女勇者、開村

「ふわぁ……」


 ふんわりとしたベッドの上に、朝日が差し込んできた。心地よい光は、朝を知らせる鳥の鳴き声のように、ベッドの中で眠る1人の女性を新しい一日へ誘おうとしていた。


「うんっ……」


 大きく背伸びをする彼女の動きに応えるかのように、大きな胸がぷるん、と揺れた。その柔らかな塊を包み込むのは、純白のビキニ衣装のみであった。やがて彼女はその大胆な姿を露にするかのように、身を覆っていた布団を退けてベッドから抜け出した。そして慣れた手つきで自分の長い黒髪を結うと、そのまま寝室を出て、別の部屋へと向かっていった。



 彼女の名前は『レイン・シュドー』。かつてこの『村』をはじめ、世界各地で勇者と呼ばれて崇められてきた、凄腕の女剣士である。




 隣にあるの部屋に着くと、彼女はそこの扉を叩き、中で眠る女性の名前――自分と全く同じ『レイン・シュドー』――を呼んだ。呼んでいるうち、彼女の顔は少しづつ嬉しそうな微笑みへと変わった。それからしばらくの時間がたち、扉を開いて中からもう1人の女性が現れた。


「おはよう……あ、レイン!」


「うふふ、おはよう、レイン♪」


 ねぼけ眼だったもう1人の女性の瞳は、目の前にいる女性の姿を見た途端、一気に輝きに満ちた。純白のビキニ姿をした、健康的な肌の黒髪の2女性は、その服装や肌はおろか、顔も声も、記憶ですら全く同一だった。そして、互いを見つめながら満面の笑みを見せ、嬉しさを競い合うように興奮し続けるその表情も。


「レイン!レインなのね!」「そうよレイン、私もレインよ!」


 2人の女性――いや、2人のレインは、大きな胸を揺らし、整った腰を揺らしながら、喜びを力を込めたハグで出し続けた。どちらかが偽者で、どちらかが本物と言う訳ではない。2人とも全く同じ、本物のレイン・シュドーなのだ。



 そして、レインの数はこの2人だけに留まらなかった。


 嬉しそうに互いの体に触れあい、もう1人の自分の存在を確かめ合いながら、レインは自分たちが目覚めた家の扉を開いた。その途端、彼女たちの耳には木で出来た扉がきしみながら開く音が1つだけではなく、2つ、3つ、いやそれ以上、この村の全てを埋め尽くすかのような勢いで響き始めるのが聞こえた。その理由に気づいた2人のレインは、大声で自分の名前を呼びながら、笑顔で家を飛び出した。次の瞬間、彼女と全く同じ姿形――一つに結った長い黒髪、健康的な肌、大きな胸に整った腰つき、そして純白のビキニ衣装と言うあまりにも大胆なスタイルの女性が、一斉に村中の扉と言う扉から溢れ出したのである。


「レイン!」レイン!」レイン!」レイン!」レイン!」レイン!」レイン!」レイン!」レイン!」レイン!」レイン!」レイン!」レイン!」レイン!」レイン!」レイン!」レイン!」レイン!」レイン!」レイン!」レイン!」レイン!」レイン!」レイン!」レイン!」レイン!」レイン!」レイン!」レイン!」レイン!」レイン!」レイン!」レイン!」レイン!」レイン!」レイン!」レイン!」レイン!」レイン!」レイン!」レイン!」レイン!」レイン!」レイン!」レイン!」レイン!」レイン!」レイン!」レイン!」レイン!」レイン!」レイン!」レイン!」レイン!」レイン!」レイン!」レイン!」レイン!」レイン!」レイン!」レイン!」レイン!」レイン!」レイン!」……




