「レイン」対レイン

 レイン・シュドーは、かつてない危機と衝撃を迎えていた。

 至る場所で脇腹に走る痛みに耐えながらも必死に立ち上がろうとしていたレインたちは、愕然とした表情で目の前にいる存在を見つめていた。その衝撃は、彼女たちの心からしばらく思考判断の概念を奪い、動きを固まらせてしまうほどであった。当然だろう、世界で最も美しく清らかで、そして世界に平和をもたらす唯一の存在だと信じきっていた存在と全く同じ姿形をした美女たちが、自分たちに対して牙を向いて来たのだから。


「「「「「「「……そ、そんな……」」」」」」」」

『『『『『『『……これが現実よ、レイン・シュドー』』』』』』』


 そう言いながら、数万人のレインたちに向けて、全く同じ数の『レイン』が、剣を静かに向けた。


 目の前の自分が、回りにいる「味方」の自分とはまったく別の存在であるという事を、既にレインたちは認識済みだった。確かにその髪型や体格、剣の形、さらには爪の長さに至るまで、自分自身と敵対していた存在は自分たちと全く同じ姿をしており、服装もまた足や肩周りなどを除けば純白のビキニ衣装のみで、そのたわわな胸や引き締まった滑らかな腰つきは健康的な肌と共に大胆に露出している。見た目だけなら、どちらも全く同じで一切の区別が出来ないだろう。

 だが、目の前にいる自分――魔物軍師ゴンノーが引き連れてきた、人間側の戦力となるであろう『レイン・シュドー』には、レインたちが持つはずの漆黒のオーラも、人間たちのような空気も、そして魔物を浄化する「光のオーラ」も纏っていなかった。人形のようにレインたちを模倣している、まさに『ダミーレイン』と呼んでも良い存在だったのである。


「「「「「「「……くっ……に、偽者……」」」」」」」」

『『『『『『『それを言うなら、貴方達のほうが『偽者』ね』』』』』』』


 そんなダミーの大群は、大ダメージを負ったレインたちを見つめながら、冷たい言葉を容赦なく投げ続けた。世界を救い、人々のために戦うという勇者の心を捨てた以上、最早レインは『偽者』のレインに等しい存在だ、と。外見こそ健康的な肌に一切傷を負っていなかったが、それ以上に彼女の体の内部に走る痛みや心への刺し傷はさらに増していった。人間たちにそういった言葉を投げられても何にも感じなかった彼女たちだが、自分を模した悪質な偽者に言われれば、その悲しみや怒りは抑え切れないものがあったのである。

 さらに追い討ちをかけるかのように、上空に浮かぶゴンノーはさらにその言葉を補強し、レインたちの心を抉り続けた。


『魔王を倒し、世界に平和を導く。「私」たちのレインたちは、しっかりと初心を貫いていますよぉ♪』


 魔王の力の前に屈服し、ただ闇雲に従うだけの貴方とは全く違う、最高のレインたちだ――その言葉を聞いた瞬間、レインたちの怒りはあっという間に最高潮に達した。そして、剣を振りかざそうとしたダミーレインたちを睨みつけると同時に――。


「「「「「「「ふんっ!!」」」」」」」

『『『『『『『……!!』』』』』』』


 ――新たに創り出した自分を使ってダミーの体を羽交い絞めにした。未だに痛みがとれず、立ち上がることが出来ないレインたちとは異なり、新たに創られた彼女は一切の傷を負っておらず、いつでも戦いに望めるような状況だったのだ。

 自分と全く同じ健康的な肌の感触や温もりがダミーからも感じられる事が、レインたちの怒りをさらに強めた。このような存在を創り出すなんて絶対に許さない、と言いながら、彼女たちは一斉に片手を外し、そのまま目の前のダミーの体を剣で貫こうとした。 相手が偽者と分かっているからこそ、より率直に相手を滅ぼすという感情が湧いていたのである。そして、至近距離ならば反撃は出来ない、と言う考えもあった。


 だが、それは甘かった。レインの頭の中は「目の前の」ダミーレインを倒すことで精一杯であり、目の前の偽者がゴンノーによって『レインの力』を宿している、と言う事実が抜けていたのだ。

