レイン、再起

 これまで、レインたちは自らを脅かす『光のオーラ』の力を防ぐ、もしくは打ち消す事を念頭に考えてきた。魔王と共に世界を覆いつくそうと動く彼女を『浄化』し、体を抉り取って存在そのものを消失させようとする凄まじい力を、何とかして消し去る事はできないか、そう言う考えばかり持っていたのだ。しかし、どれほど考えても答えは浮かばず、日々『光のオーラ』を操る自らの偽者――ダミーレインによって命を奪われかけ、町や村を明け渡さざるを得ない日々が続いてしまった。当然だろう、彼女の心の中には、そもそもあの光のオーラが自らの操る『漆黒のオーラ』と何が違うのか、どのようにして操るのかと言う根本的な知識すらなかったのだから。


 そんな状況下で、魔王が彼女たちに告げたのは、この得体の知れない力そのものをどころか、いっそすれば良い、と言う解決策であった。全てを手に入れようとする貪欲さ、あらゆる手を駆使して人間を追い詰めようとする狡猾さを持つ魔王ならではの発想は、ひたすら排除しようとするレインには一切思いもよらなかった方法だった。

 唖然とするビキニ衣装の美女の大群を見た魔王は、このような簡単な対策すら思い浮かべなかったのか、と嫌味を告げた。だが、今のレインにはそれに対する反感の心が生まれる余裕は無かった。


「「「……全然……」」」

「「「だって私達、それどころじゃなかったし……」」」


「……ふん、まあ良い」


 少し不安げな様子のレインたちを見ながら、魔王は自らの考えを説明し始めた。この『光のオーラ』を会得する原理は、『漆黒のオーラ』と何ら変わりなく、自らの精神そのものを外部に放出すると言うものとなっている、と。

 だが、太陽の光が影を消し去り、一方で影は太陽の光に隠れるように生み出されるように、『漆黒のオーラ』を一度身に付け、それを使いこなせるようになった存在――大量のレイン・シュドーのような存在が、『光のオーラ』を利用するようになるためには、これまでには無いほどの困難が予想される、と魔王は告げた。それも、レインたちがある程度覚悟を決めたぐらいでは、肉体的なものは勿論精神的にも耐えられない可能性がある、と言う事も。


「「「……精神的にも……?」」」

「「「それってつまり……」」」


 その瞬間、一斉にレインたちは眼を見開き、周りの自分たちと顔を合わせ始めた。自らの体は勿論、その内部に宿る心まで耐えられない状態――それはすなわち『死』や『滅び』と同等である、と言う事に気づいたのだ。その推測が正しい事を示すかのように、不安そうな視線を大量に向けられた魔王は静かに頷いた。そして、この事実を踏まえた上で、何故今までずっと光のオーラの事をレインたちに告げたり、光のオーラに対抗する鍛錬を行ったりしなかったのかを語った。



「……油断大敵と言う上面だけだった貴様らに教えたとしても、会得するまでに時間がかかっただろう。その分無数の手駒が無駄になったかも知れぬ」

「「「「……手駒ね……」」」」

「「でも、気持ちは分かるわ、レイン……」」

「「うん。私が魔王の立場だったら……」」


 日々各地の町や村への征服活動が成功し続け、心の奥底で優越感や油断が生まれていた頃の自分たちが、もしこのような命を失いかねない鍛錬を受けたとしても、普段と同じような心で挑んでしまい、必死さが無いまま次々に命を失っていたかもしれない。確かに新しい自分は幾らでも数限りなく生み出す事はできるが、だからと言って大量の自分自身が消えていく様子を見るのは嫌だ――それが、レインたちの考えであった。そして、レイン・シュドーを表すために『手駒』と言う言葉を使った魔王も似たような考えだったかもしれない、と考えた彼女たちは、魔王に対して憤りを感じる事は無かった。


 ただ、それでも疑問はあった。

 先程、レインたちは魔王から出された様々な条件――征服活動の休止、敗北の強制など――を呑んだ上で魔王から『光のオーラ』の対策法を伝授してもらう事となった。今のレインにとっては厳しい条件ではないものの、それまで楽しんでいた事を止められるという事態になったのは間違いなく、それなりの覚悟が必要だった。ならば、何故それより前に命が奪われかねない鍛錬となる、と言う事を先に言わなかったのか、と。

