レイン、連絡

「……よし、無事着いた、っと♪」


 本拠地から魔王の手によって瞬間移動させられた1人のレイン・シュドーは、大量の自分が四方八方に蠢く地下空間から、緑溢れる外の世界にやって来た。その最大の目的は勿論新たな町を征服し、平和とレインに満ちた新たな領域を形成する事であったが、それより先に彼女はある目的を果たす必要があった。魔王から伝えられた指示と自分自身の記憶を、別の場所で大量に増え続けるレイン・シュドーたちに伝える事である。


 民家どころか人の影すら見えない、どこまでも続く森に覆われた山の上空をレインは飛び続けた。揺れ動く胸と滑らかな腰周りを包む純白のビキニ衣装や、風に揺れてたなびく髪の周りを、彼女は漆黒のオーラで包み込んでいたのだ。肉眼では確認できないほどの薄さだが、彼女の力を持ってすればそれだけでも自分の体を自在に空中に浮かせ、高速で飛ばすなど容易い事なのである。


「……あ、見えた見えた♪」


 自分の体に触れながら通り過ぎる風を楽しみつつしばらく飛んでいるうち、森の中に佇む異様な物体がレインの目に飛び込んできた。まるで森を遮るかのように立つ、先が見えない巨大な漆黒の壁である。普通の人間や普通の動物では、この先に何があるか確認する事は出来ず、立ち入る事も許されていない。だが、漆黒のオーラ――世界を狙う『魔王』と同じオーラを見につけたレインには、そのような法則は当てはまらなかった。彼女が目指す目的地は、この壁に囲まれた内部にあるのだ。


 そして、壁の中にその身を埋めたレインが内部で見たものは――。



「あ、レインだ!」おーい、レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」



 ――たくさんの木々が茂る森の地面や空、そして川の中、至る所をぎっしりと埋め尽くしながら笑顔を送る、純白のビキニ衣装を着込んだ数百万人もの美女の大群であった。

 彼女たちは皆、この森の中に生えるたくさんの樹木や植物――『レイン・プラント』から実り、次々に生まれ続ける新たなレイン・シュドーなのである。


 人間たちの住む『町』や『村』を襲撃し続ける傍ら、魔王はレインたちに人智未踏の山の奥を自分たちの新たな領域にするように何度か指示を出していた。そこに住む動物たちをレイン・シュドーに変えてしまう、と言う目的もあったのだが、それ以上に重要な目的に、彼女をさらに増殖させる拠点を確保する、と言うものがあった。

 本拠地からやって来たレインが入り込んだ巨大な漆黒の壁の内側では、大量の自分自身たちに囲まれながらたくさんの木々や植物が瑞々しい緑を見せ付けていた。それも、漆黒の壁の外側のものより、遥かに瑞々しい――まるで何者かが意図的に緑色に縫ったくったような、不気味な緑色である。

 これこそが、レインによって征服された森の植物たちの末路であった。永遠に美しい緑を保ち続け、どんな重さにも負けない強靭な体を手に入れた代償として、彼らは通常の植物のように自らの子孫の代わりに毎日延々と新たなレイン・シュドーを実らせる形質に変貌させられてしまった。文字通り、これらの『レイン・プラント』は生きたレイン・シュドーの生産工場なのである。


 そしてその結果が、森を覆い尽くすビキニ1枚しか身につけていない、健康的な肌を持つ美女の大群であった。


「うふふ、皆今日生まれたレインかしら?」

「さあ、分からないわ♪」もう記憶を統一しちゃったからねー♪」うんうん、ずっと見ていたレインもいるかもしれないわ♪」ねー♪」ねー♪」ねー♪」ねー♪」ねー♪」ねー♪」ねー♪」ねー♪」ねー♪」ねー♪」ねー♪」ねー♪」ねー♪」ねー♪」ねー♪」ねー♪」ねー♪」ねー♪」ねー♪」ねー♪」ねー♪」ねー♪」ねー♪」ねー♪」ねー♪」ねー♪」ねー♪」ねー♪」ねー♪」ねー♪」ねー♪」ねー♪」ねー♪」ねー♪」ねー♪」ねー♪」ねー♪」ねー♪」ねー♪」ねー♪」ねー♪」ねー♪」ねー♪」ねー♪」ねー♪」ねー♪」ねー♪」ねー♪」ねー♪」ねー♪」ねー♪」ねー♪」ねー♪」ねー♪」ねー♪」ねー♪」ねー♪」ねー♪」ねー♪」ねー♪」ねー♪」ねー♪」ねー♪」ねー♪」ねー♪」ねー♪」ねー♪」ねー♪」ねー♪」ねー♪」ねー♪」ねー♪」ねー♪」ねー♪」ねー♪」ねー♪」…


 数百万人のレインたちは、外見は勿論、喋り方も胸の揺れ方も、そして記憶までもが全く同一になっていた。生まれたばかりのレインは、この場所を監視する役割を持つ自分自身と挨拶を交わした後で記憶を統一させ、全員とも全く区別がない状態に変貌したのである。そして新しいレインは自分たちが生まれた森を離れ、遥か遠くの世界の果てにある彼女たちの本拠地へ向けて移動していく、というのが日課となっていた。この森以外の他の場所――レインたちが全ての植物を『レイン・プラント』に変えてしまったあちこちの森でも、毎日のように繰り広げられる光景である。


