女勇者、潜伏

 その日、『村』の人々はいつも通りの生活を過ごしていた。

 あらゆる場所で、不気味なほど平和な時間が流れていた。



 かつて、この場所は恐ろしい魔物たちに襲われ、壊滅寸前に追い込まれた。村の背後に聳え立つ山の向こうから、『魔王』によって操られた魔物たちの集団が現れ傍若無人に暴れ回られた結果、村の田畑や家などあらゆる物が壊されたのだ。人々の生活は脅かされ、魔物に立ち向かったものたちはその恐ろしい力の前にひれ伏し、生きて帰る者は1人もいなかった。

 だが、『村』の大半の人々は、ここから逃げることすら出来なかった。村を治める『村長』や、様々な商業で儲けていた大商人や貴族たちは、魔物の脅威からすぐに逃げ出し、安全な都会で身を休めることが出来た。しかし彼らは、この村で農業に励んだり様々なものを売ったりしながら僅かなお金で過ごす人々を助けることは無かった。村に転がる石や枯れ草から生まれ続ける魔物が蹂躙する中、残された人たちはずっと恐怖の日々を過ごしていたのである。



 5人の勇者が、この場所にやってくる時までは。



 あれほど傍若無人に破壊の限りを尽くした魔物たちでも、勇者の強さには一切敵わなかった。ある魔物は鋭い剣に一刀両断され、ある魔物は攻撃魔法の前に沈黙、またある魔物は聖なる力で浄化され、元の石や土に戻っていった。そして勇者たちの活躍によって、この地に平和が戻ってきたのである。


 

 それから月日が経ち、村は順調に復興を続けていた。


「らっしゃい、らっしゃい!取れたての野菜だよー!」


 村の中心にある商店街には、今日も様々な商人たちは賑やかな声が聞こえていた。元々この場所の土は良い作物が育つことに定評があり、野菜や果物を大きく育たせる、魔物を強くさせるなど良くも悪くも様々な影響を及ぼしていた。幸い、勇者によって魔物が消え去った今は良いことばかり、美味しく育った野菜や果物は村の人たちの疲れや空腹を潤しているようだ。


「これくださーい」「じゃ、私はこれをー!」

「まいどー!」


 今日もたっぷり野菜が売れて笑顔がこぼれる野菜商人だが、今日はさらに幸運が訪れた。彼の目の前に、今まで生きていた中で考えられないほどの美女が現れたのだ。しかも、世の男性なら誰もが喜びそうな非常にセクシーな衣装で。


「あ、こ、こんにちは……」

「こんにちは、はじめまして」


 丁寧に挨拶を返し、余裕の笑顔を見せるその女性とは対称的に、商人は緊張しっぱなしであった。あまりこういう事には慣れていないという事もあるが、彼とて男、こういう美人にめぐり合えて喜ばないわけが無かったのである。すらりとした体型に黒い髪を束ね、たわわな胸や整った腰つきは大胆にも純白のビキニ衣装だけで包まれている――夢にでも出てきそうな美女に見惚れて、彼はじっとその体を眺め続けてしまった。


「……どうしました?」

「あ、いやぁすいません、見かけない美人さんが来たなとつい……」

「あはは、そうですか、ありがとうございます♪」


 平和が戻った世界を旅していると言う女性に、商人は一瞬だけ、村を救った勇者の事を思い出していた。頭から足までどこを見ても見まごう事無く美人、胸も大きく顔もかわいい、そして服装は大胆な純白のビキニ風、さらには魔物をバッタバッタと倒す、剣の勇者『レイン・シュドー』――目の前にいる女性はまさにその彼女と非常に良く似た雰囲気だったのだ。


 だが、彼は頭に浮かびそうになった仮説を自ら否定した。彼女はこの先にある霧の山で魔物に襲われ、その生涯を閉じたと聞いている。盛大な葬式も行われ、自らもその勇敢さに涙を流した。そんな人間が死んだ状態から蘇るなんて、魔物と同じではないか、と。



「どうです、せっかくですから美味しい野菜でも食べませんか?」

「いいですね♪色々ありますねー」


 野菜を見渡し、手探りで好みの品を探そうとする彼女に、早速野菜商人はアドバイスをし始めた。こんな美女が来ているのに、無視するなんて事は絶対にしないだろう。して女性が選んだのは、畑で取れた細長い緑色の野菜であった。お金を払い、早速丸かじりでその味を確かめる女性の顔を、商人はにやけ顔で眺めていた。頑丈な歯で噛み切ったときの音も、彼にとっては心を躍らされる上質な音楽のようだった。


