ゴンノーの秘策

 恐ろしい魔物やそれらを支配する魔王を一網打尽にして、今度こそ世界に真の平和をもたらす事が出来ると言う『最強の戦力』――魔物軍師ゴンノーや勇者トーリスが何度もしつこく述べていた言葉が、ハッタリではなく真実に近い内容であるということを、各地から召集された町や村の代表者たちは認識させられていた。ゴンノーによって連れてこられた巨大な空間には、この日のために準備してきたかのような大量の『戦力』がずらりと並べられていたのだ。

 何百何千、いや下手すれば万、億単位にも及ぶであろう戦力たちは、白い壁に包まれた見学用の空間の周りでずらりと列を作って立ち続けていた。ゴンノーが触れたとおり、戦力たちはまるで命令を待つかのように揃って目を瞑っていた。その姿は、常識を超越したと言う恐怖を通り越して、美しさすら感じるほどだった。


「……こ、これが……」

「こんなにたくさん……」

「す、凄い……」


 ようやく目の前の状況を理解し始めた代表者たちの意見は様々だった。

 『戦力』を見て明らかに嫌そうな顔をする者、目を背けて反対側の壁を見つめようとする者、ただ笑うしかない者など拒絶反応を起こす代表者たちもいれば、逆に非常に嬉しそうな顔をする者、興奮が冷めやらぬ者、果ては感動のあまり涙を流す者もいた。そして、彼らをこの場に案内したトーリスとゴンノーの立場は後者に近いものだった。


「泣きたくなる気持ちは、まぁ一応理解できるね♪」

「ええ、彼らにとっては……♪」


 ただ、小声で密かに話す2人の感情は、代表者たちと共に歓喜し共に涙するというものではなく、様々な感情を沸き立たせる代表者の姿を下に見るようなものであった。両者とも、この『戦力』で地位や名誉や信頼を取り戻し、散々馬鹿にしていた彼らを屈服させる日は近いという確信があったからかもしれない。

 

 しかし、様々な反応を見せる代表者たちの中には、これらとは別の反応を見せる者たちもいた。この『戦力』の美しい姿や圧倒的な数以前に、そもそも本当に役に立つのか、と言う懐疑的な考えを持っていたのだ。特に、一喜一憂する代表者たちを見つめていた彼らの代表である女性議長の心は、この『戦力』を完全に信じきるという気持ちをまだ抱けない状況にあったのである。実際に魔物を倒す様子――それも嘘偽り無く、この世界で暴れている本当の魔物を倒す、実戦の現場を見ないと、議長として最終的な判断を下す事は出来ない、と彼女はトーリスとゴンノーに伝えた。


「実戦ですか……」

「左様。口先ばかりでは何も伝わらぬ。実績を見せないことには、信頼は生まれぬからな」


 女性議長の言葉に心を貫かれたような気がしたトーリスは苦々しい顔をしつつ憎たらしいという気持ちで彼女をじっと見つめた。だが、ふと視線を隣にやった彼は、ゴンノーが余裕の笑みを見せていることに気がついた。嫌みったらしい言葉を言われているのになぜそこまで余裕なのか、と心の中で呟いた直後、ゴンノーが直接その心の中に語りかけてきた。こう言われる事も既に予測済みだ、と。

 そして、トーリスを一旦下がらせたゴンノーは、今度は直接代表者たちや女性議長に、この戦力の実力を今からたっぷりとお目にかけよう、と自信満々に告げた。


「実は既に、『魔物』に征服された町にこの戦力を送り込んでいまして……」

「ほ、本当か!?」

「うそーっ!?」


 全くその事を聞かされておらず、代表者たちよりも大きな驚きの声をあげたトーリスを静めながら、ゴンノーは解説を続行した。既にこの戦力はいつ実戦に投入しても平気なように鍛錬を済ませてあり、さらに許可が下りれば好きなだけいつでも生産できる用意もしっかり整っている、と。既にゴンノーたちは、この『戦力』を各地に投入する事を前提に準備を進めていたのである。

