レイン、再戦

 魔王と共に本格的に世界征服に乗り出して以降も、レイン・シュドーは日々の鍛錬を怠ることが無かった。

 世界が平和になった事で勇者たちが堕落し、女をはべらせたり体の筋肉が次々に脂肪へと変わり果てたり実力が無いのにおごり高ぶり続けた一方、その勇者に裏切られて見捨てられた過去を持つ彼女は、彼らを反面教師にしながら毎日強さを求め、自らを鍛え上げていたのである。今やその強さは、かつてたった1人で挑んだ最後の戦いで惨敗した時とは、比べ物にならないほどになっていた。



 そう、レイン・シュドーは非常に強くなっていたはずであった。

 だが、そんな彼女たちは今、身体の中から襲いかかる激痛に飲み込まれるかのように悶え続けていた。


「ぐっ……!」「くうっ……!」「はぁ……あぁ……ん!」「い、いた……い……」「だ、だめ……!」「あぁ……!」「くぅぅぅぅっ……!!」


 肌の色のような砂の上に横たわっていたのは、健康的な色を見せながら大きな胸を揺らす、純白のビキニ衣装のみを着込んだレインの体であった。その数は数万、数億、いや数兆にも及ぶかもしれない。空間を歪ませ、地平線まで見えるほどに広がった闘技場は、苦しみ続ける半裸の美女の大群によって埋め尽くされていたのだ。

 そして、彼女たちの肉体が横たわり続ける闘技場の中央に、大胆に露出したレインとは正反対の衣装――無表情の仮面と、夜の闇よりも黒い衣装で全身を包んだ魔王が、全身を黒いオーラで包みながら立ち続けていた。そう、大量のレイン・シュドーをこの状態に追い詰めたのは、他ならぬこの『魔王』だったのである。


