レイン、助言

 レイン・シュドーが世界を真の平和に導くために活動をしてから初めての敗北を迎えてしまった時、魔王が全てのレイン・シュドーに伝えたのは、簡素な命令だけであった。彼女と同じ姿を持つ『ダミーレイン』が襲い掛かった時は無駄な抵抗をせず、即刻町や村を捨てて撤退せよ、と。だが、レインはそれに完全には従わなかった。予告無く現れ、彼女の力では対処できない攻撃をしてきたとしても、純白のビキニ衣装を纏った美しい姿を完全に模倣した憎き相手に一打報いたい気分でいっぱいだったのである。

 しかし、その気分が満たされる事は今のところ一度も無かった。何度攻撃しても相手の数は増え続け、自分たちでは全く対応できない「光のオーラ」を次々に放ち、体の各部が抉られ、消えていくような痛みを抱えたまま、町や村を放棄するしかなかったのである。


 無駄な抵抗をした挙句、散々な負け方をする――その惨めな姿は、まさしくこれまで彼女たちが蔑んできた愚かな存在、と全く同じであった。

 その悔しさを、レインはずっと涙と共に溢れさせていた。


「うううう……」ひっぐ……」うえええん……」うううう……」ひっぐ……」うえええん……」うううう……」ひっぐ……」うえええん……」うううう……」ひっぐ……」うえええん……」うううう……」ひっぐ……」うえええん……」うううう……」ひっぐ……」うえええん……」うううう……」ひっぐ……」うえええん……」うううう……」ひっぐ……」うえええん……」うううう……」ひっぐ……」うえええん……」うううう……」ひっぐ……」うえええん……」うううう……」ひっぐ……」うえええん……」うううう……」ひっぐ……」うえええん……」うううう……」ひっぐ……」うえええん……」うううう……」ひっぐ……」うえええん……」うううう……」ひっぐ……」うえええん……」うううう……」ひっぐ……」うえええん……」うううう……」ひっぐ……」うえええん……」…


 体力や精神力が消耗したのか先程よりもその声は小さくなっていたが、それでも彼女は泣き止む事が無かった。久しく姿を消していた「魔王」――今のレイン・シュドーが唯一頼れる存在が現れたことへの安心感が心の中にあったからかもしれない。例え相手が最終的に倒すべき相手でも、自分を利用するだけ利用する存在であっても、レインは魔王を頼るしか無かったのである。

 確かにダミーレインたちが口々にいっていた通り、今のレイン・シュドーは完全にとかけ離れた存在になっていたのかもしれない。


 やがて、泣く事自体に疲れ果てたレインたちが再び無言で座り込んだり床に横たわり始めた時、それを見計らっていたように魔王が動き出した。そして、無表情の仮面の下から、信じられないような言葉を彼女たちに投げかけた。全てに疲れたような表情が、一瞬で驚きに変わるほどであった。

 それも当然だろう――。


「……ここまでの惨状、責任はお前たちだけには存在しない」


 ――遠まわしながらも魔王が自らの言葉で、この敗北の責任の一端が自分自身にもある事を、認めたのだから。いつも銀色に鈍く輝く無表情の仮面を被り、その言葉も蔑みや呆れといった下向きの感情以外気持ちが全く読み取れないはずの魔王が、である。

 レインたちが一斉に目を見開き自らの方向を見たのを確認したかのように、魔王は言葉を続けた。レイン・シュドーたちが対処できないまま倒れ果てたあの攻撃は間違いなく「光のオーラ」であり、の彼女たちにとっては致命傷に等しいものになっている、と。ここまでは、レイン自身もしっかりと身をもって嫌と言うほどに――思い出したくも無いほどに確認したのだが、そこから先の内容は、彼女たちには一瞬だけ信じられないようなものだった。


