「戦力」対レイン

 世界に真の平和をもたらすため、日々人間たちの場所を征服し続けていたレイン・シュドー。

 だが、彼女たちは今、謎の相手を前に苦戦を強いられていた。その様子を、世界中の代表者たちや、彼女を裏切った憎きトーリスたちから監視されている事も知らずに。


「くっ……!」くっ……!」くっ……!」くっ……!」くっ……!」くっ……!」くっ……!」くっ……!」くっ……!」くっ……!」くっ……!」くっ……!」くっ……!」くっ……!」くっ……!」くっ……!」くっ……!」くっ……!」くっ……!」くっ……!」くっ……!」くっ……!」くっ……!」くっ……!」くっ……!」くっ……!」くっ……!」くっ……!」くっ……!」くっ……!」くっ……!」くっ……!」くっ……!」くっ……!」くっ……!」くっ……!」くっ……!」くっ……!」くっ……!」くっ……!」くっ……!」くっ……!」くっ……!」くっ……!」…


 人間のような清濁入り混じった愚かな感触でもなければ、漆黒のオーラをにじませる魔物でもない。ましてや純粋なほど暖かい光のオーラに包まれている訳もない。全身に茶色の布を纏い、体は勿論顔も黒い影で一切見えないその相手の姿を、レインはある意味純粋な存在である『魔王』に重ねていた。

 だが、似ているのはその外見だけである事を、ここまでの戦いの中で彼女たちは嫌と言うほど認識しきっていた。以前魔王によって倒されたはずの存在――魔王を裏切ったという上級魔物・ゴンノーと共に突然自分たちの『町』に侵入し、レイン・シュドーを消し去ろうとしていることから見ても明らかだろう。


『おやおや、もう息切れですかぁ?ふふふふ……♪』


 純白のビキニ衣装から大胆に露出し続けるレインの体は、大量の汗と熱気に包まれていた。何度剣を振りかざしても、何度魔術の力で相手の隙を狙っても、相手はそれを知っているかのように動き、自分たちの攻撃を一切寄せ付けないのである。そんな戦いを上空から余裕の表情で見つめるゴンノーは、トカゲのように裂けた口から挑発めいた言葉をレインたちに投げつけた。以前戦った時よりも実力が落ちているのではないか、と笑い混じりで。


 確かに、以前の戦い――初めてゴンノーと遭遇し、必死に立ち向かったあの時はまだその魔物の真意が分からず、レインはその口車に乗せられかけてしまった。頭に血が上り、怒りに任せかけてしまったのである。だが今回は違った。


「「「……そうね、ゴンノー」確かに『最強の戦力』ってのは」間違いないわ……」


 気持ち悪い言動への苛立ちを必死に抑えながら、彼女たちはゴンノーの言葉を敢えて褒め称えた。勿論本心からではなく、この最強の女剣士と「互角」の腕前しか持たないことへの皮肉も込められていた。そして、言葉の矢をゴンノーに放った隙に、レインたちは目の前にいる敵の弱点を見抜かんと考えを急いで巡らせた。


 魔王に倒されたかと思われたゴンノーと共に現れた、『最強の戦力』と称するこの存在は、確かにここまでレインたちの攻撃を何度も払いのけ、一切の傷も負うことが無かった。だが、逆にレインたちの方も、『戦力』が武器として所有していた剣の動きを読んで自らの剣で防ぎ続けていた。魔術の方も、『戦力』の動きを読んだレインが何度も無効化し続けていたのである。その証拠に、汗だくのレインの体には、目の前の布を被った相手同様一切の傷も無かった。

 文字通り、この戦力はレインとほぼ互角の力、互角の判断力を持つという事である。


 だがそれを言い変えれば、レイン・シュドー自身が思いもよらない攻撃を放てば――。


「「「「「はあっ!!」」」」」


 ――その事に気づいたレインたちは、体制を整えた直後、一斉に目の前の相手目掛けて飛び込んだ。レインと同じ数だけ存在する相手もまた、彼女とほぼ同じタイミングで動き始めた。

 だが、ほぼ同時に剣を構え、脇腹を狙って振りかざそうとした瞬間、レインは突然自らの手から剣を放した。落としたのではない、自らの意志で大事な武器である剣を、相手目掛けて投げ飛ばしたのだ。剣を武器にする彼女にとって、そのような攻撃は常識に反するものであったが、だからこそそれを敢えてここで実行したのである。


 その発想を実行するにあたっての勝算は十分にあった。以前襲ってきた時、ゴンノーは『レイン・シュドーの力』が欲しいとはっきり告げていたからである。もしあの時『力』だけが奪われていたとしたら、このような突拍子も無い方法を考えるという判断力まで、目の前の『戦力』とやらには宿っていないだろう、と考えたのである。

 結果として、見事にその考えは当たった。相手の剣が大胆に露出したレインの肌に傷を負わせることが無かった一方、投げ槍のように飛んだレインの剣は相手の布の一部を破り捨てたのである。自体を察知した相手が寸前で避けたために完全に傷を与えることは出来なかったが、それでも相手の正体を見抜くための手がかりは十分に得る事が出来た。


 だが、裂けた布から覗く中身を見たレインたちは驚いた。


「「「……!」」」

 

 今まで倒してきたり利用したり生み出したりしていた幾多もの魔物やトカゲ頭のゴンノーとは全く違う、『人間』のような素肌だったからである。少なくとも、目の前にいる存在は下半身が人間と同じ姿をしているのは間違いなかった。



