レイン、火種

 レインを裏切り、世界を見捨て、たった2人の弟子と共に逃亡生活を続けるキリカ・シューダリアの姿を目撃した――その一報が伝えられた事で、魔王からレインに与えられた任務の内容に一部のみだが変化が生じた。ダミーレインが呼び出されなくとも人間の力で十分に倒す事ができるほどの弱い魔物を繰り出す場所を、1箇所だけに絞ったのである。

 そして、魔物を出す目的も変更された。


「「やる気満々ね、村の人たち……」」

「本当よね、レイン……」


 自分たちの手で魔物を蹴散らしこの村や世界を守ろうと意気揚々としている人々へ偽りの自信を持たせる事以外に、もう1つ別の要素を加えさせたのだ。

 ダミーレインを完全に受けている町や、圧力に屈して受け入れざるを得なかった壁の町とは異なり、小規模ながらもここの村は圧力に決して屈さず、自分たちのこれまでの努力を無碍にする存在だとしてダミーレインを一切受け入れていなかった。勿論各地の町や村から人々のお供や代理として訪れるようになったダミーたちには親切に接したものの、彼らはその裏側でダミーたちに対する憎しみを高めていったのである。

 そして、ダミーレインに頼らず、人間の力で魔物を倒そうとする声は少しづつ世界各地に広がり始めていた。


「また俺たちの新しい仲間が加わった!さあ、挨拶だ挨拶!」

「よ、よろしくお願いします!」


 今日もまた、遠くの町からやって来た1人の女性魔術師が、この村の新たな住民になったのである。

 少し緊張しながらも、彼女は広場に集まった人々に向けてはっきりと告げた。確かに自分たちの力は無力かもしれないし、かつて魔王を倒したという勇者の魔術には到底及ばない。人間の常識を超えるほどの力を持っているわけでもないし、ダミーレインの凄まじい力には敵わないかもしれない。でもそれは、自分「1人」だけの力であり、ここにいる皆が一気に力を合わせれば、ダミーに頼らずとも魔物を蹴散らすことが出来るだろう、いやきっと出来る、と。

 最後の言葉にしっかりとした自信を含ませていた女性に対し、村人たちは祝福の拍手を送った。彼らの多くが、ダミーレインの受け入れに断固反対し故郷を捨ててこの村へとやって来た者たちだからというのも理由であった。彼らはまさにこの少女が語ったとおりの考えを持っていたのである。


 ただ、確かに彼らはまだまだレイン・シュドーたちかつての『勇者』に比べれば未熟そのものであった。

 魔王の魔術により姿が一切確認できなくなった数名の彼女が密かに紛れ込んでいる事を、誰も見抜けなかったのだ。それだけ魔王の力が凄まじい事の表れなのかもしれないが。


「魔王の言うとおりね、レイン」

「ええ、動きね」

「人間同士で意見が対立しあってるんだもん」

「一致団結すれば何とかなりそうなのにね……」


 様々な場所で様々な考えが入り乱れるにつれ、次第に人々の中でいくつかの対立する集まりが生まれ、やがて互いに苛立ちが溜まっていき、ついには爆発する――そのような流れに介入し、好き勝手に操りたいという魔王の意思を、レインたちは大いに理解する事ができた。所詮勝てない相手なのに、自分たちで勝手に鼓舞しあいながら空元気を溜めていく彼らが滑稽で仕方なかったのである。

 とは言え、レイン・シュドー自身も笑っていられる状況ではない事もまた理解していた。彼らが敵視しているダミーレインはレインたちにとっても厄介な相手であり、『光のオーラ』を利用する方法を会得しない限りどうあがいても一打浴びせる事すら困難だからである。自分たちの頬を叩き合い、再び気合を入れ込んだレインたちは、新しい仲間が増えて盛り上がる村から離れた場所へ移動していった。


「もう少しかかりそうか……」

「うん、あの人間たちが落ち着いた頃合いを見計らって……」

「そうね、まだ待ちましょう」


 そう会話しながら、レインたちは近くに積もっていた枯れ草を何本か取り、そこに漆黒のオーラをゆっくりと浴びせた。新たな自分自身を創り出す方法を応用した、『魔物』を創り出す手段である。ただし今回はいつものように人間たちを圧倒するのではなく、人間たちがそこまで苦戦しない強さと言う少々難しい条件があるため、普段以上にレインたちは身長にオーラを注ぎ込んだ。

 しばらく経った後、彼女の傍に数体の魔物が現れた。草のように鋭い爪を有し、人間を思わせるが目、鼻、口もない顔を持ち直立歩行をする、仮初の命のみを持つレインたちの『道具』である。同じような姿形をしたままじっと出番を待ち続ける魔物の様子をじっくりと見ながら、レインは簡単な命令を下した。


(((さ、あの村で思いっきり暴れてきなさい)))


 村の中からたくさんの悲鳴や叫び声、そしてやる気に満ちた人々の声が響き始めたのは、その直後であった。

 私たちの力で魔物を倒すのだ、と彼らを鼓舞する中年女性の声に押されるかのように次々と魔物に立ち向かい続ける人々を、レインたちは遠くからそっと眺め続けていた。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


