人間たちの勝利
魔王による再度の侵略が始まってから、人間たちは日々その勢力を脅かされ続けてきた。どのような策を取ろうと魔物たち魔王の戦力はその先を行き、狙われた場所は必ずどす黒い巨大な半球状の壁に包まれ、二度と内部に入れなくなってしまった。そこに住んでいた人々の行方は言うまでもないだろう。
毎日耳に入る暗い噂に、人々は少しづつ希望を失い続け、やがて互いに争うと言う状況にまで至りかけていた。まさに滅び行く者が辿る末路と呼んでも良い有様だった。
だがこの日、ついに人間たちは『勇者』の力を借り、魔物たちへ勝利を収めた。
軍師ゴンノーに連れられ、魔物や魔王を倒す『最強の戦力』が待つ場所へやって来た各地の町や村の代表者たちは、ゴンノーが映し出した光景をじっと眺めていた。最強の戦力――レイン・シュドーと全く同じ姿形をした、純白のビキニ衣装に身を包んだ女剣士が、恐ろしい魔物を圧倒し、町を取り戻す光景を。
しかし、歓喜の声が湧くまでにはしばらくの時間を要した。何故なら――。
「……」……」……」れ、レイン……」レイン・シュドーが……」町中に……」
――彼らの目の前で、レインと同じ姿をした戦力『ダミーレイン』は、魔物に征服されていた町の建物の中、道、屋根、果ては空中まであらゆる場所を覆い尽くすまでに増殖していたからである。
全く同じ姿形をした人間なら、双子や三つ子などが存在するので十分常識の範囲内であるが、全く同じ姿形をした人間、しかも純白のビキニ衣装と言う非常に大胆かつ勇猛な姿をした美女が大量に『生産』され、そして自らさらに数を増やすと言う光景は、彼らの常識を超越する、信じがたいものだったのである。
さらに、代表者たちの背後に広がる空間には、まるでいつでも命令をするようせがむかのように、全く同じ姿形の『戦力』が何千何万もの数でずらりと並んでいた。どの存在も、1つに結った長い黒髪に健康的な色をした肌、たわわな胸に真っ白なビキニ衣装と言う、『勇者』レイン・シュドーと全く見分けが付かない外見をしていたのである。
四方八方、あらゆる場所は、魔王を倒したとされるビキニ衣装の『勇者』によって埋め尽くされていた。
「……こほん、えー、少々気合を入れすぎましたかねぇ……」
やがて、唖然とする代表者たちの前で、老婆の姿をしたゴンノーはこの状況の説明を始めた。既に多くの面々が想像している通り、ここにいるレイン・シュドーは『本物』のレインではなく、その姿や力、そして平和を守るという意志を受け継いだ、悪く言ってしまえばレイン・シュドーの偽者――『ダミーレイン』だ、と。
ただし、以前よりも魔物の力が遥かに強くなっていると言う事実を踏まえ、多くの能力を加えさせ、元のレインよりも遥かに強い存在となった、とゴンノーは説明を続けた。
「例えば、皆様が見て頂きました光景のように、状況に応じて『数』も自由に調節する事ができます」
「な、何でこんなに……」
「う、うじゃうじゃと……」
魔物を1匹残らず殲滅させるためだ、とトーリスも解説に加わった。そして彼は、レインたちには『過去の自分』が魔王を倒しそこなったという後悔も残っているため、魔王の配下である魔物を容赦なく倒す力を秘めている、と語った。勇者の心が残っているので、人間たちに危害を加えることは無い、と付け加えつつ。
その言葉通り、大量のレインによって埋め尽くされた町は、一切の瓦礫もひび割れも無く、元通りの姿を保ち続けていたのである。ただし、どの建物も全く同じと言う異様な空間は維持されたままだが。
「それに、心配している方も多いかもしれないですがちゃんと「1人」に戻る事も出来ますよ」
トーリスの言葉に応えるように、トーリスはしわまみれの指を鳴らした。
その音が響いた直後、この場所から遥か遠くにいるはずのレインたち――3つの壁に映し出された場所の彼女たちは一瞬で姿を消し、画面に一番近い場所に立つ1人だけになってしまった。その様子に、安堵の溜息を漏らす者もいた。
様々な不安が解消されたのか、次第に代表者たちは口々に様々な事を言い合い始めた。魔物よりも恐ろしい光景に見えた、と否定的な意見を持つ人もいたが、大半は素晴らしい、見事な戦力だ、これなら魔王を倒せるかもしれない、と言う褒め言葉だった。特に以前からレイン・シュドーを「神」のように祭り続けていた町や村の代表者たちには、再び涙を流して喜ぶ者もいるほどだった。彼らの目には、例えダミーだとしても彼女の活躍がまさに救世主の再臨のように見えたのかもしれない。
