トーリスの贅沢

 レイン・シュドーは文字通り命を懸けて自分自身のダミーを打ち砕くための鍛錬に励む。

 キリカ・シューダリアは自らの視界に入るダミーから逃げるかのように、たった2人の弟子を引き連れ、当てもなく世界各地を放浪する。


 生き残ったかつての勇者たちが様々な場所、様々な経緯で謎の存在『ダミーレイン』に振り回され、それでも必死にもがき続けている一方、1人だけ今もなお『勇者』の称号を持ち、人々にもてはやされ続ける存在がいた。その名はトーリス・キルメン、今も残る勇者の中で唯一の男性である。ただ、既に彼は――。


「あははは、もっと果物を持ってきてくれ!」

『了解しました、トーリス様』了解しました、トーリス様』了解しました、トーリス様』了解しました、トーリス様』了解しました、トーリス様』了解しました、トーリス様』了解しました、トーリス様』了解しました、トーリス様』了解しました、トーリス様』了解しました、トーリス様』了解しました、トーリス様』了解しました、トーリス様』了解しました、トーリス様』了解しました、トーリス様』了解しました、トーリス様』了解しました、トーリス様』了解しました、トーリス様』…


 ――純白のビキニ衣装のみを身に着けた大量のダミーレインを侍らしながら、日々贅沢三昧の暮らしをする存在に成り果てようとしていた。当然、『勇者』として鍛錬を行う事も完全に怠り、全身は少しづつ贅肉に覆われ始めていた。


 トーリスが大量の彼女に囲まれているのは、以前まで魔王が率いる恐ろしい魔物によって占拠されていた『町』であった。ダミーレインと言う絶対的な存在が現れるまで、再び世界を狙わんと暗躍し始めた魔物の前に人間たちはもちろん、トーリスなど勇者たちも一切太刀打ちできず、ただ彼らに支配されたり蹂躙されたりするのを悔し涙で見つめるしかなかった。だが、ダミーレインの登場によってその情勢は大きく変わり、今度は魔物たちのほうが彼女によって蹂躙され、あちこちで撤退を余儀なくされる事態になったのである。

 一体何が起きているのか、トーリスはその真実を全て知ろうとは考えていなかった。今回の『魔物』の正体がかつて自分たちが見捨てた勇者のリーダーである本物のレイン・シュドーであり、彼にとって非常に鬱陶しく憎たらしい存在であることさえ知ればそれで良かった。今の彼は世界の平和を守るよりも、まず自分の地位が守られ、日々贅沢な暮らしができる事を優先していたのである。トーリス・キルメンが『勇者』である証は、もはや過去の栄光のみとなっていた。


 だが、そんな状況になってもなお人々は最後の勇者として功績を讃え、ダミーレインと共にトーリスを英雄として扱い続けていた。そして、憎たらしい相手と全く同じ姿形をしているダミーレインの大群は、トーリスを完全に自分たちの『主人』として敬っていた。自発的にそのような考えにいたった人間たちとは異なり、ダミーたちは世界の果てで創られた時からそのような考えを持つよう刻まれていたのだ。

 世界の全てが、自分を柔らかく上質なベッドのように包み込んでいるようだ、とトーリスは非常に心地良く感じていた。


「……ふう、食べた食べた、ごちそうさま♪」

『『『『『『『ありがとうございます、トーリス様』』』』』』』』


 そんな彼が訪れていたこの『町』は、修復の終わりの段階にあった。魔物=レイン・シュドーによって無機質な建物ばかりが並ぶ異様な光景になっていた場所はあっという間にダミーレインによって建て直され、残るは新たな住民を呼ぶだけと言う状況である。ただ、各地から人々が集まるまでは時間がかかるし、そこに住んでいた人々は戻ってこないと言う現実を踏まえて移住することを嫌がる人もいるかもしれない。そこで、住民が集まるまでの間、彼らの代理や魔物に対する警備も兼ね、町のあらゆる場所に何千人、いや何万人ものダミーレインが配備されたのだ。

 それはトーリスにとっては、まさに楽園に等しい状況であった。町の全てが、自分の言うことを何でも聞く純白のビキニ衣装の美女で覆われているのだから。町の視察と言う名目で来て正解だった、と歯の掃除をしながらトーリスはほくそ笑んだ。そして、脂肪でたるみ始めた腹を叩き、これ以上は食べられないと言うことを示しながら、彼は食堂を後にすることにした。


