ダミーと会議

 反対派の意見も聞かず一方通行で進行し続けた会議が女性議長の強権によって中断され、代表者たちが次々に会議場を後にする中、女性議長に感謝の言葉を述べる1人の代表者がいた。ダミーレインにより頼ろうとする世界の動きに真っ向から対立し続け、たった1人で必死に反対の言葉を叫び続けた村の女性村長である。


「ありがとうございます……ありがとうございます!!」

「うむ、こちらこそ済まなかった……何も出来ないままで」


 これまでも、ずっと彼女は必死にダミーレイン廃絶を会議で訴え続けていた。これ以上世界がダミーレインに覆われてしまうと、魔術を使う者たちや町や村を守る者の立場が無くなり、世界が完全にダミーレインに支配されてしまう。そうなれば、ダミーレインと言う存在を次々に製造し続けているあの勇者や軍師が命令すれば世界中がそれに従う事になってしまい、実質世界は彼らに支配されてしまうだろう――そのような悪夢を現実にしてはならない、と彼女は考えていたのである。そしてそれは、彼女が纏める村に集まった者たちの総意でもあった。自分たちこそが世界を救う新たな勇者なのだ、と意気込んでいたのだ。

 だが、現実は非常に厳しく、冷たかった。幾ら彼女たちが必死に努力しても、それを笑い飛ばすかのようにダミーレインの数は増え続け、自分たちの意見はただ無視されていくばかりだったのである。そんな中で、はっきりとその動きを止めるような発言を女性議長がしてくれた事は非常に嬉しい事だった。涙まで流すほど、その喜びはかなりのものだったのだろう。


「明日にもう一度会議がある。出席はするか?」

「勿論です!今度はしっかりと私の意見をたっぷり語れる場を設けてくれますよね!?」


 今まで見てみぬ振りを続けていた事を正直に謝った議長は、彼女の言葉を受け入れることにした。少数派だからこそ、しっかりと意見を申す事ができる場を作ることが大事なのだから、と。


 そんな言葉を議長から聞く事ができた女性村長は天に昇ったような心地になった。今までずっと蔑ろにされ続けていた、人間として当たり前の尊厳や意見をはっきりと皆の前でいう事が出来る、はっきりと自分の言葉に耳を傾けるものがいれば、きっと世界はより良い方向に進む事になるだろう、そしてダミーレインたちも人間たちに虐げられる事無く、より平和な日々を過ごせるに違いない――嬉しさのあまり、気持ちをそのまま言葉に表してしまった彼女に投げかけられたのは、議長からの意外な言葉であった。

 もしそのような意見を述べたとしても、そのような考えに行き着くとは限らない事を覚えて欲しい、と告げたのだ。


「……どういう事ですか……どういう事ですか!?私の意見は正しくないと!?」

「落ち着け、そのような事は申しておらぬ。ただ……」

「ただ!?いや、言ったじゃないですか!私の意見が受け入れられるとは限らないって!!」


 先程までの喜びからあっという間に怒りの形相へと変わってしまった彼女を制するかのように、女性議長は自らの考えではなく、議長と言う立場から忠告を行った。確かに村長の言う言葉は正しいかもしれないが、だからと言って相手側の考えを拒絶するとなると、やっている事は全く同じになってしまう。議会では様々な考えをぶつけ合い、最も正しい道を選ぶ事が重要視される、と。

 しかし、それでも女性議長の怒りは収まらなかった。ダミーレインを廃絶し、人間の尊厳を取り戻すと言う自分の考えこそが世界を救う鍵となるはずなのに、それが議長に納得してもらえない事に苛立ちを覚えていたのである。だが、冷静に自らを見つめる議長の顔を見て、村長は察した。議長はあくまで『議長』、あの会議で唯一完全に中立の立場を取らざるを得ない立場だと言う事を。当たり前の事かもしれないが、誰も味方がいない中で頼れる存在だと思っていた彼女がそのような存在であった事実を思い知らされるのは、女性村長にとって非常に残酷な通告であった。


