レイン、覗見

 魔王による人間世界への再度の侵攻が始まってから、またまた少しの月日が流れた。


 これまでのところ、魔王および協力者であるレイン・シュドーによる町や村の征服活動は、どれも全て成功に終わっていた。様々な策を講じて必死に食い止めようとする人間や勇者を様々な暗躍で嘲笑いながら、自分たちの強大な力で一夜にして町や村の命を揃ってレイン・シュドーに変え、魔王や自分自身の領域としていったのである。

 そして、レイン・シュドーの数もまた日を追うごとにどんどん増大し続けていた。日々の鍛錬の中で増やしたり、あちこちに大量に生えている『レイン・ツリー』から生まれ続けるばかりではなく、各地の町や村だった場所からも毎日新しいレインが次々に現れ、人々で賑わっていた空間を純白のビキニ衣装で埋め尽くしていた。

 征服に成功する度にどんどん増える自分自身を、レインは非常に楽しみにしていたのだ。


「ふふ、貴方たちはどこのレイン?」


「私?私は一昨日征服した町のレインよ。レインの方は?」


「私は海辺の町のレインよ。よろしくね、レイン♪」


「こちらこそ、レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」…


 全員の記憶を統一する前に、こうやって少しだけ違う自分と会話する事も、最近のレインの楽しみになっていた。自分の知らない別の自分が存在する、と言う状況に、彼女はいつも心躍らせていたからである。とは言え、やはり別のレインが経験したことを自分もぜひ記憶しておきたい、と言う願望の方が強いのも確かであった。最終的には、大量のレインたちは一斉に同じ事を考えながら言葉を発し、その心地よくも艶やかな響きを聞いて嬉しさで顔を火照らせていたのである。


 そんな大量の彼女たちが一斉に集まっていたのは、本拠地である巨大なレインの『町』――かつて世界の果ての荒野だった場所である。

 勇者の動きとは別に、人間たちにも様々な状況の変化が生じてきた事を魔王から報告してもらうため、征服が完了した世界各地からレインたちの『一部』が集まったのだ。


「確かに、前よりも人間たちが退廃的になったわね」

「滅びを目の前にすると……」

「人間って変わるのかしら」

「「「「ねー」」」」


 かつては、中にはそのような状況を打破しようともがく人間たちもいた、と魔王は告げた。それが誰を指すのか、彼女たちはすぐに分かった。世界がこのまま滅びの道を突き進むのを見ていられない、自分たちが何とかしないといけない、と言う使命感に、『勇者』だった頃のレイン・シュドーは燃え続けていたのだ。

 だが、今の世界の人間たちが取り始めたのは、魔物を倒し世界に平和をもたらすと言う信念の元で行動をし続けていた『勇者』レインとは全く逆の行動であった。あの時彼女は、。それが可能なほどの見事な剣の腕やリーダーシップがあってこそなのも確かなのだが、それを抜きにしても、人間たちはあまりに臆病すぎる方法で魔物と対峙しようとしていたのである。

 その中でよく見られる動きの1つを見せると告げた魔王は、漆黒の袖に包まれた右手を動かし、人差し指で大きな長方形を描いた。指で辿った筋に光が残っているのをレインたちが不思議がった瞬間、突如長方形はレインの背丈の何倍もの大きさに巨大化し、次第に『外の世界』の様子が映し出され始めた。

 この巨大な『町』の地下に広がる空間にある、青く澄んだ魔王の泉と同じような効力を持つ魔術なのだろう、とレインたちは察し取った。あらゆる場所の様子をすぐさまこちらに映し出す事が出来る、不思議だがとても便利な力である。


「……で、魔王、これって……」「大きな壁だよね……」「私の何十倍あるんだろう……」


 今回長方形の中に映ったのは、灰色の巨大な壁によって囲まれ、人々の行き来が制限されている大規模な町の様子だった。


 かつて、レインが勇者として魔物と戦っていた際に、彼女は一部の町や村が『壁』を作ろうとしている様子を目にしていた。恐ろしい魔物の侵攻を防ぐための、人間たちの決死の策であった。確かに地を這う魔物に対しては何とかなるかもしれないが、翼を生やした空を飛ぶ魔物に対しては無意味に等しいものだとレインは感じていたが、敢えてそのような事を自ら告げた上で、それでも構わない、と彼女に言う町の人がいた。ほんの僅かでも魔物の襲撃を食い止めれば、生き残る人間の数は多くなるだろう、そのためには自分が犠牲になっても良い、と考えていたのだ。どんな辛い状況でも、その頃の人々たちは皆前向きであった。どんな事があっても生き残る、と言う決意に満ちていた。

 だが、この無機質な巨大な壁からは、そのような意志は全く感じられなかった。町や村の外に繋がる門は非常に硬く頑丈で、周りには多数の兵士たちが警備を固めていたのだ。自分たち「だけ」が生き残ると言う、自分勝手でワガママな気持ちが、溢れているようにレインたちには見えてしまった。


