トーリスとダミー

 軍師ゴンノーと勇者トーリス・キルメンが準備を進めていた最強の戦力――ビキニ衣装の女勇者レイン・シュドーと全く同じ姿形、そして彼女を上回る力を持つレイン・シュドーの力により、人間たちはついに魔物に対して勝利を収める事が出来た。勇者たちでも太刀打ちできなかった恐ろしい脅威に対し、人間たちは最強の切り札を手に入れたのである。しかも、何千何万、いや何億もの数で。


 そして今日も、新たなレイン・シュドーこと『ダミーレイン』は、魔物に支配されていた町を奪還する事に成功していた。ゴンノーやトーリスの指示の元、あっという間に魔物たちを蹴散らし、人間たちの住む場所を取り戻したのである。だが、半球状の漆黒のドームが消えた中に広がっていたのは、全く同じ建物が並び続けるという、人間たちにとっては不気味な光景であった。


「……これはこれは……」

『ある意味壮観な光景ですよねぇ』

 

 レンガ造りの建物が数限りなく続く変わり果てた町に初めて入り込んだトーリスは、その様子に驚きを隠せなかった。

 一体何故町をこのような状態にしてしまったのか、トーリスには分からなかった。だが、ゴンノーも含め彼らはある程度ここまで至った真実を把握していた。各地の町を支配していたのは魔物ではなく、魔王の軍門に下ったかつての女勇者レイン・シュドー本人であるという事を。だが、既にこの場所にそのような邪悪な心を持つ女勇者の姿は無かった。代わりに町のいたる所を埋め尽くしていたのは――。


『ゴンノー様、トーリス様』

『作業を始めてもよろしいですか?』


 ――彼ら2人に対し、絶対的な服従を誓う、ダミーのレイン・シュドーの大群だった。


 彼女たちに託された任務は、ただ魔物――いや、魔王の手下に成り下がったレインを駆逐し、彼女に占拠された町や村を奪還するだけではなかった。彼女たちによって変貌させられた町を元の姿に戻し、人間たちが暮らしていた状態にするという事も、創られた時から心に刻み込まれていた使命なのである。

 そして、2人の許可が下りたダミーレインは一斉に行動を開始した。あらゆる道を覆いつくしながら両手を各地の建物に向け、掌から煌びやかなオーラ――世界の人たちが『魔術』と呼ぶものの根源を出したのである。次々に放たれたオーラは、全く同一の物に作り変えられてしまった建物を覆い、やがて町の至る所は眩い光に満ちていった。それを見計らったかのように、ダミーレインたちが一斉に叫んだ。


『はあっ!』はあっ!』はあっ!』はあっ!』はあっ!』はあっ!』はあっ!』はあっ!』はあっ!』はあっ!』はあっ!』はあっ!』はあっ!』はあっ!』はあっ!』はあっ!』はあっ!』はあっ!』はあっ!』はあっ!』はあっ!』はあっ!』はあっ!』はあっ!』はあっ!』はあっ!』はあっ!』はあっ!』はあっ!』はあっ!』はあっ!』はあっ!』はあっ!』はあっ!』はあっ!』はあっ!』はあっ!』はあっ!』はあっ!』はあっ!』はあっ!』はあっ!』はあっ!』はあっ!』はあっ!』はあっ!』はあっ!』はあっ!』はあっ!』はあっ!』はあっ!』はあっ!』はあっ!』はあっ!』はあっ!』はあっ!』はあっ!』はあっ!』はあっ!』はあっ!』…


 それに合わせて光が消えた時、中から現れたのは、まさに人間が済むにふさわしい建物の数々だった。どれも古ぼけて形も不揃い、今にも崩れ落ちそうな倉庫や屋根の一部が修理されていない家も含まれていたが、これこそ魔物――レイン・シュドーによって占拠される前の『町』そのものだったのである。

 あまりにも鮮やかなお手並みに、まるで宴会で見る手品のようだ、とトーリスは心の中で呟いた。それに対してゴンノーは、確かに似たようなものかもしれない、と直接声で返答した。だが違うのは、手品はあくまで人間の常識の中で種や仕掛けを構築するものであり、彼女たちが駆使する『魔術』の力は多くの人間の常識を超えたものであると言う事である。


「なるほど……それもそうか」

『それにしても……本当に良いのですかねぇ、このような事をして』

「良いんだよ、望んでいる代表者がいるんだから」


 どれだけダミーレインの実力が圧倒的で、人間の常識を越えた力を有していたとしても、可能なのは建物や道、山、川など生き物ではない存在を元に戻す事だけ。魔物に占拠され、行方知らずとなった人々を元に戻すことは非常に難しいだろう――ゴンノーやトーリスがそう忠告してもなお、魔物から奪還した町や村を元の姿に戻して欲しい、と願う代表者は多かった。一部の代表者の知り合いや肉親が司っていた思い出の場所である、と言う事情もあったが、彼らにとっての魔物は即刻排除すべき邪悪なる存在であり、魔物に負けたという痕跡は消し去るべきだ、と言う考えが強かったのが一番の理由であった。例え元の住民が戻らなくとも、各地から引っ越させば問題は無いだろう、とも考えていたのだ。