「……分かりました……でも見ててください!絶対ダミーレインを人間たちから放して見せますから!!」

「うむ」


 まるで捨て台詞のような言葉を残し、村長は去っていった。

 自信や苛立ち、喜びや不安、様々な解釈が出来るであろう後姿を見送りながら、女性議長は自らの本心のまま、密かに呟いた。


「すまない……」


 ダミーレインを人間から開放し、廃絶すると言う過激な事までは考えてはいなかったが、彼女もまた心の中では堕ちていく世界を何とかしたい、このままでは駄目だ、と言う思いがあったのである。だが、ここで自らが逃げてしまえば、それこそ全てがゴンノーやトーリスの言いなりになってしまう、と言う危惧があった。今回のように強権を発動する中立の立場がいなければ、2人によって世界が支配されてしまうかもしれない――そんな使命感こそが、彼女を『女性議長』に居続ける要因だったのかもしれない。



  

 だが、翌日の議会で繰り広げられたのは、そんな使命感があっけなく崩れる光景であった。



「……で、ですから皆様はどう考えているのですか!?」


 会議場の中央で必死になって自らの考え――ダミーレインが人間によって扱き使われる状況は良くない、人間は人間の手によって守られ、運営されるべきである――を述べ続けている女性村長の周りは――。


『私は、町長の考えに従うまでです』

『私は、町長の考えに従うまでです』

『私は、町長の考えに従うまでです』

『私は、町長の考えに従うまでです』

『私は、町長の考えに従うまでです』

『私は、町長の考えに従うまでです』


『私も同じです』私も同じです』私も同じです』私も同じです』私も同じです』私も同じです』私も同じです』私も同じです』私も同じです』私も同じです』私も同じです』私も同じです』私も同じです』私も同じです』私も同じです』私も同じです』私も同じです』私も同じです』私も同じです』私も同じです』私も同じです』私も同じです』私も同じです』私も同じです』私も同じです』私も同じです』私も同じです』私も同じです』私も同じです』私も同じです』私も同じです』私も同じです』私も同じです』私も同じです』私も同じです』私も同じです』私も同じです』私も同じです』私も同じです』私も同じです』私も同じです』私も同じです』私も同じです』私も同じです』私も同じです』私も同じです』私も同じです』私も同じです』私も同じです』私も同じです』私も同じです』私も同じです』私も同じです』私も同じです』私も同じです』私も同じです』私も同じです』私も同じです』私も同じです』私も同じです』私も同じです』私も同じです』私も同じです』私も同じです』私も同じです』私も同じです』私も同じです』私も同じです』私も同じです』私も同じです』私も同じです』私も同じです』私も同じです』私も同じです』…



 ――女性議長と数名の代表者、そして勇者と軍師を除き、皆全く同じ姿形の女性しかいなかった。1つに結った長い黒髪、健康的な肌、無表情の美貌、そして純白のビキニ衣装という特徴を持つ存在・ダミーレインが、ぎっしりと埋め尽くしていたのである。


 何千人もの彼女が座っていたのは、昨日まで各地の町や村の代表者たちが座っていた場所であった。本来なら、昨日採決寸前にまで至った内容をもう一度議論すべく彼らが来るはずであったのだが、その全員が病気や急用、家族の事情、さらには理由も一切述べないまま欠席してしまったのである。それだけならば彼らを糾弾した上でこの会議そのものを中止しても良かったのだが、彼らは自らの意見を述べてくれる『代理』として、自分たちの町や村にいるダミーレインを呼んできたのだ。意見を伝える存在がいる以上取りやめる事が出来なくなり、ある意味悪夢のような状況が繰り広げられる結果になったのである。


 人間たちに扱き使われる現状に不満は無いのか、堕落していく彼らを見て何も思わないのか、と女性村長は必死にダミーレインたちに訴え続けた。全く同じ姿形を持つ存在から何千もの視線を向けられる状況にもめげなかった彼女であったが、返ってきたのは文字通り無情な言葉ばかりであった。ダミーレインたちは明かりが無い目を見開いたまま、代表者の意見に従うのみと告げるのみだったのである。どんな質問をしてもどんな意見を述べても、返ってくるのはいつもその言葉しかなかった。

