レイン、結論

 今までの常識ががらりと変わるような出来事を、これまでレイン・シュドーは何度も経験していた。信じていた仲間に裏切られた事、信じられない相手と協力をするようになった事、そして人間たちの真の心を知った事――どれも彼女にとって強烈に刻まれる、衝撃的なものとなった。

 そして今回も、レインの常識がまた1つ覆された。彼女を始め、世界中の人間が魔物を一撃で浄化出来る魔術であると信じていた『光のオーラ』は、その魔物の頂点に君臨する魔王でも使用できるものだ、と言う予想外の事実である。


「「「「……本当の事なのよね……念のために聞くけど」」」」

「……信じるも信じないも勝手だが、貴様らははっきりと見ていたはずだ」

「「「うん……」」」


 あの時間違いなくレインは、魔王の手から浄化の魔法と寸分違わぬ『光のオーラ』が放たれたのをはっきりと見ていた。それも1人だけではなく、戦いの舞台となった町にいる大量のレイン・シュドー全員が、全く同じ瞳でオーラで出来た光の柱を目の当たりにしたのである。全く同じ考えを持つ自分自身を疑うような事など、彼女にとって出来るはずはなかった。世界を混乱に陥れる「悪」である魔王が、「浄化」の魔法を放ったという真実を、レインは受け入れるしかないはずだった。


 しかし、今回ばかりはそう簡単にいかなかった。かつて、勇者として仲間たちと共に戦っている間、レインは何度も『浄化の魔術』によって魔物が消え去るのを目にしていた。見た目はあどけなさそうな浄化の勇者、ライラ・ハリーナが放つ光のオーラを受けた魔物は、それまでの暴れようが嘘のように呆気なく倒れ、漆黒のオーラが蒸発したように消え去り、砂や木、石、水など素体となった物体へと戻っていくのだ。それなのに――。


「……何で魔王は平気で操れるの?」「私ははっきりと見たわ」「魔物があの光のオーラに苦手なところを」


 ――大量に投げかけられた疑問に対し、魔王は鼻で笑うような音を立てた後こう答えた。たかが下級魔物如きで常識を決めていたとは、人間はやはり愚かだ、と。だが魔王はもう一言、その愚かさこそが光のオーラが効かない理由だ、と付け加えた。どれだけ強力な魔物も一度でも食らわせれば浄化することが出来る光のオーラだが、人間はいくら受けても一切効果が無いのである。



「人間とやらの心は、光のオーラを受けてもそれを弱める『愚かな感情』を秘めている。仮初の命しか持たぬ魔物に、そのような力などある訳がない」

「うん……」「でも魔王、言っちゃ悪いけど……」「それなら魔王も愚かって事に……」「人間と同じじゃないの……?」

「そんな事あるわけなかろう。下級の魔物の闇は所詮これくらいだ」


 少し光を浴びれば、このようなものはすぐにかき消されてしまう、と言いながら、魔王は掌に小さな漆黒の球を創り出した。あの時ゴンノーが見せた攻撃用のものとは異なり、黒い霞がかかったような不安定な形を見せていた。遥か遠くにいるレインも、それが魔物の持つ仮初の命である事を、魔術を使ってはっきりと目に焼き付けていた。

 そしてそれが消えた瞬間、突如魔王の周りが漆黒のオーラで包まれ始めた。それはあっという間に濃さを増し、気づいたときにはレインの周りは一面暗闇に覆われてしまった。前後左右、もしくは上下、あらゆる場所にいる自分自身の場所は体を触れ合うことで何とか把握できるが、どのような体型かを「目」で確かめる事は出来なかった。星ひとつ無い外の世界の夜でも、ここまで暗闇に覆われることは無いほど、レインたちの周りは何一つ光が存在しない空間になってしまったのである。


 その時、大量の彼女たちは一斉に驚きの声をあげた。これこそが、魔王の持つ『闇』――光を通さないほどの凄まじい濃さを持つどす黒さである事に気づいたのである。先程魔王が述べた純粋な心と言うのは、この純粋なる闇そのもので間違いないだろう、と彼女たちは把握した。


「分かったわ、魔王……」「つまり、光さえ通さなければ……」

「光のオーラを打ち消す方法は幾らでもある。より濃い闇で覆うか、光そのものを歪ませるか……」


 光のオーラを敢えて打ち消さず、『利用』するという手もある――そう呟きながら、魔王は地下空間を覆っていた闇を消した。

 魔王の周りに広がったのは、光のオーラを思わせる純白のビキニ衣装を身に纏った、不思議そうな顔をしたレイン・シュドーの大群であった。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