そして、早速ゴンノーとトーリスの近くに駆け寄り、すぐにこの最強の戦力を自分たちの町にも配備したい、とお願いする代表者が現れた。
「維持費や食費は関係ない!とにかくこの素晴らしい勇者を私の町にも!」
「いやいや俺のところにも是非!」
「あたしの村にも必要だわさ!!ステキなレインさまがいっぱいいるなんて~!」
鼻の下を伸ばす代表者が男女問わず存在していたのは気のせいだと片付けつつ、ゴンノーたちは興奮しまくる彼らを何とか抑えた。これからじっくりと会議や相談などを行いながら、このダミーレインを配備する数を決めていこう、と。
「勿論、数に上限はありません。もし困ったときがあれば、いくらでも送り込めますよ」
その時、代表者たちの中央でじっと何かを考えていた女性議長が、ゴンノーの元に歩み寄った。まさに最強の戦力にふさわしい布陣だと褒めながらも、1つの問いを投げかけた。ここまで凄まじい生産力を有し、さらに魔物をあっという間に殲滅できる能力を有するのなら、一気にその『戦力』を無数に送り込み、魔物を蹴散らせば良いのではないか、と。
核心を突かれたような質問に戸惑うトーリスを余所に、ゴンノーはすぐその答えを述べた。確かにそれも可能だが、もしそのような事をすれば魔王がどのような手で来るか分からない、と。凄まじい力で短期間のうちに片付けるのは簡単かもしれないが、その場合魔王がより大規模な反撃を仕掛け、最悪の場合戦力はおろか人間そのものが消え去る可能性があると言うのだ。
「少しづつ戦力を減らしていった方が、魔王側の戦力増強も防げると思われますねぇ」
「……それも一理あるが……」
「勿論、少しづつ強くしていきますよ。ご心配なく、あの『光のオーラ』は標準装備ですから♪」
「光のオーラ」が持つ魔物に対して非常に効果的な浄化能力は、女性議長も何度も目にしていた。いろいろと腑に落ちないところはあったが、こうやって魔物を蹴散らす実力を見せ付けた以上、『最強の戦力』たちを認めざるを得なかった。
「今後の議題は、このレイン――いや、ダミーレインに関する事柄が中心となろう」
「ありがとうございます、議長殿」
そして、代表者たちと共に元の会議場へ戻る前に、ゴンノーは皆に見せたいものがある、と告げた。
しわまみれの指を再び鳴らした瞬間、透明になった壁の外側でずっと立っていたダミーレインたちが一斉に動き出した。無表情のまま隊列を組み、一切乱れぬまま足並みを揃えて動き回り、そして再び同じ場所へ戻ってきた彼女たちは――。
『よろしくお願いします』よろしくお願いします』よろしくお願いします』よろしくお願いします』よろしくお願いします』よろしくお願いします』よろしくお願いします』よろしくお願いします』よろしくお願いします』よろしくお願いします』よろしくお願いします』よろしくお願いします』よろしくお願いします』よろしくお願いします』よろしくお願いします』よろしくお願いします』よろしくお願いします』よろしくお願いします』よろしくお願いします』よろしくお願いします』よろしくお願いします』よろしくお願いします』よろしくお願いします』よろしくお願いします』よろしくお願いします』よろしくお願いします』よろしくお願いします』よろしくお願いします』よろしくお願いします』よろしくお願いします』よろしくお願いします』よろしくお願いします』よろしくお願いします』よろしくお願いします』よろしくお願いします』よろしくお願いします』よろしくお願いします』よろしくお願いします』よろしくお願いします』よろしくお願いします』よろしくお願いします』よろしくお願いします』よろしくお願いします』よろしくお願いします』よろしくお願いします』よろしくお願いします』よろしくお願いします』よろしくお願いします』よろしくお願いします』よろしくお願いします』よろしくお願いします』よろしくお願いします』よろしくお願いします』よろしくお願いします』よろしくお願いします』よろしくお願いします』よろしくお願いします』よろしくお願いします』よろしくお願いします』よろしくお願いします』よろしくお願いします』よろしくお願いします』…
――同じ声を無数に重ね、空間のあらゆる場所に響かせた。
純白のビキニ衣装の美女が、全く同じ姿形でずらりと並ぶ光景は、恐怖を通り越して壮観さすら感じさせるものだった……。
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