レイン、遭遇
この世界で生き延び続けている人間の全てが、ダミーレインの存在や功績を快く受け入れる事は無かった。
確かにそれまでレインを神の如く崇めたり彼女を尊敬していたりする人々にとっては、彼女の姿を模した存在とは言え顔も声も姿形も、純白のビキニ衣装に包まれた胸の膨らみも全く同じ存在が自分たちの町や村に、しかも数に制限無くいくらでも招く事が出来るというのはまさに夢のような状況であった。人間とは異なる存在――『勇者』である事を示すかのように、食べ物も飲み物も一切取らないまま半永久的に活動する事ができる、と言う費用面の良さも、各地でダミーレインが導入される大きな要因になったかもしれない。
だがそれでもなおダミーレインを信用しない者たちは各地におり、ダミーそのものを受け入れない場所も少なからず存在していた。
「おい、俺の住んでいた村がまたダミーさんを買ったらしいぜ」
「前も言ってなかったか、それ?」
前も何もこれで15回目、まるでダミー中毒だ、と愚痴を言う男が腰を下ろす、とある町の喫茶店のように。
頑丈な石を多く採掘していたこの『町』の周りは、無数の石によって構成された巨大な壁に取り囲まれていた。ダミーレインが魔物を蹴散らしたという知らせが入るまで、人々はこの壁こそが自分たちを魔物の脅威から守る絶対にして唯一の防御策であると考えていた。彼らにとってレイン・シュドーと言う名の勇者は過去の存在であり、彼女がいなくなった以上は必死にこの場所を守り通すしかないと言う信念があったからである。
その考えは一応今もなおずっと続いていた。『一応』と付けたのは、この町にも既にダミーレインが配備されていたからである。
ただ、彼女たちがいるのは巨大な壁に幾つも設置してある監視台や隣接する寮などの限られた場所であり、男たちが佇む喫茶店の中に、ビキニ衣装の美女の姿は一切無かった。既に死んだ存在と同じ姿を模した謎のダミーたちを、この町の人たちは受け入れなかったのである。
それでもダミーレインが何十何百と存在していたのは、町を仕切る町長が別の長たちからの圧力に屈した事に加え、ダミーたちが魔物をあっという間に倒したという実績があるからであった。
「ったく……ダミー様々だよ」
「全くだぜ……何で簡単に受け入れてるんだか、俺たちには理解できねーな」
彼女たちが活躍する事は、すなわち今まで壁を作り必死に魔物から逃げ出そうとした自分たちの努力が無駄である事を嫌でも示してしまう。以前まで壁の向こうを監視する仕事に就いていた男たちは、ダミーレインに対して複雑な感情を抱いていた。
その時であった。喫茶店の中に、新たな来客が訪れたのを示す鐘の音が鳴り響いたのは。ふとその方向に目をやった男たちに飛び込んできたのは、自分たちと同じぐらいの年代であろう2人の男と共に来店した、1人の美女であった。壁に囲まれたこの町のことなら何でも知っている男たちも初めて見る顔であったが、すぐさま彼らは気分を良くして彼らを自分たちの席の隣へと誘った。
「ありがとうございます……」
「初めて会いましたのに申し訳ないです」
「いえいえ、気にしないでくださいよー」
「せっかく美人さんがやって来て……あぁすいません」
お供であろう2人の男性に気を遣いながらも、彼らは始めて会った美女の身の内を尋ね始めた。遠くの場所から来訪した、それなりに偉い立場であった人たちである事や、ダミーレインによって魔物の被害が減ったためにこの町まで旅をする事が出来るようになった事を。
「なるほど……そりゃまぁ……」
「でもお嬢さん方、幾ら強くても相手はダミーですよ?」
確かにビキニ衣装など姿形は同じだがあくまでもレイン・シュドーに似た模造品、あまり信用しない方が良いだろう、と言う男たちの言葉に、意外にも美女たちは賛同の意志を示した。これまで旅をしていく中で何度もダミーレインたちが大量に蠢く町に立ち寄り、その光景に毎回ぞっとした、と語りだしたのである。全く同じ姿形をした美女が、町の警備や巡回はおろか各地の学校での教育や武術の指南、果てはただの留守番係まで任されているような状況もあったと言う。それはまるで、純白のビキニ衣装のみで身を包んだ怪しげな存在が、「優しさ」や「笑顔」を武器に町や村の主導権をじわじわと握っていくような光景であった――。
「……悪夢のような状況です」
「「全くです」」
――3人は同じような言葉を述べた。
『壁』の中という狭い場所からは到底知る事が出来なかった世界の状況に、2人の男は愕然としていた。店員から届けられた食べ物や飲み物に手をつけることを忘れるほど、衝撃は大きかった。魔物ではなく、世界がダミーレインによって侵食されていくようにすら感じたのである。
