レイン対ゴンノー(2)
『こ、これは……!』
「「「「「油断したわね、ゴンノー!はああっ!!」」」」」
突如攻め込んだ魔物ゴンノーにより一時は追い詰められていたレインだが、その魔物の目の前に突如現れた彼女たちの瞳は、勝利を確信した心に満ちていた。その言葉通り、ゴンノーは見事に油断していたからである。
以前、レインは彼女たちに指示を与える「魔王」に戦いを挑んだ事があった。裏切ったゴンノーを含めた全ての魔物の親玉である魔王は、次々に攻め込もうとするレインたちを漆黒のオーラで攻撃すると同時に自らの周りに何重もの見えない壁を作り、壊されてもすぐに再生させる念の入れようで彼女たちの攻撃を一切寄せ付けなかった。だが、上級の魔物を自称していたゴンノーはそのような壁どころか自らの身を守る罠なども一切仕掛けておらず、レインが近くに現れればすぐ戦いにならざるを得ない状況にあったのである。
確かに無数の漆黒の球体に大量のレインたちを襲わせる事で壁の代わりをさせていたかもしれない。だが、自分の好きな場所に全く同じ姿形、同じ思考判断をする新たな自分自身を幾らでも生み出すことが出来るレインには、そのような妨害は実質無意味だったのである。
それでも、「上級の魔物」という言葉はただの飾りではなかった。
「ふんっ……!」「ぐっ……!」「や、やるわね……!」
『と、当然ですよ……!』
周りを取り囲み、袋叩きの如く次々に繰り出されるレインたちの猛攻を、ゴンノーは耐えていた。背中から漆黒のオーラで創った黒い腕を大量に生やしながら、四方八方から放たれる剣戟や攻撃用の魔術を何とか退け続けていたのである。それはまるで、彼らの周りで漆黒の球体相手に悪戦苦闘するレインたちのようであった。
だが、状況はゴンノーの方が圧倒的に不利であった。いくら攻撃を弾き飛ばしても、レインの数は減るどころか増えるばかり。気づけばゴンノーは大量のレインたちの体によって構成された『球体』に包み込まれる格好になってしまった。
そして後ろから強烈な蹴り――ゴンノーが予想していなかった攻撃を食らい、体制が崩れた一瞬の隙を突かれ――。
『がぁあああぁぁぁぁぁぁぁぁああああああ!!』
――レインの剣の一振りによって、右腕が斬られたのである。
漆黒のオーラによって凄まじい強度を手に入れたからか致命傷には至らなかったようだが、その痛みは凄まじいものがあったようで、耳を劈くようなゴンノーの叫び声と同時に無数の漆黒の球体も動きを止めてしまった。全ての動きをゴンノーの完全なる支配においていたのが裏目に出てしまったのである。そしてすぐさま全ての球体はレインによって粉砕され、残されたのは町のあらゆる場所からゴンノーを取り囲む何十万人ものレイン・シュドーだった。
「「「「「「「「覚悟はいい?魔物ゴンノー」」」」」」」」」」
漆黒の衣装が破れ、内部にある骨のような白い肩を露出させたゴンノーにとどめを刺そうとしたレインたちは、またもや聞こえた不気味な笑い声の前に怯んでしまった。あれほど追い詰められていたにも拘らず、ゴンノーはまだ余裕を残し続けていたのである。そのような素晴らしい力を持っているのなら、なおさら自分の手に収まったほうが良い、と言いながら。
その言葉に、レインたちが生理的な気持ちを感じ始めたその時、彼女たちの耳にゴンノーの笑い声が一層大きく響き始めた――いや、笑い声が大きくなったのではない。その声の発信源があたり一面に増え始めたのである。一体何が起きたのか、周りを見渡したレインたちは一瞬顔を青ざめ、ぞっとした表情を見せたが、すぐにその恐怖を怒りに変換し、真剣な顔に戻した。そして、上級の魔物たる実力だけはある、と「その魔物を倒し続けた自分には劣るだろう」と言う皮肉を込めた褒め言葉を投げた彼女に対し――。
『『『『『『それはご親切に……増えることぐらい、私でも容易いですからねぇ♪』』』』』』
