女勇者、習得

「はぁっ……!」「ぐっ……!」「ふんっ……!」


 目の前にある、岩に似た『卵』の中に潜む魔物の能力を、自らの腕にそっくりそのまま映せ――魔王から与えられた課題を、大量のレイン・シュドーは真剣に取り組み続けていた。地下の巨大な部屋の中は、純白のビキニ姿の女性たちの必死な声と、体中から流れる彼女の汗の香りに満たされていった。


「はぁ……」「や、やっぱり……」「難しいわね……」


 彼女の右腕には、魔王から習得された魔術の根源である『漆黒のオーラ』が現れていた。これを使い、『卵』の中の魔物が持つ鋭い鉤爪や固い皮膚をレインたちの腕に複写するという訳なのだが、今までこういったことを経験しておらず、そう言う発想すら無かった彼女はかなりの苦戦を強いられていた。だが、今回の作戦で最も重要になると魔王に念を押された以上、ここで諦めるわけにはいかなかった。もとより彼女は魔王に囚われた身であり、地上への侵略に協力している立場である。逆らうと言う選択肢は用意されていなかったのである。


 額の汗をぬぐい、再び100000人ものレインは一斉に目の前の卵に精神を集中させ、中身を自らに映そうとし始めた。頭の中に、魔物の腕を持った自分自身の姿を想像し、『卵』の中で必死に抵抗を続けている魔物からそれを引き出す。目を瞑り、歯軋りを交えながら、何万ものうめき声、あえぎ声が部屋の中を覆った。


 そして、彼女が何十回目かの気合を『卵』にこめた時だった。


「ひゃっ!!」ひゃっ!!」ひゃっ!!」ひゃっ!!」ひゃっ!!」ひゃっ!!」ひゃっ!!」ひゃっ!!」ひゃっ!!」ひゃっ!!」ひゃっ!!」ひゃっ!!」ひゃっ!!」ひゃっ!!」ひゃっ!!」ひゃっ!!」ひゃっ!!」ひゃっ!!」ひゃっ!!」ひゃっ!!」ひゃっ!!」ひゃっ!!」ひゃっ!!」ひゃっ!!」ひゃっ!!」ひゃっ!!」ひゃっ!!」ひゃっ!!」ひゃっ!!」ひゃっ!!」ひゃっ!!」ひゃっ!!」ひゃっ!!」ひゃっ!!」ひゃっ!!」ひゃっ!!」ひゃっ!!」ひゃっ!!」ひゃっ!!」ひゃっ!!」ひゃっ!!」ひゃっ!!」ひゃっ!!」ひゃっ!!」ひゃっ!!」ひゃっ!!」ひゃっ!!」ひゃっ!!」ひゃっ!!」ひゃっ!!」ひゃっ!!」ひゃっ!!」ひゃっ!!」ひゃっ!!」ひゃっ!!」ひゃっ!!」ひゃっ!!」ひゃっ!!」ひゃっ!!」ひゃっ!!」ひゃっ!!」ひゃっ!!」ひゃっ!!」…


 突然、無数のレインの腕に、何かが凄まじい勢いで絡みつくような刺激が走った。たまらずのけぞり、後ろにいる自分自身と背中や髪、そしてビキニ衣装に包まれた尻の感触が体中に走る。ごめんごめん、と謝りつつ、ちょっとした嬉しさで顔を真っ赤にしたレインが自らの腕を見たとき、その表情はもっと大きな嬉しさで包まれた。


「や……やった!」「こ、これって……」「間違いない!」「うんうん!」


 普段のレインの右腕は、健康的な褐色に包まれた滑らかな肌が包み込んでいるその掌には、自らの武器である剣を離す事の無い5本の指が存在しているはずだ。しかし、この巨大な部屋を埋めつくす彼女の今の右腕は、トカゲを思い起こさせる固い鱗に覆われ、その色は岩を思わせる灰色となっていた。そして、掌から生えた3本の長い指には、鋭い爪が生え揃っていた。

 このような腕を持つ存在を、レインは既に知っていた。間違いない、卵の中で眠る『魔物』の腕や力が、自らの右腕に複写されたのだ。



「な、なんか凄い……」「け、結構動かしにくいかな……?」「きゃっ!」「あ、ごめんレイン……」



 狭い場所で慣れない『魔物の右腕』を動かし始めた事もあり、レインたちは少々困惑気味の様子であった。ビキニ一枚で包まれた大きな胸も、彼女の心にあわせるかのように柔らかく震え、近くの別のレインの右腕を刺激し続けていた。


 そして、次第に魔物の感触に慣れ始めた頃、レイン・シュドーの全員が一番この様子を見せたがっていた存在がやってきた。大胆に露出した彼女の服装とは正反対、星一つない夜を思い起こさせる漆黒の衣装を全身にまとった仮面の存在、『魔王』である。



「ふん、成功したようだな」

「みてみて、魔王!!」「結構凄いね、これ!!!」「成功したよ、私!!」


 嬉しそうに岩のような自らの右腕を見せびらかし始めたレインたちに対し、魔王はすぐにそれを元の『卵』に戻すように宣告した。少し不満そうな声を上げたレインだが、このまま魔物の腕を持ち続けていると言う方が彼女たちにとって不幸なことであると言う事実にすぐ気づいた。彼女たちにとって、細くも引き締まっている褐色の腕が生まれてからずっと大好きな自分の体の一部なのだ。早くこのような異物は取り除かないといけない、と。