偉い立場にあるのなら何とか止める方法は無いのか、と必死そうな形相で尋ねる男たちだが、美女は悲しそうな眼をしながら告げた。生き残った勇者たちでもどうにも出来なかった魔物をダミーレインが呆気なく倒してしまった以上、今の自分たちや世界全体にダミーを拒否する力は非常に少ない、と。
「悲しいですが、ダミーレイン無しでは……」
「そんな!おかしいですよ!」
つい憤ってしまった男を別の男が宥めた。しかし、ここにいる5人は皆どこか悔しくもどかしい気持ちに包まれていた。色々とダミーレインに対する文句を言ったとしても、結局この町も彼女たちによって鉄壁の防御に包まれていると言う状況である。今回訪れた美女のように人々の往来が再び盛んになり始めたのも、彼女たちの絶対的な力のお陰。どうあがいても、ダミーの力に頼らざるを得ない、と言う訳だ。
やがて5人は、無言で食べ物を口に入れ始めた。心に溜まった思いを忘れるかのごとく必死に食べ始めたものの、やはり自分たちの無力感に打ちひしがれた彼らの喉は食べ物をなかなか通してくれなかった。
もし今、伝説の女勇者レイン・シュドー、それも正真正銘の本物が生きていたとしたら、このような事にはならなかっただろうに――そんな事を考え始めていた男たちは、2つの真実を全く見抜けないままだった。
1つは、彼らと一緒に食事をしているこの美女やそのお供の正体が、ここから遥か遠くにある世界最大の都市から脱走し、勇者の名を捨てたまま放浪の旅を続けているかつての魔術の勇者、キリカ・シューダリアとその弟子である事である。彼女たちは自らの力を駆使して様々な姿に成り済まし、正体を知られないようにしながら各地の町や村を巡り、あてもなく旅をし続けていたのである。
そしてもう1つ、そのキリカたちですら見抜けない真実があった。
彼らが様々な思いを秘め、無言で食事をし続ける席の隣に――。
(……なるほど……キリカがねぇ……)
――正真正銘、本物のレイン・シュドーが、自らの姿を完全に隠しながら彼らの会話をつぶさに監視していた事である。
~~~~~~~~~~~~~~~~~
キリカとその弟子2名が、壁に囲まれた町に密かに来訪し、その町の兵士2名と会話をした――彼らが解散するまでじっと見守り続けたレインは、すぐさま別の自分たちにこの情報を伝えた。以前からキリカらしき存在が様々な姿に変装しながら各地に出没しているらしいという情報はあったのだが、どれも推測でしかない不確かなものであり、今回それがはっきりと証明された事をレインたちは驚きをもって迎え入れた。
「つまりキリカとあのお弟子さんたちは……」
(ええ、完全にトーリスやゴンノーを見捨てたという事になるわね)
しかし、あの冷静沈着なキリカがこのような大胆な行動に出るとは、と最初は驚いていたレインたちも、次第にその真意を理解し始めていた。ずっと前、勇者たちのリーダーだった頃のレイン・シュドーを見捨てた際、キリカはこれ以上ついていっても富も名誉も手に入らない、それならばここで逃げ出したが今後の生活が安定するだろう、と発言していた。彼女は勇者としての心ではなく、自分自身の未来を優先すると言う冷徹な判断を下したのである。そして恐らく今回の行動もそれと全く同じものであろう、とレインは推測した。かつて自分たちが見捨てた存在と全く同じ姿形をした者が、『勇者』として悠々自適の生活を過ごしていた自分の立場を奪うというのは、屈辱以外の何者でもなかっただろう、と。
「良くも悪くも、キリカは変わってなかったと言う訳か……」
(全く……)
全員で記憶を共有しあいながら、各地の町に忍び込んだレインたちは一斉に溜め息をついた。そこには自業自得だとキリカを馬鹿にすると言う気持ちよりも、勇者の名を捨て自分の真の姿も隠さなければいけないという哀れさへの同情の念が強かった。
とは言え、そのような感情に浸っている暇はあまり無かった。予想外の事態と言う事もあり、レインたちはすぐさまキリカの目撃情報を魔王に知らせる事にしたのだ。魔王のことなので今頃自分自身でキリカの動きをしっかり観察しているであろう、と言う考えもあったが、異変を報告するというのは連携を組むに当たって非常に重要な要素である事をレインは熟知していた。勝手に動く事は許されないだろう、とも考えていたのだ。
そして、レインが魔王の元に飛ばした思念への返信は――。
「「魔王、聞こえる?さっきキリカたちが……」」
(……内容はいわずとも良い、既に承知済みだ)
「「あらら……了解よ」」
――予想通りのものであった……。
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