レイン、当日

「……んんっ……ふわぁ……」

「……んんっ……ふわぁ……」


 その日も、2人のレイン・シュドーはごく普通に朝を迎えた。

 ビキニ衣装に包まれた体をくねらせ、眠い目を擦りながらベッドから立ち上がった彼女たちは、互いのだらしない顔を見つめながら笑いあい、そして相手の頬を軽く叩きながら眠気を吹き飛ばしあった。健康的な肌を大胆に見せつけ、純白のビキニ衣装をより目立たせる自分たちの美しい体を見れば、疲れも眠気も消えてしまう、それがレイン・シュドーが自分自身に抱く感情であった。

 

 そして、それはこの2人だけではなく――。


「おはよう、レイン!」

「あ、おはよう!」

「おはよう!」おはよう!」おはよう!」おはよう!」おはよう!」おはよう!」おはよう!」おはよう!」おはよう!」おはよう!」おはよう!」おはよう!」おはよう!」おはよう!」おはよう!」おはよう!」おはよう!」おはよう!」おはよう!」おはよう!」おはよう!」おはよう!」おはよう!」おはよう!」おはよう!」おはよう!」おはよう!」おはよう!」おはよう!」おはよう!」…


 ――地下空間のあらゆる部屋から次々に飛び出し、床も空中も埋め尽くし始める彼女たちも全く同じであった。大量の美しい女剣士の大群が増え続ける状態こそ、レインにとっては最高の空間だったのである。


「「「「「「「「「「いただきまーす!」」」」」」」」」」


 次々に部屋から溢れた大量のレインたちは、空を飛んだり体を捻ったりと様々な形で体を動かした後、一斉に発した元気そうな声を合図に朝食を取り始めた。勿論、全ての食べ物は彼女が繰り出す『漆黒のオーラ』によって何も無い場所から創造した物体である。最早彼女たちにとって、朝食を創り出す行為は鍛錬ではなくごく普通の日常と化していた。勿論全てを熟知したわけではないものの、今のレインたちにとって漆黒のオーラは当たり前の存在になっていたのである。


 だからこそ、今日から魔王直々に行う鍛錬に対するレインの覚悟や意気込み、高揚感は、これまで以上のものとなっていた。


「いよいよね、レイン……」

「「「ええ……正直ちょっと……ね」」」

「「「うん、正直怖いけどね、レイン……」」」


 しかし、それは何も知らない状態である自分たちには当たり前の事、ここからたっぷりと『光のオーラ』を利用する方法を身につければそのような感情などすぐに消え去ってしまうものだ――同じ考えを持ち、自分の思いを全て分かってくれる存在同士、レインたちは自身を励ましあった。

 そして、朝食を食べ終えた後、彼女たちは一斉にビキニ衣装に包まれた胸を揺らしつつ、毎日のように訪れている闘技場へと向かった。目的は勿論、日々の日課である『鍛錬』――自分同士での剣術の稽古や漆黒のオーラを用いた攻撃の研究などを行うためである。確かに、今のレインたちが倒すべき相手であるダミーレイン相手には及ばないか意味が無い行為かもしれない。しかし、基礎を怠れば倒すどころの話ではなくなる事、逆に基礎を十分固めればどんな相手でも勝てるだけの力が手に入る事をレインは心に刻んでいた。それに――。


「はあっ!!!」「たあっ!!」

「「ふぅん!!!」」「「「「「ほっ!!!!」」」」」


「はああああっ!!!」「ふんっ、ほっ、はあああ!!!」


 ――美しい汗を全身から流す自分と共に鍛錬を続けるのは、レイン・シュドーにとって非常に爽快なものだった。

 大声を発し、気合を入れながら目の前の自分相手に剣を振りかざしたり漆黒のオーラをぶつけたり、逆に自らの体に漆黒のオーラを薄く纏い、別の自分からの攻撃を寄せ付けないようにする――一時は単なる日常となりかけていたこれらの行為だが、度重なる敗北の中でよりその大切さを実感し、自分たちと一緒に鍛錬が出来る喜びをレインたちは改めて実感しあっていた。普段よりも汗の量、声の量、そして鍛錬の中で増えていくレインの数が多いのはそのためだったのかもしれない。


「ふう……あ、レイン!」

「「「「本当だ、レインー!」」」」


「あ、お疲れ様レイン♪」

「「「「「「「「「「お疲れ様ー♪」」」」」」」」」」


 闘技場での鍛錬を終え、肉体や精神が程よく疲れたレインたちを待っていたのは、ここから遠く離れた地上の『町』から地下空間へと現れた数千人のレイン・シュドーであった。火照った体を冷ますように新しいレインは鍛錬を終えた自分たちと同じ数に増え、その体を抱きしめた。ビキニ衣装に包まれた胸の柔らかさや、大胆に露出する肌の心地につい笑みを漏らしながらも、鍛錬を終えたレインは別の自分に何故ここに現れたのか尋ねた。


