レイン、絶命

「「「「「……ら……ライラ……!?」」」」」

「「「「「ライラ・ハリーナ……!?」」」」」


 1000人のレインが唖然としながら呼ぶその名は、『光のオーラ』を操り、襲い掛かる悪しき魔物を鎮め、仮初の命を消し去り元の姿へと戻す力を持っていた、かつての『浄化の勇者』でそのものあった。どんな逆境でも諦めず、常に正しさを求めるライラ・ハリーナこそ、『勇者』たちのリーダーとして必死に戦い続けてきたレインにとって唯一、そして最後の味方だった。だからこそ、彼女は驚きの顔を隠せなかったのだ。

 短絡的な欲望に駆られた人間によって命を奪われ、巨大な墓石が押し付けがましく建てられたはずのライラが、どうしてここで自分たちに笑顔を見せているのか、もしかして本当にライラが死から蘇ったのか――ついそのような幻想すら抱きかけたレインだが、すぐにそのような淡い妄想は捨て去られた。


「……何を考えている、レイン・シュドー」

「「「「「「……ま、魔王……あぁ……」」」」」」


 突然目の前のの口から響いた、冷静沈着、そして1000人の手駒を下に見るような聞き覚えのある声色で、レインは現実へ引き戻された。先程の考えが否定されたのと同時に、目の前にいるライラ・ハリーナは本物ではなく、ただ単に魔王がこの姿になっただけであると言う事も思い知らされた。残念そうに呟くレインたちは、何故わざわざそんな姿になってこの新しい『闘技場』で自分たちを待っていたのか、と疑問を投げかけた。


「『光のオーラ』の使い手とならば、このライラ・ハリーナしかいないだろう。忌まわしいがな」


「「「「「そ、それもそうだけど……」」」」」

「「「「「魔王の姿のままで良いんじゃない……?」」」」」


 少し落ち込んだようなレインの問いに、魔王はライラの声と口調で答えた。これから行う鍛錬の成果をより高いものにするためには、敢えてレイン・シュドーを動揺させるような姿をしたほうがやりやすい、と。丁寧な言葉遣いであったが、その厳しく容赦の無い内容は、ライラではなく魔王そのものであった。


「嫌がっても止めないですよー。この姿形も、レインさんが行う『鍛錬』の一環ですから♪」


 かけがえのない友の姿を模写しながら、自分を舐めるかのように明るく話す魔王の姿に、一瞬嫌悪感を覚えてしまったレインだが、この一言ですぐにその意図に気づく事ができた。地上で次々に勢力を広げる、あのダミーレインと、ほぼ同じような心地だったからである。自分が最も愛すべき存在を冒涜されるという屈辱に耐えながら、『光のオーラ』を利用する方法を熟知しなければならない――改めてレインは、今回の鍛錬が今までに増して厳しいものであると言う事を実感した。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


「「「「「えーと……ここで良い?」」」」」

「構わん」


 ライラの姿を維持したまま、いつも通りの口調で話す魔王の指示に従い、1000人のレインは果てしなく広がる闘技場の中央に立った。ぎゅうぎゅうに押し固められていると言うわけではなく、ビキニ衣装に包まれた体には隙間があり、内部に風が通りやすくなっているような立ち方となっていた。

 そして、魔王はレインたちに、これから受ける攻撃に対して一切の『反撃』を行ってはならない、と告げた。今回の鍛錬は光のオーラを撥ね退けたり排除するために行うのではなく、彼女たちにとっての忌まわしき力を逆に利用してしまう内容なのがその理由であった。また、同じ理由により漆黒のオーラを用いて攻撃を防ぐ事も不可能である、とも付け加えた。


「ただし、反撃や防御以外なら何をしても良い。直接受けようが避けようが何をしても構わん」


「「「「「え、避けてもいいの?」」」」」

「「「「「排除する事になるんじゃ……」」」」」


 少し屁理屈めいたレインの質問に、魔王はライラ・ハリーナの口調で、可愛らしく答えた。


「全然構いませんよ、レインさん。避けることが出来るならの話ですが♪」


 自分の大事な存在と同じ声で、絶対にその存在が言わないような舐めきった言葉を言われれば、動揺したり憤りの気持ちが出ないわけが無い。これを耐えるのも鍛錬だというのは分かっていたが、まだそのような段階に達していない状態であったレインはつい苛立ち、それなら早く鍛錬を始めてほしい、と一斉に訴えた。

 その様子に、ライラの顔を借りてにこやかな笑顔を見せた魔王はゆっくりと浮かび上がり、その言葉に応じる事を告げた。その瞬間、『闘技場』によって構成された空間がゆがみ始めた。遥か遠くに延々と続いていた客席が、レインたちを圧迫するかのように近づいてきたのだ。そして魔王は、この『客席』の全てから間もなくレインたちに攻撃を行う、と言い残して消え去った。どういう事なのか分からなかったレインだが、その直後、今回の鍛錬の内容を否応無く知らされる事となった。


「「「「「え……」」」」」

「「「「「こ、これって……」」」」」


 1000人のレイン・シュドーの周りを取り囲んだ客席を埋め尽くし、彼女に向けて攻撃を放つ準備を整えていたのは、全員ともライラ・ハリーナと全く同じ姿形をした少女であった。短い髪にハーフパンツ、あどけない顔、全く同じ明るさに輝く『光のオーラ』――全てが、レインの記憶にある最愛の仲間と同一だったのである。それも、何千何万、何億と。