「逆の方法だ。今すぐやれ」


「うん……はぁっ!」はぁっ!」はぁっ!」はぁっ!」はぁっ!」はぁっ!」はぁっ!」はぁっ!」はぁっ!」はぁっ!」はぁっ!」はぁっ!」はぁっ!」はぁっ!」はぁっ!」はぁっ!」はぁっ!」はぁっ!」はぁっ!」はぁっ!」はぁっ!」はぁっ!」はぁっ!」はぁっ!」はぁっ!」はぁっ!」はぁっ!」はぁっ!」はぁっ!」はぁっ!」はぁっ!」はぁっ!」はぁっ!」はぁっ!」はぁっ!」はぁっ!」はぁっ!」はぁっ!」はぁっ!」はぁっ!」はぁっ!」はぁっ!」はぁっ!」はぁっ!」はぁっ!」はぁっ!」はぁっ!」はぁっ!」はぁっ!」はぁっ!」はぁっ!」はぁっ!」はぁっ!」はぁっ!」はぁっ!」はぁっ!」はぁっ!」はぁっ!」はぁっ!」はぁっ!」はぁっ!」はぁっ!」はぁっ!」はぁっ!」はぁっ!」はぁっ!」はぁっ!」はぁっ!」……


 一斉に声が上がったと同時に、レインの前方にある『卵』から漆黒のオーラが現れ、そのまま彼女の右腕を包み込んだ。そして一瞬卵の方向に引っ張られる感触を覚えた後、レインの右腕は、生まれながらの芸術品へと戻っていた。

 魔王から指示された命令を、今回もレイン・シュドーは無事に遂行できたのである。




 それにしても、結局この魔術は今後どのような事で役に立つのだろうか。


「ねえ、魔王」「そろそろ教えて欲しいんだけど」「お願い!」お願い!」お願い!」お願い!」お願い!」お願い!」お願い!」お願い!」お願い!」お願い!」お願い!」お願い!」お願い!」お願い!」お願い!」お願い!」お願い!」お願い!」お願い!」お願い!」お願い!」お願い!」お願い!」お願い!」お願い!」お願い!」お願い!」お願い!」お願い!」お願い!」お願い!」お願い!」お願い!」お願い!」お願い!」お願い!」お願い!」お願い!」お願い!」お願い!」お願い!」お願い!」お願い!」お願い!」お願い!」お願い!」お願い!」お願い!」お願い!」お願い!」お願い!」お願い!」お願い!」お願い!」お願い!」お願い!」お願い!」お願い!」お願い!」お願い!」お願い!」お願い!」お願い!」お願い!」お願い!」お願い!」お願い!」お願い!」……


 『レイン・ツリー』から新たな10000人の自分自身を迎え入れ、風呂に入り、全員の記憶の統一を終えた210000人のレイン・シュドーは、お揃いの純白のビキニ姿で夕食を食べながら、一斉に魔王に問いただした。食事用の広い部屋の中はあっという間にレインの声が響きあう場所へと変わり、大量の視線と揺れ動く胸が魔王のほうへと向いた。

 しかし魔王は一切色気に動じる事無く、銀色の無表情の仮面のまま、習得した魔術を応用する今回の作戦の説明を始めた。


「魔王、これって……」「『私』になる薬?」


 以前、盗賊団を襲撃した際にレインが持ち込み、気絶した盗賊団の男たちに様々な形で飲み込ませたあの錠剤が、魔王の掌に現れた。これが口の中に入った相手は、光と共にその体や記憶、感情などあらゆるものが女剣士レイン・シュドーに変貌してしまうのである。今回もこれを相手に飲みこませるのかと言う質問に、魔王は首を横に振り否定しながら、レインたちにヒントを出した。今後の事を考え、自分で作戦の中身を考えさせるつもりのようだ。


 この薬に含まれている効力は、錠剤の形で無くとも、食べ物や飲み物に少しでもその成分が含まれていればたちまち効力を発揮すると言う。さらに魔術による装飾を行えば、霧のような状態でも確実に様々な命をレイン・シュドーに変換し、苦しみから救う事が出来るのだ。つまり――。


「……そうか、魔王!」「絶対そうだよね!」「うんうん!」「うんうん!」


 ――ようやくレインたちも、今回の作戦内容を把握することができた。今日の鍛錬のお陰で、レイン・シュドーは手に触れた物の姿や能力を自らに複写させ、それを別の場所に移し替える事も可能になった。さらに直接手で触れなくてもても、漆黒のオーラを使って自らの能力を遂行する事ができる。つまり、あの『薬』の効力を自らの体に複写させ、それを外の世界のあらゆる物体に移し替えてしまえば――!


 

「……そういう事だ」



 ――そして魔王は改めて、外の世界への第二の侵略計画を告げた。


 今回魔王が選んだ場所は、この『荒野』に一番近い場所にある小さくも商業で賑わう平和な村。レイン・シュドーを含む5人の勇者が最後に訪れた人間たちの住む場所である。

 だが、この場所に集まった大量のレインには、その村を襲撃する事に対して一切の躊躇も葛藤も無かった。それどころか、嬉しさすら感じていたのである。世界から争いや憎しみを無くし、全てを『レイン・シュドー』に変えることで永遠の平和に導くと言う自らの理想が、また一つ現実に近づこうとしていたからである……。

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