダミーレインに荷物を受け渡す場所を町や村に設けて、その間をダミーレインに結ばせる、って訳でござんす」


 ダミーレインは一切疲れも知らず、食べ物や飲み物が無くても人々のために動いてくれる最高の存在。それを町や村へ大量に押し留め、ぎゅう詰めの状態のままで過ごさせるよりは、思う存分働かせたほうが良いのではないか――商業で巨万の富を得たこの男の話にしばし耳を傾けた代表者たちから、次々に賛同の声が沸き起こり始めた。彼女に託せば安全に物を運ぶ事が出来、町や村との間の貿易がより進み、世界がもっと豊かになるのではないか、と考え始めたのだ。


「確かに魔物なんかが来てもへっちゃらですよねー♪」

「全くですなぁ、彼女たちに任せればもっと安心して暮らせますよ」

「反対です!私は断固反対します!」


 会議場の片隅から聞こえ始めた金切り声に、一切耳を傾けないまま。


 そして、1人の代表者が更に新たな提案を出した。ここまでの意見の交わし合いを見ると、全員ともその都度ダミーレインに荷物を託しては目的地まで向かわせると言う方法を取ろうとしているようだが、それでは効率が悪いだろう。ならば町や村を結ぶ道に延々とダミーレインを歩かせ、近くにいた彼女に荷物を持たせればもっと効率が上がるのではないか、と。各地の町や村を定期的に巡っていた商人の役割をダミーたちに託した上で、その頻度を何十、いや何百倍にも増やさせる、と言う訳だ。


「それなら、手持ち無沙汰なダミーも現れるのでは?」

「同時に警備も任せてはどうでしょう?」

「なるほど、皆役割を持ってるという事ですな」

「何を考えているのですか!完全にモノ扱いじゃないですか!絶対反対です!」


 ダミーレインたちは瞬間移動も使えるのだからそれを応用すればもっと早く移動できるのではないか、と言う意見に対しても、この聡明な代表者はしっかり策を持っていた。確かにそれも可能だが、そうなると町や村の間、人々が住む事が無い草原や森、山に潜む魔物たちを倒す事は出来ない。だからこそ敢えて道を歩かせたりその少し上を飛ばせたりして、警備を担当させるのだ、と。勿論全面禁止と言う訳ではなく、急ぎの便があればすぐさま目的地まで向かうように指示を与えると言う算段であった。

 彼の素晴らしい考えに、元々この企画を発案した商業の町の代表者も喝采を贈った。


「つまりダミーレインで世界中に物流と防衛の『壁』を作る……これなら世界は安泰でやんすなぁ♪」

「ありがとうございます。『レインウォール』とでも名づけましょうか」

「お、その名前頂き!」

「ふざけないで下さい!どこまでダミーレインに頼れば済むんですか!!」


 必死の形相で訴え続ける1人の女性の大声をかき消すかのように、代表者たちは次々にこの案に賛成の拍手を送り始めた。参加するべきかどうか決めかねている一部の代表者は無言のままじっと見つめているが、このまま行けば多数決でレインを物流や防衛の要にする案が採択され、より多くのダミーレインがゴンノーからもたらされる事となるのは間違いなかった。

 そして、皆が一斉に嬉しそうな顔で女性議長の方を向き、採決をお願いしようとした、まさにその時だった。



「……お前たち、いい加減にしないか!」



 突然女性議長が凄い剣幕で立ち上がり、怒りの言葉を吐いたのである。


 冷静に会議を纏めることを役割とする彼女が見せた突然の態度に、盛り上がり続けていた会議場は一瞬にして静まり返った。そして、唖然としながら一斉に見つめる代表者たちに対して、女性議長はここまで続いていた会議の流れをはっきりと糾弾した。例え自分の意に反する者がいたとしても、例えそれが少数派でも、その意見をしっかりと聞き、それを踏まえたうえで最善の策を考えるのが会議と言うものなのに、何故そのような規律を当然の如く破ろうとするのか、と。


「一個人の意見ではない。『議長』として、ここまでの流れを許すわけにはいかないのだ」


 このような状態で公平な議論などできるはずは無い、と判断した議長は、自ら強権を発動した。採決寸前までに至った一件も含めた今回の会議をここで強制的に中断し、翌日に続きを行う事になったのである。全員ともこの町に留まり一旦頭を冷やした上で、冷静な判断が下せる状態になるよう促す目的もあった。


 中断命令が下された議会の中に、嬉しさを存分に表すかの如く大きな拍手が響いた。しかし、それを鳴らしているのはたった1人――ダミーレインの受け入れを頑なに断り、自分たちだけで世界を救おうと奔走し続ける村の代表者だけであった。一部がどうしようもないような表情をしている以外の代表者たちは、全員とも全くの無表情だったのである。憎しみや怒りを顔に出さないよう、必死に耐えていたのかもしれない。


 そしてトーリスとゴンノーは、思わぬ形で終わってしまったこの日の会議を、冷ややかな目線で見つめていた。下らない争いに終始し、これからも同じような醜さを露呈し続けるであろう全ての代表者を見下すかのように……。

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