「「「ただいまー、レインに魔王!」」」

「おかえりー!」おかえりー!」おかえりー!」おかえりー!」おかえりー!」おかえりー!」おかえりー!」おかえりー!」おかえりー!」おかえりー!」おかえりー!」おかえりー!」おかえりー!」おかえりー!」おかえりー!」おかえりー!」おかえりー!」おかえりー!」おかえりー!」おかえりー!」おかえりー!」おかえりー!」おかえりー!」おかえりー!」おかえりー!」おかえりー!」おかえりー!」おかえりー!」おかえりー!」おかえりー!」おかえりー!」おかえりー!」おかえりー!」おかえりー!」おかえりー!」おかえりー!」おかえりー!」おかえりー!」おかえりー!」おかえりー!」おかえりー!」おかえりー!」おかえりー!」おかえりー!」おかえりー!」おかえりー!」おかえりー!」おかえりー!」おかえりー!」おかえりー!」おかえりー!」おかえりー!」おかえりー!」おかえりー!」おかえりー!」おかえりー!」おかえりー!」おかえりー!」おかえりー!」おかえりー!」おかえりー!」おかえりー!」おかえりー!」おかえりー!」おかえりー!」おかえりー!」…


 その後、魔物たちの最期を見届けたレインは、自分自身の大群が放つ笑顔に迎えられながら地下空間に戻ってきた。既に他の町へ偵察に向かっていたレインたちは帰還しており、自分たちが無事に任務を遂行したことで今回魔王が与えた作戦は全て成功裏に終わる事となった。


「魔物の強さはあれくらいで良かった?」

「「少し強すぎたかな……」」


「十分だ。愚かな人間どもは『何とか倒せる強さ』の敵ほど油断しやすいからな」

「「「「「「「私たちも魔王と同じ考えよ、レイン」」」」」」」

「「良かった……」」


 あの後、村に集まった人々は一致団結して枯れ草から生まれた魔物に立ち向かい、怪我人を出しながらも未熟な剣術や魔術を駆使して倒す事に成功した。その結果、人々は大いに自分の強さを誇示し、喜びの宴まで開いたのである。恐ろしい魔物を自分たちの手で蹴散らした、これならダミーレインなど必要ない、と。まさに魔王の言葉通りの展開であった。

 それ以降のくだらない勝利を祝福する宴については一切興味が沸かず、魔物が仮初の命を消失させて元の枯れ草へ戻ったのをしっかり確認した後、レインは戻ってきた、と言う訳である。


 ここまで味わった様々な体験の記憶を皆で共有しあう中、レインたちは魔王に今回の作戦に対して一斉に自らの考えを述べた。


 確かに、ただの人間たちが魔物に対して勝利を収めたという情報や噂はそれなりに世界を駆け巡るかもしれないし、各地を放浪し続けていたキリカの耳にも入るかもしれない。逆にそのキリカが逃亡し、どこかの町や村に潜んでいると言う噂もまた世界中に広がるかもしれない。これらの2つが上手く重なれば、魔王が目論んだ計画通りにキリカが件の村を訪れ、自らの正体を明かして彼らに協力する可能性が高いだろう。ダミーレインに嫌悪感を覚え、自ら魔物に立ち上がろうとする同士についていった方が身も心も安らぐし、何よりこれまで以上に持て囃され、安定した地位に戻る事が出来るのは目に見えているからだ。


 ただ、その状態に至るまでどれだけの時間がかかるのか、レインは少しだけ不安を覚えたのである。


「「「すぐに伝わるかもしれないし……」」」

「「「「もしかしたら結構かかるかもしれないよね……」」」」


「「「「「「「「魔王はどう思う?」」」」」」」」



 四方八方から響く彼女の疑問に対し、魔王はしばしの沈黙の後、そこまで長くはかからないだろう、と考えを告げた。だが、魔王はレインたちへ皮肉を投げかけるのを忘れなかった。


「少なくとも、貴様らが『光のオーラ』を利用する方法を編み出すよりは、な」

「「「「「「「「うっ……そうよね……」」」」」」」」


 ダミーレインへの対処法を身につけない限りは、自分たちも愚かな人間たちや日和見主義のキリカと同類である――レインは心の中でそう感じた。人間たちの混乱をのんびり眺めるよりも、自分たちの力をもっと高める必要がある事を改めて痛感したのである。

 とは言え、『光のオーラ』の鍛錬を受けるのはまた明日からとなっている。焦らずじっくり、しかし着実に力を高めていく事こそが、世界を真の平和に導き、それを永遠に維持し続ける者には欠かせない心構えなのだ。それに、鍛錬に加えて各地の偵察で得た興奮などでレインたちの体は疲れで満ちており、これ以上『光のオーラ』の鍛錬を行っても実力を身につけるのは難しい状況であった。こういう時に体をたっぷり癒し疲れを抜く事もまた、重要な心構えなのかもしれない。


「それじゃ、レイン?」

「「うん、そうしようか♪」」

「賛成!」賛成!」賛成!」賛成!」賛成!」賛成!」賛成!」賛成!」賛成!」賛成!」賛成!」賛成!」賛成!」賛成!」賛成!」賛成!」賛成!」賛成!」賛成!」賛成!」賛成!」賛成!」賛成!」賛成!」賛成!」賛成!」賛成!」賛成!」賛成!」賛成!」賛成!」賛成!」賛成!」賛成!」賛成!」賛成!」賛成!」賛成!」賛成!」賛成!」賛成!」賛成!」賛成!」賛成!」賛成!」賛成!」賛成!」賛成!」賛成!」賛成!」賛成!」賛成!」賛成!」賛成!」賛成!」賛成!」賛成!」賛成!」賛成!」賛成!」賛成!」賛成!」賛成!」賛成!」賛成!」賛成!」賛成!」賛成!」賛成!」賛成!」賛成!」賛成!」賛成!」賛成!」賛成!」賛成!」賛成!」賛成!」賛成!」賛成!」賛成!」賛成!」賛成!」賛成!」…


 そして、レインたちは魔王に挨拶を告げた後、一斉に大浴場がある方向へと進んで行った……。

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