トーリスの密談
「へぇ、ダミーレインに反抗する連中が……」
『ええ、そのようですねぇ……』
世界最大の都市に建てられた会議場の中にある勇者たちが住む区域。そこの一室で、勇者トーリス・キルメンに状況を説明し始めたのは、軍師と言う肩書きと人間の老婆風の外見を利用し、彼らに味方する立場となっている上級の魔物ゴンノーであった。
少し小さな机を挟み、椅子に座りながら語らうトーリスとゴンノーを除いて、この部屋は何十人もの同じ姿形をした無表情の美女に埋め尽くされていた。全員とも黒い髪を1つに結い、純白のビキニ衣装から健康的な肌を露出させている、伝説の女勇者レイン・シュドーの力を模した存在「ダミーレイン」である。彼女たちは日々世界の果てにある生産施設で創りだされては世界各地に送り込まれ、再び動き始めた魔王やその手下たちを蹴散らし自分たちを始めとする人間や勇者たちを守ると言う任務に就いていた。今やこの世界でダミーレインの姿を見ない町や村の方が少なくなっているほどである。
その、ダミーレインが存在しない村の1つで、少々厄介な動きが生じ始めた、とゴンノーは語った。
次々と増えていく彼女たちを快く思わない人間たちが、続々と一箇所に集まりだしたというのだ。
「まぁ、確かにね……僕たちのように、各地に侍らさないところもあるし」
『ですが、その村は今まで一度もダミーを導入した事がないのですよ』
短い期間のうちにダミーレインがあっという間に世界各地に行き渡った要因の1つは、その強さであった。これまで人間たちや勇者たちがいくら奮闘しても一切の効果が無く、町や村を呑み込んで次々に勢力を拡大していった魔物たちを、ダミーレインは一方的な殲滅戦であっという間に蹴散らし、人間たちの住む場所を取り戻してくれたのである。そこに以前から住んでいた人々が戻る事は無かったが、それでも自分たちの町や村が絶対安全になるならばそれで良いと言う考えを持つ町や村の代表者は多かった。
しかも彼らの中には、以前からビキニ衣装の勇者レイン・シュドーに対して尊敬や信仰のまなざしを向ける者が少なからずいた。トーリスやゴンノーが頼まずとも、彼らは積極的に他の町や村にダミーレインを導入するように訴えたり、貿易を停止するなどの圧力を密かにかけたりしながら、大好きなダミーレインをもっと増やしたいという欲望を満たそうとしていたのである。
しかし、そんな圧力に屈しない者も僅かながら存在し続けていた。
ゴンノーの言葉を聞いたトーリスは、以前行われた世界各地の代表者が集まる会議の中で1人意気込み、1人空回りしている中年の女性がいたことを思い出していた。ダミーレインに頼っていては世界が破滅する、破廉恥な衣装を身に纏う彼女たちを追い出し人間の尊厳を守るべきだ、と叫んでいた彼女こそ、今回の焦点となっている村の代表者だったのである。
「ずっと無視されていたよね……まあ僕たちも無視してたけど」
『ですが、人間の噂と言うのはすぐに広まるものですねぇ、どんどん人々が集まりだしてますよ』
「どうせ敵わないだろうに……」
やる気だけは十分な彼らに呆れの言葉を述べたとき、ふとトーリスはある疑問を投げかけた。以前から兆候はあるというのが分かっていたのに、何故今になって緊急事態だと自分を呼び出したのか、もっと別の時や場所でも良かったのではないか、と。
その疑問に答えたのは、トカゲの頭蓋骨のような頭をした魔物の姿に戻ったゴンノーではなく、その白い指が鳴ったのと同時に2人の元に歩み寄った1人のダミーレインであった。各地の町や村にはびこる彼女たちの一部が、件の村に魔物――魔王が自らの手駒とする存在が現れたことを察知したのである。しかも、その魔物はこれまでのような凄まじい強さを持っておらず、人間たちに倒されるほど弱かったというのだ。
「え、それってつまり……!」
『はい、トーリス様のお察しの通り、魔王も既にこの事態を察知しています』
純白のビキニ衣装の美女からその言葉を伝えられた瞬間、トーリスの顔に困惑の色が見え始めた。
魔物が現れ、その村を滅茶苦茶に壊滅してくれたなら非常に都合が良かったし、魔王に感謝の念を抱いたかもしれない。だが、何故か魔王たちはわざと魔物を負けさせ、そこにいる人間たちに自信を付けさせたのだ。このままだと『魔物に人間が勝てた』と言う噂だけがあちこちに広まってしまい、各地でダミーレインに反発する動きが加速するかもしれない。しかし、逆にそうやって自信をつけさせ、そういった人間を一箇所に集めて一気に殲滅し、ダミーレインが好きで好きでたまらない腑抜けになった人間たちだけを残してしまう可能性もある。それならばなおさら都合が良いが、もしかしたら裏で魔王たちが何か企んでいるかもしれない――頭の中で様々な考えが渦巻き、トーリスは混乱してしまったのである。
そして彼は、目の前にいる「軍師」へ助けを求めた。自分やダミーレインはどのように行動すればよいか、と。
しばしの沈黙の後、ゴンノーは語った。もし自分が魔王だとすれば、反抗的な人間たちを一箇所に集めた方が都合良く感じるだろう、と。そこには、彼らを持ち上げた後一気に始末させる、と言う意味も込められていた。