 とは言え、その町の人たちの中でも意見は分かれている、と魔王は告げ、長方形に映し出されていた町の様子を「外」から「中」に切り替えた。そこには、口論になっている人々の様子が映し出されていた。一方は町の偉い人たちと住民、もう一方は商人や一部の労働者である。

 その理由に悩んだレインだが、魔王が与えたヒント――『壁』と商人は共存できない――によって真実を知る事が出来た。


「あー、この町、外部との連絡を大幅に制限してるのね」「だから外に出かける商人は……」「あれ、だったら町の人にも影響が及ぶんじゃない?」「なのになんで商人に文句を……?」


「あやつらは自分の安全しか考えていない。食糧が尽きる事よりも、命が助かる事を優先しようとしているのだ」


 それを聞いた数億人のレインの口から、自然に笑い声が上がり始めた。あれだけ過去の自分が助けようとした人間たちがここまで愚かな存在であったと言う事実を嘲り笑っていたのだ。例え自分の命は守れたとしても、あの住民たちは自分たちが外部からの食糧に頼らなければ生きていけない事に気づいていないことに対しても。

 それに、そもそもあのような『壁』など、レインや魔王にとっては障壁どころか相手が油断している事を示してくれる招待状のようなものであった。様々な姿を使い分けている事もあってか、レインがこっそり偵察に行っても人間たちは一切気づく事が無い。それに加えて、自分たちを守ってくれると称する『壁』があれば、彼らはより鈍感になってしまうのだ。


「だが、油断はするな。足元をすくわれても良いのか?」

「大丈夫よ、魔王」「新しいレインに会えるのに、ふざけていたら失礼だもん」「本当よね、新しいレインが待ってるのに」「ねー」「ねー」「ねー」「ねー」「ねー」「ねー」「ねー」「ねー」「ねー」「ねー」「ねー」「ねー」「ねー」「ねー」「ねー」「ねー」「ねー」「ねー」「ねー」「ねー」「ねー」「ねー」「ねー」「ねー」「ねー」「ねー」「ねー」「ねー」「ねー」「ねー」「ねー」「ねー」「ねー」「ねー」「ねー」「ねー」「ねー」「ねー」「ねー」「ねー」「ねー」「ねー」「ねー」…


 今やレインにとって、あのような愚かな人間たちは新しい自分を生み出す『素材』としての価値しか見出せなくなっていた。そして当然ながら、魔王はそれに対して一切の文句を言わなかった。

 

 人間の世界で起きている1つの流れを紹介した魔王は、もう1つ、これよりさらに大きな、そして非常に興味深い動きが起きている、と告げた。そして映された場面が変わった巨大な長方形を見たレインたちは、一斉に驚きの声をあげた。

 そこには、野原の上で大量にたなびく、雲のように真っ白に澄み渡ったビキニ衣装があった。しかも単なる水着ではない、それはレイン・シュドーが日々着ている、純白のビキニ衣装と全く同じ形状だったのである。


「「「「「え……これって……」」」」」


 一体何が起きているのか、最初レインは理解する事ができなかった。ただ単に洗濯物としてあのビキニ衣装を干していると言う訳ではないのは明らかであったが、それならどうしてこのような事をしているのか、彼女には分からなかったのだ。だが、次に映された町の様子を見て、次第に彼女は状況を理解し始めた。

 あの『壁』をつくり自分たちだけ篭ろうとした人間は確かに愚かであった。だが、こちらの町の人間も、負けず劣らず愚かな行為をしようとしていた。かつて勇者たちに助けられながらも、結局は自分たちの利益を守るために勇者を利用したに過ぎなかった人間たちが、今またレイン・シュドーを利用しようとしていたのだ。


『レイン・シュドーを崇めよ!自らの命と共に、世界を救った勇者様を!』


 きっとまた世界を救ってくれるであろう存在として。


 長方形に映し出されていたのは、レインを「神様」のように奉っている、とある町の集会場であった。かつてこの町を訪れ、我が物顔で暴れまわる魔物を退治した事があるレインは、この建物の事も覚えていた。町の中心部にある、世界の中でもかなり大きな建物の1つだ。だが今、そこはレイン・シュドーによって埋め尽くされようとしていた。


「……私の絵に、私の像……」「壁画まで作るなんて……下手だけど」「わ、あの人、私と同じ衣装だよね……」「全然似合ってない……」「もっとお腹引っ込めてよ……」


 彼らが崇めようとしている勇者の成れの果てであるレイン・シュドーの大群は、嫌悪感を露わにしながら集会の様子を眺めていた。

 正直、嬉しいと言う気持ちが無かったわけではない。自分の事を忘れていないと言うのは勿論の事、町のあちこちに自身が身にまとうのと同じビキニ衣装が飾られていたり、自分と同じ像があちこちにあったりするのは、世界で一番大好きな存在が既にあの町に居るような気分にさせてくれるものだった。