 とは言え、場所によっては各地の町や村から人々が移住するまでに時間がかかるかもしれない。そこで代表者たちは、トーリスやゴンノーにあるお願いをしていた。万が一の事を考え、ダミーレインたちに『留守番』をさせて欲しい、と。勿論、勇者や軍師も全く同じ考えだった。町や村の見栄えや建物の維持管理だけではなく、そこの治安を守るためにも、ダミーレインの存在は不可欠だったからである。

 そして、その考えは見事に的中した。突如、ゴンノーやトーリスの耳に、爆発するような音が響いたのだ。一体何があったのか、この目で確かめたいと言うトーリスの願いに応え、ゴンノーは彼を引き連れてその場へすぐさま移動した。そして彼らが見たものは――。


「うわ……」

『ほう、これは……』


 ――純白のビキニ衣装から覗く胸を突きつける何十人ものダミーレインに取りかこまれた、『魔物』の残骸だった。つい先程、突然町の中に3体の魔物――魔王に従うレイン・シュドーではなく、仮初の命を持って暴れる本物の魔物が現れた、と新たなダミーレインはトーリスやゴンノーに報告した。


『すぐにこちらのレインたちによって殲滅されました。それ以外に異常は無い模様です』

『なるほどなるほど……』

「それはご苦労様♪」


 呆気なく町の平和を守ったダミーレインを下に見るかのように、トーリスは労いの言葉をかけた。そして軍師ゴンノーも、魔物に対して一切の憐れみの念を出さず、同じような反応を見せた。所詮この魔物は魔王が繰り出した存在、今の自分とは完全に敵対関係にあるからだ、とゴンノーはその理由を説明した。

 

「そうだよね……ゴンノー、君は幸福だよ。元は魔物なのに、うまく取り入って人間の味方になれたんだから」

『ありがとうございます、トーリス殿』


 この町を埋め尽くし、新たな住民がやってくるまで留守を託された何万人ものダミーレインたちがいれば、この町の治安は完全に守られるだろう、とトーリスは思った。彼女たちを従える自分の地位もまたより強固なものとなり、贅沢喝優雅な暮らしを続けられるに違いない、と。

 そして彼は、心の中で「本物」のレイン・シュドーを嘲り笑った。意味の分からない信念に踊らされた挙句自分を見失い、魔王に付き従った結果、無残な敗北を喫し続ける事になった、かつてのリーダーに。彼女の悔しそうな顔や、屈辱に打ちひしがれた姿を妄想する度、トーリスは笑みを隠しきれなかったのである。今や、彼は完全にレイン・シュドーを下に見ていたのだ。


『トーリス殿……そろそろ戻りますよ』


 そんな彼を現実に戻すかのように、ゴンノーはそろそろもとの場所――世界一大きな町にある、勇者たちの住む部屋へ帰ることを告げた。


「あ、ごめんごめん……それじゃ『レイン』、留守番頼んだよ♪」


『了解しました』了解しました』了解しました』了解しました』了解しました』了解しました』了解しました』了解しました』了解しました』了解しました』了解しました』了解しました』了解しました』了解しました』了解しました』了解しました』了解しました』了解しました』了解しました』了解しました』了解しました』了解しました』了解しました』了解しました』了解しました』了解しました』了解しました』了解しました』了解しました』了解しました』了解しました』了解しました』了解しました』了解しました』了解しました』了解しました』了解しました』了解しました』了解しました』了解しました』了解しました』了解しました』了解しました』了解しました』了解しました』了解しました』了解しました』了解しました』了解しました』了解しました』了解しました』了解しました』了解しました』了解しました』了解しました』了解しました』了解しました』了解しました』了解しました』…


 純白のビキニ衣装のまま、真剣な表情で一斉に挨拶をするダミーレインの姿を見届けながら、トーリスはゴンノーに連れられてこの町を後にした。

 そして、日常を過ごす元の場所に戻ってきた彼らを待っていたのもまた――。


『お帰りなさいませ、ゴンノー様』お帰りなさいませ、トーリス様』お帰りなさいませ、ゴンノー様』お帰りなさいませ、トーリス様』お帰りなさいませ、ゴンノー様』お帰りなさいませ、トーリス様』お帰りなさいませ、ゴンノー様』お帰りなさいませ、トーリス様』お帰りなさいませ、ゴンノー様』お帰りなさいませ、トーリス様』お帰りなさいませ、ゴンノー様』お帰りなさいませ、トーリス様』お帰りなさいませ、ゴンノー様』お帰りなさいませ、トーリス様』お帰りなさいませ、ゴンノー様』お帰りなさいませ、トーリス様』お帰りなさいませ、ゴンノー様』お帰りなさいませ、トーリス様』お帰りなさいませ、ゴンノー様』お帰りなさいませ、トーリス様』お帰りなさいませ、ゴンノー様』お帰りなさいませ、トーリス様』お帰りなさいませ、ゴンノー様』お帰りなさいませ、トーリス様』お帰りなさいませ、ゴンノー様』お帰りなさいませ、トーリス様』お帰りなさいませ、ゴンノー様』お帰りなさいませ、トーリス様』…


 ――純白のビキニ衣装のみに身を包み、大きな胸を揺らしながら出迎えの挨拶をしながら部屋の四方を埋め尽くす、何十人ものダミーレインたちであった……。

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