ゴンノーの招待

 世界各地を蹂躙し、人々の空間を次々に奪い尽くしていく恐ろしい魔物たちの正体が、かつて人間たちを守る立場だった最強の勇者、レイン・シュドーである事を知る者は、彼女本人を除けばこの広い世界に僅か4名しかいなかった。そのうち1名はレインたちに様々な指示を与える魔王である事を踏まえると、実質人間側で全ての真相を知るのは3名、さらに自身の目でその様相を確認していたのはたった1人――魔王を裏切り人間サイドに回った魔物、ゴンノーだけであった。


 

 そのゴンノーから「最強の戦力」の用意が出来たと人間たちに向けて正式に伝えられたのは、魔物による侵略が続くある日の事だった。以前よりペースが落ちていたとはいえ、今日も田舎の村が1つ魔物――正確にはレイン・シュドーだが――に奪われ、漆黒のドームに包まれて二度とは入れない空間に変わってしまった状況で、その言葉を信じる者は誰もいなかった。


「ふん、どうせ言い逃れだろう」

「新兵器とか何かじゃないの?ヘッポコな」

「ま、レインのブラジャーやパンツを飾るスケベな村よりマシがな」

「何よその言葉!無駄な壁作ってるあんたの町よりマシだわ!!」


 何だと、言いやがったな、とまた議会席に座る人間たちが大喧嘩を始める様子を、人間の老婆の姿を模していたゴンノーと人間たちの側に就く勇者トーリス・キルメンは、呆れ混じりの表情で見つめていた。だが、その瞳に宿る感情は諦め混じりの以前のものとは異なっていた。良く言えば未来を見据えた自信満々な、悪く言えば文句ばかり言う各地の代表者を舐めてかかる蔑んだ感情が宿っていたのだ。

 そして、混乱が最高潮に達したとき、ゴンノーは虚空から長い杖を創り出し、床に叩きつけて大きな音を生み出した。その響きに、喧嘩をしていた者たちも冷静さを取り戻したようで、そそくさと自分たちの席へと戻り始めた。やがて会議場が静かになったのを受け、女性議長がゴンノーたちに問いただした。本当に嘘偽り無く、「最強の戦力」なのか、と。


「……ええ、間違いなく」

「ゴンノーの言うとおりです。この目でその実力を、はっきりと確認しました」


 自信に満ちた声に対し、やはり多くの疑問の声が上がった。今まで幾度と無く失敗を繰り返し、いくつもの町や村を犠牲にさせてきた彼らの信頼は地に堕ちる寸前にまでに至っていたからである。だが、女性議長だけはそのはっきりとした目に偽りが無いことを察知していた。世界で最も大きなこの町の政治や商売を司り、各地の村や町からやって来た代表者たちのまとめ役を務めている実力は伊達ではなかったようである。


「……して、その戦力はこの場にはいないのか?」

「少々事情がありまして……」


 どうせ誤魔化しだろう、言い逃れにしか聞こえない、とまたもや響き始めた嫌味ったらしい声を無視し、トーリスはこの場にいる各地の町や村の代表者に言った。もしそこまで疑うのなら、騙されたつもりで良いから自分たちについてきて欲しい、と。「最強の戦力」を一目見れば、自分たちの自身の理由が分かるだろう、と告げたのだ。

 その言葉を聞いた各地の代表者は、嫌々ながらも動き始めた。自分たちが何をやっても魔物たちには無意味である事が嫌と言うほど身にしみた以上、勇者の言う事に従う他選択肢はなかったのである。


 動き出した人々をじっと見つめるトーリスの心に、ゴンノーがそっと語りかけた。事前に話しあった通りの流れで大丈夫か、と。


『勿論だよ、ゴンノー。「レイン」に痛い目を見させるためにも、ね……♪』

『ふふ、了解しました♪』


 トーリスが「最強の戦力」の全容を見たあの日以降、ゴンノーと彼の仲は急速に回復していた。魔王やレインを倒す、と言う目的を同じにしている事以外にも、互いに嗜好が全く同じである事も理解できたからである。特にトーリスは、「最強の戦力」に対し、絶対的な自信に加えてもう1つ別の感情を持っていたのだ。

 ただし、それは『勇者』としては考えられないものであったが。


「さ、皆様僕たちの周りに集まってください」

「おい、どうやってその『戦力』を見に行くんだ?」

「ご安心下さい、私はこう見えても魔術も使えますので……」


 ゴンノーとトーリスが事前に定めていたのは、ここからしばらく別の場所に瞬間移動し、その戦力とやらをじっくり拝見してもらう、と言う流れであった。会議場を守る兵士たちなどにここの守りをより固めておくように、と言う連絡が終わった後、ゴンノーは高く左手を上げた。その瞬間、会議場にいた者たちは一斉にそこから姿を消し――。



「!!?」

「へ、へ……!?」

「こ、ここは……!」


 ――周りが白い壁に覆われた、見知らぬ場所にたどり着いた。

 勇者や壁に縋ってばかりの代表者たちが、このような事態になれば悲鳴のような声をあげて騒ぎ出す事は、既にゴンノーもトーリスもよく理解していた。このまま放置しておけば、早くここから出せと慌てる者も多いだろう、と予測していた彼らは、状況をはっきりと余すこと無く示して代表者たちを落ち着けさせるべく動き出した。


「皆さん、ここがゴンノーが準備を進めていた『最強の戦力』が眠る場所です」

「眠る場所……?」

 

「その戦力とやらは、『眠る』のか?」


 一見的外れな質問を投げかけたのは、代表者と共にこの場に瞬間移動させられた女性議長だった。だが、他の面々と比べて一切動揺する様子を示さない彼女は、トーリスの言葉から戦力の正体を推理し始めていた。『眠る』と言う言葉が比喩でなければ、これは間違いなく自分たちと同じ命をもつ存在である、と察知したのだ。

 その鋭さを褒めながら、ゴンノーが説明を始めた。これまでより遥かに力が増した魔物に対抗するには、長い準備期間が必要だった、だがその分今回産み出されているもの――命を宿す存在ならば、確実に魔物を打ち倒す事ができるだろう、と。


「勿論、勇者殿たちの力にもなるでしょう」

「これなら絶対――」


「そんな事はいいから、早く見せろよ!」

「そうじゃそうじゃ!説明は良いから!」


 懲りずに聞こえてきた幾つもの野次と同じ気持ちを持っていたのか、女性議長は彼らを止めず、むしろ2人に早くその戦力を見せて欲しい、と頼み込んだ。そうしなければ、今の状況では批判するという選択肢しか自分たちには無い、と言う現状を突きつけながら。

 彼女の言葉を聞いたゴンノーは、一方の壁側にいる人々に一旦そこから退いてもらうよう指示を出した。この壁の向こうに、彼らが見せたい存在が『多数』待機しているからである。そしてゴンノーが右手の掌を静かに壁に向けた瞬間、純白に包まれていたはずの壁は一瞬で透明になり、その外側の光景を一気に映し出した。

 

 これも魔術の1つなのだが、それ以上に代表者たちは壁の外にいる『戦力』を見て唖然としていた。あの女性議長も先程の落ち着きようはどこへやら、目を見開きながら驚いていた。

 その驚きが感銘なのか恐怖なのかは分からなかったが、1つだけ確かな事があった――。



「ふふ、いかがですか?」

「これこそ、『最強の戦力』でございます」


 

 ――代表者たち全員が、これらを『最強の戦力』と呼ぶ理由をはっきりと認識したと言うことである……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る