 

 一斉に声を合わせて同じ疑問を投げかけたレインに戻ってきたのは、呆れ混じりの溜息と、嘲りの言葉であった。


「……何のために貴様らはになって考えた?もう一度考えてみろ」


 だが、しばらくの無言の後、レインたちははっきりと述べた。確かにもし自分たちが魔王であったら、そのような条件を言えばレイン・シュドーはこの鍛錬を受けることを躊躇するだろうと考え、敢えて後になって真実を告げることになるだろう。だが、それはあくまで魔王から見た自分たちであり、ここにいるレイン・シュドーは皆、そのような覚悟は自分たちが泣き止んだ時点で、既に出来ていた、と。


「……ふん、所詮貴様らは……」

「「「ええ、所詮今考えた屁理屈かもしれない」」」

「「「「でも、もうどんな手段でもいい。あの偽者連中を蹴散らしたい、それが私の考えよ」」」」



 何百万もの数をなすレイン・シュドーの瞳をじっと見つめるかのように、再び魔王は無言の時間を創り出した。

 そして、まるで観念したかのような溜息をついた後、魔王は無数のレインたちに対し、改めて今後長期に渡って続くであろう作戦の内容を語り始めた――。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


「「ふーん……そういう事ね……」」


 ――その言葉は、すぐさま各地の『村』や『町』を占拠し続けているレイン・シュドーたちにも伝わった。地下空間で直接魔王の言葉を聞いた自分自身と記憶を共有する事で、事細かに情報が伝わるようになっているのだ。

 当然、同じ姿形、同じ思考判断を有するレインたちは皆この考えに賛成であった。今までのように魔王の実力を考えながらもしぶしぶ受け入れるという形ではなく、今後の厳しい戦いに打ち勝つための満場一致での納得意見であった。ただ、今回魔王が与えた指令は、敗北を強制する事や命を投げ打ってでも光のオーラを利用する手段を会得する事ばかりではなかった。ここにいる各地のレインたちにも、重要な任務が与えられたのだ。


「えーと……確かまだ占拠していない町は……」

「まだまだ結構あるよね、レイン」

「うん。私が訪れた町だけでもまだ占拠しきってない場所があるから……」


 それらを含め、世界中の『町』や『村』に、自らの姿形、漆黒のオーラなどを覆い隠したレイン・シュドーの密偵を送り込み、様子を日々探り続ける、と言うものであった。今後、各地の『町』や『村』からレインたちが離れていく事に伴い、世界の状況をレイン自身が肌で確かめるのが難しくなる可能性がある、と言う事を踏まえたものであった。そして、各地で勢力を増し続けるレイン・シュドーの偽者である『ダミーレイン』を目の前にしても動揺せず、存在がばれないようにするという鍛錬も兼ねたものである、と魔王は付け加えていた。


「今から行く……のは早すぎるよね」

「うん、魔王から直接指示が来るって言ってたし」

「どのレインに向かわせる?」

「そこは今までどおり、新しくレインを創って……」


 互いに考えを交し合うレイン・シュドーの大群であったが、ビキニ衣装に包まれた胸の奥底にある心は皆同じであった。どんな手段を使っても、あの忌まわしいダミーレインや気持ち悪い裏切り者のゴンノー、そしてこの世界に蠢く愚かな人間たちをこの世界から消し去り、真の平和を創りださなければならない、と。


 そして、無言で頷きあったレインたちは、一斉に自信に満ちた笑顔を見せあた。この戦い、勝つのは自分たちだ、と気合を入れながら。

 そこには、ずっと溜め込み続けていた絶望や苦悩は無かった。ほんの僅かでも勝機があれば、世界を平和にするという目標を絶対に諦めないと言う、限りなく『勇者』に近い心が再び動き出したからである……。


「それじゃレイン!」

「うん、絶対に勝つぞ!」

「おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」…

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