 一体何が起きたのだろう。それを語るためには、当日の朝に遡る必要がある。


~~~~~~~~~~


「……ほう?」


 征服し終わったあちこちの町や村から集まったレインの代表からその言葉を聞いた魔王は、怪訝そうな返事をした。住む場所が違うこともあり、記憶に多数の相違点があるレインたちだが、その思考は全員とも全く同じであった。どのレインたちも、魔王から直々に『実戦訓練』をして欲しい、と一斉に考えていた。つまり、魔王ともう一度戦いたい、と本人にお願いしたのである。


 だが、魔王がその要望をすんなりと受け入れる訳は無かった。


「何を考えているのだ?この魔王を倒そうとでも言うのか、今の実力で?」


 確かに、レイン・シュドーの持つ力は、既に人智を超えるものになっていた。純白のビキニ衣装やそこから大胆に露出する肌に一切傷を負わせない剣の腕により磨きがかかったのは勿論だが、それ以上に今の彼女たちには、凄まじい『魔術』――魔王から伝授された、漆黒のオーラを自在に操る術が備わっていた。

 自身のいる場所の空間を歪ませて無理やり広くさせたり、何も無い空間に食べ物や飲み物を繰り出したりする事は今のレインにとってはもはや朝飯前となっていた。さらに、様々な魔術を使って、世界で一番大好きな存在『レイン・シュドー』を無尽蔵に、果てしなく生み出し続ける事も、彼女たちにとっては日常の光景になっていたのだ。

 

 これらの力を駆使したレインたちは、人間たちとの戦いで全戦全勝、立ち寄った全ての村や町をレイン・シュドーで埋め尽くす事に成功し続けていた。だが、それでもなお彼女たちの前には果てしなく高い壁が立ちはだかっていた。レイン・シュドーの体と心に大きな傷を負わせ、屈辱的な敗北を味あわされた相手、魔王である。


「「今の私じゃ、魔王に全然勝てないし……」」「「いくら強くなっても、まだまだ及ばない事は知ってるわ」」


 むしろ、魔王の下で何度も何度も鍛錬を重ねていく中で、より彼女たちは魔王の力の凄まじさを思い知らされていた。いくら強くなっても、魔王の無表情の仮面を剥がし、何を考えているかを知る事は未だに出来ていない。いや、剥がすレベルにすら達していない可能性があるのだ。

 しかし、そんな中でも敢えてレインは、魔王に挑戦状を叩きつける決意をした。今の自分が越えるべき壁――『魔王』の強さからどれくらい遠い場所にいるのか、逆にどこまで魔王に抗う事ができるのか、それを知りたかったのだ。

 一度心の中で高まった欲望は、そう簡単には抑えられなかった。


「魔王お願い、もう1度私の鍛錬に付き合って!」お願い!」お願い!」お願い!」お願い!」お願い!」お願い!」お願い!」お願い!」お願い!」お願い!」お願い!」お願い!」お願い!」お願い!」お願い!」お願い!」お願い!」お願い!」お願い!」お願い!」お願い!」お願い!」お願い!」お願い!」お願い!」お願い!」お願い!」お願い!」お願い!」お願い!」お願い!」お願い!」お願い!」お願い!」お願い!」お願い!」お願い!」お願い!」お願い!」お願い!」お願い!」お願い!」お願い!」お願い!」お願い!」お願い!」お願い!」お願い!」…


 周りを何千何万重にも取り囲み、必死におねだりをし続けるレインたちの様子を無表情の仮面からじっと眺めた後、魔王は静かに立ち上がった。彼女たちを、思い上がった愚か者だと罵りながら。


「……貴様らの伸びきった鼻をへし折る必要があるようだ。ついてこい、相手になろう」


「……ありがとう、魔王!」ありがとう!」ありがとう!」ありがとう!」ありがとう!」ありがとう!」ありがとう!」ありがとう!」ありがとう!」ありがとう!」ありがとう!」ありがとう!」ありがとう!」ありがとう!」ありがとう!」ありがとう!」ありがとう!」ありがとう!」ありがとう!」ありがとう!」ありがとう!」ありがとう!」ありがとう!」ありがとう!」ありがとう!」ありがとう!」ありがとう!」ありがとう!」ありがとう!」ありがとう!」ありがとう!」ありがとう!」ありがとう!」ありがとう!」ありがとう!」ありがとう!」ありがとう!」ありがとう!」ありがとう!」ありがとう!」…


 こうして今日の鍛錬は数万人のレイン・シュドーと1人の魔王が対峙する、実戦方式のものとなった。

 その内容は非常にシンプルであった。地平線が見えるほどに広がった闘技場を埋め尽くす数億人のレイン・シュドーが、『1人』でも魔王の仮面を破る事ができれば、今回の鍛錬は成功とみなされる、と言うものである。


 大量のビキニ衣装の美女たちが埋め尽くし、じっと攻撃の機会を待ち続ける闘技場の中央で、魔王は普段どおりに無表情の仮面を纏い、漆黒の衣装で何もせずただ立っているばかりであった。素人から見れば、今の魔王は何も攻撃手段を持たない隙だらけの状況に思えるかもしれない。正直な所、身構えたレインもその無防備さに一瞬油断しかけてしまったが、すぐにその単純すぎる愚かな考えを改めた。魔王との長い付き合いの中で、その底知れぬ恐ろしさを彼女は十分に味わっていたからだ。

