ゴンノーとダミー

 魔王と共に世界を狙わんとするレイン・シュドーの動きに妙な変化が起きた――この一報は、その身で変化を感じ取ったダミーレインの1人によって、すぐに彼女たちの創造主たちへと伝えられた。


『反撃もせずに逃げ出した?』

『はい、これまでならば私たちに漆黒のオーラを向けようとしていたのですが……』


 悔しげな顔をしながら、通用するはずの無い漆黒のオーラを放つレインたちを捻り潰すように光のオーラをぶつけ、彼女たちが苦しみながら必死になって逃げ出す様子を、前線に立つダミーレインたちは何度も目撃していた。彼女たちを日々生産し続けるゴンノーも、そのことはよく承知していた。だからこそ、老婆の姿を模したこの魔物も、この変化に驚いた表情を見せた。レインたちは瞬時に魔物を創造しそれを盾にする事で、無傷のまま占拠していた村からの撤退に成功してしまったのである。

 明らかに今までとは異なる行動を、ゴンノーが怪しまない訳が無かった。しかし、不審な動きの背景を見抜くにはあまりにも情報が少なすぎた。何のためにそのような行動を取ったのか、レインの自己判断か魔王からの指示か――一応『軍師』と名乗る身としては、もっとたくさんの事を知る必要があったのである。


『どこへ逃げ出したのかは……』

『申し訳ありません、消えた直後に全く分からなくなり……』


 頭を下げ、ゴンノーに謝る姿勢を見せた直後、別の方向からダミーレインの声が聞こえてきた。老婆の姿をしたゴンノーの傍に従者の如くつき従っている、純白のビキニ衣装を身に付けたダミーの1人である。一切行方が探れなくなったという事は、すなわち魔王が潜む世界の果てにある魔物たちの本拠地へと瞬間移動したという事になるのではないか、と告げたのだ。


『ふぅむ……』

『どちらにしろ、偽者の「レイン・シュドー」からまた1つ村を奪還できたのは確かです』


 別のダミーレインの言葉に、ゴンノーは深く頷いた。

 確かに疑念は捨てきれないものの、今の自分の能力ではこれ以上追求する事は出来ない、とゴンノーは考えていた。確かに、ダミーレインを延々と創りだしている場所も世界の果てにあるのだが、それは魔王がいる場所とは全く異なる所にある。それに、魔王は自分の本拠地が割り出されないよう様々な手を駆使しており、ゴンノーの実力を持ってしても今の魔王がどこにいるのかはっきりしない。それならば、目の前にある勝利を優先した方が身のためではないか、と割り切ったのである。


 そして、ゴンノーは報告に訪れたダミーレインに対し、引き続き各地の町や村の復興活動や人間たちの支援を行い、命令があり次第魔王に占領された場所を奪還するよう指示を与えた。奇策を練らず、敢えて現状を維持し続ける事で、少しでも何が起こっているかを読み取ると言う策に出たのだ。そのことを理解したかのようにダミーレインは姿を消し、遥か遠くにある『村』へと戻っていった。

 一息ついた後、ゴンノーは従者のダミーレインを引き連れ、薄暗い自分の部屋を後にした。扉を抜けた後、ゴンノーの目に飛び込んできたのは――。


『『『『『『『『『『『『こんにちは、ゴンノー様』』』』』』』』』』』』』


 ――廊下にずらりと並ぶ、純白のビキニ衣装だけを身に纏い無常上で挨拶をする美女の大群であった。


 無数の視線を受けながらゴンノーが歩くこの区域は、魔物軍師ゴンノーや勇者トーリス・キルメン、そして彼らに付き従う者しか入れない場所。世界で一番大きなこの都市の中でも、かなり強固な機密体制となっていた。特に、勇者キリカ・シューダリアが行方を眩ました後はさらにこの場所に入るものは激減し、完全にゴンノーやトーリスの空間と化してしまった。その結果が、こうやって並ぶ大量のレイン・シュドーのダミーたちであり――。


