レイン、質疑

 いつもなら、世界の果てにある本拠地に集うレイン・シュドーは、いつも明るく笑顔が絶える事はなかった。また一歩世界を平和に近づけさせ、ビキニ衣装のみを纏った自分自身をさらに増やすことが出来た喜びでたわわな胸がいっぱいになり、互いに微笑みあうほどの余裕を見せていた。彼女は常に人間たちとの勝負に勝ち、彼らから世界を奪い続けていたのである。


 そして今回も、結果だけ見ればレイン・シュドーは無事勝利を収め、自分たちが住む場所を守りきることが出来た。だが――。


「……」……」……」……」……」……」……」……」……」……」……」……」……」……」……」……」……」……」……」……」……」……」……」……」……」……」……」……」……」……」……」……」……」……」……」……」……」……」……」……」……」……」……」……」……」……」……」……」……」……」……」……」……」……」……」……」……」……」……」……」……」……」……」……」……」……」……」……」……」……」……」……」……」……」……」……」……」……」……」……」……」……」……」……」……」……」……」……」……」……」……」……」……」…


 ――外からやって来た自分と記憶を統一したレインも含め、今回は全員とも一切笑顔が無く、口を真一文字に閉じ、静かに前方にいる魔王を見つめるだけであった。彼女たちが魔王の側に就いて初めての戦いは、レイン・シュドーにとって満足できる内容ではなかったのである。当然だろう、何度も追い詰めながらも相手に翻弄され続け、とどめを刺せたかと思えばそこに魔王が割り込み、レインたちの油断を指摘しつつ、あれだけ苦戦した相手に呆気なくとどめを刺してしまったのだから。

 だが、彼女の中にあったのは魔王への不安や怒りではなく、今回の事態を理解するための情報が欲しい、と言う心だった。何もかもが唐突に起こり過ぎて、ただ闇雲に戦うしかなかったからである。


 やがて、そんなレインたちの心を見据えたかのように、魔王が語り出した。町に侵入し、レインたちの力を狙わんと暴れまわったあの魔物は、間違いなくかつて自分の配下だった存在――上級の魔物・ゴンノーである、と。


「で、そのゴンノーが言ってた」「私が魔王に負けて」「ぐっすり眠っている間に」「追い出されたってね……」

「……余計な事を……」


 単にレインの心を乱すために様々な言葉を吐いただけに過ぎない、と前置きをつけながらも、魔王はレインたちの言葉、すなわちゴンノーが告げた内容はある程度合っていると言う事を認めた。

 上級の魔物であるはずのゴンノーが、これまで一度もレインの前に姿を見せる事が無かったのは、ずっとこの本拠地で魔王の補佐を行い、各地の町で暴れる魔物を影から支援していたためであった。むしろレインたちが知らなかっただけで、ゴンノーの方はずっと彼女や勇者たちのことを把握していたのである。


 ここまでの魔王の説明はゴンノーが吐いた言葉と一致していたが、そこから先は異なっていた。あの時ゴンノーは、自分が人間の味方をした理由は、魔王がレインばかりを可愛がって嫉妬し、それが元でおきた争いが要因だ、と告げていたが、魔王が伝えたのはそれとは少し異なる内容だった。むしろゴンノーの方がレインに執着し、自分を押しのけてまで彼女を我が物にしようとしていた、と語ったのである。

 確かに、嫉妬していると言った割りにレインの力が欲しいとあの気持ち悪い声で何度も笑ったり、嫉妬の対象であるはずの存在に平気で化けて乗り込んでいたりしていたゴンノーの行動は、魔王の説明の方が理解できるだろう。だが、レインは完全に魔王を信じ切ることができなかった。元から魔王には完全に心酔しているわけではなく、それなりに自分の考えを持っていた彼女だが、今回はそれとは異なり、どちらを信じればよいか、と言う不安の心から迷いが生じていたのだ。それだけ、初めて経験した戦いの衝撃は大きかったのかもしれない。


「……ねえ、レインはどっちだと思う?」「分からない……」「ゴンノーの説明でも納得がいくし……」「魔王の言葉も……」「うーん……」


 地下のあらゆる場所を埋め尽くしながらざわつくレインたちだが、相談する相手もまた自分自身であり、揃って全く同じ悩みを抱くばかりで解決策を練ることは出来なかった。

 とは言え確かなのは、以前から魔王がレインたちに伝えていた『人間以外による人間側の反撃』と言う予言が見事に現実になったという事である。一応とどめを刺された事で、しばらくの間は安全に各地の村や町の征服活動が続けられるだろう、と考えていたレインたちは――。