「美味しいですね!」

「でしょう、そうでしょう!この村自慢の一品ですよ!」

「私も、こういう美味しい野菜を作ってみたいですね……♪」


 どこまでも褒められまくられた野菜商人はにやけ顔のまま、去っていく彼女を見送った。




「さーて、まだまだ時間もあるし、たっぷり野菜を売るぞー!ひゃっほーい!!!」


 その後、彼の頑張りもあってか、いつもより多く野菜が売れた。その量は、村の家々全てに行き渡るほどであった。


~~~~~~~~~~


 同じ頃、この村には別の来訪者が訪れていた。


「ええ、ここが宿になります~」

「ありがとうございます」


 旅行者に宿を貸す男性が案内していたのは、1人の女性の旅人であった。遠いところからここに旅をしてきたので、何か泊まれるところは無いのかと探していた彼女を、自分の家を用いている宿に泊めさせるためである。そして、町の様子に興味を持った彼女に言われるまま、彼は先程まで復興が進む村を紹介し続けていたと言うわけである。


 すらりとした体型に黒い髪を束ね、肌は褐色に程よく色づき、胸は大きく腰つきも綺麗、服装は純白のビキニ風の衣装――そんな大胆なスタイルの美女に褒められたり近寄られたりして、宿の男性も嬉しくない訳が無かった。


「この家、結構綺麗な外装ですねー」


 そう言いながら、女性は男性の家兼宿を形作るレンガを触り続けていた。あちこちを回っている間、ずっと彼女はあちこちの家を触ったり顔を近づけたりしながら、まるで家のつくりを確かめているかのような様子を見せていた。一体どうしてなのか、と不安になった男だが、復興の進む家並みの様子を自らの感触で確かめたい、という返事に大いに納得した。


 しかし、彼女を自宅兼宿屋に入れようとした時であった。


「……ありゃ?」

「どうしました?」


 視線に入ってきた光景に、少々彼は違和感を覚えた。この村では見かけない姿の女性が、数人で連なりながら大きな道を歩いていたのである。全員とも、その雰囲気はどこと無く隣にいる彼女に似ていた。いや、なんとなくだが、彼女とまるっきり同じ姿のようにも――。


「……多分、旅に来た人たちかもしれないですね」

「そ、そうなんですか?」


 ――すぐに男の注目は、隣で語り出した美女へと移った。この村にも平和が戻ってきたことを受けて、人々の流れが戻っているのかもしれない。色々な場所からやってくるわけだから、外からやってくる人が同じ姿に見えても仕方ないだろう。それに、女性だけでこうやって歩けると言うのは、ある意味平和の象徴のようなものだ、と。

 

 しっかりと物事を見据えているような彼女の説得力のある言葉に、彼は再び大いに納得し、改めて自慢の我が家兼宿屋の紹介を始めた。


~~~~~~~~~~


 太陽が沈み、この村に静かな夜が訪れた。

 ずっと前までは魔物がうろつく恐怖の闇や沈黙が支配していたが、平和が戻った今は星空に包まれた静かで穏やかな時間となっていた。


「ふう……今日は最高の日だったなぁ」


 純白のビキニ衣装の旅の美女に自慢の野菜を褒められ、村の人からもいつもより多く品物の注文が寄せられ、野菜商人の元にはたくさんのお金が入っていた。


 勿論、いくら平和になったからと言って憎しみや争いの種が無くなった訳ではない。一度自分たちや村を見捨てて逃げ出した『村長』や貴族たちは平気な顔をして舞い戻り、再び自分たち村人を支配する立場に返り咲いている。でも、それに対する不満も、考え方によっては魔物が現れる前の平和な村に戻った証と言えるかもしれない。自分の身の危険がなくなったからこそ、こういう不平をたっぷり心の中に抱き、声にする事が出来るようになったのだから。


「……ま、いいか♪」


 ともかく今日はとても良い日だった。明日はさらに良い一日になるだろう。そう思った彼が、寝室にあるベッドで眠りに就こうとしたときだった。寝室にある大きな窓の外から、やけに眩い光が差し込んできたのは。何があったのかと起き上がった彼が見たのは、この村で一番偉い人である『村長』の家が、まるで星が落ちてきたかのように光り輝く妙な光景だった。

 ところが、眠気に包まれた彼は、すぐに自分の頭の中でその光の正体を結論付けてしまった。

 

「……あ、なんだ……また村長は宴会か」


 村長はたまに貴族を呼び、夜通し賑やかに宴会をして盛り上がっている。どうせ今回も贅沢の限りを尽くしている訳だろうし、付き合っていられない、今は寝るだけだ。そう考え、彼はぐっすりと眠りに就いた。


 だがその直前、寝室の窓から再び眩い光が差し込んだことに、彼は気づくことは無かった。この村で宿屋を営む男性の家から、突如として光が生まれたのである。やがて同じような輝きが、村のあちこちから現れ始めた。農家の親子の家、雑貨店を営むばあさんの家、馬小屋近くの家、そして野菜商人である彼の家もまた、眩い光に包まれたのである。

 



 



 小さくも平和な『村』があった場所が、見慣れぬ漆黒のドームに覆われ、人間や動物を含め、全ての生物の往来が不可能になったと言う報告が他の『村』や『町』に伝わったのは、それから数週間後の事だった……。

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