 何せ、こうやって彼女が無限に増え、思う存分世界に広がる事が出来るのも、ひとえに魔王の力あってのもの。魔王がいなければ、今の彼女は存在することは無かったかもしれない。

 だが、それでも彼女は怖気づく事はなかった。今の自分の実力が、どれだけ魔王に追いついたかを試す絶好の機会を逃すわけにはいかないのだ。



 そして、しばらく続いた静寂の時間は――。



「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「はあっ!!」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」


 ――ほぼ同時に動き出したレイン・シュドーの声によって破られた。


 彼女たちは次々に、右手の掌に巨大な漆黒の丸い塊を創りだした。かつて魔王から伝授してもらった、人間の力を遥かに超越する力『漆黒のオーラ』を、攻撃のために具現化させたのである。そしてレインたちは魔王の周り――地面のみならず空中も含めて――を取り囲み、自らの力を一斉に解き放った。

 あっという間にレインたちの隙間から無数の閃光、いや光を思わせるような黒い筋が、爆音と共に広がった。彼女のオーラが闘技場の地面に直撃した印である。ところがその直後、魔王を取り囲んでいたレインたちは凄まじい衝撃を受け、悲鳴と共に空中へと吹っ飛ばされた。確かに大量に攻撃は行ったが、ここまで凄まじいほどの威力には調整してなかったはずだ。

 そう、大量のレインたちによる一斉攻撃に、魔王は怯むどころか一切のダメージを受けないまま、たった1人でそのエネルギーを上回る『漆黒のオーラ』を放ち、反撃を行ったのである。



「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「きゃあああああぁぁああ!!」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」



 だが、吹き飛ばされたレインたちはその顔をゆっくりと笑顔に変えた。魔王から教えてもらった攻撃を魔王自身が食らうことなど絶対にあり得ない事は、彼女は承知していた。このレイン・シュドーは、魔王に先制攻撃を行うためのいわば捨て身役。何度やられても数限りなく代わりを創り、幾らでも自分の囮にする事が出来るレインならではの作戦である。

 そして、第二陣が剣を構え、攻撃を繰り出した直後の魔王に対して接近戦を挑みかかった。四方八方、何万人もの彼女が、ビキニ衣装に包まれた大きく豊かな胸を震わせながら、魔王ではなく自分自身の手で磨き上げた実力を見せ付けようとしたのである。

 だが、その剣は魔王の傍に近づく以前に、強大な『壁』によって阻まれてしまった。レインたちの眼では確かめる事ができない透明な『壁』であったが、彼女はすぐに直感で魔王が繰り出した漆黒のオーラによる産物であると気づいた。彼女たちが征服した町の外を覆う半球状のドームと同様、外部から人間の力では絶対に入ることが出来ない構造だったからである。そしてそれは、人間が産み出した産物――『剣』もまた同様であった。


 ただ、それはあくまで人間やその所有物に限っての事。レインたちには、『壁』に囲まれた中心でじっと立つだけの魔王に対抗する策があった。あのドームは、魔王やレインなど漆黒のオーラを身に纏うものならば自由に出入りする事ができる。なら、この頑丈そうな『壁』も、漆黒のオーラの力を使えば――!!


「「「「「「「「「「「「ふぅぅぅぅん!!!」」」」」」」」」」」」」」」

「「「「「「「「「「「「はぁあああっ!!!」」」」」」」」」」」」」」」


 ――あっという間に、透明な『壁』の周りは大量の肌色や黒、そして白色によって埋め尽くされた。純白のビキニ衣装を結ぶ紐や自慢の剣を収める鞘を背中に覗かせながら、レイン・シュドーたちは一斉に剣の表面を漆黒のオーラで塗りつぶし、そのまま『壁』を切り裂こうと動き出したのである。


 数で圧すその戦法は、確かに効果的なものではあった。彼女たちが剣で突いたり斬ったりした場所の『壁』は予想通り呆気なく破れ、そこからレインたちは次々と内部に入り、少しだが魔王に近づくことが出来たのである。だが、それでもレインが魔王に近づく事は困難を極め続けた。破られた箇所がすぐさま再生するだけではなく、内部に侵入したレインたちの前にも新たな『壁』が立ちはだかったからである。しかも、一番外側に広がっていた『壁』とは明らかに性質が異なり、レインの剣を受け付けないように柔らかく、そして粘っこい感触で、彼女の動きをも阻害していたのだ。それでも何とか切れ味を高めた自らの剣で新たな『壁』を切り裂いた、その時――。


「「「「ひぃっ!!」」」」

「「「「「きゃあああっ!!!」」」」」

 

