レイン、推測

 かつては最愛の友が駆使する柔らかな浄化の武器、今はレイン・シュドーにとって最も恐るべき力である『光のオーラ』。それを自らのものにする手がかりをようやく掴んだ彼女たちであったが、それで終わりと言う訳ではなかった。当然だろう、彼女たちが見つけた『自分を増やしたい』と言う心構えは、あくまで光のオーラを利用する基礎中の基礎に過ぎないのだから。


「「「「「はぁ……はぁ……」」」」」

「「「「「「「「「まだまだですよー、レインさん♪」」」」」」」」」」


 自らの思いを込めただけで、『光のオーラ』に対抗できるとでも思っていたのか――浄化の勇者ライラ・ハリーナの口を無数に借りながら嫌みったらしく告げる魔王の言う通りであった。


 とは言え、以前のレインのようにただ光に体が抉り取られ、惨たらしい姿で浄化されていくだけと言う状況は、少しづつ変わり続けていた。世界で一番美しく麗しい存在であるレイン・シュドーをもっともっと増やしたい、世界をレインで埋め尽くしたい――例え自分の体が消え去ろうとしても必死に痛みに耐え、その事だけを考えるよう意識する事で、彼女は光のオーラに「耐える」ような事が出来るようになっていたのだ。一瞬だけ時間が止まったような感覚に陥った後、1000人のレインの体はそれまで全身に突き刺さっていた強烈な痛みから解放され、既に『浄化』された体の部位も含んだ全てが無傷の状態に戻っていたのである。


 しかし、あくまでそれは一瞬だけであった。あくまで光のオーラに『耐える』ことしか出来ない状況では、いくら心の中で必死に念じても限界があった。ただ防戦一方では、光のオーラを撃ち続ける相手への反撃の手段など無いのだ。

 勿論、レインたちも何とか自らの漆黒のオーラを放ち、辺り一面を埋め尽くす大量の魔王を攻撃しようとした事もあった。だが、どす黒い球はあっという間に無数の光によって綺麗にされてしまい、全くの無駄に終わってしまった。この鍛錬を終わらせない限りは、どうあがいても反撃は不可能、と言う事なのである。


「「「レイン……」もう少し、考えれば……」でも、思念だけじゃ……」

「「「「「「「「「無駄話をしているより、実践で試した方が効果があるんじゃないですかね?」」」」」」」」」」


 傷口に大量の塩を塗りつけるかのごとく飛び出す魔王の言葉に一瞬苛立ちを感じてしまったレインだが、すぐに心を落ち着かせて鍛錬を再開する決意を固めた。自分の大好きな存在の姿を模倣した下劣な強豪と言う、ダミーレインを意識した魔王のやり方にも、レインは少しづつ慣れていた。冷静に、しかし決して冷酷にはならず、哀れみや悲しみ、喜びや楽しみなどの感情を保つ事もまた、長期に渡る鍛錬の一環なのかもしれない。


 とは言え、結局今日もそれ以上の成果は出ないまま、28回の鍛錬は終わったのであった。


「「「はぁ……お疲れ様、レイン……」」」

「「「「こっちもお疲れ様、レイン……」」」」


 同等に疲労を味わったレインたちは、その肩や顔に疲れの色を滲ませながら互いを労った。そして今日もまた、闘技場の扉の外に広がる地下空間に、1000人の彼女が壁や柱にもたれかかって体を休ませる光景が繰り広げられ始めた。ビキニ衣装に包まれた胸やそこから露出する健康的な肌を無言のまま見せ付けるような彼女たちを、元の姿に戻った魔王は無表情の仮面のまま、じっと見つめていた。


 それからしばらく経った時、突然地下空間に来訪者が現れた。勿論それもまた純白のビキニ衣装のみを身に纏うレイン・シュドーであったが、表情は全く異なっていた。何か面白いものを見つけたような、興奮した顔になっていたのである。


「あ、良かった、丁度魔王がいて」

「「「「どうしたの、レイン?」」」」

「「「「「何か興奮する事でもあったの?」」」」」


「うん、レインたちにも見てもらいたいの」


 疲れでだらけきったレインたちも、流石にそこまで興奮させられては気になるもの。

 彼女たちばかりではなく、地下空間のあちこちからも妙な具合の自分自身が気になったレイン・シュドーが続々と集まり、あっという間に魔王やレインの周りは純白のビキニ衣装の美女で埋め尽くされてしまった。