 ただ、今回の日程は普段の物とは少し異なっていた。彼女たちもまた、魔王から特別な指示を受けていたのである。


「じゃ、早速お願いね、レイン」

「あら、もう魔王から連絡届いたの?」

「うん、さっき指示があったの」「今日は本拠地に移動する前に、レインから連絡があるって」「だから待ってたのよー♪」「うんうん♪」


 新たな自分自身と記憶を共有し、彼女と同一の存在になる事を今か今かと待ちわびている自分の大群を見たレイン――本拠地から単身やって来たレイン・シュドーは、早速行動に移った。

 彼女がそっと自分自身の頭に左手の甲を乗せた瞬間、一斉に数百万人の別の彼女の表情が変わった。ほんの一瞬であったが、まるで頭が何かで覆われるような感覚を味わったのである。だが彼女たちにとってそれは苦痛ではなく、どこかふわりとした心地良いものであった。世界で一番大好きな自分の『記憶』が頭の中に宿るのだから、当然かもしれない。


「……了解、レイン」「分かったわ、レイン」「つまり、私たちの中から代表を作ればいいのね?」


 記憶を共有したレインたちは、すぐさま魔王からの連絡に対して反応を示した。口で出すと長くなってしまう説明も、それを聞いたと言う記憶を受け取ってしまえば呆気なく理解する事が出来るのだ。

 だが、それは同時に――。


「うん、お願い……」

「どうしたの、レイン……って、あぁ……」「そうか……」

 

 ――その時に抱いた不安や緊張も、同時に共有してしまうという事にもなる。


 本拠地でレインが魔王から指示を受け取ったとき、魔王は不可解な事をいくつか述べていた。これまでずっと自分たちに敗北を重ねた人間たちの間に妙な動きがある事と、それらの動きを起こしているのは『人間』とは限らないという事である。これらが意味するものは何なのか、と言うレインの疑問に返ってきたのは、油断はするな、と言う曖昧なものであった。一体何に気をつければよいのか、妙な動きとは具体的には何なのか、魔王は一切答えなかったのである。


 だが、無表情の仮面と漆黒の衣装に包まれ、一切自分をさらけ出す事がない魔王の態度の裏を探る事を、レインは内心諦めていた。魔王の持つ力の前に、まだまだ自分が無力であると言う記憶を、彼女たちはしっかり刻み込まれていたからである。


「……ま、まぁ魔王だからね……」

「うん、魔王は何を考えてるか分からないし」「でも、指示は的確でしょ?」「うん、仕方ないよね、レイン……」「そうよね、レイン……」


 指示は不明瞭、何を意味しているのか分からない、しかし魔王の出す的確すぎる指示に従えば、何の干渉も無く世界を自分たちのものにする事が出来る――レインたちは魔王の告げた内容を素直に聞き、細心の注意を払いながら征服活動を行う事にした。普段から慎重に行ってはいるのだが、今回はそれ以上に、自分たちの行動が『誰か』にばれる事が無いようさらに気をつけながら。


 そして、数百万人のレインたちの中から1人の彼女が飛び出し、空中で待つもう1人の自分の下へと飛んだ。今回の征服活動――レイン・シュドーを崇め続ける町と、『壁』を作って篭ろうとしている町、それぞれに潜入するレインたちの代表である。


「それじゃ、私が『壁』の方に行くわね」

「了解、私はレインを祭ってる方ね」


「「じゃ、いってきまーす」」


 大量の自分たちに投げかけたレインたちの声は、普段より緊張する心をそのまま表していた。

 どれだけ魔術の力を高めても、どれだけ自分の精神力を鍛えたとしても、レインの力ではこれからどのような未来が待ち受けるかなど一切知る事が出来ないからである。魔王から伝えられた『人間以外の妙な動き』が、自分にどのような影響を与えるかも、彼女たちには全く分からなかった。


「いってらっしゃーい」いってらっしゃーい」いってらっしゃーい」いってらっしゃーい」いってらっしゃーい」いってらっしゃーい」いってらっしゃーい」いってらっしゃーい」いってらっしゃーい」いってらっしゃーい」いってらっしゃーい」いってらっしゃーい」いってらっしゃーい」いってらっしゃーい」いってらっしゃーい」いってらっしゃーい」いってらっしゃーい」いってらっしゃーい」いってらっしゃーい」いってらっしゃーい」いってらっしゃーい」いってらっしゃーい」いってらっしゃーい」いってらっしゃーい」いってらっしゃーい」いってらっしゃーい」いってらっしゃーい」いってらっしゃーい」いってらっしゃーい」いってらっしゃーい」いってらっしゃーい」いってらっしゃーい」いってらっしゃーい」いってらっしゃーい」いってらっしゃーい」いってらっしゃーい」いってらっしゃーい」いってらっしゃーい」いってらっしゃーい」いってらっしゃーい」いってらっしゃーい」いってらっしゃーい」いってらっしゃーい」いってらっしゃーい」いってらっしゃーい」いってらっしゃーい」いってらっしゃーい」いってらっしゃーい」いってらっしゃーい」いってらっしゃーい」いってらっしゃーい」いってらっしゃーい」…


 そしてそれは、彼女たちと同じ記憶を持つ、大量のレインたちもまた同様であった……。 

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