 レインが出来る事はこの偽者も出来る、と言う訳であり――。


「「「「「「「……!!」」」」」」」

『『『『『『『……ふんっ』』』』』』』


 ――レインの背後に自分自身とは別の新たなダミーレインを創りだし、先程の「光のオーラ」を使って背中に凄まじい痛みを走らせることも可能と言う事である。命が奪われる寸前だった事もあってか、今回の痛みは相当強烈だったようで、ほんの一撃で新たに現れたレインは意識を失い、何も出来ないままその場に倒れ込んでしまった。

 あっという間に戦線離脱してしまった自分を見て驚愕するレイン・シュドーの周りで、悪夢はさらに続いた。2人の彼女の前に立ったダミーレインは、冷たい視線を崩さないまま次々に数を増やし始めたのである。彼女を取り囲む建物の窓、幾人もの彼女が倒れ込む屋根の上、そして恐怖のあまり顔が青ざめたままの彼女の道の両側、ありとあらゆる場所から、一切のオーラを感じさせない純白のビキニ衣装のみを纏う美女たちが次々に創られていったのである。


『どうですかぁ?あぁ、なんと良い光景でしょう♪』


 確かに、これが「本物」のレインなら、ありとあらゆる場所が美しいビキニ衣装の美女で包まれるという、ゴンノーが述べた言葉通りの最高の光景だったに違いない。だが、今回増え続けているのは、レインの姿を模した偽者である。彼女たちにとって、まさにそれは自分の尊厳や名誉、そして心を犯す最悪の光景であった。

 そして、ゴンノーに促されながら空を見上げたレインたちは、自分たちに反撃の手段は残されていないという現実を突きつけられた。漆黒のドームに包まれた空は青空ではなく――。



『これで終わりよ』これで終わりよ』これで終わりよ』これで終わりよ』これで終わりよ』これで終わりよ』これで終わりよ』これで終わりよ』これで終わりよ』これで終わりよ』これで終わりよ』これで終わりよ』これで終わりよ』これで終わりよ』これで終わりよ』これで終わりよ』これで終わりよ』これで終わりよ』これで終わりよ』これで終わりよ』これで終わりよ』これで終わりよ』これで終わりよ』これで終わりよ』これで終わりよ』これで終わりよ』これで終わりよ』これで終わりよ』これで終わりよ』これで終わりよ』これで終わりよ』これで終わりよ』これで終わりよ』これで終わりよ』これで終わりよ』これで終わりよ』これで終わりよ』これで終わりよ』これで終わりよ』これで終わりよ』これで終わりよ』これで終わりよ』これで終わりよ』これで終わりよ』これで終わりよ』これで終わりよ』これで終わりよ』これで終わりよ』これで終わりよ』これで終わりよ』これで終わりよ』これで終わりよ』これで終わりよ』これで終わりよ』これで終わりよ』これで終わりよ』これで終わりよ』これで終わりよ』これで終わりよ』これで終わりよ』これで終わりよ』これで終わりよ』これで終わりよ』これで終わりよ』これで終わりよ』これで終わりよ』これで終わりよ』これで終わりよ』これで終わりよ』これで終わりよ』これで終わりよ』これで終わりよ』これで終わりよ』これで終わりよ』…



 ――何万、いや何億人ものダミーレインたちが密集し、健康的な肌や純白のビキニ衣装によって何重にも覆い尽くす空間に変貌していたのだ。

 そしてゴンノーが右腕を上げ、攻撃開始の合図を送った瞬間、全てのダミーレインは、町の中にいる『本物』のレイン目掛けて漆黒のオーラや光のオーラ――相手を殲滅するための一斉攻撃を放ち始めた。


 そこから先は、まさにレイン・シュドーにとっての地獄絵図であった。


「きゃあああっ!!」ああああぁっ!!」きゃあああっ!!」ああああぁっ!!」きゃあああっ!!」ああああぁっ!!」きゃあああっ!!」ああああぁっ!!」きゃあああっ!!」ああああぁっ!!」きゃあああっ!!」ああああぁっ!!」きゃあああっ!!」ああああぁっ!!」きゃあああっ!!」ああああぁっ!!」きゃあああっ!!」ああああぁっ!!」きゃあああっ!!」ああああぁっ!!」きゃあああっ!!」ああああぁっ!!」きゃあああっ!!」ああああぁっ!!」きゃあああっ!!」ああああぁっ!!」きゃあああっ!!」ああああぁっ!!」きゃあああっ!!」ああああぁっ!!」きゃあああっ!!」ああああぁっ!!」きゃあああっ!!」ああああぁっ!!」きゃあああっ!!」ああああぁっ!!」…


