レイン対ゴンノー(3)

 世界を征服しようと動く女剣士レイン・シュドーと、彼女の力を狙う上級魔物ゴンノーの一進一退の戦いは、思わぬ形で決着が付こうとしていた。

 2度も追い詰められながら不気味な笑みを浮かべ続け、トカゲ頭に宿る目を光らせながらレインたちの攻撃を身に受けようとしていたゴンノーは、突然現れた乱入者――それもゴンノーにとって最悪であろう存在の手により、一瞬でその肉体を潰されてしまったのである。


『ま……まおう……っ!』


 レインたちが唖然としながら見つめているのは、山と同じくらいの高さもあろうかと言う凄まじく巨大な漆黒の柱と、その上で静かに浮かびながら佇む漆黒の魔王の姿だった。ゴンノーやレインの魔術の力では傷一つ負わせることが出来ないであろう最悪の存在を前に、ゴンノーは反撃どころか逃げることもままならず、この途轍もなく巨大な柱に押し潰され、それを構成する高濃度の漆黒のオーラの中に捻り潰された肉体が全て吸収されてしまったのである。何とかゴンノーという自体は消滅を免れたようだが、それでもその声に直前までの威勢や不気味さは一切無かった。


「「「……ま……魔王……」」」


 必死に戦った敵が吐いた言葉と全く同じものを、レインたちも一斉に吐いた。あまりに突然の出来事に、彼女たちもまた一切反応出来ず、魔王のいる場所を見つめる他なかったのである。しばらく無言の時間が過ぎた後、魔王は自ら生み出したあの巨大な柱を一瞬で消し去った。いくつもの建物が巻き添えを食らって押し潰される凄惨な現場が露になる中、魔王は無表情の仮面の中から、レインたちに告げた。ゴンノーがこれしきの事で滅びるような存在ではない、と。


 まさにその言葉通りであった。何かに気づいたレインたちが一斉に見つめる先で、漆黒のオーラが再び集まりだしたのである。しかし、これまでのオーラと比べて明らかに弱々しく、息を吹きかければ今にも消えそうなほどにか細いものだった。あまりの違いに、先程まで戦い続けてきた魔物ゴンノーの成れの果てであるという事をレインたちが一瞬疑ってしまいそうになったほどである。


『……ま、魔王……あ……なたは……』


 やがてレインたちの心に、ゴンノーの不気味な声が響き始めた。だが、やはり先程までの張りは一切無く、少し大きな音を加えれば消えそうなほどのか細い声であった。そして、すぐゴンノーの声は魔王の言葉によってかき消された。


「いつまで悪あがきを続けるつもりだ?

 こいつらの放った攻撃を利用して、傷を癒すつもりだったのか?」


 そう言いながら首を動かし、下に広がるレインたちの大群を見渡した魔王が何を言いたいのか、彼女は気づいていた。あの時、ゴンノーは自分たちに追い詰められ分身も消されるという状況になっても、挑発的な言葉を述べて攻撃を全身で受けようとしていた。それは単なる挑発ではなく、彼女たちが放った漆黒のオーラを利用して全ての疲労を回復させ、自らを圧倒的に有利な立場にさせようとする作戦だったのだ。あの不気味なねちっこい言動も、自分たちの怒りを強めて冷静さを失わせる策略と言う訳である。あれだけ油断するなと言ったのに、最後の最後で箍が外れてしまった事に、レインたちは悔しそうな顔を見せた。


 だが、どれだけ辛い反省の気持ちが宿っても、彼女たちはその場を去る事はできなかった。魔王とゴンノー――かつての上司と裏切り者らしい両者の会話に乱入できるほど、度胸にあった実力を持ち合わせていない事を彼女はよく知っていたからである。正確にはゴンノーではなく魔王の圧倒的な力に対してだが。


『お……覚えて……いなさい、魔王……』

「覚えておこう。貴様が愚かで醜い俗物に成り下がった事を」

『くっ……』


 オーラの塊と化したゴンノーが、レインに向けた不気味な笑みをこぼす事は無かった。ずっと恐れたような動きをしたまま、震え続けていた。敵ながら、レインたちもその気持ちがよく分かった。魔王に逆らう者に待つ圧倒的な力の差による敗北と言う末路を、はっきりと覚えていたからである。

 そして、魔王は静かに両腕を下ろし、震えるゴンノーに掌を向けた。その途端、何を意味するのか理解したかのようにゴンノーの震えは更に加速した。先程強気の姿勢をとったにもかかわらず、おやめください、お許し下さい、と謝りだすほどである。

 一体何がどうなっているのか、理解が出来なかったレインだが、すぐにそれは明らかとなった。


「……!」

『……う……う、うわああああああ!!!』

「「「!?」」」


 魔王の攻撃に衝撃を受けたのは、それをもろに受け、悲鳴と共に無数の光の粒子となって消えていくゴンノーだけではなかった。町のあらゆる場所を埋め尽くし、地面や空からその様子を見届けた大量のレインたちにとって、その技は信じがたいものだった。魔王が掌から放った、細長く頑丈な棒を思わせる光の柱に見覚えがあったのだ。