『各地でバラバラと動き回られるよりは、少ない場所に押し固めた方が良いですねぇ』
「でも、その村に行くまでにかなりの時間がかかる町や村も多いけどなぁ……」
『魔術の使い手も次第に集まり始めていると聞きますから、彼らが何とかしてくれれば……』
そこまで語った時、突然ゴンノーが何かに気づいたかのように手を叩いた。そして、少し嬉しそうな口調でトーリスに告げた。魔術の勇者キリカ・シューダリア「殿」を上手く利用してみよう、と。
現在、キリカは2人の弟子と共に行方を晦まし、現在どこの町や村にいるかすら分からない状況である――いや、誰も調べようとしない状況と言った方が正しいかもしれない。多くの人々は勇者の名を捨てた彼女よりも、勇者以上の力を持つダミーレインの方に夢中になっていたからだ。しかし、それ以外の人々の中には未だにキリカの名を求め、レインではなく彼女の力を借りようとしたがる者もいるはずである。そしてダミーレインを心底嫌う様子であった彼女の方も、間違いなく「魔物を倒した村」の噂を聞きつけ、そちらに足を踏み入れるはずだ――ゴンノーはそう読んだのである。
「凄いな、ゴンノー……素晴らしい考えじゃないか」
『お褒めの言葉、光栄ですよぉ……ともかく、各地でダミーレインに反抗したがる人たちを結びつける役割は、キリカ殿が間違いなく担いたがるはずです』
「大きな勢力に反抗する英雄、って奴か」
人々からの熱い尊敬を受けたがる方になびきやすい打算的な彼女なら十分あり得るだろうとトーリスは納得した。ただ同時に、彼女の辿るのは茨の道であると言う考えも抱いていた。いくら彼女が必死になって勇者の地位を取り戻そうとしても、今の世界の主流はビキニ衣装のダミーレイン――人間たちの元に帰ってきた伝説の勇者レイン・シュドーだ、と。キリカが彼らを見限ったのと同じように、トーリスたちもまた彼女を舐めきっていたのである。
キリカが上手く反抗勢力を制御してくれると踏まえたうえで、自分たちは何をすれば良いのか。改めて尋ねたトーリスに、ゴンノーはよりダミーレインに活躍させる事が最善の策だ、と答えた。もっともっと信頼度を上げ、さらにダミーの数を増やしてもらえば、より世界は自分たちの思いのままに動く事になるだろう、と。
『策はいっぱいありますよぉ……魔物を出してダミーに退治してもらう、災害をダミーに止めてもらう、害虫をダミーに駆除してもらう、ダミーに先生になってもらう……』
勿論、魔物も災害も害虫も、ゴンノーが自らの魔術を用いて繰り出す、いわば自作自演である。魔王にはまだまだ力及ばずかもしれないが、これくらいの力は朝飯前だ、と上級の魔物は自慢げに語った。
「良い手かもしれないね……なんかどんどんスケール小さくなってる気がするけど」
『そこが重要です。身近なところもダミーレインに担わせれば……』
「……あ、そうか。ダミーレインは、僕やゴンノーの言う事に従順……♪」
『ふふふ……気づいてくれましたねぇ♪』
今の世論は明らかにダミーレインを信頼する方向に固まっている。それを自分たちが少し後押しすれば、さらに人間たちはダミーレインを有効活用する流れになってくれる、とトーリスとゴンノーは確信していた。かつて何度も辛酸を飲まされ続けた存在と全く同じ姿形をしたものが、何も文句を言わず人間たちに使役され、自分たちのいう事なら何でも聞く様子を妄想するだけで、彼らは笑いをこたえられなかったのである。
勿論、彼らの周りに立つダミーレインの大群は、自分たちが馬鹿にされていることに一切気づかないように無表情のまま立ち続け、純白のビキニ衣装から大きな胸の谷間を見せ続けていた。
そして、秘密の会議が無事に終わり、この内容はダミーレインや自分たち以外の外部には決して公言しないように、と彼女たちに告げた後、トーリスは部屋を後にした。当然ながら、扉の向こうの廊下もまた――。
『お疲れ様でした、トーリス様』お疲れ様でした、トーリス様』お疲れ様でした、トーリス様』お疲れ様でした、トーリス様』お疲れ様でした、トーリス様』お疲れ様でした、トーリス様』お疲れ様でした、トーリス様』お疲れ様でした、トーリス様』お疲れ様でした、トーリス様』お疲れ様でした、トーリス様』お疲れ様でした、トーリス様』お疲れ様でした、トーリス様』お疲れ様でした、トーリス様』お疲れ様でした、トーリス様』お疲れ様でした、トーリス様』お疲れ様でした、トーリス様』お疲れ様でした、トーリス様』お疲れ様でした、トーリス様』お疲れ様でした、トーリス様』お疲れ様でした、トーリス様』お疲れ様でした、トーリス様』お疲れ様でした、トーリス様』お疲れ様でした、トーリス様』お疲れ様でした、トーリス様』お疲れ様でした、トーリス様』お疲れ様でした、トーリス様』お疲れ様でした、トーリス様』お疲れ様でした、トーリス様』お疲れ様でした、トーリス様』お疲れ様でした、トーリス様』…
――左右にどこまでも並び続ける、大量のダミーレインに覆われていた。既にこの区域は、トーリスやゴンノー以外はダミーレインと僅かな部下しか訪れない、完全なる秘密空間に変貌していたのである……。
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