第5章:魔物がレインを手に入れるまで

レイン、起床

「ふわぁ……」


 心地よい日差しを受け、今日もレイン・シュドーは気持ちよい朝を迎えた。


 白い毛布が柔らかいベッドの心地が少し惜しい気分であったが、今起きればそれ以上の楽しみが待っている事を知っていた彼女は、窓を大きく開けて日の出の方角をじっと見つめた。そして太陽の傍にいくつもの人間の影が浮き上がるのを確認したレインは毛布を除け、いつも身につけている純白のビキニアーマーを日差しに当てながら、ゆっくりと空中に浮き上がった。漆黒のオーラを用いた『魔術』の力を持ってすれば、空中浮遊など簡単なのだ。


 窓の外へと飛び出したレインの目に入ってきたのは、自分と全く同じように空へと浮かぶ、たくさんの人影だった。

 それは皆、長く伸ばした髪を1つに結い、たわわに実った胸や滑らかだが力強い腰つきを純白のビキニ衣装で覆い、そして肩や腹、太ももを彩る健康的な肌を存分に露出する自分自身――レイン・シュドーそのものだった。


「おはよう、レイン♪」おはよう、レイン♪」おはよう、レイン♪」おはよう、レイン♪」おはよう、レイン♪」おはよう、レイン♪」おはよう、レイン♪」おはよう、レイン♪」おはよう、レイン♪」おはよう、レイン♪」おはよう、レイン♪」おはよう、レイン♪」おはよう、レイン♪」おはよう、レイン♪」おはよう、レイン♪」おはよう、レイン♪」おはよう、レイン♪」おはよう、レイン♪」おはよう、レイン♪」おはよう、レイン♪」おはよう、レイン♪」おはよう、レイン♪」おはよう、レイン♪」おはよう、レイン♪」おはよう、レイン♪」おはよう、レイン♪」おはよう、レイン♪」おはよう、レイン♪」おはよう、レイン♪」おはよう、レイン♪」おはよう、レイン♪」おはよう、レイン♪」おはよう、レイン♪」おはよう、レイン♪」おはよう、レイン♪」おはよう、レイン♪」おはよう、レイン♪」おはよう、レイン♪」おはよう、レイン♪」おはよう、レイン♪」…


 太陽がゆっくりと空へ昇る中、数限りなく大地を覆う建物の内外は、あっという間にレインの朝の挨拶で埋め尽くされた。建物の中から次々と新しいレインが飛び出し続け、空も地面も次々に肌色や黒色、白色で覆ってしまったからである。