 彼女は、魔王から与えられた指令に基づいて外の世界を偵察し、ダミーレインによって覆われようとしている世界の情勢をつぶさに観察してきたレイン・シュドーであった。今日もとある農業の村に赴き、そこで動く人々を哀れに思いつつ観察していたところ、突然何かが畑に襲い掛かってきたと言うのだ。

 口で説明するよりはこちらの方が早い、と考えたレインは、残りの自分たちに自らの記憶を分け与えた。しばらく新たな記憶を心の中で咀嚼していたレインたちであったが、次第にその表情が驚きへと変わっていた。外の世界の畑を大量の虫が襲っている様子が、その記憶の中に刻まれていたのである。そしてその大群を退治したのが、自分の姿を模して作られたダミーレインたちである、と言う事も。だが、心の中でそれを再生していた時――。


「「呆気なく退治しちゃってる……」」

「「「凄いわね、10人のダミーが虫たちをあっという間に……あれ?」」」

「「「「……え?」」」」


 ――レインたちは一斉に違和感を覚えた。

 記憶の中に映っていたのは、大きな羽と6本の脚を生やし、空を覆いつくすかのように飛び回りつつ畑の作物を貪り食うごく普通の虫の大群であった。だが、その見た目しか知る事が出来ない人間とは異なり、レイン・シュドーはその虫たちが『本物の虫』ではない事を察した。そこから感じた反応は、まさしく『魔物』そのものだったのである。

 一体どういう事なのか、と気になったレインは、一瞬全員揃って魔王の方を向いてしまった。普段はどこかへ忽然と姿を消してしまう魔王が珍しく自分たちの傍にいることで、つい依存心が生まれてしまったのだ。だが、勿論魔王は何も言葉を返さず、ただ大量のビキニ衣装の美女に囲まれたまま立ち続けた。それを見たレインたちは愚かさに反省し、すぐ他の自分たちとの話し合いへと移った。


「「どう考えても黒幕は……」」

「「「ゴンノーしかあり得ないわよね、魔王はそんな指示出してないし」」」

「当然だ」


 一応は人間の味方、レインや魔王の敵と言う立場である魔物軍師ゴンノーであるが、完全に人間に同情しそちらの味方になっているわけが無いのはレインも承知済みであった。あのようなねちっこく悪寒が走るような口調で嘲り笑われた身としては、信用など出来ないのは当然である。

 その前提を踏まえ、あの害虫たちはゴンノー、もしくはダミーレインが創った、虫を模した魔物であるのは明白である、とレインたちは結論付けた。そして、ダミーレインにそれを退治してもらう事で、より村人が彼女たちを信頼してくれるよう導いている事も。虫たちが呆気なく倒され、ダミーレインの持つ『光のオーラ』の力で浄化された作物が瑞々しさを取り戻したのを受け、村の人たちがダミーを祝福する宴を開こうとしている様子を、レインはしっかり目に焼き付けていたのである。

 そんな村人に対して嬉しそうな笑顔を見せていたダミーたちであるが、本当に心から嬉しい、と言う気持ちは無いだろう、とレインたちは感じ取っていた。笑顔を見せれば村人が喜び自分たちもより活動できる――それくらいしかあのダミーは考えていない、と。そんな状況でもなおダミーたちに頼りっぱなしの人間の事を考え、レインは溜息をついた。


「どうした?さては人間たちに同情でもしたのか?」


 ようやく口を開いた魔王の言葉にレインたちは少し悲しそうな顔をしながら反論した。


「「「人間の浅はかさを情けなく思っただけよ……」」」

「「「「私も、昔はああだったんだなって……」」」」


 そして、あまりこのような考えは避けたかった、と前提を置きつつ、レインは自らの思いを魔王に伝えた。あの時――ただ人間のためだけを考えて邁進していた愚かな勇者であったレイン・シュドーが、魔王の力の前に惨敗したのは、本当に良い事であった、と。もしそうでなければ、彼女はそのまま世界を覆いつくす穢れの一部と成り果てていたに違いなかったからである。

 自分たちが利用されていると言う事実から目を反らし、ただ平和と快楽のためだけに邁進し続ける『外の世界』の惨状のように……。

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