レイン、屈辱
「「……んんっ……」」
2人のレイン・シュドーが目覚めた時、その目に飛び込んできたのはどこか懐かしい光景だった。
扉以外四方どこにも窓が無く、一切の装飾が無い無機質な壁と、そこに無造作に置かれたベッド、そして光源もないのに薄暗くも明るい小さい部屋――。
「「……はっ……!」」
――部屋の様子を見回した彼女たちは気づいた。この場所が、レインにとっては非常に馴染み深い、『世界の果て』の地下に広がる巨大空間の中にある小部屋だという事に。
魔王たちから人間たちへと裏切った上級の魔物ゴンノーによって創りだされた偽者のレイン・シュドーに圧倒的な実力差で敗北すると言う屈辱を味わいながらも、命からがら逃げ延びる事が出来た彼女たちだが、結局それ以上は何も出来ないまま意識を失い、そのままずっとこの広い空間の中で失意のまま眠りに就いていたようである。
「……」
「……ねえ、レイン……」
一方のレインが隣にいる自分に、暗い顔を隠さないまま何かを告げようとした。だが、その内容は口に出す前に止められた。もう一方のレインもまた全く同じ考えを持っていたからである。それを言葉に出せば出すほど、心が辛くなるだけだという事も、嫌と言うほど承知していたのだ。
そして、彼女たちはしばらくベッドの上で静かに座り続けた。近くにある扉を開くと言う動作をするまでには、少し長い時間を有した。あの向こうに広がっているのは、彼女たちにとって最も美しく気高く、世界で一番清らかで逞しい存在である事は承知していた。だからこそ、それらがどのような目に遭っているかを目の当たりにする事が辛かったのである。何度も暗い顔を見つめあいながら、レインたちは自分の心に現れた恐れを認識し合い、それを何とか克服しようとしていた。
それから少し経った後、ようやくレイン・シュドーは動き出した。
「「……うん」」
純白のビキニ衣装に、1つに結った長い髪と言う格好は勿論、その心も全く同じ彼女たちは、歩幅を揃えながら静かに扉へと近づいた。そしてもう一度互いの顔を見合い、頷き合いながらゆっくりと開いた。
その途端、巨大な地下空間の中は扉がきしむ音と、その中から出てくる2人1組のレイン・シュドーの足音で満たされた。
「「あっ……」」あっ……」」あっ……」」あっ……」」あっ……」」あっ……」」あっ……」」あっ……」」あっ……」」あっ……」」あっ……」」あっ……」」あっ……」」あっ……」」あっ……」」あっ……」」あっ……」」あっ……」」あっ……」」あっ……」」あっ……」」あっ……」」あっ……」」あっ……」」あっ……」」あっ……」」あっ……」」あっ……」」あっ……」」あっ……」」あっ……」」あっ……」」あっ……」」あっ……」」あっ……」」あっ……」」あっ……」」あっ……」」あっ……」」…
次々に顔を見合わせた彼女たちは、扉の向こうから現れた別の自分たちが何者なのか、すぐに理解した。自分を含め、全員ともあの戦い――偽者の自分自身との初戦で敗北し、『町』を捨てて撤退を余儀なくされたレイン・シュドーたちである、と。やはり他の自分たちも、魔王によってこの地下空間へと転送された直後に意識を失い、その後はずっと眠りに就いていたようである。
だが、次第に彼女たちの意識は、延々と広がる廊下ではなく、その中央から吹き抜けになった遥か下へと向かれた。今までに無い、一切明るさも楽しさも感じないようなざわつきが起きていたからである。どんな状況にあるのか容易に想像できたレインたちだが、同時に恐れも再び生まれてしまった。本当にそのような状態を見ても良いのだろうか、と。だが、すぐに彼女たちはその心をぬぐい捨てた。その理由はたった1つ、この場にいるのは1人を除いて、皆本物のレイン・シュドーしかいない事である。すなわち――。