 当然だろう、ここはレイン・シュドー――世界を自分で覆い尽くし、真の平和を作り出そうとする、ビキニ衣装の女剣士が日々何千何万、いや何億、それ以上と生まれ続ける、彼女たちの『本拠地』なのだから。


~~~~~~~~~~~~~~~


 勢力を日々広げ続けるレイン・シュドーの勢いは、留まる事を知らなかった。世界を再び狙おうとする魔王の指示の元、彼女は次々に人間たちの住む『町』や『村』に潜入しては、それらを丸ごと自分たちの領域にし、住民など生きとし生けるもの全てをレインが自らを増やすための糧に変えてしまうのだ。

 彼女によって支配された場所は、日々全く同じ姿形、同じ名前、そして同じ笑顔を持つ純白のビキニアーマーの女剣士が増え続け、そして勢力を更に広げるための場所に変貌するのである。


 そんな彼女たちの最大の拠点が、長期間にわたって魔王と共に力を溜め、自分を増やしながら魔術や剣術の腕を高め続けた、世界の果てにあるこの『本拠地』であった。


「いただきまーす!」いただきまーす!」いただきまーす!」いただきまーす!」いただきまーす!」いただきまーす!」いただきまーす!」いただきまーす!」いただきまーす!」いただきまーす!」いただきまーす!」いただきまーす!」いただきまーす!」いただきまーす!」いただきまーす!」いただきまーす!」いただきまーす!」いただきまーす!」いただきまーす!」いただきまーす!」いただきまーす!」いただきまーす!」いただきまーす!」いただきまーす!」いただきまーす!」いただきまーす!」いただきまーす!」いただきまーす!」いただきまーす!」いただきまーす!」いただきまーす!」いただきまーす!」いただきまーす!」いただきまーす!」いただきまーす!」いただきまーす!」いただきまーす!」いただきまーす!」いただきまーす!」いただきまーす!」いただきまーす!」いただきまーす!」…


 朝の挨拶を終えたレインたちは、大地を覆う建物の中に次々に戻り、朝食を用意した。地上の愚かな人々を正し、全てを自分で埋め尽くすために鍛え続けた魔術の力は、今や腹を満たすだけの食事も簡単に無から創造してしまうほどにまで成長していた。レインがかつて住んでいた人間たちの世界の常識では考えられないほどの魔術レベルである。

 あちこちの建物の中で一斉に食事をとり始めたレインたちは、1つのテーブルを何百、いや何千人にも囲む大集団になっていた。内部の空間をゆがめ、幾らでも自分自身が入れるように部屋を広め、テーブルを巨大化させ、大量の料理を用意したのである。ただし、敢えてレインたちは部屋の面積を小さくし、自分たちがぎっしりと詰めてテーブルの前に座るようにしていた。その理由は――。


「あぁん♪」ふふ、ごめんごめん♪」もう、レインったら♪」あぁん♪」あはは♪」あぁん♪」あはは♪」あぁん♪」あはは♪」あぁん♪」あはは♪」あぁん♪」あはは♪」あぁん♪」あはは♪」あぁん♪」あはは♪」あぁん♪」あはは♪」あぁん♪」あはは♪」あぁん♪」あはは♪」あぁん♪」あはは♪」あぁん♪」あはは♪」あぁん♪」あはは♪」あぁん♪」あはは♪」あぁん♪」あはは♪」あぁん♪」あはは♪」あぁん♪」あはは♪」あぁん♪」あはは♪」あぁん♪」あはは♪」あぁん♪」あはは♪」あぁん♪」あはは♪」あぁん♪」あはは♪」…


 ――美味しい食事を食べるという快楽と、両隣の自分の肌の感触を全身で確かめるという快楽の2つを同時に味わうためである。


 レインは毎日、町や村を征服し、自分を増やし続けるという行為を非常に楽しんでいた。自分たちの最大の目標に近づけるという達成感は勿論だが、それ以上に、世界で一番美しく愛らしい、純白のビキニ衣装のみを身に纏った、自分と全く同じ姿形の美女が周りを覆い、そして数限りなく増えていく様子を眺め、そして自分自身で増え続ける事が楽しかったからである。


 毎日あらゆる方法で増え続けた結果、レインの総数がどれくらいなのか、彼女たち本人でも分からなくなり始めていた。ただ、間違いなくこの世界に住む人間の数は凌駕しており、下手すればこの世界に住む全ての動物を合わせた数よりも、レインの数の方が多くなっているかもしれない、とまで考えるようになっていた。

 だが、それほどまで大量に増えてもなお、レインたちは世界を完全に征服する事は達成していなかった。彼女たちの行動には大きな制限が課せられているからである。

 

『……聞こえるか』


「あ、魔王!」魔王!」魔王!」魔王!」魔王!」魔王!」魔王!」魔王!」魔王!」魔王!」魔王!」魔王!」魔王!」魔王!」魔王!」魔王!」魔王!」魔王!」魔王!」魔王!」魔王!」魔王!」魔王!」魔王!」魔王!」魔王!」魔王!」魔王!」魔王!」魔王!」魔王!」魔王!」魔王!」魔王!」魔王!」魔王!」魔王!」魔王!」魔王!」魔王!」魔王!」魔王!」魔王!」魔王!」魔王!」魔王!」魔王!」魔王!」魔王!」魔王!」魔王!」魔王!」魔王!」魔王!」魔王!」魔王!」魔王!」魔王!」魔王!」魔王!」魔王!」魔王!」魔王!」魔王!」魔王!」魔王!」魔王!」魔王!」魔王!」魔王!」魔王!」魔王!」魔王!」…


 本拠地内に住む無数のレインたちの心に向けて一斉に言葉を放った『魔王』によって。