――ゴンノーは、レインと同じ数の大合唱で返事をした。
互いに追い詰め合った戦いが振り出しに戻り、道、屋根、空、町の至る場所で、レインとゴンノーの一騎打ちが始まったのは、その直後だった。
『『『『『『はあああっ!!!』』』』』』
「「「「「「くううっ!!」」」」」」
確かに、レインの皮肉はある意味では正しかった。人間たちを圧倒する力を持ちながらも傷一つ負わせる事が出来なかった魔王に比べれば、ゴンノーは彼女の力でも十分に戦い、その漆黒の服を破り内部にある骨のような体を露出させる事が出来るほどの腕前しか持っていなかったのである。だがそれは、「レイン・シュドーより劣る」と言う意味では無かった。一気にその数を増やし、大量のレインに一騎打ちをけしかけたゴンノーは皆、彼女の予想を上回る力で応戦してきたのだ。
自慢の剣を漆黒のオーラで包み、より切れ味を良くして立ち向かうレインに対し、ゴンノーは先程破られた服から露出した右腕を伸ばし、骨のように長い爪をさらに長く鋭く、まるで剣のような形に変えていた。幾多もの魔物を蹴散らしたかつての勇者に「剣」で立ち向かうと言う無謀すぎる行為であったが、ゴンノーの狙いは行為そのものだった。
『くくく……どうです?』『私の腕前もなかなかでしょう?』『褒めないんですかぁ?』
「「「「だ、誰が!」」」」
あらゆる場所で一斉にレインを挑発し、素人と侮っていた存在の「剣」を破る事が出来ない現状を嫌と言うほどに分からせて心を乱す――それこそがゴンノーの策略だったのだ。
だがそれは逆に言えば、ゴンノー自身もレイン・シュドーと純粋な「剣」の戦いで勝つ事が出来ないことを理解していると言うことだった。
そのような気色悪い技など誰が褒めるものか、とさらに声を荒げたかったレインだが、ゴンノーの剣が狙っているのはそういう感情に任せたときに出る隙だということは明らかだった。
魔物の攻撃は何とか自らの剣で防ぎきっていたが、それはレインが攻撃したときも同じであった。新しい自分を創って背後から襲う、と言う手も、ゴンノーがレインと同等の力を持つ可能性を見せた以上、非常に難しい。そう言った駆け引きの中、次第にレインとゴンノーは互いに決定打を浴びせる事が出来ない状況に陥ったのである。
「「「「「……はぁ、はぁ……はぁっ!!」」」」」
『『『『『くっ……たあああっ!!』』』』』」
町のあらゆる場所で、2人の剣が交わる音や彼らの声が響き続けた。町に並ぶ建物の中も、取り囲む道も、上を覆う屋根も、さらにその上に広がる空も、全てが一騎打ちの舞台になっていた。その動きは違えど彼らは皆全く同じタイミングで攻撃し、全く同じ動きで防御を重ね、そして隙を見つけんと同じように相手をにらみ続けた。
そして、彼らの体に溜まり続けていた疲労の度合いも、同じであった。レイン・シュドーに化けたゴンノーが建物を爆破させ、宣戦布告を兼ねた茶番を起こしてから、既にかなりの時間が経過していたのである。白いトカゲの頭蓋骨のようなゴンノーの頭にも、レイン・シュドーの健康的でたわわな胸を包み込む白いビキニ衣装にも、彼らがどれほど精神や体力を消耗し続けているかを示すようなたくさんの汗や湯気が溢れていた。
「「「「「「くっ……だああああ!!」」」」」」
『『『『『『ふぅん……はああああ!!』』』』』』
もう何度目になるか分からないつばぜり合いが繰り広げられ、互いに一進一退の攻防が続く中、町を埋め尽くすレインたちは揃って違和感を覚え始めていた。何度も剣を振りかざし、体を貫こうと狙ってくるゴンノーの動きが、次第に読みやすくなってきたのである。今までのように神経を出来る限り尖らせ、一方のみに集中しなくても、相手がどのように攻めてくるか、それをどう攻略するか、見え始めてきたのだ。それも、全く同じ考えを持ち、全く同じ相手と戦うレインたちの全員が。
((((((これは……!))))))