 平和だった『村』は、一夜にして2000人のレイン・シュドーが埋め尽くす空間へ変貌を遂げた。


~~~~~~~~~~


「レイン♪」「うふふ、レイン♪」「レイン♪」「うふふ、レイン♪」「レイン♪」「うふふ、レイン♪」「レイン♪」「うふふ、レイン♪」「レイン♪」「うふふ、レイン♪」「レイン♪」「うふふ、レイン♪」「レイン♪」「うふふ、レイン♪」「レイン♪」「うふふ、レイン♪」「レイン♪」「うふふ、レイン♪」「レイン♪」「うふふ、レイン♪」「レイン♪」「うふふ、レイン♪」「レイン♪」「うふふ、レイン♪」「レイン♪」「うふふ、レイン♪」「レイン♪」「うふふ、レイン♪」「レイン♪」「うふふ、レイン♪」「レイン♪」「うふふ、レイン♪」「レイン♪」「うふふ、レイン♪」「レイン♪」「うふふ、レイン♪」「レイン♪」「うふふ、レイン♪」「レイン♪」「うふふ、レイン♪」「レイン♪」「うふふ、レイン♪」「レイン♪」「うふふ、レイン♪」「レイン♪」「うふふ、レイン♪」「レイン♪」「うふふ、レイン♪」「レイン♪」「うふふ、レイン♪」「レイン♪」「うふふ、レイン♪」「レイン♪」「うふふ、レイン♪」「レイン♪」「うふふ、レイン♪」……


 女剣士レイン・シュドーは、自分の名前が大好きであった。前後左右にいる別の自分自身からその名前を呼ばれただけで、その顔は嬉しさで赤くなり、ビキニ風の衣装から大胆に露出している肌も火照り始めていた。さらに今回は、魔王から託された第二の作戦が見事に成功したと言う嬉しさも加わり、まさにお祭り気分になっていた。


 昨日まで様々な人たちが暮らし、笑顔や希望に満ち溢れていた『村』は、同一の姿形を持つ美女によって埋め尽くされると言う異様な場所へと姿を変えていた。辺り一面、ビキニ衣装のみで身を包み、大胆に露出した大きな胸を揺らす美女の大群と言う、天国とも地獄ともいえる光景が、『村』の中に広がっていた。


 確かに、喜びに満ちたレイン・シュドーの中では、文字通りこの村は楽園かもしれない。だが、それ以外の地上の人々にとって、この村は完全に『地獄』となっていた。昨日まで村に住んでいた全ての人間、全ての動物は、昨晩のうちに1人1頭1匹残らず、純白のビキニ衣装の美女に変化させられてしまったからである。



 これこそが、魔王が考案した作戦であった。



「……上手くいったようだな」


「あ、魔王!」魔王!」魔王!」魔王!」魔王!」魔王!」魔王!」魔王!」魔王!」魔王!」魔王!」魔王!」魔王!」魔王!」魔王!」魔王!」魔王!」魔王!」魔王!」魔王!」魔王!」魔王!」魔王!」魔王!」魔王!」魔王!」魔王!」魔王!」魔王!」魔王!」魔王!」魔王!」魔王!」魔王!」魔王!」魔王!」魔王!」魔王!」魔王!」魔王!」魔王!」魔王!」魔王!」魔王!」魔王!」魔王!」魔王!」魔王!」魔王!」魔王!」魔王!」魔王!」魔王!」魔王!」魔王!」魔王!」魔王!」魔王!」魔王!」魔王!」魔王!」魔王!」魔王!」魔王!」魔王!」魔王!」魔王!」魔王!」魔王!」魔王!」魔王!」魔王!」魔王!」魔王!」魔王!」魔王!」魔王!」魔王!」魔王!」魔王!」魔王!」魔王!」魔王!」魔王!」……


 黒い衣装で身を纏った魔王が現れると、2000人のレインははしゃぎながらその周りを埋め尽くしだした。

 大量の嬉しそうな笑顔や大きく柔らかい胸に囲まれた魔王が何を考えているのかは、相変わらず無表情の仮面の下に隠されたままであった。


 村の住民を1人残らずレイン・シュドーに変えたのは、魔王が習得させた魔術の力であった。

 

 まず、作戦に参加した総勢50人のレイン全員に、以前盗賊団を全滅させる際に用いた『錠剤』の成分を体に転写させ、その手で触ったものから他の物質へとその中身を伝達させる事ができるようにした。一口でも口にくわえてしまうと、どんな人間でもどんな動物でも、レイン・シュドーに変貌してしまうと言う、彼女にとって究極の錠剤である。

 そして、彼女たちはそのまま何食わぬ顔で村を訪れ、あちこちに散らばった50人のレインは、次々と村にある様々なものに触れていった。これにより、直接村人の口に入る野菜や果物などの飲食物は勿論、彼らが住む家のレンガや彼らが歩く床などの様々な場所に、『レイン・シュドー』に変身させる薬と同じ効果を持たせたのだ。さらにこの時、レインの全員に魔王が特殊な魔術をかけ、自分が女勇者レイン・シュドーであると言う事が『村』の人々や動物たちには分からないようにしていた。大胆な純白のビキニ衣装で町を歩いても、同じ姿形の女性が大量に集まっても、『村』に住む誰一人としてその状況を怪しまず、ごく自然に受け入れてしまうようにさせていたのだ。

 そして、夜の間に住民を全て眠らせた上で薬の効力を一気に発揮させ、村の人々や動物を全てレインに変貌させた、と言うわけである。


 一切の警戒を怠っていたとは言え、1日にも満たない間に、村は呆気なくレイン・シュドーと魔王に乗っ取られてしまったのだ。




 作戦が大成功に終わった事を喜ぶレインだが、1つ気になることがあった。もしこの状況が外部の町や村に知れ渡り、誰かが内部に侵入してきたらどうしよう、と。以前に襲撃した盗賊団の面々は世間一般から切り離されていた存在だから良かったものの、今回は外の世界の人々がごく普通に暮らしていた場所である。このままでは大丈夫なのか、と心配になったレインだが、既に魔王はその対策も立てていた。


 それが何かは自分の目で確かめろ、と言われるや否や、大量のレインは一瞬でたくさんの家が立ち並ぶ村から飛び出し、外に広がる草原に移動させられた。突然の出来事にバランスを崩して尻もちをついてしまう彼女もいたが、すぐ全員とも立ち上がり、魔王が行った『対策』を目の当たりにした。そして、自分たちの心配が杞憂である事を知った。


「こ、これって……!」「凄い……!」「ま、真っ黒だ……!」



「『漆黒のオーラ』を操る者以外、あの中に入る事も、触れる事も一切不可能だ」



 そう言いながら魔王が指差した先には、『村』を覆い尽くす巨大な半球状の闇――魔王と魔物、そしてレイン・シュドー以外、誰も入る事ができない巨大な漆黒のオーラの『ドーム』が広がっていた……。

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