「「「「……なるほど……『人間』の姿を真似したのね」」」」


 その言葉に、布に傷を負わされた相手は何も答えないまま静かに立ち上がった。そして一切反撃をしないまま、レイン1人1人を前にじっと立ち続けた。


『ふふふっ、その通りですよぉ♪レイン・シュドー♪』


 そして、レインの問いに答えたのは、上空にいるゴンノーであった。

 耳障りな声の主を蹴落としたい気持ちでいっぱいだったレインだが、そのような事をすれば目の前にいる謎の『戦力』が動き、またもや戦いになってしまうのは目に見えていた。だが、少しだけ彼女に勇気と勝算が湧いてきた。相手の正体が自分と同じ、もしくは自分よりも劣る『人間』であるとしたら、勝ち目は十分にある、と前向きに考えたのだ。そして今度はレインたちから一斉に、ゴンノー目掛けて罵倒を飛ばした。レイン・シュドーの考える事しか実行できない『戦力』なら、すぐに倒されても仕方ない、と。


「「「「貴方は真似事が本当に好きね、ゴンノー」」」」

「「「「私に化けて、しょうもない分身技を見せて、挙句私の力の劣化品を出して……」」」」


「「「「「「「「でも、今回は絶対貴方を逃がさない」」」」」」」」」


 これ以上しつこく模倣を繰り返されるのを黙って見過ごす事はできない――そうレインが力強く宣言した直後だった。



 突如ゴンノーが、今までに見せた事の無い高笑いをした後、レインたちを罵るような大声を上げたのだ。


『よく言えますねぇぇ、レイン・シュドー!貴方たちも、所詮魔王が増やした模倣品でしょうに!!』


 確かに、レインの心には絶対に勝てる、と言う思いがあった。だが裏を返せば、その思いは相手がどんな事をやってこようと自分は無敵だ、と言う「油断」そのものであった。いくら鍛錬を積もうが、それはあくまで自分たちが今まで経験してきた事だけであり、相手から受けたことが無い手段への対策など行えるはずが無かったのだ。今回のように、自分たちが魔王に増やされたことを、憎たらしい口調で突き刺すように告げられるような事例も、まさにその1つだった。


 ゴンノーの言葉に一瞬動揺した彼女たちは、その大声こそが、相手の持つ攻撃――レイン・シュドー自身が思いもよらない攻撃そのものを放つ合図であった事を予知できなかったのだ。


 気づいたときには、既にレインの目の前の相手の掌に、漆黒のオーラと真逆の、『光り輝くオーラ』の塊が生まれていた。

 その清らかな光に気づいた時には、既に遅かった。


「きゃああああ!!」きゃああああ!!」きゃああああ!!」きゃああああ!!」きゃああああ!!」きゃああああ!!」きゃああああ!!」きゃああああ!!」きゃああああ!!」きゃああああ!!」きゃああああ!!」きゃああああ!!」きゃああああ!!」きゃああああ!!」きゃああああ!!」きゃああああ!!」きゃああああ!!」きゃああああ!!」きゃああああ!!」きゃああああ!!」きゃああああ!!」きゃああああ!!」きゃああああ!!」きゃああああ!!」きゃああああ!!」きゃああああ!!」きゃああああ!!」きゃああああ!!」きゃああああ!!」きゃああああ!!」きゃああああ!!」きゃああああ!!」きゃああああ!!」きゃああああ!!」きゃああああ!!」きゃああああ!!」…


 あっという間に、形勢は逆転した。先程レインたちが相手に攻撃した場所とほぼ同じ脇腹に、あの光るオーラの塊が投げつけられたのだ。だが、これまでとは全く異なり、レインたちはその攻撃を避け切れず、途轍もない激痛を与えられてしまった。脇腹がえぐられるような凄まじい痛みを受け、数万人のレインたちは町の至る所で倒れ込んでしまったのだ。

 だが、それでも彼女は必死に立ち上がろうとした。これしきの痛み、これまでの鍛錬で何度も味わってきた、ここで倒れるわけにはいかない、と。そんなビキニ衣装の美女たちを見下すように、あの『最強の戦力』たちが静かに近づいた。

 また攻撃される、と必死に身構えようとしたレインたちだが、相手が行ったのは直接的な危害を加えない全く別の行為――身に纏っていたフードを全て脱ぎ捨て、中身を晒すというものだった。だがそれは、強烈な一打をレイン・シュドーの心に与えるのには十分すぎるものだった。



『始めまして、レイン・シュドー』


 悪を睨むような瞳。

 背中で1つに結った長い黒髪。

 背中に背負う剣。

 細身だが引き締まった美しい体。

 大きく揺れ動くたわわな胸。 

 滑らかな腰つき。

 茶色の手袋やブーツ、肩のプロテクター。

 健康的な肌。


 そして、それらの一部のみを包み込む、純白のビキニ衣装。


『始めまして、レイン・シュドー』始めまして、レイン・シュドー』始めまして、レイン・シュドー』始めまして、レイン・シュドー』始めまして、レイン・シュドー』始めまして、レイン・シュドー』始めまして、レイン・シュドー』始めまして、レイン・シュドー』始めまして、レイン・シュドー』始めまして、レイン・シュドー』始めまして、レイン・シュドー』始めまして、レイン・シュドー』始めまして、レイン・シュドー』始めまして、レイン・シュドー』始めまして、レイン・シュドー』始めまして、レイン・シュドー』始めまして、レイン・シュドー』始めまして、レイン・シュドー』始めまして、レイン・シュドー』始めまして、レイン・シュドー』始めまして、レイン・シュドー』始めまして、レイン・シュドー』始めまして、レイン・シュドー』始めまして、レイン・シュドー』始めまして、レイン・シュドー』始めまして、レイン・シュドー』始めまして、レイン・シュドー』始めまして、レイン・シュドー』始めまして、レイン・シュドー』始めまして、レイン・シュドー』…


 何万人ものレイン・シュドーの前に立っていたのは、何万人もの『レイン・シュドー』そのものだったのである……。

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