 ビキニ衣装に包まれた胸を揺らしながら一斉に礼をする数十人のダミーたちに見送られたトーリスを外で迎えたのは――。


『トーリス様、こんにちは』トーリス様、こんにちは』トーリス様、こんにちは』トーリス様、こんにちは』トーリス様、こんにちは』こんにちは』こんにちは』こんにちは』こんにちは』こんにちは』こんにちは』こんにちは』こんにちは』こんにちは』こんにちは』こんにちは』こんにちは』こんにちは』こんにちは』こんにちは』こんにちは』こんにちは』こんにちは』こんにちは』こんにちは』こんにちは』こんにちは』こんにちは』こんにちは』こんにちは』こんにちは』こんにちは』こんにちは』こんにちは』こんにちは』こんにちは』こんにちは』こんにちは』こんにちは』こんにちは』こんにちは』こんにちは』こんにちは』こんにちは』こんにちは』こんにちは』こんにちは』こんにちは』こんにちは』こんにちは』…


 道の左右にずらりと整列したり各地の家々の窓を開け放しながら、次々に勇者トーリスに頭を下げる、ダミーレインの大合唱だった。

 どこまで進んでも、どこを見ても、彼の目に入るのはビキニ衣装の美女ばかり。以前ならば非常に胸糞悪く憎たらしい気持ちでいっぱいになりそうな光景であったが、今はまったく逆の考えを持っていた。自分の立場を脅かし続けた存在を意のままにできるという優越感が、彼の心に満ちていたのだ。

 そして彼は、度々その気持ちを行動で示すようになっていた。


『あぁん……』『と、トーリス様……』

「おっと、ごめんごめん、つい手が……ふふふ♪」


 一応軽く謝ったものの、ここにトーリスやダミーレイン以外の存在がいれば、勇者であるはずの彼がわざと自分の手をダミーレインの胸に当て、純白のビキニ衣装越しにその柔らかさを味わったのは明白だっただろう。だが、ダミーたちは一切の文句を言わず、そればかりか自分たちがトーリスの手に当たる位置に立っていたのが悪い、と判断してしまった。


『『こちらこそ申し訳ありません、トーリス様』』


 彼女たちには、トーリスを糾弾する心を有していなかったのである。

 

 とは言え、どれだけ地に堕ちたとしても一応は『勇者』の称号を持ち続ける男、トーリスはもっとダミーレインを攻めたいと言う気持ちを抑え、そのまま道を進み続けた。周りで次々に自分に尊敬の念をこめてくるダミーたちを見ているうち、溜まった鬱憤はすぐに発散された。


『トーリス様、こんにちは』『トーリス様、愛しています』『これからも私たちを導いてください』『応援しています、トーリス様』

「ははは、任せといて!!」


 あらゆるものが都合良いこの空間こそが、自分にとって最も住み心地の良い場所ではないか――そんなことまで考え始めた、その時だった。突然トーリスの頭の中に、楽しい時間を邪魔するような声が響いてきた。世界最大の町にある、トーリスたちが日々寝泊りする会議場の部屋から届いた連絡である。

 不満そうな声を返しながらしぶしぶその声を聞いたトーリスだが、次第にそのような考えは薄れ始めた。確かにこれは、自分の富や名誉を守るためにもいったん戻らないといけない事態かもしれない、と感じたのだ。そして彼は、すぐに自分を元の場所に瞬間移動させてほしいと声の主に頼んだ。


『『『『『行ってしまうのですか、トーリス様?』』』』』


 寂しそうな目で見つめる大量のダミーレインを慰めながら、トーリスはすぐに戻ってくるから心配要らない、自分はいつでも応援している、と告げた。安心したかのように頷く彼女たちに優越感を覚えながら、彼の体は次第に『町』から離れ――。



「……た、ただいまゴンノー」

『お帰りなさい、トーリス殿』


 ――声の主である軍師ゴンノーの待つ部屋へと戻ってきた。


『お帰りなさいませ、トーリス様』お帰りなさいませ』お帰りなさいませ』お帰りなさいませ』お帰りなさいませ』お帰りなさいませ』お帰りなさいませ』お帰りなさいませ』お帰りなさいませ』お帰りなさいませ』お帰りなさいませ』お帰りなさいませ』お帰りなさいませ』お帰りなさいませ』お帰りなさいませ』お帰りなさいませ』お帰りなさいませ』お帰りなさいませ』お帰りなさいませ』お帰りなさいませ』お帰りなさいませ』お帰りなさいませ』お帰りなさいませ』お帰りなさいませ』お帰りなさいませ』お帰りなさいませ』お帰りなさいませ』…


 そしてここでも彼は、大量に数を増やした純白のビキニ衣装のダミーレインたちに迎えられる事となった……。 

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