 流石に怒った村長は、ずっと何も言わないまま座り続けている、ダミーレイン以外の数少ない代表者たちに怒りの矛先を向けた。


「なんで貴方たちは立ち上がらないんですか!?言っても無駄だって思ってるんですか!?」


 その理由は、まさに彼女が口に出した通りであった。彼らの町や村もまた、ダミーレインに対して反感的な気持ちが強い場所であった。しかし、だからと言って世界の情勢に歯向かう訳にはいかなかった。各地の町や村と交流を重ねていく以上、ダミーレインを導入するしか道は無かったのである。彼らに出来るのは、こうやってどんな状況でも出席し、無言の抵抗を続けていく事だけだった。さもなくばどのようになるか、賛成も反対も述べられず、ただ孤独な戦いを強いられるだけであるこの女性村長を見れば一目瞭然だったのである。


 そして、ダミーレイン同様頑なに何も言わない代表者たちを見た村長は、ついに自ら行動に移ろうとした。ダミーレインたちを大量に生み出し、世界を混乱に陥れようとしている張本人であろう軍師ゴンノーと勇者トーリス・キルメンに直接自分の考えをぶつけようとしたのである。

 しかし、彼らに掴みかかり、憤りの心を存分に表そうとする目論みは達成できなかった。彼らの方に向かおうとした直後、村長の前に新たなダミーレインが2人現れ、彼女に掴みかかったのである。


「ちょ、ちょっと!離しなさい!!離しなさいよ!!!」

『『会議を乱すわけにはいきません。退出願います』』


 暴力を振るい、強制的に自らの意見を押し通そうとする者を許すわけには行かない、とダミーレインは感情の篭っていない声で双方から告げた。それでもなお怒りの暴言を吐き続けた村長であったが、最早そこには誰も味方はいなかった。女性議長までもが、悲しそうな目を彼女に向けていたのである。

 そして、最早単語にならないほどに怒りや悔しさを口から出しながら、女性村長はダミーレインに引きずられるかのように強制的に会議から退出させられた。残されたのは、中立を保ち続けなければいけない議長、ただ沈黙を保ち続けると言う選択肢を取った僅かばかりの代表者、会議を冷ややかに見つめる勇者と軍師、そして一様に同じ姿形、同じ考えを有するダミーレインのみであった。


『『『『『『議長、採決を』』』』』』

「……了解した……」


 自らの落ち込んだ心を隠しきれず、普段よりも低く小さい声になりながらも、女性議長は今回の議案――ダミーレインを用いて町や村を結ぶ『レインウォール』を構築すると言う案の採決を行うよう指示を出した。中立であり続ける以上、彼女にはそれしか出来なかったのである。例えこの広い部屋の中が――。


『賛成』賛成』賛成』賛成』賛成』賛成』賛成』賛成』賛成』賛成』賛成』賛成』賛成』賛成』賛成』賛成』賛成』賛成』賛成』賛成』賛成』賛成』賛成』賛成』賛成』賛成』賛成』賛成』賛成』賛成』賛成』賛成』賛成』賛成』賛成』賛成』賛成』賛成』賛成』賛成』賛成』賛成』賛成』賛成』賛成』賛成』賛成』賛成』賛成』賛成』賛成』賛成』賛成』賛成』賛成』賛成』賛成』賛成』賛成』賛成』賛成』賛成』賛成』賛成』賛成』賛成』賛成』賛成』賛成』賛成』賛成』賛成』賛成』賛成』賛成』賛成』賛成』賛成』賛成』賛成』賛成』賛成』賛成』賛成』賛成』賛成』賛成』賛成』賛成』賛成』賛成』賛成』賛成』賛成』賛成』賛成』賛成』賛成』賛成』賛成』賛成』賛成』賛成』賛成』賛成』賛成』賛成』賛成』賛成』賛成』賛成』賛成』賛成』賛成』賛成』賛成』賛成』賛成』賛成』賛成』賛成』賛成』賛成』賛成』賛成』賛成』賛成』賛成』賛成』賛成』賛成』賛成』賛成』賛成』賛成』賛成』賛成』…


 ――抑揚の無い、全く同じ声で埋め尽くされようとも……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る