「やあ、ゴンノー♪」

『『『『『『『『『『『お疲れ様でした、ゴンノー様』』』』』』』』』』』』


 ――勇者トーリスの部屋のあちこちに佇む、何十人ものダミーレインである。彼女たちは皆、トーリスからの要望を受けて配備された存在なのだ。

 あれほど憎み恐れ続けていた存在と全く同じ姿形をしたダミーをトーリスは気に入ったのか、その理由は一目瞭然であった。先程受けた報告を聞くトーリスの傍らで、ダミーレインたちは口々に彼を愛している、一生離さない、自分たちを好きに使って構わない、など彼を信仰するような言葉を小声で告げ続けたのである。中にはトーリスの体に擦り寄り、純白のビキニだけで包まれた胸を押し付けるダミーも現れるほどであった。


『……それにしても、トーリス殿は……』

「はは、まぁね……でも良いだろ?彼女たちは僕たちを尊敬しているんだから」


 確かにトーリスがダミーレインを利用して溜まっていた鬱憤を晴らそうとしていたのをゴンノーは既に見抜いており、わざとコップを落として後始末を任せると言う行動を起こして以降何度も釘を刺してきた。いくらダミーとは言え、彼女たちは勇者レイン・シュドーと同じ血を持つ存在であり、あまり無礼を起こすべきではない、と。だが、それを彼は逆手に取り、ダミーレインたちの方から『無礼』な行動を働くように仕向けていたのだ。自分たちの命令に反抗する事ができないと言う特性を利用し、彼女たちにとっての理想の存在、絶対的な君主として君臨していたのである。


『トーリス様……』『抱きついてもよろしいですか……?』

「構わないよ、遠慮せずにどんどん抱きついてきな」

『『『『ありがとうございます……』』』』


 何も知らないものが見れば、優しいイケメンに寄り添う美女の大群と言うなんとも煌びやかな光景かもしれない。だがその実態は、勇者と言う肩書きだけを身につけた醜いイケメンが、復讐の対象と同じ姿の美女たちを利用していると言うなんとも虚しいものであった。

 それを知ってか知らずか、ゴンノーは無言でダミーレインがトーリスへいちゃつく様子を見つめていた。そして、はっきりと彼に告げた。堕落するのが少し早過ぎるのではないか、と。だが、その当事者は自信満々にこう返した。


「何を言っているんだ?僕は彼女たちのリーダーさ。こうやって尊敬を集めるのは、当然だろ?」


 それを言うならゴンノーも、何故多数のダミーレインを引き連れながらこの部屋にやってきたのか――妙に鋭いその言葉に、ゴンノーは返答する事が出来なかった。そもそも彼女たちを大量に作り出し、魔王側に寝返った本物のレイン・シュドーの力を求めようとしたのはゴンノー自身なのだ。

 

『こちらも現状維持の方が良さそうですね……』

「すまないねゴンノー。でも、この最高の現状を維持させてもらえば、言う事は無いよ」


 トーリスへ膝枕まで求め始めたダミーレインの様子を眺めながら、あまり見苦しい事を公にはしないように、と念のために釘を刺しながら、ゴンノーはトーリスの部屋を後にした。そして、自分に付き従っていた数人のダミーレインたちを先に自身の部屋へと戻らせた後、ゴンノーはこの巨大な区域を有する城から姿を消し――。


『……ふう……』


 ――疲れを示すような溜息と共に、遥か遠くにある地下空間へと瞬間移動した。無限に広がる「世界の果て」の荒野にある、ダミーレインを創り出し続けるゴンノーにとっての本拠地だ。

 その一角にある、地下空間をどこまでも見渡せる場所に実を休めながら、ゴンノーは自らの姿を老婆から魔物へと戻した。トカゲの頭蓋骨のような頭や骨のように白い手、そして長い尻尾を有する、人間とはかけ離れた姿である。


『……最高の現状、ですか……』


 つい先程聞いたトーリスの言葉を思い返すように、ゴンノーはもう一度呟いた。目の前の様子に唖然としてしまったのは事実だが、結局は自分も同じ物を求め続けているというのが真実なのかもしれない、と。この場所から見下ろす地下空間をじっと見つめると、心がどこか安らぎ、疲れが消えていくような心地になるからである。


 そして、改めてトーリスは漆黒のオーラで黒い雲を作り、その上に腰掛けて静かに自らを癒す事にした。

 遥か遠くまで延々と連なる、無数の巨大で透明な木の実の中で、何千何万何億、いや何兆ものダミーレインが目覚めの時を静かに待ち、それを取り囲むように続く通路を誕生したばかりのダミーレインが無表情で無限に歩き続ける、『レイン・シュドー』で満ちた空間を眺めながら……。

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