ダミーの困惑
魔王と本物のレイン・シュドーが本格的な反撃に向けた準備を始めて数日が経った頃――。
『『『『『ここにも残っていたのね、偽者のレイン』』』』』』
――レインたちが征服し、全ての住民を自分自身へと変貌させた『村』に、またもや彼女と全く同じ姿をした存在が侵入した。純白のビキニ衣装に包まれた胸を揺らし、空を隙間無く埋め尽くそうとする彼女たちは、全員とも人間たちに味方をするレインの姿を模した存在、『ダミーレイン』であった。
人間のために日々働き続ける自分たちこそが本物のレインであり、魔王に付き従うのは漆黒のオーラによって形作られた偽者であり、人間や世界に害をなす魔物そのものだ――そのような意志の元で動き続けるダミーレインの大群に対し、勇者の名を捨て魔王と共に世界を変える決意を固めたレインたちは一切反抗せず、『村』の中央へと寄り集まり始めた。数百万人ものビキニ姿の美女が集まった事で、中央部にあった広場はあっという間に健康的な肌色の肉の海へと変貌してしまった。
ここまでは、これまでと全く変わらない、レイン・シュドーの敗北への道であった。
だが、今回は違った。レインたちの口元は、全員とも笑っていたのだ。それも追い詰められたが故の悲しみを込めたものではなく、余裕を持った笑い方である。
『『『『『『……何がおかしいの?』』』』』』
『『『『『『偽者の癖に、何故笑うの?』』』』』』
その意図が理解できない事を言葉で示したダミーレインが、明らかに不審げな顔つきを見せた事に、レインたちは心の中でさらにほくそ笑んだ。自分たちがこれから何をしようとしているのか、彼女たちは全く予知していないと言う事実を察したのだ。魔王から何の指示も受けないまま、意味の分からない行為を行わされた時の自分と全く同じような表情と全く同じものを、ダミーレインが見せていたからである。
そして、レインたちは一斉に告げた。やはり貴方たちは、ここにいる数百万人の自分――レイン・シュドーを模して創られた偽者だ、と。
『『『『『『……ふざけないで』』』』』』
苛立ちを見せ、一瞬冷静さを無くさせた事を察知したレインは、空を覆いつくした何千万もの偽者が右手を一斉にかざすまでの時間を稼ぐ事に成功した。ほんの僅かな時間だが、それくらいあれば前もって準備していた漆黒のオーラを放出し、作戦を遂行する事が可能であった。
そして、空が無数の肌色、白、そして黒から眩い『光のオーラ』に覆われた直後、数百万人のレインたちは――。
『『『『『『『『『『『『はあっ!!!』』』』』』』』』』』』
「「「「「「……!!」」」」」」
――一斉にこの『村』から遥か彼方へと姿を消した。
その事実にダミーレインが気づいたのは、自らが放った『光のオーラ』が消え、澄み渡った空気が覆う『村』が露になった直後であった。もしごく普通に姿を消し、別の場所へと瞬間移動していたならば、ダミーはすぐさまそれを防ぎ、容赦無い反撃を食らわせ、最悪彼女たちの命を奪う事すら出来ただろう。だが、今回のレインたちには奥の手があった。
『『『『『『『『『『……!?』』』』』』』』』』』』
自らを遥か遠くの場所――世界の果てにあると言う魔王の本拠地へと瞬間移動させる直前、レインたちは身代わりとして広場の土を寄り代に、仮初の命を持つ魔物を創り上げていたのである。当然、その魔物も『光のオーラ』を浴びせられればすぐに浄化され、元の土に戻ってしまう。だが、それだけでもこの場所から撤退するレインたちの『盾』としては十分な働きを見せてくれたのだ。