 そして、ライラ・ハリーナ――いや、ライラの姿を借り、大量に増殖して客席を覆いつくした魔王が一斉に同じ言葉を述べた瞬間――。


「行きますよ、レインさん」行きますよ、レインさん」行きますよ、レインさん」行きますよ、レインさん」行きますよ、レインさん」行きますよ、レインさん」行きますよ、レインさん」行きますよ、レインさん」行きますよ、レインさん」行きますよ、レインさん」行きますよ、レインさん」行きますよ、レインさん」行きますよ、レインさん」行きますよ、レインさん」行きますよ、レインさん」行きますよ、レインさん」行きますよ、レインさん」行きますよ、レインさん」行きますよ、レインさん」行きますよ、レインさん」行きますよ、レインさん」行きますよ、レインさん」行きますよ、レインさん」行きますよ、レインさん」行きますよ、レインさん」行きますよ、レインさん」行きますよ、レインさん」行きますよ、レインさん」行きますよ、レインさん」行きますよ、レインさん」行きますよ、レインさん」行きますよ、レインさん」行きますよ、レインさん」行きますよ、レインさん」行きますよ、レインさん」行きますよ、レインさん」行きますよ、レインさん」行きますよ、レインさん」行きますよ、レインさん」行きますよ、レインさん」…


 ――あっという間に闘技場の中は、眩い光に包まれた。



「「「きゃあああああ!!!」」」



 あの時、ライラの姿を借りて自分たちを小馬鹿にした魔王の言葉は全くもって正しかった。ダミーレインとは比べ物にならないほどの数や威力を持って放出された光のオーラは、避ける事すら非常に困難だったのである。しかも光が少し掠めるだけで、レインの体はえぐれるような痛みに包まれた。浄化の光を受けた部分が、文字通り消え去ろうとしていたからだ。

 光に対して何も対処が出来ないまま、レインたちは次々に身を伏せてしまった。


「「ぐっ……きゃああああ!!!」」


 だが、ライラ=魔王は一切の猶予も与えなかった。レインたちが倒れこみ、動く事すら困難になってもなお、客席を埋め尽くす魔王からは次々と『光のオーラ』が放たれ続けたのだ。激痛に襲われ続けながら、レインは自分たちの手足がまるで穴が開いたように消えていく様子をまざまざと見せ付けられてしまった。彼女が勇者だった頃、『浄化の勇者』であったライラによって倒された魔物も、このようにして仮初の命を消されていったのである。


「「「「「「どうしたんですか、レインさん?」」」」」」

「「「「「これでは鍛錬になりませんよー?」」」」」」


 光のオーラと共に放たれる、舐めきったようなライラの言葉も、レインの耳に入らなくなり始めた。最早彼女の体は、痛みを感じると言う概念すら『浄化』されてしまったのである。


 次第にレインは、周りの自分たちの存在が文字通り消えていく事に気づき始めた。全員とも光に目が眩んで何も見えず、体を動かそうにもその体が光の中に消え、最早どうする事もできないと言う苦悩の中、浄化の光と同化していった。やがて、その様子を漆黒のオーラを使って必死に感じ続けていたレインも、体の痛みが薄れていくと同時に自らの意識が朦朧としている事に気づいた。魔王が事前に警告したとおり、光のオーラに対して何の対策も無いレインにとっては、まさに命が奪われるに等しい鍛錬だったのである。



 そして、ライラを模した魔王の存在に全てを委ねるかのように、最後に残されたレインも、静かに光の中へと――。 



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



「「「「「「「……あれ……!?」」」」」」



 ――消えなかった。


 気づいた時、レインは何も無かったかのように、客席が埋め尽くされている闘技場の中央に立っていたのである。しかも、周りに居る999人の自分自身と同様、あれほど光のオーラに傷つけられたはずの自分自身の体には、一切の怪我も損傷も無く、ビキニ衣装に包まれた健康的かつ美しい肉体を曝け出していたのだ。

 一体何が起こったのか分からず、周りの自分と共に戸惑うしかなかった彼女たちの元へ、ライラの姿を模したままの魔王が新たに出現した。そして、この調子ではまだまだ習得するまでにはかなりの時間を費やす必要がある、と厳しい事を述べながら、レインたちがこのようになっている理由を伝えた。



「手に入れた『最強の手駒』を、そう簡単に手放すとでも思ったか?」


「「「「「……え……」」」」」

「「「「「……と言う事は、まさか……!」」」」」


 今回の鍛錬は文字通り命が奪われる危険性があるもの、だからこそ魔王はレイン・シュドーを何度でも何度でも無限に蘇らせながら、光のオーラを利用する方法を身につけさせようとしていたのだ。

 ふん、といつも通り鼻から声を発するような魔王の癖も、ライラの姿形ではどことなく可愛らしい――そのような事を考える余裕が出るほど、答えを知ったレインの心には嬉しさと興奮が宿っていた。そして、彼女たちはすぐさま魔王に鍛錬を続けて欲しい、と願った。自らの命を投げ打たなければ高みを目指すことが出来ない事を、身をもって確かめたからかもしれない……。

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