「「「もうレインったら、決まってるでしょ」」」

「「「えへへ……」」」


「「「「「「あ、そうよね……はは、お疲れ様……」」」」」」


 その後レインたちは互いの記憶を交換し合い、これまでの経緯をより鮮明に確認しあった。地下空間内のレインたちが普段どおりに鍛錬を続けていた中で、また1つレイン・シュドーたちが征服していた『町』が何千何万、果ては何億もの数に膨れ上がったダミーレインの襲撃に遭い、今回も呆気なく奪還されてしまったのだ。

 当然、偽者の自分に何の抵抗も出来ず、恐ろしい『光のオーラ』による攻撃に一切対処する方法が無いまますぐに撤退するのは悔しかった。だが、それもこれから始まる反撃までの辛抱であり、今回の行為も名誉の撤退であると考え直せば、そのような気持ちはすぐに薄れていった。自分たちの存在そのものを浄化し消し去ろうとする『光のオーラ』を利用する方法を身につければ、あのダミーレインを蹴散らすことも造作の無い事になるだろう、と。


「「「「いよいよね、レイン……」」」」」

「「「「なんだか心がドキドキしちゃう……」」」」」

「「「「「真剣勝負だからね、レイン……」」」」」


 そして、ビキニ衣装から露出するお腹から鳴った空腹の合図を受け、レインたちが一斉に果物を出して小腹を満たした後、いよいよ新たな鍛錬を魔王直々に受ける時間が訪れた。

 今回は今まで使っていた闘技場ではなく、魔王が地下空間内に創造した新しい『闘技場』が、その場所となっている。ここにいる全員ではなく、1000人のレイン・シュドーだけが向かうように知らされていた彼女たちは、それぞれ顔を見合わせながら自分たちの代表を決めた。


「「「それじゃ、行ってくるね」」」


「「「「「「「「「「「「「「いってらっしゃい、レイン!」」」」」」」」」」」」」」」

「「「「「「「「「「「「「「いってらっしゃい!」」」」」」」」」」」」」」」


 自分と全く同じ声の大合唱に見送られながら、1000人のレインは一斉に飛び立ち、目的の場所まで地下空間内を進んでいった。空間が歪められ幾らでも増築が可能な状態となっている地下空間は、歩くよりもこのように空中を飛び回るほうが早く着くのだ。特に今回は、どういう訳か魔王は地下空間の通路を凄まじい長さに増築していた。その横には、今のところ誰も寝泊りしていないレイン・シュドーの住居が数限りなく何列にも渡って並び続けている。


「「「「「なんでだろう……」」」」」

「「「「「私の『命が奪われる』って言うのに……」」」」」

「「「「「魔王の『手駒』が減っちゃうのにね……」」」」」


 相変わらず答えだけを見せ、その間に何が起こるかを一切説明しないと言う魔王の手法に、レインは頭を悩ませた。しかし、その時間はほとんど残されていなかった。目的地である新たな闘技場に入る扉が目に入ってきたからである。ただ、それに触れた瞬間、レインはこの扉を操作しない方が良い事を察知した。彼女の後ろに佇む999人の自分自身がこの場所に入るには、扉を開けて押し寄せるよりも直接内部へ瞬間移動したほうが早いし、何より『漆黒のオーラ』を用いる鍛錬にもなるからである。

 そして、1000人のレインは相槌を交わしながら、一斉に扉の内部へと消えていった。



 再び彼女たちの体が現れたのは、どこまでも広がる巨大な砂地であった。その周りに、まるで出来の悪い皿の縁を思わせる客席が、何千何万、いや何億何兆と壁のように聳え立っている事で、レインたちはこの空間が砂漠ではなく『闘技場』である事を実感した。

 だが、1000人の彼女が驚愕したのは、その途轍もない広さではなかった。彼女の目の前に現れた、レイン・シュドーとは別の人物である。


「……待っていました、レイン・シュドーさん」


 短く整えた髪にあどけない表情、ハーフパンツに深く被った帽子、そして少し頼り無さそうだが優しさに満ちたようにも聞こえる声――。



「さて、『鍛錬』を始めましょうか♪」


 ――レイン・シュドーが『勇者』だった頃、最後まで彼女を信頼してくれた唯一の仲間、ライラ・ハリーナの姿が、そこにあったのだ……。

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