「……あ、レイン……」レイン……」レイン……」レイン……」レイン……」レイン……」レイン……」レイン……」レイン……」レイン……」レイン……」レイン……」レイン……」レイン……」レイン……」レイン……」レイン……」レイン……」レイン……」レイン……」レイン……」レイン……」レイン……」レイン……」レイン……」レイン……」レイン……」レイン……」レイン……」レイン……」レイン……」レイン……」レイン……」レイン……」レイン……」レイン……」レイン……」レイン……」レイン……」レイン……」レイン……」レイン……」レイン……」レイン……」レイン……」レイン……」レイン……」レイン……」レイン……」レイン……」レイン……」レイン……」レイン……」レイン……」レイン……」レイン……」レイン……」レイン……」レイン……」…
――敗北を重ね続け、心や体の痛みから必死に耐えている存在もまた、自分自身である、と言う訳だ。
予想したとおり、広い地下空間の床を埋め尽くしていたのは、何も出来ないまま静かに床や壁に身を委ねる、レイン・シュドーの大群だった。全員ともその体に外傷は無く、純白のビキニ衣装を支える紐や1つに結った長髪、そして衣装から大胆に谷間をのぞかせる胸は、普段どおりの美しさを保っていた。だが、その健康的な肌の内側には、彼女たちから立ち上がる気力を失わせるほどの慢性的な痛みが続いていた。これこそが、偽者のレイン・シュドー――ゴンノーが『ダミーレイン』と呼ぶ存在による攻撃の跡であった。
上空から舞い降りたレインたちは、動けないレインたちに大丈夫か、と心配する声をかけようとしたが、口から出す寸前にそれを言うのを止めた。そのような言葉で自分の気持ちを表そうとしても、所詮それは心配する自分を持ち上げるための自己満足に過ぎない。体の中に続く痛みに加え、『敗北』と言う現実が突き刺さった事による心の痛みは、そのような言葉で取れるわけは無いのだから。しかし、静かに立つレインの傍に向けて動き出したのは、意外にも横たわっていたレインたち本人だった。
「「「「「だ、大丈夫なの、レイン!?」」」」」
押し留めていたはずの言葉をつい口に出してしまい、唖然とする彼女たちだが、同じ自分同士だから気にしないで欲しい、とレインたちは告げた。だがその代わり、ここまでの状況を彼女たち――別の自分自身も理解して欲しい、と言った。互いに同じ記憶を共有する事で、眠りに就いている間に起きた出来事を把握してもらおうと動き出していたのだ。
一瞬躊躇してしまった彼女たちだが、受け入れるしかないと言う事実を考え、覚悟を決めた。
「分かった……」でもそのまま楽にしていて」痛みを少しでも鎮めるようにするから」
「うん……」ありがとう……」ありがとう……」ありがとう……」ありがとう……」ありがとう……」ありがとう……」ありがとう……」ありがとう……」ありがとう……」ありがとう……」ありがとう……」ありがとう……」ありがとう……」ありがとう……」ありがとう……」ありがとう……」ありがとう……」ありがとう……」ありがとう……」ありがとう……」ありがとう……」ありがとう……」ありがとう……」ありがとう……」ありがとう……」ありがとう……」ありがとう……」ありがとう……」ありがとう……」ありがとう……」ありがとう……」ありがとう……」ありがとう……」ありがとう……」ありがとう……」ありがとう……」ありがとう……」ありがとう……」ありがとう……」ありがとう……」ありがとう……」ありがとう……」ありがとう……」ありがとう……」ありがとう……」ありがとう……」ありがとう……」ありがとう……」ありがとう……」ありがとう……」ありがとう……」ありがとう……」ありがとう……」ありがとう……」…
そして、周りで横たわる自分たちの額にそっと指を触れたレインたちは、そこから漆黒のオーラをそっと流し込み彼女たちの痛みを和らげると同時に、彼女たちが今に至るまでの記憶を受け取った。だがその直後、全く同じ体験を心に刻む事になったレインたちは、一斉に悲しそうな顔をしながら、近くの床に座り込んだ。まるで体の力と共に希望まで抜けきってしまったかのように。
この場所で倒れていたレインたちが立ち上がれない理由は、体以上に心の痛みの方が大きかった。
あのダミーたちを止める手段が一切無いまま、レイン・シュドーは敗北を重ね続けていたのである……。
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