だが、その原因はレイン自身にはない事を彼女はすぐに認知した。今の自分自身は相手との戦いだけで精一杯であり、とても強さを身につけてそれを実戦に移せる状況ではない。今までこうやって相手の攻撃を全て防御する事に成功していたのは、ひとえにこれまでの鍛錬のお陰である。こういった本番で発揮できるのは、日頃の「練習」で得た実力だけだ、と言う事を、真面目な彼女は嫌と言うほど体や心にしみこませていたのだ。
ならば、この動きの読みやすさの原因は一体何だろうか。迫り来るゴンノーを避けたり防いだりしながら、大量のレインたちは一斉に同じ考えを抱いた。自分が強くなったわけではないのなら、考えられる可能性は1つだけ。これ以上の長期戦を避け、一気に勝負を決めるには、覚悟を決めるしかない、と。
そして、何の前触れもなく、レインたちは一斉に戦法を変えた。
「「「「「はああああああ!!」」」」」
『『『『『『ん、な、なにぃぃい!!?』』』』』』
ゴンノーの動揺からも分かるとおり。その結果は大成功だった。自分の体力や精神力がレイン・シュドーよりも一回り劣っていることを、ゴンノーははっきりと示してくれたのである。自分自身の「防御」を敢えて捨て、剣ばかりではなく漆黒のオーラで強化した頭や足など、体のあらゆる部位を駆使して闇雲に襲い掛かる彼女の攻撃に驚きの声をあげた上級の魔物は、慌てて体全体に漆黒のオーラを巡らせて防御の体制を取った。だが、それでもレインの心にははっきりと勝算があった。この防御体制は、間違いなくゴンノーが苦し紛れに繰り出しているのだ、と。
そしてついにレインはゴンノーの決定的な隙を見つけた。
「「「「「「ゴンノー、覚悟ぉぉぉ!!!」」」」」」
『『『『『『!?』』』』』』
次の瞬間、胸に大きな風穴が開いたゴンノーの体は、一斉にその形を失った。大量の漆黒のオーラをレインの剣から一気に注ぎ込まれた結果、上級魔物の体に多量のオーラが渦巻き、その暴走を止める事が出来なくなったのだ。通常の漆黒のオーラにはそのような効果は無く、そのように動作するようにレインが仕込んだ結果でもある。
そして、泥のような不定形の塊になった何万ものゴンノーの体は、まるで地面に当たった雨粒が飛び散るかのように、無数の粒子となり、やがて姿を消した。大量のレインたちに取り囲まれ、苦しそうな声を上げる1人のゴンノー――無数の自分自身を出現させた本物を除いて。
「「「「「「……ゴンノー、貴方の『増殖』も偽者のようね」」」」」」
『……ぐっ……』
本物が存在するような技は単なる分身。それは自らを増殖させ、新たな可能性を見つける事ではなく、ただ単に独りよがりで弱点を克服できていない世界を広げただけである。そんな真似事が、この「女剣士」に通用するはずが無い、とレインたちは冷たい眼で見つめながらゴンノーに告げた。
日々増殖を続けるレイン・シュドーは、兆単位まで存在しているであろう全員が本物の自分自身であり、本物だけを狙う、と言う戦法は一切意味を成さないのだ。
だからこそ、この力を渡すわけにはいかない、とレインは声を揃えて言った。そして彼女たちは右の掌を高く上げ、先程ゴンノーが作ったのと同じ大きさの漆黒の球体を創り上げ始めた。これ以上戦闘を続ければ、自分たちが不利になってしまう可能性が高い。だからこそここでとどめを刺さなければならない、と決断したのである。
ところが、ゴンノーには諦めの顔を見せなかった。あらゆる場所から現れる漆黒の球体を見た魔物は、またもや笑顔を見せ始めたのである。そこから響く不気味な笑い声に嫌悪感を覚えたレインたちは、今すぐその不快な物体を消そうと一斉に球体を放とうとした。
だが、巨大な漆黒の球体がレインの手から離れようとした直前――。
「「「「「「!?」」」」」」
突然、それらは一斉に消えたのである。
そして、その直後、ゴンノーのいた場所から響いた悲鳴と共に――。
『う、う、うわあああああああ!!!!』
――レインの力では到底不可能な濃度や高さを有する、天まで届きそうなほどに巨大な漆黒のオーラの柱が突き刺さった。
不気味な声で断末魔を上げるゴンノーの体は、滝の如く流れ落ちるオーラの中に消えていった。
『……ま、ま……おう……』
レインたちが唖然としながら見つめる、巨大な柱を落とした主――魔王の名前を叫びながら……。
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