~~~~~~~~~~~~~~~~~


「うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」…


「……ふん」


 朝食を食べ終えたレインたちは、ぞろぞろと魔王の待つ地下の大広間へと集まり始めた。

 以前なら短時間で全ての彼女が集まる事が出来ていたが、無秩序に本拠地の空間を歪めて居住空間を広げ続ける今の彼女の数では、一度に集まるだけでもそれなりに時間がかかってしまっていた。魔術の力を応用し、レインの数を集約してはいるのだが、本人たちはたくさんの自分とふれあい、ビキニ衣装の美女が大量に集まる様子を見たがっていたため、結局は何万何億、いや下手すれば兆単位にまで及びかねないほどの数のレインがびっしりと連なる結果になっていた。


 しかし、魔王はそんなレインたちの様子を咎めたり彼女に苛立ちを見せることは無く、むしろ関心が無いかのように振る舞っていた。

 いつもその調子の魔王の様子を、レインたちは強者が見せる余裕の一環かもしれない、と感じていた。以前、彼女は魔王の実力に疑問を抱き、自らの現状を確かめる事をかねて魔王に再び勝負を挑んだ事があった。結果は、魔王に一つも傷を付けられないまま、億単位のレイン・シュドーが一撃で戦闘不能に陥る、と言う圧倒的なものに終わった。いくら数を増やして世界を覆い尽くしても、『魔王』と言う存在に勝てない限りは、レインが真の平和を自分の手で作り出すことは不可能だという事を、彼女は体の芯から痛感させられたのだ。

 かつての世界を護る者であり、現在の世界を脅かす者たちであるレインが魔王に従い続けていたのは、これが一番の理由である。


「貴様らに、新たな作戦を伝える」


 そんな魔王がレインたちに与えた今回の作戦は、同時に2箇所の町を征服する、と言う内容であった。


 レインたちのこれまでの成果は全戦全勝、人間たちの妨害を受けるどころか、逆に彼らを翻弄しながら次々と町や村を手に入れていった。彼女たちが征服しつくした証である「漆黒のドーム」に包まれた場所は、今や3桁に達していた。

 そんな状況の中、日々住処を奪われていく人間たちの間で面白い動きが起きていた。


「えーと、確かこの町は『レイン・シュドー』を祭っている場所で……」「私が神様みたいに扱われてるんだよね……」

「で、こっちは壁を作って篭ってる町よね」「魔物から逃げるために、ね」「無駄だけど」


 今回の対象となる2箇所の町を見比べている中、レインは人間たちの間で不穏な空気が起こり始めている事を思い出した。以前、これらとは別の村を征服するために密かに訪れた際、彼女の目の前で幾人かの人々が殴りあいの喧嘩をしていたのだ。その一番の理由は、各地に広まるレイン・シュドー信仰に対するものであった。


 人間を守るはずの勇者たちの奮闘も効果がないまま魔物=レイン・シュドーの領域が広まるにつれ、不安に怯える人間たちの中に、魔王を倒すために自分の身を犠牲にした勇者『レイン・シュドー』を、神様のように祭り上げる者たちが現れ始めた。1人や2人ではない、あっという間にいくつもの町や村が、その総力を挙げてレインに祈りを捧げ、町中に彼女のビキニアーマーを洗濯物のようにぶら下げ、そして彼女と同じ純白のビキニ衣装を身に付け、彼女の力にすがろうとしていたのである。レイン・シュドーの御恩があれば、魔物に教われない、と言う妙な考えを伴いながら。

 勿論レイン・シュドーは死んではおらず、むしろ日々大量に増え続けている。だが、かつてのリーダーである彼女を見捨てて逃げ帰った勇者の報告を信じきっている人間たちは、レインを実在した神様のように扱い始めていたのだ。