 そのことを聞いた代表者たちの中には、今すぐに許可するからぜひ自分たちの町や村に配備して欲しい、と言う声が早速上がり始めた。だが、すぐにその面々は女性議長に喝を入れられてしまった。ハッタリの可能性もあるのにいきなり決めてどうするのか、と。そして彼女はゴンノーに、既に送り込んでいるのなら、その様子をここで見ると言う事は出来ないのだろうか、と尋ねた。これほど常識を超えた力を有しているのならば、魔術の力で現在の状況を皆に伝える事も可能であろう、と突っ込んだのである。


「……ほう、流石議長を務めるだけありますねぇ。分かりました、今から

「そんな魔術があるのか?」

「ええ、とくとご覧下さい」


 その瞬間、周りに広がる3つの白い壁が一変した。先程まで無機質で何も無かったはずの壁一面に、突如絵のようなものが浮かび上がったのである。しかも単なる絵ではなく、まるで実際に目で見ているかのように景色が動いているのである。ここに映し出された景色こそが、初めて実戦に投入した『戦力』が戦っている生の様子だ、とゴンノーは自信満々に告げた。


 とは言え、代表者たちがその魔術の凄まじさよりも『戦力』の戦いに集中するまでには少々時間がかかってしまった。確かに遠くの物がどうなっているかを知る魔術は存在するものの、それが「目」で分かると言うのは今まで見たことが無かったからである。そしてトーリスもまた、このような力を目の当たりにした事は今まで一度も無かった。


「キリカ……そうだよ、キリカよりも凄い力じゃないか……!」

「その通りでございます。キリカ殿も、ここまでの力は持っていなかったかと」


 魔術の勇者の実力を過去形で述べながら、ゴンノーは代表者たちに、『最強の戦力』の戦いぶりをじっくりとご覧頂きたい、と告げた。

 『最強』と言う二つ名通り、その実力は魔物とほぼ互角であった。町を埋め尽くし、大量に迫り来る恐ろしい姿の魔物を相手に一歩も引かず、空高く舞い上がったり大地を素早く動いたり、様々な形で『戦力』は魔物を相手に立ち向かい続けていた。その様子には、あの女性議長も感嘆の声をあげていた。頑張れ、そこだ、と言う声を部屋に響かせながら、代表者たちは今までの鬱憤を晴らすかのように『戦力』を全力で応援していたのである。



 だが、そこに映る光景が、実際に各地で起きている戦い通りの姿ではない事を、トーリスは既に認識していた。

 当然だろう、もしこの『戦力』が戦っている相手が恐ろしい魔物ではなく、美しきビキニ衣装の女剣士、レイン・シュドーの大群であるとしたら、彼らは戦意を失い、その場に崩れ落ちてしまう可能性もあるからだ。しかし、勇者であった彼だけは、ゴンノーがあらかじめ仕掛けていた魔術の対象にはならず、はっきりと『戦力』とレインが互角の戦いを繰り広げているのを目の当たりにしたのである。


 そして同時に、彼はようやく事態の全てを察知した。

 やはり世界を狙っていたのは魔物ではなく、自分たちが見放したあのレイン・シュドー本人だったという事を。

 

『……恨みの力って奴か、レイン……』

『ええ、どうやらレインさんは、魔王と完全に結託していたようです』

『だろうね……こんなに大量にレインがいるなんて、常識ではあり得ない事だし……』 


 心の中で密かに会話しているうち、トーリスの心に2つの疑問が湧いた。


 1つは、3つの画面全てに何故ゴンノーが存在しているのか、と言う事。

 こちらはゴンノーが自らの魔術を使い、魔物――いや、レインに征服された町に直接分身を送り込み、彼女たちに挑戦を仕掛けたからだ、と本人からの説明があった。勿論代表者たちには『戦力』を率いるゴンノーの姿は映し出されないようになっている。


 そしてもう1つは、何故どの戦力も、全身にローブを身に纏った状態なのか、と言う事である。


『そのまま乗り込んでも良かったんじゃないか?』

『いえいえ、これも作戦のうちです。今のレインは、自分自身を絶対的に信じていますからね』

『……なるほど、つまり……♪』

『ええ、そういう事です♪』


 自分たちの名誉を散々傷つけ、信頼を地に堕ちさせた憎きビキニ衣装の女剣士が、間もなく恐怖と絶望の感情に包まれる――トーリスとゴンノーは、画面に映る3箇所の戦いを見つめながら、邪な感情を込めた笑顔を作り上げた……。

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