「「「「「「「「……そうだ!!」」」」」」」」


 ――もう1つ、魔王にぶつけたかった疑問を一斉に思い出した。


 あの時、レインたちが一斉にゴンノーに集中攻撃を仕掛けようとした直前、魔王は途轍もなく巨大な『柱』を漆黒のオーラで創り出し、たくさんの家ごとゴンノーを押し潰し、肉体を完全に奪った。この技もレインは初めて見るものであったが、そもそも魔王レベルならこれくらい朝飯前である事は彼女も承知していた。だが、その後に放ったとどめの一撃は、どうしても疑問を抱かずに入られなかったのである。


 覚えているかどうか、と念のために前置きをしながら、レインたちは少し不安そうな声で質問した。

 あの日――レイン・シュドーが魔王に敗北した日の戦いで、魔王は彼女に向けてこう告げていた。自分を倒せるのは、清く純粋な心を持ち、持ち前の魔術の力=魔力を用いて放つ『光のオーラ』だけである、と。魔王本人はあの時、はっきりとレインに弱点を告げていたのである。だが、ゴンノーも恐れをなすほどの破壊力を持っていたあの技は、明らかにこれまでのどす黒いものとは真反対の、目が眩むほどに輝く『光』の柱であった。  


「「「「「「……ねえ、教えて。あれは、本当に『光のオーラ』なの?」」」」」」


 地下に広がる巨大な空間に、レインの疑問の声が延々と響き続けた。

 それが収まり、静寂が戻ってきたとき、魔王は無表情の仮面から語りだした。真剣な面持ちのレインたちに対する、呆れのような声で。


「……貴様らがそれを疑問に思った理由は分かる。何故『弱点』となるはずの技を使えたか、と言う事だろう」

「「「「「え、ええ……それが?」」」」」


 まだ理解しきっておらず、逆に攻めるような言葉を投げてしまったレインに、魔王は珍しく無表情の仮面の下から彼女たちに苛立っているという意志をはっきり示した。もし自分がレインの衣装は黒一色だと言えば、そのまま黒一色と信じきるのか、と言いながら。

 そんな事はあるはずが無い、と反論した彼女たちだが、言葉を言い終えた直後、一斉にはっとした表情を見せた。ずっと抱いていた疑問を解決に導く鍵は、まさにそこにあったからである。


 確かにレインは魔王の事を完全には信じきっていない。だが、今の彼女たちにとって、魔王以外に別の考えを持つ協力者は存在しなかった。魔王が何か自分たちとは別の解決策を考案すれば、彼女はそれに素直に受け取り、従い続けていた。本人たちは必死に否定していても、心の奥底で彼女たちは魔王に心酔しかけていたのだ。

 

「……貴様らがゴンノーに翻弄されたのもまさにそれだろう。魔物の舌に踊らされ、自分を保てなくなったからだ。

 まるで、貴様が『1人』だった頃、私と戦ったときのようにな」


「「「……そ、そうよ……そうよね……」」」


 相変わらず遠回しに内容を伝え続ける魔王だが、それが何を意味するのか、レインにははっきり分かっていた。

 勇者だった自分が最後に経験した戦い――3人の仲間に見捨てられ、最後の1人も命を落とし、誰にも頼る事が出来ない状態で挑んだときのレインは、魔王の言うとおり一切の冷静さを失い、ただ闇雲に使命感だけで戦う状態だった。だからこそ、魔王の言葉に踊らされた挙句、屈辱的な敗北を喫したのである。つまり、あの時の言葉は、レイン・シュドーを躍らせるための『虚言』に過ぎない――。


「「「「「……!」」」」」」


 ――あまりにも予想外の真実にやっと気づいたレインに、魔王ははっきりと告げた。もしあの時、光のオーラを操り様々な魔物を浄化できる力を持った勇者、ライラ・ハリーナが参戦していたとしても、「『光のオーラ』など効くわけが無い」と揺さぶりをかけ、実際に効果がない様子を見せて圧倒していただろう、と。


「「「じゃ、じゃあ……あれは間違いなく……」」」

「そうだ、『光のオーラ』だ」


 そして、魔王は言った。

 例え魔物でも、悪意と言う「純粋」さがあれば、光のオーラを自在に操るのは容易い事だろう、と……。

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