「……貴様らは最早『人間』ではない。かと言って、『魔物』ではない」


 だからこそ、光のオーラを浴びる事は致命傷に繋がるが、瞬時に浄化されずに痛みとして残される――その説明以上に、まだ疲れや痛みが取れきっていないレインの心に響いたのは、自分たちが『人間』でも『魔物』でもない存在になった、と言う事であった。

 とは言え、考えてみればもう彼女たちは人間の常識を超えた様々な魔術を使い、魔物をも凌ぐ剣術や漆黒のオーラを自在に操る力を持つ。両者とはかけ離れた全く別の存在になっているといわれても、そこまで不思議ではないかもしれない、とレインは何とか納得する事ができた。そう考えなければ、あの愚かな人間たちと同等のものに成り下がってしまうからである。


 だが、今の彼女にはそれ以上に、どうしても解決しなければならないものがあった。


「「「「「「ねえ、魔王……」」」」」」」

「どうした?」

 

 そして彼女たちは一斉に告げた。あの『光のオーラ』を打ち破り、ダミーレインやゴンノー、そして愚かで憎い人間たちを一網打尽にする力が欲しい、自分たちをもっともっと強くして欲しい、と。最早彼女の持つ知識や思考判断だけでは、ダミーたちを倒す方法は思い浮かばなかったのである。

 しばしの沈黙の後、魔王は冷静な口調のままレインたちに尋ねなおした。


「……どうしても、『光のオーラ』を打ち破りたいか」


「「「「「「「勿論よ」」」」」」」


「……即答か。ならば、しばし以下の条件を呑め。良いか?」


・新規の征服活動を全て中止する

・町や村がダミーレインに襲撃されたときは、何もせずそのまま撤退する

・今後誕生する新たなレインにも、全ての条件が適応される


 つい最近までのレインなら、魔王は何を考えているのかさっぱり分からない、ここにきて中止なんて絶対おかしい、など様々な愚痴を共有しつつも、魔王には逆らえないという結論に至り、半ばしぶしぶという形でその言葉を受け取ったであろう。だが、今のレインは違った。自分と全く同じ姿形をしながらも、自分自身とは正反対の在り方をするダミーたちを倒すと言う一念が非常に強かったのである。あの連中を蹴散らすためならば、自分たちの目的を中止しても一切の文句は無い、それがレインたちの総意だった。


 彼女たちが強い決意を示す頷きをしたのを確認したような動きを見せた魔王は、突如両手を上げ、そこから漆黒のオーラを大量に放出した。あっという間に巨大な地下空間の天井を覆いつくした黒いもやのような物体から、まるで汚い雪のような灰色の粒子が舞い降り始めた。ビキニ衣装から覗く地肌からそれに触れたレインたちは、それらが雪とは全く異なり、暖かくどこか安らぐような気持ちになる事に気づいた。そして、あれほど痛み続けていた「光のオーラ」が、打ち消されていく事にも。


「「「「「「「……魔王、もしかしてこれを教えてくれるの……?」」」」」」」


 光のオーラを事を目標にしていたレインたちは、僅かながらも確信を持って魔王に尋ねた。だが、返ってきたのは彼女たちの言葉を鼻で笑うような音と、想像を超えた魔王の言葉だった。



?そのような生ぬるい事など、誰が教えるか」



 驚くレインたちの傍から、別の声が聞こえ始めた。つい先程、ダミーレインの猛攻に敗れ意識を失ってしまった別のレイン・シュドーたちが、少しづつ目を覚まし始めたのだ。この『灰色の雪』の力によって『光のオーラ』の力が弱まり、人間とも魔物とも違う彼女の体と心が癒されていったからである。

 そして、自分たちの介抱を始めたレインたちに向けて、魔王は告げた。まずは全員の意識を取り戻させることが先だ、と。


「全て目覚め終わった時からが始まりだ。

 貴様らに、光のオーラをする方法を教えてやる」


 

 レインたちには、魔王から聞こえるその言葉が、どこか嬉しそうな響きに聞こえた……。

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