 だが、それでもレインたちは、あの人間たちを認めることは出来なかった。昔なら、自分たち勇者を崇めるのと同時に、一緒に立ち上がり魔物を倒そう、とする動きもあったはずである。だが、愚かな事に彼らはただレインに助けを求めるばかりで、何も魔物に対して対処法を取ろうとはしていなかった。いや、あの町の住民は皆、魔物に対する最大最強の防御策であるレイン・シュドーを崇める事で、魔物は襲ってこなくなると考えていたのだ。


「……つまり、この『レイン・シュドー』をお守りみたいにしてる訳?」「そういう事なの、魔王?」

「くだらんが、まさにそういう事だ。そしてこれを見ろ」


 そう言って魔王が映し出した光景に、レインたちは再び驚かされた。

 長方形が4つに区切られ、それぞれの場所に別の町や村の様子が映し出されたのだが、どの場所でもあちこちにビキニ衣装が飾られていたり、下手なレインの絵や彫刻が置かれていたりしていた。果てはレイン・シュドーを奉るため、大胆な純白の衣装の美女が隙間なく壁に描かれた巨大な木建物まで作る場所まであった。「レイン・シュドー」を崇める町や村が、少しづつ増え始めているのである。

 一体何故そこまでして、人々はレインに助けを求めようとしているのか。そして、何故自ら立ち上がらずに篭ろうとしているのか。その理由は、魔王に言われなくても彼女たちは知っていた。レインにとって非常に喜ばしい事に、今の人間たちの『勇者』に対する信頼度が、日を追うごとにどんどん落ちていたのである。


「うふふ、良い気味ね♪」何をやっても無駄になっちゃうもん♪」そりゃ無理ないよねー♪」ふふふ♪」ふふふ♪」ふふふ♪」ふふふ♪」ふふふ♪」ふふふ♪」ふふふ♪」ふふふ♪」ふふふ♪」ふふふ♪」ふふふ♪」ふふふ♪」ふふふ♪」ふふふ♪」ふふふ♪」ふふふ♪」ふふふ♪」ふふふ♪」ふふふ♪」ふふふ♪」ふふふ♪」ふふふ♪」ふふふ♪」ふふふ♪」ふふふ♪」ふふふ♪」ふふふ♪」ふふふ♪」ふふふ♪」ふふふ♪」ふふふ♪」ふふふ♪」ふふふ♪」ふふふ♪」ふふふ♪」ふふふ♪」ふふふ♪」ふふふ♪」ふふふ♪」ふふふ♪」ふふふ♪」ふふふ♪」ふふふ♪」ふふふ♪」ふふふ♪」ふふふ♪」ふふふ♪」ふふふ♪」ふふふ♪」ふふふ♪」ふふふ♪」ふふふ♪」ふふふ♪」ふふふ♪」ふふふ♪」ふふふ♪」ふふふ♪」ふふふ♪」ふふふ♪」ふふふ♪」ふふふ♪」ふふふ♪」ふふふ♪」ふふふ♪」ふふふ♪」…


 再び何億もの笑い声が響き終わった後、魔王はレインたちに、人間たちを泳がせるために今日予定していた征服活動は中止する、と告げた。

 ここまで見せたように、人間たちは『壁』を作ると言うものと、『レイン・シュドー』を奉ると言うものの2つの方向に動こうとしていた。今のところ双方に衝突の動きは無いが、いつかは双方とも意見の相違から対立関係になるだろう。壁があればレインを奉る必要もないし、一方でレインに守ってもらえれば逆に壁のほうが必要ない、そのような考えの持ち主ばかりだからだ、と言う魔王の言葉に、レイン本人も大いに同意した。


「それに、最近あちこちを征服してばかりだったからねー」「少し休憩しないと」「あちこちの維持もあるもんねー、レイン」「そうよね、レイン」


「そういう事だ……何だ、その目は」


 立ち去ろうとした魔王は、数億人のレインが一斉に自分のほうを見つめている事に気づいた。勿論、彼女より遥かに強い実力を持つ魔王が恐れをなす事はないのだが、あまりにもレインたちの目が嬉しさで輝いている様子に、魔王もつい疑問を抱いてしまったようである。


 記憶は僅かな違いがあっても同じ考えを有するレインたちは皆、先程までの話を聞いて1つの考えに至っていた。あのような『行為』を、愚かな人間にさせるわけには行かない。あれはレイン・シュドー自身にこそふさわしい行為だ、と。

 そして、一斉にレインたちは嬉しそうな声で、魔王に許可を求めた。


「いちいち許可を貰うまでもないだろう、勝手にやれ」


 その言葉を聞いて大喜びするレインの一方、無表情の仮面から発せられた魔王の言葉からは、呆れ混じりの感情が見え隠れしていた。

 当然だろう、侵略が完了した町や村の『模様替え』に構っている暇は無いのだから……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る