 どこへ逃げても、いくら新たな自分を創りだしても、ダミーレインを倒すどころか、その攻撃を必死に避ける事だけで精一杯だった。ありとあらゆる場所を一瞬で覆い尽くし、次々に攻撃を繰り出すダミーの大群たちに、レインはなす術がなかったのである。しかも彼女たちには、あの光のオーラへの抵抗手段を一切持ち合わせていなかった。ただ必死に避けたり、瞬間移動で別の場所に逃げるしかそれに当たらない手段は無く、少しでも掠めれば全身が抉り取られるような痛みに襲われ、身動きすら取れなくなってしまうのである。

 やがてダミーレインたちもそれを察したのか、攻撃手段を『光のオーラ』に絞り始めた。彼女たちは無表情のまま、世界を破滅に導こうとする自分と同じ姿形の美女を殲滅すべく、四方八方から容赦ない攻撃を続けたのである。


『消えなさい、偽者のレイン』消えなさい、偽者のレイン』消えなさい、偽者のレイン』消えなさい、偽者のレイン』消えなさい、偽者のレイン』消えなさい、偽者のレイン』消えなさい、偽者のレイン』消えなさい、偽者のレイン』消えなさい、偽者のレイン』消えなさい、偽者のレイン』消えなさい、偽者のレイン』消えなさい、偽者のレイン』消えなさい、偽者のレイン』消えなさい、偽者のレイン』消えなさい、偽者のレイン』消えなさい、偽者のレイン』消えなさい、偽者のレイン』消えなさい、偽者のレイン』消えなさい、偽者のレイン』消えなさい、偽者のレイン』消えなさい、偽者のレイン』消えなさい、偽者のレイン』消えなさい、偽者のレイン』消えなさい、偽者のレイン』消えなさい、偽者のレイン』消えなさい、偽者のレイン』消えなさい、偽者のレイン』消えなさい、偽者のレイン』消えなさい、偽者のレイン』消えなさい、偽者のレイン』消えなさい、偽者のレイン』消えなさい、偽者のレイン』消えなさい、偽者のレイン』消えなさい、偽者のレイン』消えなさい、偽者のレイン』消えなさい、偽者のレイン』消えなさい、偽者のレイン』消えなさい、偽者のレイン』消えなさい、偽者のレイン』消えなさい、偽者のレイン』消えなさい、偽者のレイン』消えなさい、偽者のレイン』消えなさい、偽者のレイン』消えなさい、偽者のレイン』…


「だ……」「誰が……」「に、偽者なんかの……」「言う事なんて……!」


 今のレインたちに出来るのは、逃げ惑う事と相手の言葉に必死に抵抗する事だけだった。上空で満面の笑みを浮かべるゴンノー、その周りを取り囲む何億人ものダミーレインを前に、最早彼女は無力に等しかった。

 そして、次第に追い詰められたレインたちは、一箇所に固まり始めた。いや、大量のダミーレインたちにけしかけるかのように、町の中央に集まらざるを得なかったのである。数十万人と言う数に増えながらも、彼女たちはただ痛みに耐えて動くだけで精一杯の状況であった。彼女をまるで哀れむような目で見つめる、数億人、いやそれ以上にいるかもしれない自分と同じ姿をしたダミーたちの『数の暴力』の前に、彼女は屈しかけていた。

 

 ところが、次の瞬間――。


『……戻れ、今すぐにだ』

「「「「「「「……!!」」」」」」」  


 ――心の中に突然魔王の言葉が聞こえたかと思った瞬間、レインたちの周りの光景は一瞬で変わった。

 先程の悪夢のような光景から、ずっと見慣れていた光景――レイン・シュドーが現在の立場になる大きなきっかけとなった、世界の果てにある地下の本拠地へと、瞬間移動させられたのである。無数の彼女たちを従える魔王によって、緊急避難させられたのは明白であった。

 だが、レインはその事実を確かめる事以外、何も出来なかった。


「「「「「「「ま、まお……う……」」」」」」」」


 無表情の銀色の仮面のままじっと立つ魔王、空間が歪められ果てしなく広がっている巨大な空間、そしてそれを埋め尽くすかのように倒れ込む、何万何億、いや何兆にも及ぶかもしれない『本物』のレイン・シュドー――これらの光景を目に入れた直後、敗北者たちは静かに意識を失った。


 その日、魔王とレイン・シュドーは同時に3箇所の『町』を失った……。

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