「「「……え……」」」


 これまで、レインたちは目の前でどんな信じられない出来事が起きても、『勇者』として活躍してきた実績や様々な鍛錬で積んだ精神力ですぐに慣れる事が出来た。特に自分が日々増殖し続けるという人間世界ではあり得ない現象については、レイン自身しか信じられる存在がいないという事もあり、もはや日常になるほどに受け入れまくっていた。

 だが、今回ばかりは流石のレインでも信じられなかった。その大きな理由は、この光の柱こそ、魔物にとって最も効果的な技――魔物が食らえば一撃で倒される『光のオーラ』を駆使しただった事である。そしてそれは、魔王にとってもほぼ同じ効果を持つ、と魔王自ら明言したはずである。一体何故、目の前にいる魔王はそれを呆気なく、まるで使い慣れているかのように放ったのだろうか。


「「「……ね、ねえ……魔王……?」」」


 この事以外にも、尋ねたい内容はたくさんあった。今回の敵はどのような存在なのか、魔王に負けた後自分が目覚めるまでの間に何が起きたのか、などなど。だが、魔王はそれを察したかのように右手を広げ、レインたちを制止させる仕草を取った。そして、無表情の仮面の中から、抑揚の無い声で告げた。


「話せる事は、本拠地で話す。町の修復は後だ、急いで来い」


 確かに、今回の戦いであちこちの建物は損傷し、中には骨組みさえも残らず完全に瓦礫に変貌してしまった場所もある。だが、それでも必死に新たなレインを実らせている「レイン・プラント」のように、この町はいつでも元通りの場所に蘇らせる事ができる。まずは今なすべき事――魔物ゴンノーとそれに纏わる様々な事柄を把握する事が先決だ、とレインたちも判断した。

 そして、いざと言う時も考えて新たに創り出した数十人のレインを見張りに残し――。


「では、行くぞ」

「……了解」了解」了解」了解」了解」了解」了解」了解」了解」了解」了解」了解」了解」了解」了解」了解」了解」了解」了解」了解」了解」了解」了解」了解」了解」了解」了解」了解」了解」了解」了解」了解」了解」了解」了解」了解」了解」了解」了解」了解」了解」了解」了解」了解」了解」了解」了解」了解」了解」了解」了解」了解」了解」了解」了解」了解」了解」了解」了解」了解」了解」了解」了解」了解」了解」了解」了解」了解」了解」了解」了解」了解」了解」了解」了解」了解」了解」了解」了解」了解」了解」了解」了解」了解」了解」了解」了解」了解」了解」了解」了解」了解」了解」了解」了解」了解」了解」了解」了解」了解」了解」了解」了解」了解」了解」了解」了解」了解」了解」了解」了解」了解」了解」了解」了解」了解」了解」了解」了解」了解」了解」了解」了解」了解」了解」了解」了解」了解」了解」了解」


 ――大量のレインたちは、一斉にこの町を後にした。



~~~~~~~~~~~~~~~~~



 そんな町を包む、巨大な漆黒のドームの外側。そこで、何かが宙に浮かび、静かに輝いていた。

 1つ、また1つ、光の粒があちこちから集まり、大きな塊に変貌し始めたのである。ほのかに輝く淡い光は、やがて眩いほどの閃光となった。

 だがその直後、光は一瞬にして闇に変わった。どす黒い漆黒の塊は、やがてゆっくりと地面に根を下ろし、最後の変形を始めた。そして、全てが完了した場所には――。



『……はぁぁぁぁ……♪』



 ――トカゲの頭蓋骨のような頭や尻尾、骨のような手、そして漆黒の衣装を身にまとう上級の魔物、ゴンノーが立っていた。

 まるで大仕事を終えたかのように大きな溜息をついたゴンノーは、不気味な笑い声と共に、魔王を馬鹿にする皮肉を交えた独り言を呟いた。


『……くくく……魔王様、貴方も随分に甘くなりましたねぇ……♪』


 ゴンノーの体には、傷一つ残されていなかった。魔王から受けた攻撃で文字通りかのように全ての疲労や損傷が消え、元通りの姿になっていたのだ。

 あのような『光のオーラ』など受けて、この『自分』が命を落とすとでも思ったのだろうか、と再び魔王を嘲りながら、ゴンノーはそっと右手を開いた。まるで骨のようなその掌の中に現れたのは、ビキニ衣装の女剣士、レイン・シュドーと全く同じ姿形をした、小さな虚像であった。それをじっと眺めるゴンノーの赤い瞳は、まるで美しいものを眺めるかのようであった。当然だろう、今回この場所にわざわざ訪れた目的――レインの力を手に入れるという事が、見事に成功したのだから。


『ふふふふふふふふふはははははは!!これで完成しますよぉぉ……魔王を倒す、最強の戦力が!!!』


 レイン・シュドーはまだ気づいていなかった。

 今回の戦いの勝者が、『試合』にわざと負けて『勝負』に乗り出すと言う策を成功させた、魔物軍師ゴンノーであるという事に……。

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