「「光を利用する、か……」」

「「「どういう事なのかしら、レイン……」」」

「「「私もよく分からないわ、レイン」」」


 魔王との質疑応答を終えた後、数万人のレイン・シュドーは再びあの戦いの舞台となった町へとやって来た。

 大量のビキニ衣装の美女に覆い尽くされた町は、まだ完全には復旧しておらず、各地にボロボロになった建物や押し潰された瓦礫の山が残る状況だった。それを得意の魔術を使って元通りにし、普段どおり全く同じ姿形の建物が無数に並ぶ美しい情景を再現する傍ら、彼女たちはあの時の魔王の事を話し続けた。


 確かに、魔王を完全に信じかけていたレインたちが甘かったのは言い逃れが出来ない事実だった。油断しない、絶対に敵を侮らないといっておきながら、心の奥底では敵の精神攻撃に惑わされ、魔王を信じきってしまう弱さが残っていたのである。だが、それでもレインにはこのような事態にならざるを得ない理由があった。あまりに魔王の力が凄まじすぎるが故に、信じるしか道が無かったのである。それに今回のゴンノーのように、魔王しか分からなかった事もまだまだ数多く存在している。そのような状況で勝手に動き回るのは、まさに命知らずと言っても良いだろう。


「……仕方ないわね、レイン」

「そうね、レイン。でも、考えられるところは私でやらないと……」

「うん、信念が揺らいだからああなっちゃった訳だし」


 様々な事を話し合ったレインたちは、もう少しで完了するこの町の復旧作業が終わった後に、皆で精神を集中させる鍛錬をする事にした。ただ自分たちを強くするためだけではなく、散々に乱された心を落ち着かせるためにも、静かに何も考えず精神を一点に集中させることで、より心を強くしようと考えたのだ。

 そして、最後の建物が元通りの姿を取り戻した時だった。ふとレインが、ある事を考えた。


 もしあの「ゴンノー」とか言う魔物が、魔王の一撃で倒されていないとしたらどうなるのだろうか。

 今までの自分たちで、太刀打ちは出来るのだろうか、と。


 その疑問は、ここにいる数万人のレイン全員が一斉に抱いたものでもあった。彼女たちは皆、外見や体力、精神力、純白のビキニ衣装に包まれた胸の大きさ、そして心も皆全く同じなのである。しかし、それ故に全員が同じ疑問を抱いてしまうと、それを解決に導くのは難しかった。

 今回も、最終的にレインたちが導き出した結論は――。


「……ま、生き残っていたとしても、ね?」

「うん、私がそれ以上に強くなればいいんだから」

「そうそう、鍛錬を積み重ねて、ね♪」

「うんうん♪」うんうん♪」うんうん♪」うんうん♪」うんうん♪」うんうん♪」うんうん♪」うんうん♪」うんうん♪」うんうん♪」うんうん♪」うんうん♪」うんうん♪」うんうん♪」うんうん♪」うんうん♪」うんうん♪」うんうん♪」うんうん♪」うんうん♪」うんうん♪」うんうん♪」うんうん♪」うんうん♪」うんうん♪」うんうん♪」うんうん♪」うんうん♪」うんうん♪」うんうん♪」うんうん♪」うんうん♪」うんうん♪」うんうん♪」うんうん♪」うんうん♪」うんうん♪」うんうん♪」うんうん♪」うんうん♪」うんうん♪」うんうん♪」うんうん♪」うんうん♪」うんうん♪」うんうん♪」うんうん♪」うんうん♪」うんうん♪」うんうん♪」うんうん♪」うんうん♪」うんうん♪」…


 ――日々の鍛錬をもっと積み重ねる、と言うものだった。

 

 レイン・シュドー自身の体力や技能、精神力をさらに鍛えると言う面で言えば、良い判断だったかもしれない。

 だが彼女たちは、この結論にある1つの致命的な欠陥にまだ気づいていなかった。例えどれほどの鍛錬を積んだとしても、外部からの存在――魔王からの指示が無い状態で行えるのは、レイン・シュドーが経験したり思いついた方法だけであるという事である。確かに「人間」から比べれば今のレインは天下無敵の状態かもしれないが、「魔王」の凄まじさや経験、さらに豊富な知識に比べれば塵に等しいのである。


 そんな状態で、レインたちが思いもよらない方法で外敵が襲ってきたら――。


『……クククク……』


 ――一体、どうなるのだろうか……。 

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