 しかし、中にはそれらを戯言だと相手にしない人間たちもいた。巨大な壁で町や村を囲み、住民だけでも守ろうとする者たちがその筆頭である。彼らは信心よりも物理的な防御を第一とし、命を落とした者を崇めることを愚かだと考えていたのである。


 その結果が、レインの目の前で起きていた殴り合いの喧嘩だった。


「あれは酷かったよね、レイン♪」

「レインの加護を信じないものには罰が下るー?」

「迷信を信じ続ける奴は滅びる運命ー?」


「もう笑っちゃうよねー、あははは♪」あははは♪」あははは♪」あははは♪」あははは♪」あははは♪」あははは♪」あははは♪」あははは♪」あははは♪」あははは♪」あははは♪」あははは♪」あははは♪」あははは♪」あははは♪」あははは♪」あははは♪」あははは♪」あははは♪」あははは♪」あははは♪」あははは♪」あははは♪」あははは♪」あははは♪」あははは♪」あははは♪」あははは♪」あははは♪」あははは♪」あははは♪」あははは♪」あははは♪」あははは♪」あははは♪」あははは♪」あははは♪」あははは♪」…


 同じ記憶を共有しているレインたちは、あの時の必死な形相の人々を思い出し、嘲り笑った。

 彼らが今まで一切攻撃を受けてこなかったのは、レインの加護でも壁の効果でもなく、単に魔王がレインたちに指示を下して征服させなかっただけであった。むしろ人間たちがこのような争いを起こさせる事こそが、魔王の目的だったのだ。ほんの小競り合いでも、それが何度もあちこちで行われれば、やがてそれは大きなうねりとなり、魔物に襲われなくとも人間たちの勢力を消耗させる事となるのである。


 そして、今回の征服活動はその争いを助長させる事が最大の目的だった。



「そうね、レインを崇める町と『壁』の中に篭る町……」

「それを同時に襲えば、互いが互いを責める事になって……♪」

「噂が伝わるのは早いわよねー♪」


 今回もなかなか面白そう、と率直な感想を一斉に述べる大量のレインに、魔王は普段どおり無表情の仮面を向け続け、そのまま冷静沈着な口調で作戦の注意事項を述べた。


 本拠地から侵攻するレインは1人、レイン・シュドーを崇める町の方に向かう事になった。

 もう一方の『壁』に篭る町は、こことは別の場所――少し前に征服した場所で生まれているであろう、出来立てのレイン・シュドーの1人に託すよう、魔王はレインに指示を出した。



 そしてもう1つ、冷静沈着さはそのままだがより深く釘を刺すような口調で、魔王はレインたちに告げた。ここにきて、人間たちの間で妙な動きが起き始めている、それも今までには無かったものだ、と。それが何なのか、まだはっきりとは伝えられないと言葉は濁されたが、気を緩ませかけていたレインたちの表情を真剣な者にさせるには十分なようであった。


「何度もしつこく注意しておく。幾ら全戦全勝とは言え、決して油断はするな」

「分かったわ、魔王」「『人間』の力の怖さ……」「私が一番知ってるから」



「……誰が『人間』の怖さだと言ったか?」

「「「「……え?」」」」


 魔王はそれ以上、この件に関して深く言う事は無かった。

 レインの頭の中に再び疑問が浮かんでしまったが、すぐに彼女の心に生まれた『油断をしてはならない』と言う戒めによって上書きされた。どんな相手であれ、全力を出し切るためには神経を尖らせ、自らの精神力を維持し続けなければならない事も、彼女は長い戦いの中で嫌と言うほど感じていたからである。


 そして、魔王の傍に、今回の作戦の代表である1人のレイン・シュドーが新たに創造された。目的地に向かう前に、まずこのレインが『記憶』を伝えるメッセンジャーとなり、もう1つの場所に居るレインの大群に詳細を伝える事になっている。様々な重要な任務が課せられた彼女は、魔王をじっと見据えながら笑顔を作った。

 だが、それは朝に見せた満面の笑みではなく、自信と気合、そして多大な精神力に満ちた、世界に真の平和をもたらすために日々奮闘する、ビキニ衣装の女剣士の顔であった……。

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