『光のオーラ』の力を用いた傷を負わせられないまま、レインたちをこの場所から逃亡させてしまった事に対し、ダミーレインは複雑な表情を見せていた。次々に広場へ降り立ち、一瞬だけ魔物に変貌していた砂を握りながら、悔しさを露にするような仕草をとり続けていた。ダミーレインの実力ならここからさらにレインを追いかける事も可能かもしれないが、彼女たちの背後に潜む『魔王』の凄まじい力により、レインがどこへ逃げたかを調べる事は不可能になっていたのだ。
『『『『『『……どうする、レイン?』』』』』』
まるで『本物』のレインのように、ダミーたちは傍にいる自分たちに尋ねた。明らかに様子がおかしい、何かを企んでいるのかもしれない、一体これからどうするべきか、と。ただ、その答えは口に出さずとも分かっていた。彼女たちが崇め、日々付き従う魔物軍師のゴンノーと、最後に残された勇者であるトーリス・キルメンに報告するのみだ。
『……分かったわ、レイン。行ってくる』
互いに目で合図をしあったダミーレインたちは、自らの代表を決めるような仕草を取った。まるで忌み嫌う偽者が行っているような行為だが、彼女たちは何の疑問も持たず、ただこのような事をすれば今回の疑問は解決するだろう、と言う内容だけを考えていた。
彼女たちには、『偽者』のように自らの行う事を自ら否定し、それを超えた力を身につけたいと言う欲望が備わってなかった。人間のために日々働く『勇者』に、そんなものは必要なかったからである。
それ故だろうか、ダミーレインの本拠地ともいえる、世界で最も巨大な都市へと消え去る自分を見送る際の彼女たちには――。
『いってらっしゃい』いってらっしゃい』いってらっしゃい』いってらっしゃい』いってらっしゃい』いってらっしゃい』いってらっしゃい』いってらっしゃい』いってらっしゃい』いってらっしゃい』いってらっしゃい』いってらっしゃい』いってらっしゃい』いってらっしゃい』いってらっしゃい』いってらっしゃい』いってらっしゃい』いってらっしゃい』いってらっしゃい』いってらっしゃい』いってらっしゃい』いってらっしゃい』いってらっしゃい』いってらっしゃい』いってらっしゃい』いってらっしゃい』いってらっしゃい』いってらっしゃい』いってらっしゃい』いってらっしゃい』いってらっしゃい』いってらっしゃい』いってらっしゃい』…
――感情や抑揚が、ほとんど見受けられなかったのは。
そしてそれは、残された彼女たちが行い始めた、『村』の復旧作業についても同様だった。これを行えばトーリス様やゴンノー様は喜び、人間たちも自分たちの行いに感謝をしてくれると言う事は、ダミーレインたちも理解していた。だが、それが何故嬉しいかという根本的な内容を考えるという概念は一切持ち合わせていなかった。何の疑問も抱かないまま、彼女たちはただ命令に従い続けていたのである。
『はあっ!』はあっ!』はあっ!』はあっ!』はあっ!』はあっ!』はあっ!』はあっ!』はあっ!』はあっ!』はあっ!』はあっ!』はあっ!』はあっ!』はあっ!』はあっ!』はあっ!』はあっ!』はあっ!』はあっ!』はあっ!』はあっ!』はあっ!』はあっ!』はあっ!』はあっ!』はあっ!』はあっ!』はあっ!』はあっ!』はあっ!』はあっ!』はあっ!』はあっ!』はあっ!』はあっ!』はあっ!』はあっ!』はあっ!』はあっ!』はあっ!』はあっ!』はあっ!』はあっ!』はあっ!』…
『光のオーラ』によって浄化され、全く同じ家々が並ぶ異様な光景から、古ぼけた家や寂れた工場と言う元通りの光景が蘇った村を、数千万人のダミーレインはただ無表情で眺め続けていた。こうすれば誰もが喜ぶだろう、と言う根拠の無い確信を抱いたまま。
いや、そもそも彼女には、そう言った確信と言う感情を持つ概念すらなかったのかもしれない。ダミーは所詮ダミーなのだから……。
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