――壁の内部からあの時と同じ漆黒の爆発がおき、周りに居た数百人のレインもろとも遠くへ吹き飛ばしてしまった。あっという間に一番外の位置からやり直しである。幾らでも代わりがいる、と言うレインと同じ戦法を魔王も行っていた。『壁』の内側に無数にも及ぶ見えない障壁を漆黒のオーラで創造し、無尽蔵に襲い掛かるレインを蹴散らし続けていたのである。

 だが、レインたちは諦める事はなかった。吹き飛ばされてもすぐに自らの魔術の力で傷を癒し、新手の自分を次々に創り出しては、魔王の攻略に挑み続けていたのである。自分のちっぽけな力が、『数』と言う大きな武器を得たとき、どこまで魔王に抗う事ができるのか、彼女は確かめてみたくなったのだ。

 そして、彼女の心にほんの僅かながら、魔王に勝てるかもしれない、と言う希望も生まれていた。


「はぁぁっっ!」はぁぁっっ!」はぁぁっっ!」はぁぁっっ!」はぁぁっっ!」はぁぁっっ!」はぁぁっっ!」はぁぁっっ!」はぁぁっっ!」はぁぁっっ!」はぁぁっっ!」はぁぁっっ!」はぁぁっっ!」はぁぁっっ!」はぁぁっっ!」はぁぁっっ!」はぁぁっっ!」はぁぁっっ!」はぁぁっっ!」はぁぁっっ!」はぁぁっっ!」はぁぁっっ!」はぁぁっっ!」はぁぁっっ!」はぁぁっっ!」はぁぁっっ!」はぁぁっっ!」はぁぁっっ!」はぁぁっっ!」はぁぁっっ!」はぁぁっっ!」はぁぁっっ!」はぁぁっっ!」はぁぁっっ!」はぁぁっっ!」はぁぁっっ!」はぁぁっっ!」はぁぁっっ!」はぁぁっっ!」はぁぁっっ!」はぁぁっっ!」はぁぁっっ!」…


 無我夢中で魔王に挑み、増えに増えたレイン・シュドーの数は、既に万単位どころか億をも超えそうなほどの勢いになっていた。魔王が佇む場所を中心とした空間は一面レインの肉体でぎっしりと埋め尽くされ、彼女たちの身体で果てしなく分厚い『壁』が構築されそうなほどであった。文字通り密接な状態にある彼女たちは、肩や胸、背中や尻など自らの漆黒のオーラを他の自分に伝達する事で、魔王に最も近い場所にいる自分と動きや強さを連携し合い、そちらに自らのオーラを預ける事でより強さを高めようとしていた。

 まさに数の暴力とも言うべき方法のお陰か、レインたちは少しづつ魔王が繰り出す『壁』に対して有利になり始めていた。何度爆発が起きようとも無尽蔵に代わりを投入し、破れない壁があれば大量の自分からオーラを頂き、剣をより頑丈かつ鋭利にして切り裂き続けたのだ。



 そして、気づけば数兆もの数に膨れ上がったレインの大群が一丸となった事で、ついにレインは魔王にあと少しのところまで近づくことが出来た。魔王が創りだす『壁』の力に抗いながら、彼女は必死の形相でじっと立つ漆黒の存在に自らの実力を見せ付けようとしていた。



 まさにその時だった。突然、魔王が両腕を左右に広げたのは。


 あまりにも唐突な魔王の動きが何を意味するのか、レインには考える暇すら与えられなかった。彼女の目が、衝撃と共に走った凄まじい『閃光』によって眩まされたからである。




「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「きゃああああああああああああああっっっっ!!!」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」


 


 喉が張り裂けそうな悲鳴の大合唱と共に、数兆人のレインたちは魔王から引き剥がされるように吹き飛ばされた。純白のビキニ衣装1枚だけで包まれた彼女の肉体は、地響きを立てながら次々に闘技場の地面へと落ちていった。いざと言うときのため、漆黒のオーラに包ませていたレインの健康的な肉体は、その上に纏うビキニ衣装の紐も含めて傷を負うことは無かった。今のレインは、見た目だけはいつでも立ち上がり反撃へと乗り出せそうな格好となっていた。

 だが、それは不可能だった。レイン・シュドーの身体の内部に、強烈な痛みが襲い掛かっていたのだ。


「ぐぅぅっ……!」「うぅぅ……!」「い、いたいぃぃぃ……!」「な、なによ……これ……!」「た、立てない……」「あ、あぁぁあぁっ……!」


 『勇者』として魔物相手に幾多もの戦いを繰り広げていたレイン・シュドーでも、体内から押し寄せてくるこの痛みは初めて経験するものであった。体内の臓器が生きたまま何かに吸い込まれ、貪りつくされ、無に返していく――それはまるで永遠を望むレイン・シュドーの理念に最も反するような痛みだった。立つ事すらままならない状況の中でも、レインは必死に痛みに耐え、自らの意識を維持し続けていた。鍛え続けた精神力がなせる業か、それともあまりの痛みの強烈さ故か、それは分からない。


 だが、1つだけ確かな事がある。

 彼女たちが見上げた、地下に広がる『偽りの空』に――。


「ま……」「まお……う……」



 ――レインたちをたったの1撃で完敗に追い込んだ魔王が、彼女を見下ろすかのように佇んでいた事だ……。

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